クワガタ初心者情報  − 放虫問題 −


 放虫とは、クワガタムシやカブトムシなどの昆虫を、無闇に野外へ放つ行為を総称して言います。昨今のクワガタムシブームの影で、これらの行為は、日本全国において急速に、且つ深刻に問題化している行為です。

 本来は、これらの昆虫を飼育する前に、特に地元で採集したような個体ではなく他地域で採集したり購入して得た個体を飼育する前に知っておかなければならないことと思われます。

 ここでは、現在までに既に生じている問題と、今後深刻化を招くであろう問題の流れについて考察してみようと思います。



放虫で生じる問題とは?

 そもそも放虫によって生じる問題とは何でしょうか。まずは簡単に列挙してみます。

@.外来種との雑種発生による遺伝子撹乱、日本固有種の雑種化・絶滅。
A.外来種による生態系バランスの崩壊、日本固有種の衰退。
B.外来種による農業への悪影響、外来害虫としての拡散・拡大。
C.その他。

 これらの問題が実際に生じている、または生じると考えられています。それでは、それぞれの問題について、より詳しく考えてみましょう。



遺伝子撹乱・雑種発生で日本固有種が絶滅する!

雑種の子供は雑種

 日本の種として100%の血筋を持つクワガタムシ(日本固有種)と、外国の種として100%の血筋を持つクワガタムシ(某国固有種であり日本固有種とは別種)が、野山で出会い、子孫を残したとします。生まれてくる子は「雑種」であり、それぞれの血筋を50%ずつを受け継いでいます。単純に考えても解ると思います。この雑種を例えば「50%雑種」という雑種個体と名付けましょう。

 この50%雑種個体が成長し、見事に健康な成虫となると仮定します。50%雑種個体は、やはり野山で出会いをし、子孫を残します。出会った相手が「100%日本種」だと仮定すると、生まれてくる子は全て「25%雑種」個体となります。

 この25%雑種個体が成長し、…。を繰り返すと、雑種度は「12.5%雑種」→「6.25%雑種」→「3.125%雑種」と低くなっていきますが、絶対に「0%雑種=100%日本種」には戻りません。限りなく0%雑種に近くても、100%日本種ではないのです。

 つまり、生物(分類)学上の日本固有種が、遺伝(交配)という事象を通して、雑種化(交雑)することにより(遺伝子レベルで)絶滅・駆逐されてしまうことを意味します。ブラックバス問題より深刻です。

 この問題は、一度でも(日本固有種と交雑可能な)外来種が野外に放たれた瞬間から、誰とも知れず進行していく問題です。クワガタムシは生物である以上、生存、生殖を優先して生活していくので、人目に触れない場所で密かに交雑し、雑種の子孫を増やし、純血種の血筋を無意識に奪い、そしてそれは末代まで繰り返し続くのです。


日本固有種同士でも雑種は生まれる

 先程は「日本種」と「外国種」という表現で説明しましたが、日本固有種同士でも雑種は発生します。先程の表現を変えて説明すれば、「○○島固有(亜)種」と「△△島固有(亜)種」による交雑です。全く同様の問題が生じてしまいます。

 当然ながら、「○○島固有(亜)種」と「本土産固有(亜)種」の交雑も同様です。


実際に起きている遺伝子撹乱

 これまで述べた「雑種化」が、もう既に日本国内においてかなりの段階まで進んでいる事例があります。それは「カブトムシ」の事例です。

 日本には、4種8亜種のカブトムシが生息しています。通常誰もが言う「カブトムシ」には、「オキナワカブトムシ」と「クメジマカブトムシ」という2つの異なる亜種が存在します。この3者は異なる亜種と言えども、よく似た親戚関係にある亜種です。”似ていても異なる”ことが大切な部分であり、また問題を深刻にしている部分です。

 かなり以前から商的繁殖が盛んだった「本土産カブトムシ」ですが、これが安易に沖縄本島や久米島に持ち込まれたことに端を発し、そして放虫されたことにより遺伝子撹乱が発生・拡散しました。とてもよく”似ている”者同士ですから、子孫を残すことも容易で、そして健康な雑種が生まれます。これが繰り返され、雑種としての血が広まっていきました。科学的な知見やデータはありませんが、もはや沖縄本島(伊平屋島も)や久米島のカブトムシは、その全てが「限りなくオキナワカブトムシに近い雑種」や「限りなくクメジマカブトムシに近い雑種」になっているかもしれません。あくまでも可能性の話ですが、これを完全否定できる根拠が無いのです。

