五月日誌 after

月城 叶多様     


 五月のある晴れた休日。クライン王国西部の地方領主の館に、一台の馬車が止まった。
大きな屋敷は、この辺り一帯を治めているセリアン家のもの。今日の来客は、数年間帰省していなかった、領主の双子の息子の一人・キールと、まだ少女と言っていい若い女性である。
 枯れ葉色の髪、煙水晶のような瞳の、この辺では余り見掛けない顔立ちの小柄な少女は、青年に手を取られて馬車から降りると、大きな屋敷を見上げ、深く溜め息をついた後、しみじみと言った。
「キール、あんたってお坊ちゃんだったのね」
「やめろそれは」
 本気で嫌そうなキールに、少女――メイは、舌を出して笑ってごまかした。
 出迎えた執事の「お坊ちゃま」攻撃を受けた後、二人は、セリアン夫人――キールとアイシュの母親である――は夕食後まで戻らないことを告げられた。どうしても抜けられない用事があるのだそうだ。食後のワインへの招待を受け取り、メイはそれに快諾した(キールは無論、強制参加である)。
 アイシュたちと会い、賑やかに夕食を取ると、空いた少しの時間に、キールはメイを自室へと誘った。
 やはり本だらけの部屋に、くすくす笑いながら並んだ背表紙を眺めていると、メイはふわりと背中が暖かくなるのを感じた。腰の前で組まれた、ペンだこでごつごつした手。それにメイが華奢な手を重ねると、部屋へ入って以来妙に無口だったキールが口を開いた。
「母さんには、婚約者を紹介すると言ってある」
 メイの瞳が驚きに見開かれた。一緒に暮らし出してから三ヶ月。何も言わなかったけれど、言葉が欲しくなかったわけじゃない。
 予感に震えるメイの体を抱き寄せて、キールは続けた。
「メイ、結婚しよう」
「……っ」
 腕の中で振り向いたメイの泣き笑いの顔に、キールは望むこたえを見出して、言葉を探してわななく恋人の唇をそっとふさいだ。
 メイからの返事は、口移しで伝えられた。


―END―