| 御崎 濯 |
雨音に気づいたのは、キールの方だった。 例によって、隣に眠る少女より先に目を覚ました彼は、カーテンの下りた窓の向こうに、微かに響くその音に気がついたのだった。 キールは、二、三度瞬きして、窓の外の気配を探った。もう朝であるのは確かなのだが、カーテンの布越しに射し込む光は薄暗い。微かな湿気の匂いと、肌に触れるひんやりとした空気。 (…雨だな) そう結論を出した彼は、すこしためらいながら、隣でまだ安らかな寝息をたてている栗色の髪に呼びかけた。 「…メイ」 普段より少し低いその声は、少女の眠りを覚ますところまでいかなかった。 くうくうと相変わらず気持ちよさそうに眠り続ける恋人に、キールはちょっとため息をついてから、もう一度呼びかけた。 「おい、メイ、起きろ」 「……うにゃー…」 メイがもぞもぞと寝返りをうつ。やっと反応を返す彼女の頭を軽く一度だけ撫でると、彼は彼女の目を覚ます決定的な一言を告げた。 「雨だぞ」 「………ええええ!?」 メイはがばと起きあがると、音でも立てそうな勢いで窓の方を振り向いた。 その勢いのまま、カーテンをつかんで引き開けかけた彼女を、キールは慌てて引き留める。 「ばか、よせ、お前、その格好で」 「う」 メイは我に返ると、仕方なく一瞬沈黙して窓の外に耳を澄ました。しとしとという、紛れもない雨音を聞き取ると、彼女の顔が情けなさそうに歪んだ。 「…うそおおおっ!きのーの晩は晴れてたのにー!」 「夜の間に降り出したんだろうな」 至極当然の推測を述べるキールに、メイはぷうっと頬を膨らませる。 彼女はごそごそと窓に這い寄ると、用心深くカーテンをかき寄せながら顔だけで外を覗いた。 二人が暮らすこのラボの建物の二階に、寝室はある。 寝室の窓は建物の裏庭に面していて、同じ通りに軒を並べる家々の庭や、裏手の通りに立ち並ぶ、背の低い家々の屋根が見渡せる。その石造りの町並みに、静かに雨は降り注いでいた。 くすんだ灰色の景色に、淡く煙るように降る雨の景色は、穏やかに眺めるならば心安らぐ風景といえなくもない。しかし、栗色の髪を揺らせてぐるりと辺りを見回す少女は、そういう心境にはとうていなれないらしかった。 「…うもー…あんましじゃん…あたしが何したっていうのよー!」 「そりゃあ、日頃の行いって奴だろう」 天候に向かって情けなさそうに毒づく少女に、キールはさっくりと突っ込む。 けれど、振り向いた彼女の瞳の恨めしげな色に、彼は続けて皮肉を口にするのはやめにして、ちらりと苦笑を漏らした。 メイはもう一度悔しそうに窓の外を一瞥すると、カーテンを閉めてベッドの方に戻ってきた。ばたりと枕に伏せると、大きくため息をつく。 「…せっかくのピクニックなのにぃ…」 2週間も前から、メイは親友二人と今日のピクニックを計画していたのだった。 目的地は郊外の湖。自分やシルフィスの休暇の段取りも、ディアーナがこっそり王宮を抜け出す算段も、お弁当の準備もばっちりで、後は当日を待つばかり、だったのだが─── 「ここんとこずっといいお天気だったのに、なんで今日になって、雨降るかなぁ」 メイは、うにゃーと唸りながら枕を抱え込むと、ぼふっと顔を埋める。 キールは苦笑を納めると、彼女の髪をそっと撫でた。 メイが、正式に魔導士の資格を取り、ラボを開いたキールと一緒に住んで彼の仕事を手伝いはじめてから半年ほどになる。シルフィスはクライン初の女性騎士として正式に任官され、その忙しさはむしろ同期の男性騎士たちを上回るほどだ。そしてディアーナは、初恋の人であり、今は婚約者であるダリスの王子──先日戴冠式を終えたアルムレディン王との婚儀の話が、いよいよ本格的に動きはじめていた。 