「世の中はもっと良くなるはずだ」という漠然とした思いから10代より政治家を志してきました。しかし、ごく普通の家庭で育った私がその夢を実現するには、独立できる資格が必要と考え、公認会計士を目指しました。4年間の勉強の末、24歳で第二次試験に合格。大手監査法人にて勤務し、一部上場企業からベンチャー企業まで、延べ100社程の監査に携わりました。その後30歳で独立開業し、顧問先ベンチャー企業の社長の方々の気概に触れ合うことで強く時代の変化を感じ取り、「よし!自分も挑戦してみよう」という思いで若輩ながら立候補を決意いたしました。
 
  ●たけだ正光のプロフィール <南流山在住>  
   

昭和44年 東京に生まれる。小学校2年から流山市宮園で育つ。
昭和57年 流山市立八木南小学校卒業
昭和60年 流山市立八木中学校卒業

  特別目立った存在でもありませんでした。友達に恵まれ、いまだに良い付き合いが続いています。
昭和63年 専修大学松戸高等学校卒業
  高校時代は「人とは違う人生」みたいなものに関心がありました。ロックに目覚めてギターを弾いてみたり、妙な曲を作ってみたりと芸術の世界への憧れを強くもっていました。生涯の趣味である読書の面白さを分かり始めたのもこの頃です。勉強のほうはというと、科目により、かなり成績に偏りがあったため、平均点が重視される専修大学への推薦入学でなく、他大学への受験の道を選びました。柏の代々木ゼミナールで勧められた大学を5つ受験しました。高校時代の友達ともいまだに交流が続いています。
平成 4年 中央大学商学部卒業

運良く大学に入学できました。思い出すと恥ずかしい限りですが、人生を舐めていたというか、少し調子にのっていました。一年生の夏休みに松戸駅のそばのマクドナルドで夜間清掃のアルバイトをして、そのときに交流した「大人」の方達にガツンとやられて多少は目が覚めたのですが・・・。
一年生の頃は大学の授業よりも本を読むことを優先しました。大学の図書館の社会、経済、政治の棚は乱読ながら、ひととおり目を通しました。政治に対する憤りが、徐々に「自分がやるしかない!」という何の根拠もない思い込みに変わってきました。
徒手空拳で政治家になった先人の前歴を調べ、企業家か、弁護士かと悩んだ末、公認会計士になって独立しようと決めました。「経済のことが分かる政治家がいない。」とか、当時国会議員であった石原慎太郎氏が「学生時代に目指していたが挫折した。」などという話を聞きかじり、「よし!公認会計士になろう。」と決断した記憶があります。
そして二年生から公認会計士二次試験(いわゆる公認会計士試験)の勉強をはじめました。ここからが辛かったです。たかが試験と思われる方も多いでしょうが、毎日毎日一日中勉強して、合格までに四年間を費やしてしまいました。一年で受かる優秀な人もいるのですが、残念ながら私はそうではありませんでした。大学卒業後、就職もせずに受験浪人をして何とか合格できました。思い出したくもない灰色で単調な日々ですが、この時代があったからこそ今がある気がします。支えてくれた両親、妹、そして友達に深く感謝です。

平成 5年 大手監査法人入社
平成 9年 公認会計士登録(登録番号13572)

  会計士補(二次試験合格者を指します)として、朝日監査法人(現あずさ監査法人)に入社しました。総勢2,000名を超える大事務所で、社会人としてのイロハを叩き込まれました。上司・先輩の方々に良くしてもらい、本当にいろいろ学ばせていただきました。一部上場企業からベンチャー企業まで、多くの企業の会計監査業務、コンサルティング(経営指導)業務に携わりました。 3年間の実務経験の後、公認会計士第三次試験にも合格し、晴れて公認会計士になりました。昼は仕事、夜は独立準備のため異業種交流会にと忙しくしてました。このころから地元流山で各種団体に入会しはじめました。
平成12年 武田正光公認会計士事務所開設
  公認会計士事務所として独立しました。株式公開コンサルタント業務一本にしぼりました。株式公開とは、簡単に言えば、もとは小さな会社が頑張って業績を伸ばし、新聞の株式欄に載るような大きな会社に成長することです。それを社長とともに二人三脚でやっていこうと考えました。しかし全く仕事がありませんでした。税金の計算や帳簿作成などの仕事は、痩せ我慢してお断りしていたので、収入がない月日が流れていきました。昼間から天井を見てポカンと寝てたりしてました。独立 4ヶ月後とあるベンチャー企業と契約を結んでから、自信とコツが掴めたのか、都内を中心に顧客が増えていきました。とんでもない経験も沢山しましたが、多くの方々のおかげで何とか生活できるようになった次第です。その頃から青年会議所活動にも熱心になりました。出身校も、職業も、生まれ育った環境も全く異なるけれども、本当に心を許しあえる友達が、地元流山に沢山できたのは嬉しかったです。
平成15年 千葉県議会議員選挙に立候補するも落選
        (得票数10,644票、917票差にて次点)
  貯金を取り崩して選挙に出ました。多くの人のお力をいただきながらも、結果は落選。先人の偉大さを痛感しました。そして選挙は全人格的な戦いだと分かりました。もっと早くから準備していても同じ結果だったと思います。要するに今の自分が地区の代表としてふさわしくなかったということです。その事実を受け止め、今後一生涯をかけて努力を続けていこうと決意しました。
平成19年 千葉県議会議員選挙に再挑戦し初当選 (得票数14,293票)
   
     
 

■所属(2007年2月現在)
  ・武田正光公認会計士事務所 所長
  ・自由民主党 流山市支部 役員
  ・東葛国際映画祭 実行委員長
  ・NPO法人 流山フィルムワークス 理事長  
  ・NPO法人 地域政策研究所 監事
  ・流山市医師会 顧問
  ・流山市観光協会 役員
  ・社団法人 流山青年会議所 顧問
  ・流山市倫理法人会 会員
  ・流山市商工会 会員
■書籍
  「原価計算の基本がわかる本」監修 / ぱる出版
■趣味
  読書、音楽鑑賞、映画鑑賞

 
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