配達されない一通の手紙

御崎 濯     


「あの――キールさん」
キール・セリアンは、名を呼ばれて足を緩めた。
魔法研究院の中庭、講義室のある棟から研究室へ向かう回廊の途中である。
肩越しに声のした方を振り返る。
淡い灰色の髪をした少女が、回廊の入り口あたりに立っていた。まっすぐ下に伸ばした手を前で握り合わせて、どこかおどおどした表情を浮かべている。
「何か」
キールは、半分だけ身を返しながら短く聞き返した。そうしながら、ちらりと少女の様子を観察する。
魔法研究院の人間ではない。魔導士にこんな娘はいないし、学生という風でもなさそうだ。昨日今日入ったばかりというなら分からないが、それにしてもあまり魔導士見習いという格好でもない。ごく普通の町娘風の服装だ。
(まあもっとも、メイみたいなのもいるから、一概には言えないがな)
ちらりと、自分の被保護者である異世界からの来訪者のことが頭をかすめる。
「…あの」
少女は、困ったようにもじもじと両手を握り合わせた。キールは、半ば振り返った姿勢のままで、彼女が用件を切り出すのを待つ。用があるならさっさとしろ、と言ってやりたいところだが、この娘はどうもそういう言い方をしたら泣き出しそうだ。こんな所で女に泣き喚かれるのはごめん被る。
「…あの、わたし、エイミー・カーディンです」
ようやく心を決めた、といった風に、少女が顔を上げて名乗った。
知らない名だ。
キールは、少し眉を寄せて少女を見た。彼女は、それで何かが通じることを期待しているらしい。
「…それで?」
「……はい?」
また、おどおどした表情を浮かべて、少女――エイミーは両手を握り合わせる。
「お前の名は分かったが、それがどうした?用件を言ってくれないか」
少女の瞳に、戸惑ったような色が浮かんだ。次に言葉を口にするまで、またしばらく間が空く。キールは、その間合いに、いらいらを募らせながら少女を見つめた。――世間一般で言うと、睨んだ、と言ってもいいような目つきだったが。
「…あの…」
恐る恐る、といった表情で、エイミーはキールの顔を見上げた。
「…お手紙、読んでくださいました…?」


「入るぞ、メイ」
メイは、ノックに続いて入ってきた保護者の姿に、思わず短く飛び上がった。
「うひゃ、キ、キール」
「何をびくびくしてる」
「し、してないよ、びくびくなんか」
メイは、椅子に座った姿勢のまま、ちょっとずるずると後退する。
キールは半眼になってそんなメイの様子を一瞥すると、軽く片手を腰に取った。
「お前、俺に隠し事をしてないか」
「え、何のこと?」
とりあえず定番であるごまかしの言葉を口にして、メイは首を傾げてみせる。
内心は、だらだらと汗をかいている心境なのだが。
「ごまかすな。俺への手紙を預かってるんだろう」
いきなり核心をつかれて、メイは、う、と口ごもる。
(なんでばれてんの?誰か見てた?…それとも、本人が来ちゃったかな!?)
頭の中でおろおろとそんなことを考えながら、メイはひとまず取り繕って「思い出そうとしている振り」をしてみせた。
「…あ、ああ、あー、あれね!ごっめーん、すっかり忘れてた!」
我ながら白々しかったかな、と思うほど明るい声を出して、メイはぴょんと立ち上がる。
「渡そうと思ってたのよ、でも課題で紛れちゃってさー、それにディアーナんとこにお茶飲みにいったりしてて、うっかり忘れちゃってたの」
言い訳を並べ立てながらドレッサーに歩み寄ると、一番下の引き出しをあけて白い封筒を取り出す。
こんな所にしまうこと自体、「渡そうと思っていた」かどうかを疑われても仕方がない状況ではある。が、そこはキールのこと、さほど女の子の習性に詳しいわけではないせいか、ふんと鼻を鳴らして、
「一週間も預かりっぱなしで何をしてる」
と言っただけだった。
メイは、その小さな白い封筒をキールに差し出しながら、上目遣いに彼を見上げる。
「…なんで、分かったの?あたしが預かってるって」
「本人に声かけられたんだよ。話が見えなくて訳が分からなかったぞ」
キールは無造作に手紙を受け取ると、小脇に抱えた魔導書にひょいと挟み込んだ。
メイは一瞬その行方を見送る。キールはメイに視線を戻して、いつもの口調で言った。
「ところでお前、今日までの課題はできたのか」
「…う、えー、あとちょっと」
「あとで出しに来いよ」
「う、うん」
それだけ言うと、キールは、じゃあな、と部屋を出て行ってしまった。
メイは、遠ざかる彼の足音を聞きながら、短くため息をついて椅子にまた座り込む。
「…あー、なんか、バカみたい、あたし…」

