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準備はバーゲンの航空券を買っただけ
お大師さまとの「同行二人」、いや大事なカミさんを忘れてはなるまい。
とすると、これは「同行三人」ということになるんだろうか。
まあ、細かい事には拘るまい。
と、いうわけで「同行三人」お気楽へんろ珍道中、これよりスタートいたします。
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一巡目を結願してから、はや2年。
その間、高野山へ。
ついでといっては何だが、熊野三社に詣で熊野古道をちっと散策、吉野の桜も満喫した。
「これで一区切り。四国へんろは卒業。次は何に挑戦するかのう」と、のんびりしていたのだが・・・
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事はそれほど単純ではなかった。
「お四国さん」は、心中深く入り込んでいなさった。
毎日の暮らしの中で静かに息づいていなさった。
テレビの天気予報を見れば、いつのまにか四国を見ている。
「徳島は快晴じゃ。みんな気分良く歩いておるじゃろうなぁ」
「今日、高知は台風が直撃。でも頑張ってる奴がいるかもしれんのぅ」
まったくへんろ気分が抜けきっていない。いや、まだまだへんろそのもの。
四国のニュースを見れば、町のたたずまいを思い出し、
しばらくは想い出話しに華を咲かせるが・・・
懐かしさのあまり、いつしか涙ぐんでいる自分がそこにいる・・・
過去の記憶に生きるのは年寄りの特性か 涙もろいのは加齢現象か。
いやいや、それだけではあるまい。世に「お四国病」なるものがあると聞く。
同じ症状の人が、他にも沢山いる証拠。
それにしても、これはちっと重病じゃ。
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「また、行ってみない・・・」
「そうだなー・・・もう一度出掛けるか」
こんな会話が何れからともなく出るまでに、そう長くはかからなかった。
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(2007年4月4日最寄駅4時43分発 東京から京浜東北線 京急線と乗継いで羽田空港7時17分着。ANA531便羽田空港8時10分発 高松空港9時30分着)
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| ここも事故多いが、他社はもっと多いからなぁ・・・ 乗るにも覚悟が・・・。 |
全身ポケモンのANA。![]() |
| 機内では「富士山」を報じていたが、これは南アルプスだろうか。まだ頂上付近は真っ白 |
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| 中央に横たわるのは、もしかすると中央アルプスかも。とすると、その遥か向こう雲の中は北アルプスかなぁ・・・ すべてが懐かしい |
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| 滑空状態に入ったかと思うと、もう瀬戸内の島々が・・・ さらに高度を下げると船舶の姿も。 羽田から1時間20分、はや四国上空。 |
「女体山」、何とも艶かしい名前である。
この山を無事越えて88番に到達、そこで初めて結願が迎えられる。そんな地理的配置も面白いが、
結願を前にして、こんな艶かしい名前の山があること事態、なにか作為的なものを感じる。
ここは最後の試練の場に違いあるまい。
これまでの修行結果が試される場とすれば・・・これは覚悟して行かねばなるまい。
前回、結願した時には天候の関係でやむなく助光経由だった。
この何とも艶かしい名前に惹かれたばかりに、2巡目はここ「前山ダム」からのスタートを決意した。
しかし冷静に考えて見れば、一方でお大師さまを拝みつつ、こんな名前に惹かれている自分がいる・・・何とも生臭い根性。
まだまだ修行が足りませんなぁ・・・
まあまあ、お叱り下さるな。
「女体山の厳しさ」の魅力と、「大坂峠の美しさ」の魅力を、この際是非とも味わって見たいとの思いがあっての事ですから。
さあそれでは、道標に従ってぼちぼち参りますか。
(前山ダム脇、「大窪寺」方向を指す道標。電柱や柵に囲まれて窮屈そう。
