ここでもまた「数」の議論

投稿先: 問答有用
タイトル投稿日
日本軍性奴隷制度の被害者数2001.01.29
Re:日本軍性奴隷制度の被害者数2001.01.30
Re:ニクイチについて2001.01.30
性交回数で「過酷さ」は測れません2001.02.05
もう十分では?2001.02.06


  
5248 返信 日本軍性奴隷制度の被害者数 URL 高橋亨 2001/01/29 00:18

旧日本軍による、慰安所制度という名の性奴隷制度の被害者がどのくらいい
たのか、吉見義明氏が推測を試みています[1][2]。以下、その記述に沿って
検討してみます。

>5213 返信 慰安婦数について URL mikimami 2001/01/27 13:40   
>
>日本の軍人数を、最大時300万人と仮定したのですが、私は詳しい日本の
>軍人数を知りません。漠然とした記憶により書いたものですので、詳しい最
>大時の軍人数を知っている方がいたら教えてください。


アジア太平洋戦争中に海外にいた兵員数としては、1942年時点で232万人、
1945年8月時点で351万人という数字が知られています。海外でも慰安所のな
かった地域もあり、逆に内地にも慰安所はありましたから、「慰安婦」数を
推測する上での基数としての兵員数を平均300万人と見るのは、おおむね妥
当でしょう。

>その仮定の最大時の軍人数から推定して、その時点の稼動慰安婦数は100
>00万人程度と見積もったのですが、これには異議が無いでしょうか。


では、平均してだいたい兵何人に一人くらいの割合で「慰安婦」がいたのか?
これを推測する手がかりとしては次のようなものがあります。

(1) 関特演の際、関東軍は兵員80万余に対して2万人の「慰安婦」を集め
  ようとした。(兵約40名に1人)

(2) 陸軍には、軍が上から配属する「慰安婦」数として、兵100名につき1
  名、という基準があった。例えば、中国広東省にいた第21軍の軍医部長
  は1939年に「性病等予防のため兵100名につき1名の割合で慰安隊を輸入
  す」と報告している。

(3) 当時、慰安所業者間には「ニクイチ」という用語が流通しており、これ
  は兵29人に1人の「慰安婦」が「適正な割合」だという意味だった。

かなりばらつきがありますが、「慰安婦」数の割合としては、だいたい兵30
名に1名程度から兵100名に1名程度と考えられる、ということになります。
ただし、100名に1名、というのは軍が上から直接配属する分だけであり、
各部隊が現地で直接「調達」する分などは含んでいないので、兵100名に1名、
というのは現実的ではないでしょう。

ともかく、この割合で計算すると、軍「慰安婦」として300万の兵員の性暴
力にさらされていた被害者数は、3万〜10万、ということになります。

この数字は戦時中のある瞬間を見た場合の「慰安婦」数に過ぎないので、日
本軍性奴隷制度が機能していた全期間を通じての被害者総数は、これよりずっ
と多くなります。

>そこから休日や病気になるものの為の予備が要る。移動する為の予備も要り
>ますね。しかしほとんどの慰安婦が月の内、半月も20日も移動していて、
>業務についていたのは10日か15日くらいだ、などという話は聞いており
>ませんから、実働数の2倍3倍が移動していたということは無いでしょう。


被害者総数を考えるには交代率が問題となるわけですが、契約期間満了によ
る帰国、病死、自殺、逃亡、病気による釈放(重度の性病で「役に立たなく
なった」など)、戦火に巻き込まれての死傷等の要因による欠員を埋めるに
は、相当の「補充」が必要だったはずです。

韓国人元「慰安婦」の証言集によれば、19名のうち5名は日本の降伏前に何
らかの手段で帰国しています。台湾の場合、元「慰安婦」48名のうち日本の
降伏まで慰安所にいたのは16名に過ぎず、戦局悪化による帰国者7名を加え
ても23名であって、半分以下です。

このような状況から、仮に交代率を1.5交代とすると、被害者総数は4.5万〜
15万人、2.0交代として6万人〜20万人となります。

ただし、このような計算が成り立つのは植民地(朝鮮および台湾)から連行
されて性奴隷にされた「典型的」ケースだけであって、占領地域ではまった
く事情が違います。占領地域では日本軍部隊が現地の少女・女性を拉致して
一定期間監禁・輪姦したり、短期間の徴集を行うケースがほとんどだったか
らです。実際、補償を求めて提訴しているフィリピン人元「慰安婦」46名の
場合、被害期間は最短数日から最長2年までで、6ヵ月以下というのが大半を
占めています。

中国・東南アジア・太平洋地域での交代率は何倍にもなったはずで、これを
考慮すると被害者総数20万人というのは決して過大な数字ではない、と思い
ます。

[1] 吉見義明『従軍慰安婦』岩波新書 1995年 p.77-81.
[2] 吉見義明・川田文子編著『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』大
月書店 1997年 p.29-30.