 カブトムシと同様に、クワガタムシにおいても、これから猛威を振るうだろうと思われる事例が次々と発表・報告されています。顕著な例が「日本(本土)産ヒラタクワガタと外国産ヒラタクワガタの交雑」です。

 日本(本土)産のヒラタクワガタは、大型の個体であっても75mm程度が限界の大きさで、この限界値に近い個体は1年に何頭も採集されることはまずありません。それが突然80mmを軽く超える個体群が複数現れ始めた地域があるのです。これらの突然変異個体は、日本産のヒラタクワガタとは少し違う特徴を持ち、且つ既知の外国産ヒラタクワガタとも少し違うのです。つまり、日本産と大型外国産との「雑種」だったのです。

 また、オオクワガタに関しても、日本産亜種とは異なる中国産亜種の生息が確認されている地域もあり、本土においてもいよいよ遺伝子撹乱の嵐が巻き起ころうとしているのが現状です。



生態系バランスの崩壊=固有種の衰退!

「棲み分け」という生態系

 太古の昔に日本国土は大陸と地続きだったという話は有名です。この頃に多くのクワガタムシが後の日本国土たる部分に進出し、やがて日本国土は海により隔絶されてしまいます。日本国土が孤立したということは、地理的な生態系環境が限られるということを意味し、それを構築する生物種についても、海を利用することができる極一部の種の流入を除いて限られるということになるのです。この時点で、現在に至る日本の生態系の基礎が決められたに等しいと言えるでしょう。

 それから何万年という歳月が経過し、闘争や自然環境の変化などの生存競争に敗れた種は絶滅や衰退、あるいは特異環境に残されることになり、現在の生態系へと至ります。

 現在の日本のクワガタムシに限った生態系を考えると、実に絶妙なバランスだということに気付かされます。本土を例に考えれると、次のようなことが考えられないでしょうか。

 ウロ(樹皮の隙間や穴など)を住処にする種類は、オオクワガタ、ヒラタクワガタ、コクワガタ、スジクワガタ、あとはネブトクワガタなどです。大型種は小型種をあまり警戒しない傾向もあるので、闘争関係というには若干の無理があります。

 そうすると、大型種ではオオクワガタとヒラタクワガタが競合関係にあるようです。この2種の決定的な違いは幼虫の生息環境で、オオクワガタは立ち枯れなどの水分量が少ない朽木に、ヒラタクワガタは倒木や根部の水分量の多い朽木に生息します。成虫が同所的に存在しても、せめて幼虫が競合しないのならば決定的な致命傷にはならない、という状態なのです。また成虫の資質にも違いはあり、耐寒性に優れたオオクワガタは高地や北部に進出しているのに対し、耐寒性に劣るヒラタクワガタは低地や温暖な地域に限られるなど、両種が必ずしも同所的に存在するとは限らないのです。

 コクワガタ、スジクワガタ、ネブトクワガタはどうでしょうか。コクワガタは素晴らしいほどに優れた環境適応能力を持っています。低地〜高地、暖地〜寒地まで、そして湿潤な環境は勿論、乾燥気味の環境でも生存することができます。スジクワガタは若干ながら山地性ですが、コクワガタが集まらないような貧相な樹液でも集まってきています。ネブトクワガタは他種があまり集まらないモミの樹液にも集まるという特性と、幼虫はやはり他種があまり好まない土化した松の朽木にも見られるという特性があります。小型種は小型種で、ある程度しっかりとした棲み分けがなされているわけです。

 次に樹上生活系の種類です。ノコギリクワガタ、ミヤマクワガタ、ヒメオオクワガタ、アカアシクワガタなどでしょうか。

 ノコギリクワガタは、高地にも生息はするのですが、どちらかというと低山帯の種で、比較的暑さ・乾燥にも強い種です。ミヤマクワガタは、低地にも生息はするのですが、どちらかというと山地性の種で、比較的暑さ・乾燥には弱い種です。この特性の違いから、平地寄りにはノコギリクワガタ、高地寄りにはミヤマクワガタという構図が出来上がります。

