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鶴林寺への登り路から、
途中、”つちのこ(?)”なんかが居たりして・・・
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| 太龍寺へは鶴林寺から標高差460mほどを一旦下る。 道も整備されており、快適な下り。(ガンガン飛ばせます) |
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| 下り切ってから、振返り見た鶴林寺方面 さあ、今度は上りです。 また、一汗かけます。 |
向うの山には太龍寺があるはず![]() |
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| よーく覗いたら「水井橋」と 書いてありました。 |
とっても景色の素晴らしい橋 | 表示板は、橋の向こう側にありました 「すいいばし」と読むようです。 |
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新緑と青く澄んだ水、 そして広い川原 いつまでも眺めていたくなるような素的な空間です |
道標に導かれ、
山門に納められたお守りには![]() |
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参詣者はほとんどケーブルで来られる。 でも、本堂へ行くには、この石段だけは上らねばならない。 |
(太龍寺本堂)
ロープを頼りに弘法さんのおられるところまで行けなくもないが、戻るのがちょっとやばそう。
さすがに山は深い
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太龍寺は、中央奥の山波のその奥
今夜の宿は坂口屋さん。13時ごろ到着してしまったのに快く受け入れてくれた。嬉しいことに大きなお風呂もOKとのこと、あまりの気持ちよさに早速昼間からビールなど頂いてしまいました。
携帯を見て気がついた。
山間のためであろうが、いつのまにか不通地域に入っていた。
急に心配になってきた。
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こちらに電話を架けても通じないことから・・・行き倒れを心配して、「同行3人目」殿が要らぬ心配をしていまいか。急用は無かっただろうか。もしかして症状が急変したりして・・・・・・・
コリャいかんぞー・・・ウーム・・・へんろなんかしている場合じゃないわい。
如何にB型人間でも・・・こうなったらじっとしていられない。不安がますます膨らんでくる。
こんなままでのへんろなど、とても出来るものではない。心配ばかりで楽しくも何とも無い。
「よおし、予定の一日前だけど、明日は帰るぞ」・・・決めた。
こうなったら明日は歩いてる暇などない。もう・・・一刻も早く病院へ帰る。
朝一、タクシーで駅まで行って・・・ちょっとおカミさぁーん・・・ええと最寄駅はぁ・・・電車の時刻はぁ・・・さあ、帰り支度、帰り支度。
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そんな訳でお瓶づるさんとも今日でお別れ。
長い間、毎晩ほんとうにお世話になりました。
(今日まで昼間はリュックの中央にでんとお立ちになっておられました)
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朝、タクシーを待つ間、一夜の飲み友達となったおへんろさん達が三々五々出立して行く姿を、しばしお見送り。
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ホテルからは度重なるお見舞いを戴いた上、移動時の手助けについて「いつでも声を掛けてください」との有難いお言葉まで戴いてしまいました。
さらに病院の院長先生には、入院中に種々のご配慮を頂いたほか、輸送作戦のご指導を戴きました。
また輸送作戦当日は、タクシーの運転手さんが空港へ着くなり、車を空港入口に置きっぱなしで車椅子の手配に走り回ってくれたり、空港スタッフ(JALでした)が、もうこれ以上出来まいと思われるような慎重さで座席まで車椅子を運び、座席を4つも使って寝かせてくれたり、羽田でも同様に駐車場まで運んでくれたり、と本当に本当に多くの皆さんにお世話になりっぱなしでした。
当初は途方にくれていた帰郷でしたが、お陰様で何とか自宅まで帰る事が出来ました。
帰宅後も1週間ほど入院。整形の先生が当初おっしゃった通り、ちょうど20日目に痛みも完全に無くなり、日常生活に復帰する事が出来ました。
お世話になった方々に、この場をお借りしてもう一度お礼を申し上げます。
本当に、有り難うございました。
帰宅してみれば、我が家の庭は、今花盛り。
主は居らねど、いつも通り桜が、芝桜が、そしてムラサキハナナが咲き競っていました。
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2巡目第一回を最後までお付き合い下さいまして、誠に有り難うございました。
そんな訳で、次回からは「同行4人旅」となりそうな気配です。
どうぞお暇な時に、またお立ち寄り下さいませ。
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