でも、行くべき方向をしっかりと指している)
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全国的に開花の早かった桜も、ここ前山ダム周辺ではまだ満開
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満開の桜、人ひとりいない静かな道。
前を行くのは「同行3人目」殿、これからも風景の引き立て役として度々登場します。お見苦しいところはお許しください。
それにしても、気分良さげに颯爽と歩いておられますなぁ。
(とても、とても70代とは思えませんです・・・ハイ。)
落ち葉輝く野道。
「来栖」で県道3号線を離れ、「来栖神社」を経て譲波に向かう。
はや前方に見える山影は、憧れの「女体山」かも。
標高差はさほど感じられないが・・・
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譲波を過ぎたが、道はまだ緩やか。
先ほどから、軽トラックが走れそうなほどのしっかりした道が続いている。
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それにしても、今日は朝から天候の変化が激しい。
日差しが見えていたかと思うと、にわかに暗雲垂れ込め大粒の雨。
そのたびに合羽を着たり脱いだり。毎度の事ながら、これが結構面倒臭い。
しかも、笠のビニール・カバーを失くしてしまったため、出立間際に「同行3人目」殿がビニールの風呂敷を代わりに被せてくれた。
まあ、雨は何とか凌げるものの、この風呂敷の柄がなんと大粒の白い水玉模様。
しかも、にわか仕立てのため端の方のゴムが利かず脇の方が垂れ下がっている。
更に、ポンチョの裾がふわふわして煩わしいので、前後の裾を白いビニール紐で縛りつけたのがもっといけなかった。
ザックを上から覆ったポンチョが大きく膨らみ、まるで上半身は丸い大きなボール、その下に短い足がチョロチョロ。その周りに白いビニール紐がフワリフワリ。大きなボールの上には水玉模様の笠がフワリ。
ひとさまにはとても見せられない異様な風体。
雨が降るたびにビニール紐の結び役をさせられていた「同行3人目」殿・・・・
呆れ果てて、とうとう言い出した。
トホホホホッ・・・何もそうまでおっしゃらなくても・・・どうせ人ひとり遇わない山道なんですから・・・
(さすがに自分もこの姿を撮る気にはなりませんでした。証拠不十分のところは悪しからず・・・)
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山道の途中に立札あり。「大窪寺」にはこんな由来が・・・(看板の中身は以下の通り)
この奥の北西斜面を「ふろくぼ」(古大窪)と呼んでいる。
昔、行基菩薩が庶民の苦難を救うために、布施屋(ふせや)を設けたところと伝えられる。四国霊場第八十八番医王山遍照光院大窪寺は、この古大窪に創建された。これが、峰を南へ越えた大窪寺の奥乃院、そして現在地へと移って行ったものである。
深山幽谷の澄んだ空気と清らかな水。大窪寺に集まった修行者の残した信仰遺跡は、古大窪から、一谷南へ越えたあたり一帯の各所に見られる。
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道標には「前山ダム 5.6k 太郎兵衛館 0.5k 」とある。
ここからが本格的な山道になるらしいが・・・(ここからご覧の斜度が続く)
歩き出し初日ということもあり、「同行3人目」殿はこの程度ではまったく驚かない。
少々の坂道はガンガン行く。驚くばかりのエネルギー。
この場所が「女体山は四国88ヶ所最後の難所」といわれる由縁かも。
頂上直下、距離にして20〜30mくらいのものだが、斜度がきつくなり岩につかまりながらの登りとなる。
岩は階段状で安定している。丁度よい手がかりとなるので思ったより登り易い。
距離も短くさほどの心配もないが、やせ尾根なのでややスリリングである。
それにしても、「同行3人目」殿はますます快調。ガンガン行きますなぁ。
これが頂上への最後の上り。頂上には祠が。すぐ近くに小さな石の祠も。
この裏側から「大窪寺」への下りが始まる。道は細いがしっかりしている。
(山頂の石の祠)
上空は暗雲垂れ込め、遠くの山々は霧におおわれている・・・
と、思ったら間もなく雪混じりの強風が吹き始めた。
