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(1番霊山寺本堂にて)
(霊山寺多宝塔)
霊山寺は、大窪寺の静けさが信じられないほどの賑わい。
毎シーズン、賑わいは1番から始まるのかもしれない。
(1番から2番への途次、ドイツ館方向をみる)
「卯辰越」から霊山寺への途次、川の対岸に「ドイツ館」がある。
大正のドイツ兵捕虜と地域の人々との交流を記念して建築されたもの。
当時、捕虜と地元の人々とが日常的に交歓する風景は、当たり前のようになっていたという。
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「よそ者を温かく迎え入れる」という今に続く土地の人々の気質が、下地にあったことは確かであろう。
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大正3年、「日英同盟」を大義名分として第一次世界大戦に参戦した日本は、ドイツの租借地、青島を攻撃、約4,700人のドイツ兵を俘虜として日本各地の収容所に送った。内約1,000人が大正6年から同9年(1917〜1920)まで、鳴門市大麻町(当時、板野郡板東町)の「板東俘虜収容所」で過ごす。 この収容所では、松江豊寿所長をはじめスタッフが人権を尊重、できるかぎり自主的な運営をみとめたため自由で快適な収容所生活を楽しんだ。彼らは所内に各種施設を造るほか文化活動も盛んで、とりわけ音楽活動ではベートーベンの「交響曲第九番」の国内初演をはじめ、100回を超える演奏活動を行った。所外においても、ドイツ文化を広く市民に紹介、様々な技術をもたらした。 これらのイベントや技術指導によって、俘虜たちは地域社会に受け入れられ、板東の町やその周辺では、地元の人々と日常的に交歓する風景が当たり前のようになった。 ドイツ館は、ドイツ兵俘虜と地域の人々との交流を顕彰するため、昭和47(1972)年建設、平成5年に現在の地に新築移転されたもの。 (「鳴門市ドイツ館」HPより) |
春たけなわ
(2番極楽寺山門)