1年前には毎日のように顔を合わせ、にぎやかな日々を過ごしていた彼女たちも、最近では三人揃う機会は目に見えて減っていた。もちろん、心の繋がりは依然と少しも変わらない──どころか、一層強くなっているとはいえ、それぞれの人生は、互いに少しずつ別の場所に実り始めているのだった。 だからこそ、久しぶりの今日の約束をとても楽しみにしていたのに。 「…また、別の日にすればいいだろう」 キールの言葉に、メイは顔を上げて短く息をついた。 「…またしばらく、シルフィス、お休み取れないみたいだし。そのうち、もう寒くなっちゃうし」 秋ももう終わりに近い。間もなく駆け足でやってくるだろう冬の空の下では、外でのランチを楽しむのは少し寒すぎる。 そうこうするうちに、ディアーナがうんと忙しくなってしまうのも目に見えていた。それでなくとも結婚というのは女性の方が忙しいものだ。王家同志の婚儀で、遠く隣国に嫁いでゆく彼女がどれくらいの段取りをこなしてゆかなくてはならないのか、見当もつかない。 「残念――……」 メイは枕に頬づえをついたまま、窓の方に頭を巡らせた。 キールは、メイの栗色の髪が肩口にさらりとかかるのを眺めながら、微かに瞳を細めた。 彼女は、微かに唇をとがらせて、ぼんやりとカーテンに、その向こうの雨空に顔を向けている。細く降り続ける雨の滴が、彼女の瞳を曇らせているかのようだった。 (メイ) いつもは生き生きと跳ね回っている彼女のそんな表情は、キールの心を波立たせた。 普段は慇懃無礼だの皮肉屋だの愛想なしだのと、恋人であるメイにさえさんざん言われている彼だが、表に見える態度がどうであろうと、彼は心底彼女を溺愛しているのである。 自分にできるものならば、雨雲を吹き払ってやりたい。太陽を引き戻して、彼女の笑顔を輝かせてやりたい。けれど、彼の魔法──のみならず、この世界の魔法は、未だ天候を変える術は持たない。それはやはり、女神のしろしめす領分であるのだった。 「………それじゃ」 キールは、メイのまろやかな肩の輪郭を瞳でたどりながら、呟くように言った。 「二人を、うちに呼んだらどうだ」 「…え」 メイが、くるりとキールを振り向く。 「どうせどこにいたって、一日中ひたすらしゃべってるだけなんだろうが。喫茶店に一日居座って目立つより、ここの方がましだろう」 「いいの!?」 メイは、ぴょんと起きあがると、恋人の緑色の瞳を覗きこんだ。 キールは、魔法研究院にいた頃からの習慣もあるのか、自分の研究室も兼ねているこの家に、人をあまり入れたがらなかった。さすがにラボを開いているからには、依頼客を入れないわけにはいかないが、それ以外、魔法の研究に没頭している時(そして、それが彼の生活の大半を占めるのだが)に邪魔されるのを、彼は心底嫌がる。そういうときの彼に寄りつけるのは、メイくらいのものなのだ。 そんな普段の彼を知っているメイは、茶色の瞳を大きく見開いてキールを見上げた。 「今日しかないんだろ?」 ぶっきらぼうな口調は、彼が照れている証拠だ。 「…わーいっ!ありがと、キール!」 いきなり抱きつかれて、キールは思わず姿勢を崩しそうになった。が、何とか持ちこたえると、頬をくすぐる柔らかな髪に、微かに唇を緩める。甘い香り。暖かな体温。 腕の中に収まるしなやかな感触をそっと引き寄せようとしたとき、不意にメイは勢いよく彼から身を離した。 「そうと決まれば、気合い入れてごちそう作らなきゃ!ね、キール、悪いけどアイシュんちに伝言しに行ってよ。アイシュに、シルフィスにうちに来てくれるようにって言いに行ってもらって」 ここから歩いて10数分の所に住む双子の兄の名を出されて、キールは思わず眉を寄せる。 