あの少女に会ったのは、一週間ほど前だった。研究院の前庭で声をかけられたのだ。
初めは、研究院の学生かなと思っていて、同じ年頃の女の子がいたなんて、と嬉しくなった。が、しばらくやりとりするうちに、そうではないということが分かった。
あまりはっきりしゃべる子ではなかったので、その辺が通じるまでにしばらくかかってしまったのだ。
彼女は、研究院に下働きに来ているのだと自分のことを説明した。厨房の手伝いとか、掃除とか、そんな仕事をしているらしい。そう言えば、中庭あたりで掃除しているのを何度か見たことがあるような気もした。
学生かと思ったよ、というメイの言葉に、少女はとんでもない、というふうに手を振ってみせた。
「いえいえ、私なんかそんな…魔法を使える人って、すごい、と思います」
こっちに来て、いきなりやれと言われて、何がなんだか分からないうちに兎にも角にも魔法を使えるようになっていた──制御に失敗しまくったり、分野に非常に偏りがあったりするにしろ──メイには、そんなもんなのかなー、と思えたが。
メイさんは魔法を勉強してるんですね、と話をふられたので、いつものように気楽にそんな話をしばらくしていたのだが、そのうち彼女は妙にもじもじしだした。メイがそれに気づいて水を向けると、少女はやっとのことで本題らしき質問を口にしたのだ。
「…あのぅ、メイさんを教えてらっしゃるのって…キールさん、ですよね?」
「うん、そう」
「あの、お若いのに緋色の肩掛けをしてらっしゃる」
「してらっしゃる、ねー、うん、まあ、緋色だわね」
「あの」
そこで、彼女はまた困ったようにもじもじしたあげく、くだんの封筒を取り出したのだ。
「あの、これを、キールさんに渡していただけますか?」
「………はえ?」
「…お手紙、なんですけど」
それは見れば分かる。
「メイさんにお願いするのは、筋違いのような気はするんですけど」
いや別に筋が違うとかってことはないけど。
「私、うまくお話ができないものですから」
まあ、あんまりすらすらって感じでもないわね。
「お願いします」
少女は、そう言って頭を下げると、封筒をメイの手に押しつけて逃げるように立ち去ってしまったのだった。

 メイは、また、はぁ、と小さくため息をついた。
なにも、渡さないでおこうなんて思っていたわけではない。
あいつにラブレターなんて、って、ちょっとびっくりして、ちょっと困ってしまって、いったん部屋へ持って帰って、いつ渡してやろうかなと思ってはいたんだけど──
何となくタイミングを計りかねていて、そして机の上に置いてると嫌でも目に入って、渡さなきゃ、ってちらちら急かされてる気になるものだから、ついあまり目に付かないところにと、普段開けないドレッサーの引き出しにしまい込んでしまった。
(…馬鹿みたい)
メイは両足をぶらぶらさせて床を見つめる。
(さっさと渡してやればよかったのよ)
幾度か、ひっくり返しては眺めてみた白い封筒。差出人の名前はなかった。
(なんて名前だったのかな、あの子)
どこで、キールのことを見ていたのだろう。
(──物好きよね、なんであんな怒りんぼ大魔人なんかに)
メイがキールの生徒だと言うことも知っていた。
(なんで、あたしに頼むかな)
それは、研究院の中で一番キールと言葉を交わすのも、一緒にいる時間が長いのもメイには違いないのだから、頼むとしたら彼女が一番妥当だろうが。
メイは、ぷるぷると首を振ると、すたんと両足をそろえて立ち上がった。
「いいじゃん、別に。あんな奴にだって一つや二つ、そーいう話もあるわよね」
声に出して言ってみてから、なんだか妙にしゅんとした気分になる。
当たり前のように一緒にいて、当たり前のように独占してきた相手を、ふいにさらわれてしまったかのような気持ち。
(やだな、やだな、ヘンだよ、こんな気分──)
メイは、窓に近寄って、何となく外を眺めた。眩しい陽の光が燦々と降り注いで、樹の影を濃く落としている。
(……キール、なんて返事するのかな)
まさか、あの研究マニアの本の虫の偏屈の朴念仁が、あの子と付き合うなんて、そんなこと、万が一にもないだろう、とは思うのだけれど───
メイは、不意にぎゅっと拳を握りしめると、よし、と頷いた。
(気になることは、確かめればいーのよ)
くるりと机の方を振り向く。彼女は、椅子に腰を下ろして、ノートを広げなおした。