赤い帽子に温かそうな布団
とっても可愛い街角のお地蔵さん
くらしのなかに祈りがある

道野辺の花も
忘れられし墓を
精一杯供養
えーと・・・なになに
歓迎 同行二人様
男人 決意の丸坊主
女人 覚悟の丸坊主
やってみませんか?
道筋の床屋さん。菅さんも一役買われたのかも・・・
愛染院 (第三番奥乃院)
大師作の不動明王が祀られ、土地の人から「お不動さん」と呼ばれ親しまれているという。
「愛染(あいぜん)」・・・「あいぞめ」・・・「藍染め」・・・フーム???
この土地では、かつて藍染めの原料となる草を命がけで守り抜いた方も居られたそうな・・・
ふるくから藍染めの盛んな土地、こちらも何か藍に関係ありそうな名・・・。
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| この辺は素的なへんろ道が続く | ||
(振返えると
名は「ごえもん」
北海道から来られたとか
やさしいご主人様に
精一杯甘えての旅
幸せいっぱいのワンちゃん
どうしたわけか、間違い易い道がある。
二度目にもかかわらず、見事に間違えた。
間違えてから気づいたのだが、どうやら一度目にも同じ場所で間違えた記憶がある。
安楽寺手前1kほどのところ、松島小学校近くの場所である。 (関連周辺図)
案内地図で見ると、県道12号から入った旧道、そのままほぼまっすぐ行けば安楽寺に着くはずである。
地図を見て絶対間違いないと信じて歩いていた。
それがいけなかった。
80mほど前方で道路工事をしている。
ほぼ道路一杯に掘られた溝が遠くから見える。シャベルカーが掘削中のようだ。
その周囲を工事関係者らしき人垣が囲んでいる。
車は不通でも、歩きなら通れるかも・・・と、いぶかりながらなおも近づいて行ったその時である。
人垣の中から一人の背高の爺さんが、出てきた。どうやら工事の見物をしていたらしい。
腕を左右に振り、何やら大きな声で怒鳴っている。
工事の騒音で、何を言っているのかまったく聞き取れない。
「あれは、通ってはいかんと言うとるんかい」
「一体何を考えておるんじゃ。なにぃ・・・向うの道を通れだとぉ・・・」
「冗談じゃない。我々はまっすぐ進みたいんじゃ」
目の前までやって来た爺さん、
ところが爺さん、
確かに爺さんの指す方向には、お寺さんらしき屋根が見える。
あれが安楽寺かも・・・どうも爺さんの言っていることは間違い無さそうだ。
とすると、今、自分はどこにいるのか。まったく分からない。
地図を片手に、自信たっぷりで歩いていただけに、落込みも甚だしい。
かっかとしたり、急に落ち込んだりしている姿を脇に見ながら、「同行3人目」殿はいたって冷静。
「どうも有り難うございました・・・」。落ち着いて礼を言っている。
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どうも松島小学校近くの病院のY字路で間違えたらしい。
右側に進むべきところを、左に進んでしまった。
道の構造から、直進すると自然と左側の道に入ってしまうらしい。
その分岐点で、コンクリート・ブロックに書かれたへんろ標を目の隅で一瞬見た記憶がある。
確かに標は右を指していた。そこまで見ておりながら、それを無視した。
間違いを正す心のゆとりがなかった。
当然のことながら、Y字路で間違えば進めば進むほどターゲットとは遠ざかる。
この辺で間違っているのは安楽寺に向かうへんろであろうと、懸命に爺さんは教えてくれたのだ。
軽率、うぬぼれ、自己過信・・・いい歳をして、まったく謙虚さが足りませんですなぁ。
もし、工事中でなかったら・・・そして爺さんが教えてくれなかったら・・・
夕闇迫るひと気の無い畑中の道を、どこまでも、どこまでも歩いていたかもしれませんです・・・ハイ。
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反省!! あーぁ・・・まだまだ修行が足りません・・・
そして「同行3人目」殿から、トドメの一言、
「大丈夫よ。ちゃんとお礼を言っといたから・・・」
・・・・・ウーム

食事前の合掌があるはず・・・
夕食が終わり、勤行へ参加。
「どうぞ奥へ奥へ・・・」と案内されて座った席は、本堂の袖。しかも、一列しかない椅子席。
仏さまを横から拝する位置だが、ご住職はもちろん、正面に座っておられる参加者一同を一目で見渡せる。
ということは、あちら様からもばっちりということ。
「同行3人目」殿の落ち着かないこと、この上ない。
なんせ、いつも読経が始まると同時に寝息が漏れ始める御方。
自慢できることではないが、お寺さんばかりではない。
ある合唱教室でのこと。
みんなで起立して歌っている最中、立ったまま眠りにつかれて持っていた楽譜を取り落としてしまわれたというツワモノ。
ご本尊「薬師如来」のご真言、「おんころころせんだり・・・・」をご住職と一緒に何度か唱えているうちはまだ良かった。
お説教が始まったかと思ったら、お話が高級過ぎて・・・挙句の果てに行きつ戻りつ。これがまた長い。
これにはさすがの最前列のオッちゃん達も、遂に「ゴメンナサーイ」や「マイッター」の姿勢でそのまま動かなくなる。
「同行3人目」殿はと横目で見れば、配られた経本が膝の隅に何とか引っかかっている。
こうなればお互いさま。何の遠慮がいるものか・・・と思ったが、目立つところにいるわけだから、経本が「バサッ」と音を立てて落ちるとちょっとやばいかも・・・
お説教はさらに進み、遂に一同、ご住職殿と声を合わせて童謡で締めくくり・・・
「夕焼け小焼けで日が暮れて・・・」
何でこんな筋になったのか、未だに理解出来ないでいる。
ただ、「同行3人目」殿の膝から経本が落ちないで済んだことだけは確かだった。
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