Memorial Count

御崎 濯      



 お祭りは、いつだって楽しいもの。
賑やかな場所や陽気な雰囲気の大好きなメイには、なおのこと楽しさ倍増だ。
おまけに、いつもは仏頂面で「人の多いところへは行きたくない」とのたまう恋人を、とにもかくにも引っぱり出せたのだから、これを浮かれずしてなんとしよう。
「あっ、ねえねえキール!あれ見て!」
「…引っ張るな」
「きゃー、これ可愛いっ!」
「喚くな、聞こえてる」
「ねえ、向こうにもなんかある!」
「…いちいち走るな!」
瞳を輝かせて人混みの中を泳ぎ回る少女を、青年は溜息をつきながら追いかける。
だいたい、祭りの日に町中へ引っぱり出された時点で、既に八割方彼の負けなのだ。
屋台の間を縫ってくるくると動き回っていたメイは、ふとひときわ賑やかな一角に目を留めた。と言っても、屋台ではない。ずんぐりした大きな黒いテントの周囲に、なんだかおどろおどろしげな色合いの旗がはためいている。
きゃあきゃあと賑やかな嬌声が聞こえてくるそのテントの方へ、メイは吸い寄せられるように近づいていった。テントの入り口を隠すように垂れ下がった黒い幕の前で、奇妙な形の口ひげを生やした男が呼び込みの口上を述べている。
「さあさあ、『恐怖の館』はこちら!当地初お目見えだよっ!あやしの世界、幽霊たちの競演にようこそ!」
それを聞いたメイの表情が、ぱぁっと輝いた。
「わあっ、お化け屋敷だ!へええ、こっちにもあるんだ、こういうの!」
いかにもわくわく、といった風な彼女の顔をちらりと見おろして、キールは嫌な予感を覚えた。人の大勢集まっているそのテントからわざとそっぽを向く。
「ねえ、キール、入ってみよ!」
彼の予想に違わず、メイは彼の右腕をつかまえるとぐいぐい引っ張った。
「ごめんだ」
「えー、いいじゃん!ねえ、行こうよ!」
「行きたきゃお前一人で行けよ」
「あー、もしかして、怖いんだ?」
「馬鹿言え」
他愛ない言い合いをしながらも、メイは強引に彼をテントの入り口の方へ引きずっていく。
うんざりした表情で、キールがメイの手をふりほどこうとした時、入り口の男がちらりと手の中の何かに目を落としたかと思うと、いきなり大声で叫んだ。
「はいっ、おめでとうございまーす!当館1000人目のお客さま!」
いきなりの大声を浴びせられて思わず立ち止まる二人めがけて、景気よくクラッカーが炸裂した。
顔面に蜘蛛の巣のごとく絡みついてきた紙テープを、キールは慌てて払いのけようと格闘する。メイは、ひらひらと舞い落ちてくる紙吹雪を手のひらに受けて、きゃあっと嬉しそうな笑い声を立てた。
「ようこそいらっしゃいませ!なんとあなたは1000人目のお客さまです!おめでとうございます、記念に無料でご招待ー!」
「わぁ、やったっ!」
飛び上がって喜ぶメイを横に、キールは憮然とした表情になる。
「ねえねえ、二人とも、ただ?」
「もちろん、カップルでご招待いたしますとも」
「だって、キール!さ、いこいこ!」
「…勝手に決めるな!」
カップルと断じられることにまだどうにも慣れないキールは、思わず眉を寄せて怒鳴る。
が、彼の怒鳴り声にも照れ隠しにもいい加減慣れっこになってきたメイは、そんなことには動じない。
「いーじゃん、タダならあたしがおごってあげるから」
「お前、それはおごるとは言わないだろ」
「細かいこと気にしないの!さあさあれっつごー!」
「だから、引っ張るなよ!」
もうすっかり入る気満々のメイにぐいぐい引っ張られて、それでもまだなんとか抵抗しようとするキールの後ろで、ばさりと入り口の幕が落ちた。
思いのほか分厚い布地だったらしく、入り口がふさがれると外の物音は遠くくぐもったようなざわめきに変わった。
「わー、なんか薄暗いね」
「…当たり前だ」
はしゃいだように、けれど声を低めて言うメイに、不機嫌きわまりない声でキールが答える。
「もお、入っちゃったんだから、気分切り替えて遊んでいこうよ」
「入ったんじゃない、引きずり込まれたんだ」
メイはなだめるように囁いたが、キールの返事はとりつく島もなかった。
「大体、何が面白いんだ、こんな出し物。どうせまがい物だらけに決まってるだろうが」
「そりゃ、そうだけど、でもさ」
「自分たちに見えもしないものをでっちあげて並べるなんて悪趣味だ。それにきゃあきゃあ言ってりゃ世話ないな」