霧と思ったのは、突然の強風に渦巻く雪だったようだ・・・いつもの事ながら四国は気象が激しい。
(女体山頂より前山ダム方面を望む)
番外霊場 奥乃院胎蔵ヶ峰
大窪寺への道をしばらく下り、もうそろそろ寺に着くのではと思われる頃に道標あり、右に200mほどいったところ。
大師求聞持修行の岩場、並びに大師の加持水あるという。
新緑の尾根に一際目立つ白い花
胎蔵ヶ峰付近に咲く清楚な花、コブシだろうか。
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大窪寺 女体山からの下りは一本道。さしたる苦労もなく、気づけば境内。
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もう二度と来ることはないだろうなぁ・・・
そんな思いを抱きつつ動かぬ足を引きずりながら、やっとの事で大窪寺に辿り付いたのは、2年前の四月だった。
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その日は朝から静かに雨が降っていた。
体調の変化に気づいたのは、朝食の時だった。
食事が喉を通らない。まったく食欲がない。
「おかしい・・・」、そう思いつつも無理やり流し込んで宿を出たのだが・・・
朝食時の不安は、間もなく的中した。
気分の悪さをこらえつつ「道の駅ながお」まで辿り着いたものの、そこでたまらずトイレに飛び込んだ・・・
腹具合も少し治まり、気分の悪さからもいくらか解放されたような気がした。
身体は依然としてだるかったが、足に不安はなかった。
最後の旅立ちにあたり、密かに女体山越えを決意していた。
「最後の難関」を是非とも通過したうえで、結願を迎えたかった。
朝、出掛けに「民宿 ながお路」の大女将から「天気が悪いから山はやめなさいよ」と何度も念を押されていたが、難所であってもこの程度の雨なら何とかなるとの思いがあった。
譲波経由道は崩壊で不通と聞いていたので、宿を出る時には別ルートを予定していた。
ところが、ところが・・・一体どうしたという事か。
県道から分かれ、「多和神社」への道を歩いていたはずが・・・いつの間にか「譲波」道に迷い込んでいる。気づいた時には、「来栖神社」前。
腹の具合も幾分治まり、確実に行程をこなしているという安堵感から、気分の悪さも忘れていたところへ・・・
今まで懸命に歩いてきた道をもう一度戻らねばならないと分かった瞬間、急にまた気分が悪くなってきた。張りつめていた気持ちが一気にしぼんで行く。
「山越えは止めろ」との宿の大女将の度重なる忠告、更に急な体調不良、道を間違え前進出来ず・・・これは単なる偶然か。
もしかすると、行かせまいとする何らかの力が・・・不吉な予感が心をよぎる。
とにかく一旦県道まで引返えそう。40分のロス、少しあせる。
気を取り直して今度こそはと道を確認し、多和神社道へと県道を分岐しようとしたその時、
たまたま通りかかったのは一人の女へんろ、へんろ経験も豊富のご様子。
「今日は天気が悪いので山越えは止めたほうがいい。前を行った団体さんも止めると言ってた。」
うーむ・・・体調は悪いし、難所と聞いているし・・・
まだまだ「女体山」越えに未練があった。しかし、先ほどより続く出来事にさらに増す不吉な予感。
やはり無視することは出来なかった。
「今日は車道を助光経由で行くしかあるまい」
意を決して道を変え車道を歩き出したものの、まったく予想もしていなかった次の難関が待っていた。
体調不良の身体にとって、幾重にも曲がりくねった車道は予想以上に長い道のり。
大窪寺までの標高差は300m弱。一気に登れば大したことのない高さのはずだが、車道となると思いっきり蛇行させられる。
強い雨の中、両側に樹木が生茂る2車線の舗装道路を、時折走り抜ける大型トラックに合羽を吹き上げられながら、ただダラダラとうつむいて歩く。
かなり歩いたような気がする。
もうそろそろ、あのカーブの向うには違った世界が広がっているのでは、と思うのだが・・・
カーブを曲る都度、期待は裏切られる。
そこには、今までとまったく変わらぬ道が続く。
樹木生茂る上りの舗装道路が、曲がりくねり延びている。
そんな事を、何度も何度も繰返す。もしかしたら同じところを歩いているのでは・・・とさえ思えてくる。
やっとの事で助光東で県道と分かれ、しばらく歩いた時だった。
それは突然起きた。
足が動かない・・・足に力が入らない!!