 ヒメオオクワガタとアカアシクワガタは、同所的にも見られる種ですが、成虫の発生タイミングにズレがあるのと、幼虫の生息環境が違うことで巧みな棲み分けを行なっているようです。前者の幼虫は大木の硬い心材まで食い進むのに対し、後者の幼虫は比較的柔らかい部分を好み、またあまり太くない材でも大丈夫です。前者の成虫は晩夏発生が多く、後者の成虫は初夏以降の発生が多い、という点も違います。

 このように、微妙であり絶妙なバランスが存在し、それが適度に安定した状態が現在日本のクワガタムシ生態系である、ということなのです。


住処を追われたミヤマクワガタ

 以前、北海道にカブトムシは生息していませんでした。しかし、沖縄のように商的繁殖によって持ち込まれた個体が帰化し、ミヤマクワガタと競合を始めたのです。幼虫同士は埋没した朽木をめぐって闘争となるのです。

 結果として比較的短期間で肥大化できるカブトムシの幼虫がミヤマクワガタの幼虫よりも優勢となり、ミヤマクワガタの生息数は減少したと言われています。

 また、身近な里山においても微妙な変化が起きています。里山の産業形態が変化したときに、ミヤマクワガタの発生が少し変わったことを実体験しています。それは、農家が有機肥料(肥やし)を止め、化学肥料主体になり、製材所などが姿を消して数年後でした。それまでは肥やしや製材所の廃棄チップで大量発生していたカブトムシが、おそらく人間の産業副産物から自然の環境へと発生場所を一斉に戻らざるを得ない状況に陥り、ミヤマクワガタの幼虫との闘争が激化したのだろうと推測していますが、ミヤマクワガタの個体数、特に大型個体が激減したのです。

 比較的幼虫の生息環境が似る両者の関係は、時として生態系バランスの一端を垣間見るかのようです。


外来種が同じ生息環境に進出してきたら…

 成虫の生息環境も、幼虫の生息環境も、ほとんど同じ外来種が進出してきた場合、在来種はどうなってしまうのでしょうか。

 クワガタムシは、他種を捕食することに頼った食性ではないので、在来種が短期間で著しく減少、絶滅することはないとおもいますが、中・長期的に考えれば、いずれは考えられなくないことのように思います。

 特に大きな問題なのは、超大型の種が帰化してしまうことです。大型の体型を進化の過程で手に入れるということは、その種がそれだけ熾烈な競合に勝利してきた証なのです。つまり日本のような閉鎖的な環境で、限られた種同士で競合し、時に調和をも取り込んできたと思われる「ほぼ完成された生態系:日本バージョン」では、外国産超大型種に対抗できる強靭な種が存在していないのが実情で、東南アジアなどに産する数々の大型種の足元にも及ばないのが実態なのです。

 先に述べた「遺伝子撹乱」による絶滅危惧との相乗効果で、日本固有種が衰退・絶滅してしまう日がそう遠くはないことを、”今までに起きた様々な事象が暗に示唆している”のです。



外来種は害虫になる可能性を秘める!

食するのは樹液だけではない

 外国から輸入されるクワガタムシ・カブトムシは昨今急増し、実に様々な種が国内に持ち込まれています。以前は植物防疫法により輸入規制されていましたが、愛好家の地道な努力により一部輸入解禁され、現在に至っています。

 日本においては、クワガタムシは樹液に集まり、それを食するというのが最も一般的な認知範囲だと思います。出てしまっている樹液を吸っているくらいなら害虫にはなりにくい印象を持ってしまいますが、外国産のクワガタムシの中には、樹木の汁ではなく、草花などの汁に集まる種類が知られており、また実際に輸入されて販売されています。これらの草花の汁を吸う仲間には、自ら草花の茎などを切断して汁を吸う仲間があるということです。

 もしこれらの種が、一部の日本固有植物の花などを標的に分布を拡大したら、どうなるでしょうか。その標的が農産物だったとしたら、どうなるでしょうか。クワガタムシの輸入解禁となる過程においては、ある程度の「無害種」であることを立証する検証データなどが求められたはずですが、日本に産する全ての植物、農作物への影響などを完全に検証することなどは到底無理な話です。