例によってキールの尖ったものの言い方に、メイはむっと唇を突き出したが、ふとその言葉の中身に思い当たって、恋人の顔を見上げた。
「…もしかして、キール、幽霊も見えるの?」
「見えるか」
普通の人には見えない精霊たちの姿を見ることができるという彼は、しかしぶっすりとした口調で言い捨てた。
「お前、精霊と幽霊を同じ様なものだと思ってるんじゃないだろうな」
「…やっぱ、違う?」
「馬鹿」
身も蓋もなく断じると、キールはすたすたと歩き出した。どうやら、さっさと通り過ぎて外へ出ることに腹を決めたらしい。メイは慌てて彼の後を追った。
「精霊っていうのは、この世界を形作る力の具現化だ。主に人間に近い形はしてるが、その一人一人ははっきりした人格だの意志だのを持ってるわけじゃない」
淡々と、けれど不機嫌なせいかやや口早に語りながらキールはどんどん先へ行く。
何度か、異様なメイキャップを施した幽霊(役の役者)が飛び出してきたが、キールは足を緩めようとしなかった。
「どこにでもいるが、それぞれ司る力によって、多い場所ってのはある。街中は特に何が多いっていうのはないがな」
「………」
まるで講義でもしているような調子で話しながら歩くキールの背中を少し上目で見上げて、メイはちょっと肩を落とした。
また、作り物のドアの向こうから顔を覗かせた鎧姿の幽霊(を演じる役者)を一瞥しただけで通り過ぎながら、彼はいかにも馬鹿馬鹿しい、といったふうな口調で言葉を継いだ。
「それと違って、幽霊っていうのは、つまり元は人間なわけだろう。もしいたとしたって、こんな見せ物小屋の中でうろうろしてる訳がない。とっとと、元いた場所か、でなきゃ心残りのある相手の所へ行ってるさ」
キールに追いつこうと足を早めかけたメイの横手から、不意にがしゃん、と音がしてぼうっと光る骸骨が現れた。
さすがに一瞬喉の奥から飛び出しかけた悲鳴を、なんとか飲み込む。
「…っ、キー…」
彼の腕か、ローブの袖をつかもうとメイが手を伸ばしたとき、前の方で、きゃっという悲鳴が聞こえた。メイはまたどきりとしてそっちへ視線を向ける。先に入っていたカップルが別の幽霊に出くわしたらしい。女の子の方がまるで笑っているかのような悲鳴をあげながら、隣の男の子にしがみついている。
そちらへ顔を向けたキールが、ふんと鼻を鳴らして視線を逸らすのを見て、メイはきゅっと唇をへの字に引き結んだ。
「…だから、こんな場所は――」
「もういいっ!」
何か更に言い募ろうとしているらしいキールの言葉を叩きつけるようにさえぎると、メイはたたっと彼を追い越した。
「おい、メイ」
少し驚いたらしいキールの声がしたが、メイは小走りに先へと進む足を止めなかった。前にいた例のカップルをすり抜けるように追い越し、その先の曲がり角を回って出口へ向かう。
(ばかきーるっ)
そりゃ、こういうところが嫌いなのは分かってるけど。
でも、ちょっとくらいは一緒に楽しんでくれたっていいのに。
でなきゃ、せめてそのフリくらいしてくれたっていいのに。
さっきみたいにちょっとどきっとした時には、きゃあ、なんて言って(ちょっとオーバーに)しがみついてみようかな、なんて思ってたのに。…それくらいさせてくれたっていいじゃないの。
…たまには、普通のデートみたいにしてみたかっただけなのに。
(せっかく1000人目の入場者、なんて大当たりで、らっきーって思ったのにな)
はぁ、と溜息をつきながら、メイは出口の幕を乱暴に押しのけた。
ぱぁっと真昼の光が瞳を射る。
ぱちぱちと瞬きをして立ち止まるメイに、追いついてきたキールが呼びかけた。
「待てよ、メイ」
わざと振り向かないままで、メイはぷんと鼻を空に向けて歩き出す。
「どうした」
「別に!あんた、早く出たかったんでしょっ」
「…ああ、そりゃ」
「そおぉおんなに気に入らないとこに引っぱってって、もーしわけありませんでしたねーだ」
さっきと入れ替わりで、今度はメイの方が不機嫌絶好調らしい。その声の調子に、キールは思わず黙る。
不本意な出し物に引きずり込まれて、気分を害していたのは自分の方なのに、どうして今度はメイが怒り出すのだろう。彼にはどうにも不可解だったりする。
「なに、怒ってるんだ?」
「怒ってないもんっ」
どう見ても怒っている。
「…次は、どこか、行くのか」
理由の分からない恋人の不機嫌に、やや途方に暮れてきた彼は、幾分か下手にそんな風に言ってみる。が、やっと振り向いたメイは、まだ唇を尖らせたままだった。
「もう、いいよ。帰ろ」