「……なんで俺が兄貴のとこなんかに」 「じゃ、騎士団まで行ってくれる?」 「…あのな」 「いーでしょ、お願い!ね?」 滅多に使わない、メイの首を傾げたお願いの仕草に、キールは一瞬黙る。 「…仕方ないな」 自分から勧めたことだし、まあそれくらいはいいか、と気を取り直して頷く。 「その後は、俺は一日、魔法研究院に行くからな」 だからといって、三人の女性陣の賑やかきわまりないおしゃべりの響く家の中に、一日いなくてはならないという法はない。彼は、以前から仕事の話のあった古巣に、一日避難を決め込むことにした。 「あ、じゃあちょうどいいや、その前に王宮に寄って、ディアーナにもうちに来てって伝えてよ。でも、こっそりね?お忍びなんだからさ」 「…………」 しめたとばかりに追い打ちをかけるメイの屈託のない声に、キールは額を押さえてため息をつくのだった。 その日も機嫌よく朝食をとっていたアイシュは、いきなりの弟の訪問に目を丸くした。 メイと暮らし始めてから、ずいぶん人当たりがよくなったとはいえ、自分の方から訪ねてくることなど、この半年で片手で数えられるくらいしかなかった弟である。もっともキールは、大喜びで迎え入れようとした兄に仏頂面で伝言を伝えると、そそくさと立ち去ってしまったのだったが。 王宮の自室で雨を嘆いていたディアーナも、非公式に面会を願い出てきた緋色の魔導士の名に大いに驚いた。事のいきさつをすぐに飲み込んだ王女は、彼に、どうせならメイが直接伝えに来てくださった方が嬉しかったですわ、と言い放って、それでなくても愛想のないキールを、一層憮然とした表情にさせたのだった。 メイのお使いを終えたキールは、当初の予定通り魔法研究院へ出向いて一日を過ごした。 以前彼が使っていた部屋はもう他の魔導士が占拠しているので、もっぱら書庫で調べものをするつもりだったのだが、生憎と長老の一人につかまって、目下研究院が取り組んでいる問題についての検討会に延々付き合わされる羽目になった。 夕刻、思ったほどは自分の調べ物が捗らなかったことに腐りながら、キールは家への帰り道をたどっていた。研究院を出る頃には、一日中降ったり止んだりだった秋雨はほぼあがっているようだった。けれどまだ空にはどんよりとした雲が澱んでいて、月はその向こうに姿を隠したままである。 街にぽつぽつと灯る窓の明かりを眺めながら、彼は家路を急ぐ自分、というものを、奇妙なものを見るような思いで改めて振り返るのだった。 帰る場所。帰りたい場所。待つ相手。共にいたい相手。 ほんの2年ほど前には、こんなことは思いもよらなかった。 いつかは自分の力で、と、あてどのない思いを抱えながら、来る日も来る日も研究院のあの部屋で、一人研究に明け暮れていたものだったのに。 どこか淡い感慨に耽りながら家にたどり着いた彼は、無造作に玄関のドアを開いた。 その途端、華やかな笑い声に直撃されて、不意をつかれて立ち止まる。 十分に時間を見計らって帰ってきたつもりだったのに、まだ甘かったらしい。 思わず反射的に回れ右をしかけて、すんでの所で立ち止まる。自分の家に帰ってきたのに、またこそこそ逃げ出すのが癪だったせいもあるし、第一、改めて出かけていくあてもないというのもある。こういう場合、普通は酒場へ繰り出して暇をつぶすというあたりが、一般的な男性の行動なのかもしれないが、生憎彼は酒が──そして、人の集まる場所があまり好きではない。 「まあ、キール!」 玄関を入ったところで逡巡して立ち止まっていた彼は、正面の階段の上に現れた人影に呼びかけられて、一瞬、思いっきり苦虫を噛みつぶしたような顔になった。 