 つまり、完全に立証されていない限り、日本の風土に適応した一部の外国産クワガタムシが、特定の植物や農作物を食害して「害虫化する」という可能性を秘めたままになるのです。

 時としては、特定の外国産クワガタムシが誘引される匂い成分が、日本で栽培される果実類の匂いの場合も考えられることがあります。現在は「検証されていないこと」であり、言わば「知らなかったこと」に過ぎないのですが、ある程度「予測できたこと」になり、害として進行してしまってからでは遅い、ということが言えます。



ブラックバス問題以上の問題である!

ブラックバス問題とは?

 ブラックバス(オオクチバス)とは、釣りを楽しむために持ち込まれた外来魚で、現在ではほぼ日本全土に(その仲間を含めて)分布するに至っています。引きが強く、手応えがいいので、淡水域でのルアーフィッシング=バス釣りという概念までもができあがりつつあります。

 バスの仲間は肉食性で、水性小動物や小魚、大型種も稚魚などであれば捕食してしまいます。これが引き起こした問題は、日本固有の淡水域小型魚類の絶滅危惧、淡水域漁業資源の減退などです。

 ブラックバスが日本に持ち込まれ、極一部の湖沼(芦ノ湖など)に放流された当初から、形態系への影響を懸念する声が存在していました。大正時代の話です。

 ’70年代のルアーフィッシングブームにより、ブラックバスは全国の淡水域に分布を拡大していきます。それは人為的な放流に起因しており、時としてその淡水域の漁業権などを無視した無許可放流であったりもしました。

 ’80年代には、釣り業者や業界関連のバス釣り大会などが大々的に催されるようになり、更なる(ゲリラ的な)放流が加速して行き、それまで残されていた原生態系を留める希少な淡水域の多くを次々と飲み込んでいきます。

 また、バス釣りでは「キャッチ&リリース」という慣例が全体主義化したことも、問題に更なる拍車をかけました。一見すると無用な殺生を避ける行為にも思われますが、根底には(バス釣りの)希少な資源を減らさないためという背景が存在しているというのです。美化された行為の裏で、更に問題に加速をつけた要因とされています。

 現在では、これらの問題に取り組む自治体などが増え、行政側と釣る側での摩擦も生じてきています。制約を受ける釣る側は、バス釣りという市民権を得るのに奮闘し、行政は自然保護と漁業資源の保護に必死です。


ブラックバスは人為拡大、クワガタムシは自力拡大

 ブラックバスの分布拡大は人為的な要因によるものが極めて多いのですが、クワガタムシは「飛翔能力」が備わっていますので、一部の地域(あるいは1本の木と言っても過言ではない)に放たれただけで、自力で分布の拡大を始めてしまいます。

 その地域の優勢種として君臨するに至るのか、遺伝子撹乱を巻き起こして雑種化するに至るのか、それは放たれた種と地域在来種との関係で局面は変わってくるでしょう。しかしそれは、地続きである以上は拡大する可能性が大きく残り、いずれは日本全土に及ぶ恐れが出てくるのです。

 魚は放たれた湖沼や河川域から脱出することは難しく、問題もそれぞれの水域に限られますが、クワガタムシなどの昆虫類の場合、飛翔移動することから地域に留まらない、島(日本)全体の問題と成り得るという認識を持つべきなのです。これは充分に予測し得る大問題であるのです。


存在否定ではなく認識の問題

 これまでの内容で、「外国産はいけないのか?」「バス釣りはいけないのか」という気持ちを持つ方もいると思いますが、単純にそういうことではありません。

 外国産のクワガタムシなどを飼育すること自体には、何ら問題はありません。勿論、正規ルートを通って持ち込まれた個体のことを指していますが…。同じく、バス釣りをすること自体には、現状を鑑みれば既に否定できる状況にありません。

 バス釣りの話から先行すると、バスの放流による影響や問題は既に表面化し、現実のものとなっています。これを無視してまでもバス釣りを続けていくことは、昨今の風潮からも難しいことだと思います。つまり、バス問題に自ら取り組みながらではないと釣りは成り立たない状況にある、とも言えるのです。