その夜、突貫工事で課題を仕上げたメイは、ノートを抱えてキールの部屋のドアをノックした。多分、いやきっと、山のように間違いがあると思うのだが、それはそれで居座る口実にはなるだろう。その間に、知りたいことが探り出せるかもしれない。
入れ、というキールの返事に扉を開けると、彼はいつものように机に向かって本に埋もれていた。
「課題、持ってきたんだけど」
「ああ」
キールは顔を上げないで返事をすると、しばらく手にしたペンを動かし続ける。
いつものことなので、メイは中に入ってドアを閉めると、端っこに寄せてあるスツールを引っぱり出して腰を下ろした。
やっぱりいつものように、何と言うこともなく、書き物に集中しているキールの横顔を眺める。
(あの子も、物好きよね)
胸の中でまた呟いて、傍らの脇机に頬づえをつく。
…そりゃ、顔はいいとは思うけど。瞳なんか、すっごい深くてきれいな緑色だし。鼻筋が通ってて、口元だって形がいいし、彫りが深くて整ってるし。髪の毛も、きれいな亜麻色でさらさらしてて、きっと触ったら気持ちがいい───
(…やだ、何考えてんのよっ、あたし)
メイが我に返って身を起こしたとき、しゅっと最後の文字を書き終える音がして、キールが瞳を上げた。
「課題か。今回は、間に合ったみたいだな」
今回は、の部分を強調して、薄く笑う彼に、メイはふんと唇をとがらせる。
「おかげさまでっ」
(ほらね、中身はこれだもん──)
立ち上がって、キールの目の前にノートを突き出す。キールはそれを受け取ると、中を見ないで机の上にぽんと置いた。あれ?と瞳を瞬かせるメイに、小さく顎をしゃくってみせる。
「ちょっと、座れ、メイ」
「え」
メイは、普段とは違うキールの言葉に、少しうろたえる。
「…って、課題、見ないの?きっと、いっぱい間違ってると思うんだけどなー、なんて」
「…間違ってると思うなら、ちゃんと見直してから持ってこないか。…いいから、座れ」
メイは、スツールを引き寄せると、腰を下ろした。何となく、膝の上に両手を置いて、視線だけでキールの顔を見上げる。
キールは、しばらく黙って、メイの顔に視線を向けていた。奇妙な沈黙に、居心地の悪いものを感じて、メイはもぞもぞと膝の上の両手を組み合わせる。
やがて、キールは、ふぅ、と小さく息をついた。机の方に向き直ると、本の山の上から白いものを手に取ってメイの方を振り向く。
「…読んでみろ」
差し出されたものに視線を落として、それがさっきキールに渡した手紙だ、と気づいた途端、メイの胸がどきんと大きく脈打った。
(な、なんで!?)
慌てて、大きくかぶりを振る。
「え、い、いいよ、そんなの、あたし──」
「いいから」
「だ、だって、キールに来た──その、手紙でしょ、あたしが読む理由なんて」
(なんで、キールあてのラブレターをあたしが読まなくちゃいけないのよ!?人の気持ちも知らないでこいつは──)
胸の中でキールをなじりかけて、ふと、自分の紡ぎだした言葉に立ちすくむ。
(…人の気持ち?)
って──どんな?
(え、いや、別にあたしっ──)
メイのそんな内心の動揺には気づかない様子で、キールは小さく眉を寄せた。
「何ぶつぶつ言ってる。いいから、読んでみろって言ってるんだ」
ほら、と重ねて差し出されて、ちらりとキールの瞳を見上げてから、しぶしぶと手紙を受け取る。封筒を手にして、彼の顔を見ると、キールは促すようにちょっと頷いてみせた。
仕方なく、中の便箋を抜き出して広げる。封筒と同じ、飾り気のない白い便箋には、細いきれいな文字が並んでいた。クラインの文字はまだあまり読み慣れているとは言えないが、これくらい整った文字なら読みやすい。メイは、唇を引き結んで手紙に目を落とした。