「……どうも」 無愛想きわまりない返事をして、彼はさほど意味もなく肩掛けの位置を直す。 ふわふわと階段を下りてくる桜色の姫君の後ろから、金色の騎士が現れた。 「あ、お留守にお邪魔しました、キール」 こちらは礼儀正しく一礼してから、ディアーナに続いて階段を下りてくる。最後にやってきた茶色の髪の少女が、彼を認めて輝くように微笑んだ。 「お帰りっ、キール!今ね、みんな帰るとこ」 「ああ」 自分の帰宅と入れ違いで少女たちが帰るらしいことにややほっとしながら、彼は短く頷く。 玄関に向かってくる3人に道を譲って廊下の端に寄るキールの前で、ディアーナは優雅に立ち止まった。宮廷の作法に則ったと思しき仕草で、可愛らしく会釈をする。 「どうも、ごちそうさまですわ、キール」 「……は?」 眉を寄せて聞き返す彼を後目に、メイはきゃあっと笑い声を立てた。 「もー、やだな、やだな、ディアーナったらっ」 ころころと笑い転げながら親友の背を叩く恋人に、キールは目を白黒させる。 頬を染めて、こちらもくすくす笑っていたシルフィスが、ちょっと首を傾げてディアーナに声をかけた。 「さあ姫、失礼しましょう」 「ええ、シルフィス。…それでは、キール、お邪魔いたしました。メイ、またお会いしましょうね」 「うん、またね、ディアーナ、シルフィス」 「ええ、また。…失礼します、キール」 口々に挨拶を投げて通り過ぎる二人を、キールは黙礼で見送った。 戸口の外までついて出て、二人を見送っていたメイが、ようやくドアを閉めて家の中に戻ってきた。食堂の前でそれとなく彼女を待っていたキールが、声をかける。 「姫を一人で帰して、いいのか?」 「ん、シルフィスが送っていくって。帰りだけ馬車呼びつけるわけにもいかないしさ」 あっけらかんとそう言うメイに、キールは短く溜息をついて食堂へ入っていった。とことことメイが後を追いかけてくる。 二、三歩中へ入ったところで、キールはふとマントを脱ぐ手を止めた。こぢんまりとしたダイニングテーブルの上には、ピクニックバスケットが鎮座ましましている。 「…なんだ、これは」 「あ、中はもう空っぽなの」 メイは、ほら、と蓋を開けてみせる。中には、ランチの残骸であろうと思われるパンくずやらレースペーパーやらが転がっていた。 「せっかくだからさ、お弁当作って、みんなでベランダで食べたの。それなりに面白かったよ」 雨にもめげず、他の手段でなにかと楽しむ術を見つけだしていたらしい彼女に、キールは苦笑する。 「それで、本当に一日中しゃべり通しか」 「えー、うん、まあそうかな」 「あきれたな、まったく」 えへへ、と笑ってみせるメイの笑顔を、ふと心和む思いで眺めながら、口調はいつものままで言う。 「よくそれだけしゃべることがあるもんだな」 「そりゃあ、女の子同士だもん、もーいっくらでも」 メイは、抱えたバスケットをキッチンに運ぶと、またそこからひょこりと顔を出した。 茶水晶のようにきらきらした瞳に、悪戯っぽい輝きが浮かんでいる。 「ま、でも、やっぱ中心はノロケ話かなー?」 「…って…」 メイの言葉に込められた、どこかからかうような響きに気づかないわけではないが、つい単語の意味の方に反応して動揺してしまう。 「何だ、それ…」 「ま、でもディアーナは遠距離中だからネタが少ないしさ、シルフィスはまだすぐ恥ずかしがっちゃうし進展もあれだし」 「……」 なんと反応していいのかわからないで黙る彼に、メイはにっこり微笑みかける。 「ま、あたしの一人勝ちかなー?」 