 現在は「バス釣り」と「自然・資源保護」は対立関係にある図式です。これを共存共栄できる構図にしなければならないのです。そのためには、自然・資源保護を訴える側は希少な生態系が存在することを立証し、あるいは明確な漁業権の侵害が存在することを立証しなければならないでしょう。バス釣り愛好者は定められた場所や方法での釣りを楽しみ、バスが与え得る影響を周囲に啓発し、理解を含めて実践していかなければならないでしょう。バス釣りの楽しみ以上に、生態系の保全が大切である価値観を持つ、あるいは育てることが重要なのです。

 クワガタムシについても同様です。今現在は行政や自治体が、外国産(他地域産)クワガタムシを主体とする生態系破壊について注視していない状況なだけで、今後は取り沙汰されてくる問題であるのです。飼育は可能。でも野外に放つことはいけない。そういう認識がクワガタムシに携わる人々には必要で、業界関係者から一飼育者まで、浸透されなければならないのです。これを無視し続ければ、回復不能な生態系破壊と遺伝子汚染が広がり、クワガタムシ愛好者はバス釣り愛好者と同じような、あるいはもっと困難な岐路に立たされてしまうのです。

 また、このような話を進めていく際に、クワガタムシが減少している理由は「開発」、「採集圧」、「里山の変化」、「カラスの増加」、「地球温暖化」など、別な理由を掲げて同罪論を展開し、対抗意識を燃やす方も居られると思いますが、だからと言って放虫が許されるとか、罪は重くないなどの話には到底なりません。ここでお話しているのは「放虫について」であって、「総括的なクワガタムシの減少について」ではないのです。



放虫行為はやめよう!

「飼い切れないから」…初めから飼わない!

 今まで飼育してきた個体に飽きたり、無計画な繁殖により増え過ぎた個体を野山に放す(捨てる)人がいます。管理能力が追いつかない場合などに多いでしょう。また、「秋になると死ぬからその前に自然に戻そう」などと言って美徳化してしまう場合もあるでしょう。なお、専門業者などが廃業する際に放棄してしまうことも同じです。

 外来生物を飼育する場合は、最後まで責任ある対応をしなければなりません。飼い切ることができないのであれば、事情(放虫問題なども含めて)を説明して譲渡したり、ペットショップに引き取ってもらったり、最悪は自らの手で殺すようにします。殺すなんて酷いのではないか?という意見は最も多く聞こえてきそうですが、元々は飼い切れなくなった飼育者の問題ですから、その飼育者が問題を解消するためには必要なことなのです。そうならないように飼育するのが本来の飼育者が備えるべき資質であると言えるでしょう。


「近くの山に外国産を増やしたい」…その思考は断罪!

 近所の山で、「生きている外国産の自然な姿を見てみたい、採集したい」という理由から、放虫している人やグループがあると多く聞こえてきます。どう考えても、現在では放虫=御法度という概念が構築されていますので、未だにその行為を続けている人やグループがいるのだとしたら、よほど情報に疎い環境でクワガタムシ飼育をしている方(々)でしょう。

 もう既にブラックバス問題で、同様の意識が引き金となった壊滅的な状況が全国の淡水域に見られているのです。これと同様の状況を作り出そうとしているのですから、ある意味「如何に人間が愚かか」を体現しているようなものです。

 もし、バス問題や放虫問題の定義を知りつつ、故意に放虫行為を行なっている確信犯的な人がいるならば、なぜそのような生態系への冒涜をするのでしょう。その人が目指している何かとは、原生態系より貴重で大事なことなのでしょうか。おそらくは個人レベルに留まる欲望に過ぎないと思われるのが常です。


「副次的なイベントとして放つ」…素人判断の脅威!

 アウトドア関連レジャー施設で、その敷地内の森林には「○○クワガタが生息しています」というフレコミがなされ、集客要素として意図的にクワガタムシを放虫している場所があります。○○クワガタとは、その地域では採集記録が無い種だったりするのです。施設を運営している人は、おそらくクワガタムシにおいて放虫問題のような事象が懸念されていることなど知る由もないでしょう。

 この事例はとても脅威的なことですが、実際に存在しているのです。


「勝手に逃げた」…逃げれる余地を残した管理者の責任!