『  キール・セリアン様

  初めてお手紙を差し上げます。お願いしたいことがあって、ペンを取りました。
本当は、直接お話しするべきだとは思うのですが、私は口下手なので、うまくお話しす
る自信がありません。
 それに、キールさんは、あまり他人と話すのがお好きじゃないと聞きました。
きっと、私のようにのろい者の話など、聞く前に怒ってしまわれるのじゃないかと思い
ますので、こうして手紙を書くことにしました。

  お願いというのは、キールさんが教えてらっしゃる、メイさんのことです。
私は、こちらの魔法研究院で、しばらく前から下働きをしています。
厨房のお手伝いもしますが、今はたいてい研究院の中のお掃除をしています。
私の受け持ちは、中庭のことが多いんですが、朝、お掃除に来ると、しょっちゅうあた
りが大変なことになっているんです。
その辺が水浸しになっていたり、木の枝が折れていたり、芝生が焼けこげた後がいっぱ
いあったりします。一度は、大きな穴があいていたこともありました。

  初めは、どうしてか分からなかったんですけど、他の魔導士の人が、それはメイさん
じゃないかって教えてくれました。一度、夜になってから、中庭で魔法の練習をしてい
るのを見たことがあるそうです。
 お勉強なら仕方がないとは思うんですけど、後片付けが、あんまり大変なので、少し
困っています。
 一緒に働いている人に頼んで、メイさんに、火事になると危ないですから、できたら
火を出すのはやめてくださいってお願いしてもらったんですけど、それから焼け跡はな
くなりましたが、日陰の草が氷で固まっていたり、廊下が泥だらけになっていたりはやっ
ぱりしょっちゅうです。
 交代でお掃除している人に聞くと、なんだか私の当番の時が、一番そういうことが多
いので、もしかしたらメイさんに嫌われているんじゃないかとも思います。
 
 メイさんを教えているのは、キールさんだと聞きましたので、もしかしたらキールさ
んが、よく魔法を練習しておくようにって言ってらっしゃるのかも知れないと思って、
少し、控えていただけないかと思って、この手紙を書くことにしました。
 魔法は、覚えるのも練習するのも大変だとは思うんですけれど、どうか、先生のキー
ルさんからも、あまりお庭を壊さないように、メイさんに言っていただけないでしょう
か。