こんな事は初めてだ。
まっすぐ歩こうとしているのだが歩けない。蛇行している。
身体が左右に揺れている。いや、前後にも揺れている。
ゆらーり、ゆらり・・・自分の意思とはまったく関係なく揺れている。自分の身体とは思えない。
ふらふらと10歩ぐらい歩いては立止る。自分の意思ではない。足が動かないのだ。
杖にしがみつき、立ったまましばらく休む。しゃがむ事すら出来ない。
しゃがめば、そのままひっくり返ってしまいそうである。
また、よろよろと歩き出す。
何度もこれを繰返す。道のりは一向にはかどらない。
時折り、前を行く「同行3人目」殿がソーッと振り返る。
倒れずに歩いているか、どうやら確認しているらしい。
フラフラしながらも歩いていると分かると、また先にすたすたと・・・これもやむを得まい。決して冷たいわけではない。
リュックもたいして重くはない。自分の身体を扱いかねているだけであり、手助けのしようもあるまい。
それでも時々「この石に腰でも掛けて、少し休んでみたら・・・」と、言ってくれる。
その石に向かってフラフラと歩いたかと思うと、たまらずそこへ座りこむ。
しばらくして、またユラユラと立ち上がる。
いつになったら大窪寺に着けるものやら・・・
思えば、今までがあまりにも順調であり過ぎた。
天候にも恵まれ、
へんろ転がしにもさして驚くこともなく、
まさに、ハイキング気分の連続でここまで来てしまった。
もしかしたら・・・今、88番を迎えるにあたり、
最後の最後に苦行の場が与えられたのかもしれない。
きっとそうだ。そうに違いない。
そんな思いが次第に強くなっていた。
この苦しみから抜け出す術はいくらでもあろう。
しかし、1200k歩いて、最後の最後に得られた苦である。
そう安易に回避してしまいたくない。
この苦の中に、出来るだけ長く自分を置いてみたい。
苦しみ続けてみたい。
いや、もっと味わい続けてみたい。
もしかしたら・・・
自分の何かが変われるチャンスかもしれない。
どう変われるか試してみたい。
そんな思いが強かった。
フラフラになりながらも、真面目にそう考え続けていた。
肉体的には最悪である。
かつて経験した事のないほどのコンディションである。
しかし、心は驚くほど澄んでいた。
何の心配もなかった。
何の不安もなかった。
何の混乱もなかった。
むしろ、苦を楽しんでいる。
何というさわやかさだろうか。
大いなるものに自分を任せきることからくる安堵感、そんな感覚が自分を支配していた。
神や仏を心から信じていたわけではない。
観光気分半分で始まったへんろである。
しかし、1200kの道程で何回かの不思議な体験をした。(詳細はいずれ書きたいと思っている)
当初は、単なる偶然と気にもしなかった。
しかし、「何らかの強い意思の存在」を感ずるような不思議な体験を重ねるうちに、
もしかしたら・・・と思い始めた。
その存在を神と呼ぶべきか仏と呼ぶべきか、それはまだ分からない。
けれどもいつしか自分の中に、大いなるものの存在を信ずる心が芽生え始めた。
生かされている
見守られている
そう気付いてから、
こだわりが薄らぎ、力みが消えた
悩みや不安が和らいだ
苦が悦びに変わり始めた。
そして今この苦しみを味わいつつ、
大いなるものの存在が、さらに確信のようなものに変わりつつあった。
民宿八十窪 (大窪寺前)
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2年前に来たときには、団体へんろさんの宿泊で満室だった。
毎年同じ時期に回って来る「団体さん」だという。
団体さんが行くところ、当然のことながらここぞと思うへんろ宿は次々と満室になる。
ベテラン・へんろは、「毎年、その日を避けて日程を組む」と言う。
歩くことは自由。されど宿を独占するような数で大挙して回れば、当然、他の個人へんろの迷惑になる。
主催者には、いささかなりとも「他を思い遣る心」、「優しさ」があって欲しいもの。
単なる観光旅行ではあるまい。いやしくも「へんろ」なのだから。
八十窪の大女将、噂通りの奮闘振り。
客との話し相手をしていたかと思うと、客毎のスケジュール確認、翌朝駅へ行く客への配車調整までガンガンとこなす。これぞ歳を取らない秘訣ですかねー・・・
翌朝、焼おにぎりのお接待をいただいてしまいました。
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(補足)