 クワガタムシは強靭なアゴを使って、時として飼育ケースのフタなどを食い破って脱出してしまうことがあります。勿論、フタがしっかりと閉まっていなかった場合なども同様に脱出してしまいます。

 室内で飼育している場合、戸締りなどをしっかりする家庭であれば、野外へまで逃亡してしまう個体は稀です。飼育ケースから逃亡した直後は見つからなくても、時間が経過すると意外なところに居たりするものです。結局はタンスの裏で干からびていた、ということも多いかもしれません。しかし、(筆者も含め)飼育者は厳に注意しなければならないことです。

 気をつけなければならないのが、屋外に飼育環境を持っている飼育者の場合です。特に、「自然に近い育て方をしたい」という理由(それが悪いわけではない)から、幼虫を材に投入し、あとは屋外へ放置してしまうパターンです。羽化した成虫が容易に野外へ飛び去ってしまう状況ならば、かなりの危険性があります。屋外での飼育は、ケース単体の強度などは勿論、二重、三重の対策を心掛けるべきだと思います。全く対策をせずに、このような飼育をしているという人の記事を専門誌で見かけたことがあります。

 また以前、山に転がっている朽木に、わざわざ幼虫を投入しに行き、翌年以降に採集する人がいる記事を専門誌で見かけました。もしこの人が、何らかの事情で採集しに行けなくなったら、放虫そのものを行なったことに変わりありません。



意外な落とし穴がある!

放虫で生じる問題は全てクリアしていても…

 「国産種で、周囲の環境にも生息している種類だから大丈夫だろう」

 実はこれも一概には言えない事象です。これを説明するのには、本土産ヒラタクワガタを説明するのが最も解り易いと思います。詳しい方ならば「そうそう」と頷くでしょう。

 日本本土産ヒラタクワガタ(Dorcus titanus pilifer)においては、遺伝的に2系統が以前から存在する、という研究結果が出されています。これはどういうことなのでしょうか?本土産ヒラタクワガタが、日本国土に生息を広げた経緯を考えると、それは見えてきます。

 大陸と地続きだった頃、日本国土には2系統のヒラタクワガタが進出してきたと考えられています。1つは朝鮮半島経由で内陸から南進してきた「ツシマヒラタ系」です。もう1つは(旧)大陸の南岸沿いを東南アジア方面から北進してきた「南西諸島系」です。前者は九州北部〜本州西部に分布を広げ、後者は太平洋側の各地域に分布を広げたと思われています。

 やがて日本は大陸と海で隔絶されるのですが、上陸した2系統のヒラタクワガタは、新天地を求めて日本列島内を移動していきます。その際、これら2系統が各地で出会い、自然交雑を繰り返しながら現在の分布に至っているというのです。

 つまり、これら2系統の血筋が自然に交わって構築されたのが本土産ヒラタクワガタということです。このことから、各地域のヒラタクワガタは、それぞれの地域独特の遺伝情報(自然交雑具合)を持っているということになります。言い換えれば、九州の個体、四国の個体、本州西部の個体、本州中部の個体、本州東部の個体、それぞれ同じ「本土産ヒラタクワガタ」ではあるものの、遺伝情報が異なる点から、亜種レベル以下ではあっても発現型や性質に差異が認められる結果となるということです。実際に九州北部〜本州西部(特に日本海側)では、ツシマヒラタのようにアゴが長くなる傾向があるようですし、太平洋側の地域では、そのような特徴を著しく持つ個体群はほとんど無いようです。

 結論的には、同じ亜種であっても、地域により差異が認められることがある、ということです。ということは、このような遺伝的背景を考慮すると、同じ亜種でも採集地以外の場所には放つことができなくなる、放たないほうがいいということになるのです。


飼育下に置いた個体は放たない!