  この手紙を読んでいただけたら、メイさんがどう言ってらっしゃったか、どうか教え
てください。お返事なんてお手間でしょうから、私、今度は勇気を出して声をかけます。

  長い手紙で、すみませんでした。お勉強、がんばってください。

                                      エイミー・カーディン  』

最後まで読み通すと、メイは詰めていた息を、はーっと吐き出した。
「…なーんだ…」
思わず、唇がゆるむのを感じながら小さく呟く。
(ラブレターじゃ、なかったんだぁ…)
が、キールはメイのその呟きを聞き取って、別の意味に取ったらしい。
「なんだ、だと?」
静かな口調だが、既に底の方から地鳴りがしてくるような声でそう言って、キールはメイを睨みつけた。
「なんだとはなんだ!その辺で魔法の練習をするのはやめろと、俺は前に言わなかったか?許可を取って、ホールでやれと言っただろうが!」
「だって」
「だってじゃない!おまけに、部外者にまでこんな迷惑かけやがって!」
「あ、あはは、えーと、そういえば、明日には片づけよーっと思って寝ちゃって、んで次の日見たらもうきれいになってたりするんで、あ、たいしたことなかったんだなーなんて思うこともよくあったような気がするわー」
「この大馬鹿!」
キールに怒鳴りつけられて、メイはひゃっと首をすくめる。
「いいか、二度と中庭で魔法の練習はするな!こんな情けない話、お前だけじゃなく、保護者の俺にも大恥だ!」
「…はーい」
「真面目に返事しろっ!」
「はいっ」
ぴしりと背筋を伸ばして答えたメイを、キールは疑わしげな目つきでじろりと睨み付ける。
「…まったく、なんでこうお前は次から次から厄介事を起こすんだ。あの女に、お前のことで手紙を書いたんですけど、なんて言われた時から、どうせろくなことじゃないとは思ったが」
「…ごめんなさーい」
メイは、ぺろりと舌を出して見せてから、少し首を傾げてキールの顔を見上げた。
「…でもね、キール?」
「ああ?」
不機嫌そうに見返してくる彼の、緑色の宝石のような瞳を見ながら、メイは軽く瞬きをする。
「…あの子、ちょっと可愛かったと思ったり、しない?」
「何の話をしてる、お前は」
キールは、ますます不機嫌そうにメイを睨みつける。
「いらいらする話し方をする女だった。そっちしか覚えてない。ま、手紙を書いてよこしたのは正解だったろうな」
キールは、うざったげに前髪をかきあげると、メイが返してよこした手紙を受け取って、机の上に放り出した。
「メイ、お前、この手紙の中身、知ってて渡さなかったのか?」
「…え?ううん、開けてないもん、知ってるわけないじゃん」
メイは、慌てて首を振る。
「じゃあ、どうして」
「ほ、ホントに忘れてたの、ほんとにほんと」
キールの質問を遮るように繰り返すと、メイはてへへ、とごまかすように笑ってみせる。
キールは、ふんとあきれたように息をついたが、それ以上は聞いてこなかった。
メイは、机の上の白い便箋に目をやると、ふと思い出して付け足す。
「あ、あの、あたしがあの子を嫌ってるとか、そいで意地悪して庭を荒らしてた、なんてことは絶対ないからね」
「分かってる、それくらいのことは」
キールは、ちらりとメイを見ると、当たり前のことを言うなと言った調子でそう答えた。
メイはふと、胸が騒ぐのを感じて、キールの顔を見上げる。が、キールは同じ口調でさらりと続けた。
「お前に、そんな計画的な嫌がらせができるほどの知恵があるとも思えんからな」
「ふんだ、悪かったわね!」
思いっきり舌を出してみせるメイに、キールはちらりといつもの皮肉っぽい微笑を浮かべる。
「…ええと、じゃ、あたし部屋に帰るね」
メイは、ちょっとあたりを見回すと、そわそわと立ち上がった。これ以上いると、また何かぼろが出そうだ。──課題も、きっと間違いだらけだし。
が、キールは落ち着き払った声でその彼女を引き留めた。
「まあ、少し待てよ。今から課題を見てやる」
「え、ええと、いいよ、後で見といてくれたら」
後込みするメイににやりと笑いかけると、キールはさっき机の上に放り出した彼女のノートを手に取る。
「間違ってる自信があるんだろ?じっくり点検してやるから、大人しくそこに座ってろ」
「…ううう」
上目遣いに天井を仰ぎながら、メイは課題を適当にやっつけたことを、今更ながら死ぬほど後悔した。

その夜、あきれ果てたキールに怒られながら、何とかメイが課題を終えたのは、もう日付も変わろうかという頃になってからだった。
 二度と適当にノートを埋めたりしないぞ、と決心したメイだったが、その分、提出が遅れることが増えただけで──結局、キールに怒られる回数は変わらなかったりするのだった。
 エイミーはと言えば、相変わらず研究院で働いている。メイが中庭で魔法の練習をしなくなったので、掃除が楽になって嬉しいと、同僚の少女にそう言っていたそうだ。