「お、おい――」 ノロケ話の披露し合いで一人勝ちというのは―――考えれば、いや、考えるまでもなくどう言うことかは見当がつきそうな気もするが、彼の思考回路がそれを受け入れるのは、たやすいことではない。 「何、話してたんだ、お前は…っ」 妙に動揺しまくっている恋人に、うっふっふ、と笑いかけると、メイは人差し指をちいさく唇に押し当てた。 「女どーしの、ひ・み・つ」 二階の居間から運び下ろしたお茶会の後の食器を片づけながら、メイは楽しげに親友たちの近況や噂話をキールに話して聞かせた。 キールは、くるくる動き回る彼女の姿や、よく動く桜色の唇や、さらさら揺れる栗色の髪を眺めながら、メイの話を聞くともなく聞いていた。 「もー、キール、ちゃんと聞いてるの?」 「ああ、聞いてる」 「嘘ばっかりー!」 一応はそう責め立ててみせるが、毎度のことでそれがそのままけんかに発展するという訳でもない。メイは、またけろりとおしゃべりの続きに戻り、キールは生返事をしながらそれを聞く。 (……そう、だな…) ふと、キールの胸の中に、まるで当然のことのようにそれは落ちてきた。 何気なくて、当たり前で、気が遠くなるほどに愛しい、日常。 「……でね、シルフィスはそういうんだけどさ、あたしはね……」 この日々が、ずっと続くように。 彼がラボを開いたとき、メイはまだ魔導士の資格を持っていなかった。 肩掛けを取って、これでキールの手伝いもできるね、と彼女が言ったとき、彼は「じゃあ、手伝ってもらうか」と答えた。 しばらく研究院から通ってくる日々が続いた後、「片道40分毎日かかるのって大変」とメイが愚痴をこぼし、キールは「じゃあこっちに移るか」と言った。 メイは、あっさりとそれに頷き、そうして今の日々が始まったのだ。 (あの時に、言うべきだったんだな) 例によって照れが先に立って、大事な一言を取りこぼしたまま、歩き始めてしまった。 そして、日々を過ごすうちに、当たり前の日常の居心地の良さに、ついきっかけを掘り出すことが出来ないまま、ここまで来てしまった。 けれど。 二人で過ごす日常。互いに帰ってくる場所。ケンカしたり、譲り合ったりしながら、形作られてきた暮らしの形。 (言えるかな──今なら) 「キール」 ふと、思考を宙に遊ばせていた彼は、不意に目の前に現れた茶色の瞳に、二、三度瞬きをした。 「……なんだ」 「疲れてる?…ごめんね?」 「なにが」 メイは、隣の椅子にちょこんと腰を下ろしてキールの瞳を覗き込んだ。 「だって、なんか、今日一日、追い出したみたいになっちゃって。ごめんね──でも、ありがと」 「別に、大したことじゃない」 不意に、目の前の少女を抱きしめたい衝動にかられる。が、彼はそれに身を任せることはせずに、ただ軽く彼女の髪を撫でた。 メイが、嬉しそうに首を傾げて見上げてくる。 (…ああ、そうか、でも) 口に出す前に、準備しなければならないものがあることにはたと気づく。 ぴょんと身軽に立ち上がって、また片づけものに戻る彼女の後ろ姿を見ながら、彼はすこし唇を引き結んだ。 (明日、買いに行くか──だけどな……) 自分がそれを口にするためには、準備するものより、雰囲気より、こういう精神状態──というか、勢いの方が重要なのだろうというくらいの自覚はある。 むしろ正装して花束と赤いびろうどのケースなど手にしたら、きっと棒を飲んだように固まってしまって、何も言えなくなるに違いない。 (言ってしまおうか) 指輪はまだだけど、と言ったら、メイは怒るだろうか。思いつきで言ってるんでしょ、とふくれるかもしれない。ムードがないんだから、と怒鳴られるかもしれない。 ─────それでも。 「メイ」 「ん、なに?」 メイが、くるりと振り向く。キールの方を。 「結婚しよう」 |