 極論的な話にも聞こえてくるのですが、結果として飼育下に置いた個体は野外に放たないことが賢明のように思えてきます。一番影響が少ないと思われる「採集した場所に戻す」という行為でも、飼育という人為的な生存過程を経てから放たれるわけですから、純粋な自然個体ではなくなるように思われるからです。

 また、累代繁殖した個体群なども、親を採集した場所であれば放しても大丈夫だろう、と思う方も多いと思いますが、人間は間違いを犯す生物ですから、時として「気付かぬ勘違い」をしてしまう場合も考えられるのです。親の採集場所を間違えて記憶していたり、放つために持ち出した個体が別物だったり、当の本人が気付かぬままに行為が行なわれてしまうことだって、全く無いとは言い切れないのです。

 様々なことを考えれば、やはり飼育下に置いた個体は野山に放つべきではない、という結論が見えてきてしまいます。

 飼育下で累代繁殖させた(地域純血)個体を採集した地に放つとき。それは日本固有種が雑種化してしまい、それら雑種個体をコバルト60を用いて不妊化させて駆除した後の、クワガタムシが全く消え失せた山野に「人為的に再生」するときになるのかもしれません。



更なる啓発を!

商的には弊害。それであっても…!

 飼育ケースに入れられて、小分けにされて売られている外国産カブトムシ、クワガタムシの姿を、ペットショップは勿論、近所の量販店などでも見かける機会が増えてきています。それらのケースに貼られているラベルや、店頭広告には、放虫することによる生態系への悪影響について一切触れられていないことがほとんどです。

 結局のところ、そのような問題がありますよ、と明記することで、購入・飼育を敬遠してしまう人が現れてしまうことがビジネスの世界では問題なのです。購入者に与える影響については、どんな製品でも注意書きとして存在するものですが、生態系への影響までは明記する義務も無く、完全に飼育する者のモラルに頼った状態が現状です。

 一昔に比べ、より一般的な人にまで外国産個体が行き渡る時代ですから、業界的には更なる啓発が求められて当然でしょう。バス問題では、無許可放流に暗に加担し、啓発を怠ってきた業界をも非難を受けている実情があります。そうならないためにも、利潤最優先・経済至上主義を改め、地球環境に配慮した姿勢を「最低限レベルで」示す必要性があるのではないでしょうか。


個人レベルに期待されるもの

 個体の取引(売買や譲渡など)の際には、取引関係となる両者が問題の共通認識を有し、それは個人レベルのモラルに委ねられているのだ、という気持ちがなければ、この問題は深刻化の一途を辿るでしょう。認識レベルや解釈には個人差があると思いますが、後々は飼育する全ての人が、何らかの形で、「放虫はいけないこと・やってはならない重大な行為」という認識を持つに至ることが最良なことだと思います。

 それを達成するには、極度の困難はあるでしょう。しかし、個人レベルにおいても草の根運動のように、誰かと接する機会に放虫問題について簡単に触れることを続けていけば、この問題の認知度は必ず高まりを見せ、問題が進行していく加速度を抑えることができるように思えます。


教育的な側面から

 業界や飼育者以外にも、啓発すべき立場の存在があります。それは「親」であり「教育現場」です。この問題(クワガタムシに限らずですが)について知り得たのであれば、親として子に伝えるべきは何なのか。教育現場がやるべきことはどういうことか。とりあえずは考える必要があるのではないでしょうか。



まとめ

 放虫を未然に防ぐ手立ては確立していません。また、放虫による問題を解消する方法も確立されていません。完全に確立できるものではないのです。そこには必ず人が存在し、人は過ちを犯すものだからです。しかし、過ちを過ちとして認識することによって、相当な数の事例を減らすことは可能です。

 何千万年もの歳月と、地球そのものによる環境変化が育んできた生態系は、それぞれの地域で絶妙なバランスの上に成り立っています。それは自然が生み出したバランスで、それを元にその場所の自然環境が成り立っているのです。

 成り立つのに数千万年。崩壊するのに数年〜数十年。如何に儚く脆い存在か。悠々とした時の流れの中で育まれた自然のイマジネーションが、その年月に比べれば一瞬の年月で失われてしまうのです。失われた限りは、取り返しの付かないことであると人間は気付いています。また、同様に自然の貴重さについても、日本人はもう充分に知るに至った時代だと思います。

 放虫。それが例え、たった1頭の個体が放たれたことだったとしても、何億・何兆・先を見れば半無限の数の在来個体の未来を変える痛恨の一撃であることを、心に残しておいてほしいものです。




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