研究院への道をたどりながら、メイはまだしばらくは不機嫌そうだった。が、帰る途中の露店で、ふと足を止めてアクセサリを眺めていた彼女に、キールが「買ってやろうか」と言ってみると、かなり回復したようだった。星の模様に羽の図案をあしらったそのブローチをさっそく胸につけると、メイはやっと笑顔を見せて軽い足取りに戻ったのだった。
なんとか彼女の機嫌を取り結んで(アクセサリを買うなどというのは、実は顔から火が出るほど恥ずかしかったりはしたのだが)、内心ほっとしながらキールはメイの顔を横目でちらりと見た。機嫌がなおりはしたようだが、そもそも何故彼女が怒りだしたのかは相変わらず分からない。
(あの小屋に入ったときは機嫌よかったよな)
それが、出てきたときはむくれていたのだから、あの中での出来事が気に入らなかったに違いない。
(……お化け屋敷、か…)
彼には理解できないが、怖がって楽しむ場所、なわけだ。メイも、それを期待しているらしかった。自分に、幽霊が見えるのかと聞いたりしたのだし。
それを、彼はこんなところに幽霊がいるわけはないとさんざんに言ったのだから───
(…つまり、恐がれなかったのが、不満なのか?)
メイは金銭的にはかなりちゃっかりしている方だが、あそこはタダで入れたのだから、本来の目的である「怖がる」ことができなかったと言っても、それで損をしたとかいうことにはならない気がするが。
(まあでも、「怖い思い」ができなかったのが気に入らないというのは、ありそうな気がするな)
彼の想像力では、その辺が限界だった。キールは、短くため息をつくと、その先にすこしばかり考えを巡らすのだった。

研究院に戻ると、キールはメイに、来週の課題を渡すから部屋に寄れ、と言った。
「えー!?いいよ、来週のことは来週で」
メイは露骨に嫌な顔をする。
「早くもらえば早くかかれるだろ」
「やんないもん、早くなんか」
「出すのがいつも2日遅れるなら、2日早くかかれば提出日に出せる計算になるんじゃないのか?」
「人間、計算通りにはいかないのっ」
いつもの毒にも薬にもならない口論をしながら、キールの部屋に着く。
研究室の中は、外よりも一足早く、薄闇が染みだしはじめていた。
課題のノートを手渡してやりながら、キールはふと手を止めてメイの顔を見ると、何かを思いだしたように口を開いた。
「…そういえば、お前、さっきの小屋で幽霊を見たがってたな」
メイは、いきなりさっきの話を蒸し返されて、驚いて顔を上げる。
「え、うーんと、まあ、見たいっていうか」
別に本物を見られると思ってたわけじゃないんだけど、と続けようとしたメイは、キールが微かに笑うのを見た。
「そういうこと、願ってるからだな」
彼のどこか意味ありげな口調に、メイはむっと眉を寄せる。
「なにがよ」
「妙なものがくっついてきてるぞ、お前に」
「…はぁ?」
何を馬鹿なこと言ってるのよ、と言い返そうと、メイは口を開く。
けれど、言葉が唇から出る前に、氷のように冷たい何かが、ひやりと彼女の首筋を撫でた。
「ひゃあっ!?」
反射的に、開いた唇から悲鳴が飛び出す。
冷たい何かは、まるで意志あるもののように首筋からするり、と肩へと伝い下りて、さあっと背中を走り下りた。
「きゃーきゃーきゃー!」
メイはノートを放り出すと、キールにしがみつく。
「お、おい」
「やだー!やだやだっ、なんか触ったーーっ!」
彼女は半ば涙目になりながら、必死で彼のローブを握りしめる手に力を込める。
「メ、メイ、…大丈夫だ、その」
「なんか、なんか冷たいのっ!キール、なんかいるの!?」
冷たいものは、メイの短いスカートを揺らせると、どこへともなく消え去っていた。けれど、メイはキールから離れようとしない。
こっそり彼女の背後に作り出した冷気の固まり(もちろん、それは彼の魔法だった)が呼んだ効果に内心びっくりしながら、キールは自分に抱きついているメイを見下ろした。
恐がれなかったことが不満だったらしいメイに、多少の「気分」を味わわせてやろうか、くらいの気持ちだったのだが―――
さらさらと乱れて自分の胸元に押しつけられている栗色の髪。
小さな手が、しっかりと自分の肩掛けをつかんでいる。
ふるふる震えている唇。ふわりと鼻孔をくすぐる、甘くすがしい香り。
暖かくて気持ちのいい感触が、腕の中にすっぽりとおさまっている。
(…なるほど)
キールは「お化け屋敷」の効能を、今更ながらいきなり納得したのだった。
(悪くないな)
ようやく薄目を開けて、そおっと辺りを見回すメイの髪を、キールは軽く撫でた。
「…大丈夫だ、もういないから」
「ほ、ほんと?…今の、なに?」
「さあな…でも、もう行っちまったから」
キールは、本当のことを話さない方がいいだろうと賢明にもそう判断して、ひとまず言葉を濁す。
「そんなに怖がるくせに、どうしてあんな所へ行きたがるんだ」
なんとなく、今の一件でその理由の一端は分かったような気はしていたのだが。
「…だってさ」
薄暗い部屋の中でいきなり脅かされて、よほどびっくりしたのだろう。唇を尖らせながらもどこか潤んだ瞳で、メイが顔を上げた。とたんに、ぱちぱちと瞬きをする。
間近に、彼の緑色の瞳に覗きこまれて、メイはようやく今の状態に思い及んだらしい。
つまりは、恋人と二人きりの部屋の中で、彼に密着している――というか、しがみついているという状況に。
「…」
小さく吐息を漏らした彼女の頬に、ぱっと淡い薔薇色が灯る。
キールは、もう一度彼女の髪をそっと撫でた。さらりと指のあいだを滑り落ちる細い髪を梳いて、軽く指を頬に触れる。
メイが、瞳を閉じた。

不意に、ノックの音がした。

珍しくいい雰囲気になりかけていた恋人たちは、まるで見計らっていたかのようなそのタイミングに、ぎくりとドアの方を振り向く。
一瞬、返事をすることに思い及ばないまま2人が黙り込んでいると、ためらいがちに、もう一度扉が鳴った。
思いっきり唇を引き結ぶと、不承不承といった様子でキールはドアに向かう。
返事をしないまま、いきなりドアを引きあける。廊下に立って、もう一度扉を叩こうとしていたらしい訪問者が、ひゃっ、と小さい声を立てるのが、メイにも聞こえた。
ちらりとキールの横から廊下を覗く。入り口の前に立っていたのは、メイと同じ魔導士見習いとしてここに在籍している学生の一人らしかった。何となく気の弱そうな少年だ。
「なんだ」
「あ、あ、あの」
いかにも不機嫌そうな彼の応答に、哀れな訪問者は幾度か口ごもってからやっと口を開いた。
「あ、あの、事務の人に言付かって、その、これを」
おどおどと、彼は手のひらほどの大きさの小さな布袋を差し出した。口のところを紐で絞る、巾着袋のようだ。
「さっき、お二人とも、戻ってきたようだから、届けてくれって。事務室の前を通りかかったら、そう言われて」
キールは、眉を寄せて灰色のその袋を見た。おずおずと差し出されるそれを、不審げな顔をしながらもひとまず受け取る。
さほど重いものではなかった――どころか、妙に軽くて、何が入っているのか見当がつかない。
「なんだ?これは」
「その」
メッセンジャー代わりにされた少年は、視線を床に落とすと、思い切ったように一気に説明を吐き出した。
「メイ=フジワラさんが壊した10個目のオーブのかけらだそうです、非常に高価なものだったので、記念にご本人に差し上げるって事務の人が言ってましたっ」
それだけを必死の様子で言うと、彼は床まで届くほど思いっきり頭を下げるなり、くるりと向きを変えた。
そのまま、脱兎の如く駆け出してゆく。
少年の足音が廊下の向こうに消えると、キールはゆっくりと室内を振り向いた。
その瞳に、予想していたとおりの色を見出して、メイは思わず笑う。
この場合、それは微笑みとか、甘やかさとは全く縁遠いシロモノで。
対する彼女の笑みも、その頬にたらりと垂れた脂汗を見れば、「ごまかし笑い」という名称が一番近いかもしれなかった。
「…いつ壊した?」
妙に静かな声でキールが聞く。
「え、えへへ、き、昨日の夕方かなー」
「ほう」
キールは、やはり静かにドアを閉めた。
「そりゃ、知らなかったな。9個目を先月壊したとき、二桁には絶対しないとか誓ってたような気がするが、気のせいか」
「い、言ってなかったかなぁ?えへへー、ちょ、ちょっと呪文のコントロールミスってさぁ、やれるかなって思ってたんだけど、さすがに上級書は難しいわー」
「上級書に進む許可を出した覚えはないがな」
「え、えへへへへへへ」


その後、夜が更けるまで、雷さながらの叱責と怒鳴り声とそれにまた対抗する叫び声が、研究院の一角で響き渡り続けた。
いい加減その音声に慣れっこになってきている魔導士たちも、頭を抱えてひたすら我慢するか、耳に布を詰め込んで聞こえないことにするか、それとももうあきらめて布団を頭からかぶって寝てしまうかのどれかに分かれたらしい。

もちろん、その後あのオーブのかけらがどうなったかは、誰も知らない。