  
5259 返信 Re:日本軍性奴隷制度の被害者数 URL 高橋亨 2001/01/30 02:05

mikimamiさん、こんばんは。

>5249 返信 Re:日本軍性奴隷制度の被害者数 URL mikimami 2001/01/29 02:14   
>> かなりばらつきがありますが、「慰安婦」数の割合としては、だいたい兵30
>> 名に1名程度から兵100名に1名程度と考えられる、ということになります。
>> ただし、100名に1名、というのは軍が上から直接配属する分だけであり、
>> 各部隊が現地で直接「調達」する分などは含んでいないので、兵100名に1名、
>> というのは現実的ではないでしょう。
>
>100人に一人というのは考えられなくは無いですが、30名に1名という
>のは、いったい兵隊が月に何回、慰安所に行き、慰安婦が月に何回、兵隊の
>相手をすると見込んでいるのでしょう?


mikimamiさんの、兵300万人に対して「慰安婦」実働数1万人(つまり、
兵300人あたり「慰安婦」1名)という計算は「平均需要」に基いている
ようですが、私はまずその前提が成立しないと思います。考慮しなければな
らないのは「平均需要」ではなく「ピーク需要」です。

「慰安所」を利用する兵の数には、日によって大きな波がありました。生き
て帰れるかどうかも分からない作戦に出掛ける前、また地獄の戦場から生き
延びて駐屯地に戻ってきた直後には、兵隊はそれこそ「慰安所」に「殺到」
したからです。

仮に、兵300人あたり1名の「慰安婦」しかいなかったとしたら、たとえ
「慰安所」に殺到するのが兵の半数だけだったとしても、その「慰安婦」は
わずかの間に150人の相手をしなければならないことになります。これで
は作戦1回ごとに「慰安婦」は「全数損耗」、総入替えが必要になるでしょ
う。

兵100人あたり1名でもほとんど「生理的限界」で、現実的には少なくと
も兵50人に1名くらいの「慰安婦」がいなければ、「慰安所」経営そのも
のが成り立たなかったのではないかと思います。

in 5191, mikimamiさんwrote:
| 兵隊の数が300万人で、月に平均一人当たり1回、慰安所に行くと仮定す
| ると(兵隊の給料から見てそれ以上、行くとも思えない)、1ヶ月に300万
| 回、1日当たり10万回です。


それから、この「平均需要」に関する計算も、いささか過小ではないか、と
いうのが私の印象です。

確かに兵の給料はわずかなものでしたが、兵隊は衣食住すべてを軍から支給
されるわけですから、極端な話、給料全部を「慰安所」につぎ込んでしまっ
ても生きていくのに支障はなかったからです。

>> このような状況から、仮に交代率を1.5交代とすると、被害者総数は4.5万〜
>> 15万人、2.0交代として6万人〜20万人となります。
>
>だいたい1.5倍から2倍というのは無理の無い数字ですね。
>

>> ただし、このような計算が成り立つのは植民地(朝鮮および台湾)から連行
>> されて性奴隷にされた「典型的」ケースだけであって、占領地域ではまった
>> く事情が違います。占領地域では日本軍部隊が現地の少女・女性を拉致して
>> 一定期間監禁・輪姦したり、短期間の徴集を行うケースがほとんどだったか
>> らです。実際、補償を求めて提訴しているフィリピン人元「慰安婦」46名の
>> 場合、被害期間は最短数日から最長2年までで、6ヵ月以下というのが大半を
>> 占めています。
>
>これは慰安所というより強姦に近いものですね。


もちろんそのとおり。そして、植民地から連行され、「慰安所」で働かされ
るという典型的ケースも、強姦だったことに変わりはありません。

植民地出身の元「慰安婦」たちの多くは就業詐欺等で騙されて徴集され、ま
たその多くが未成年でした。ほとんど性的経験もない少女たちが、逃げよう
にも言葉も通じず西も東も分からない異国に連行され、「慰安所」という名
のレイプセンターに閉じ込められて連日多数の軍人から強姦され続けた、と
いうのが実態です。そこでの生活の悲惨さは、想像を絶する、としか言いよ
うがありません。

マクドゥーガル報告書が指摘するとおり、「慰安所」「慰安婦」などという
のは許し難い婉曲表現で、「強姦所」「性奴隷」というのが実態に即した表
現でしょう。

>> 中国・東南アジア・太平洋地域での交代率は何倍にもなったはずで、これを
>> 考慮すると被害者総数20万人というのは決して過大な数字ではない、と思い
>> ます。
>
>つまり行く先々で強姦した後、開放したということでしょうか。それなら2
>0万人をはるかに超えても不思議は有りません。
>慰安所に入れたものは、簡単に開放するとは思えないんですけど。


占領地域、とりわけ不安定な地域では、内地や植民地から徴集された「慰安
婦」がいる通常の「慰安所」を利用する以外に、個々の部隊が現地の少女・
女性を拉致して監禁・強姦することで「需要」を満たし、部隊が他地域に移
動する時には捨てていく、という事例が非常に多く発生したようです。(当
然、移動先ではまた拉致・監禁・強姦を繰り返すわけです。)

被害実態として、こうした事例と典型的「慰安婦」との間に本質的違いはな
く、全体としての日本軍「慰安所」制度の被害者総数は見当も付かない、し
かし、少なくとも20万人という総数が過大とは言えない、というのが現時
点での私の結論です。



  
5260 返信 Re:ニクイチについて URL 高橋亨 2001/01/30 02:10

> >(3) 当時、慰安所業者間には「ニクイチ」という用語が流通しており、これ
> >   は兵29人に1人の「慰安婦」が「適正な割合」だという意味だった。
>
> これって慰安婦一人に一日29人の兵の相手をさせるという意味の、誤りでは無いのかな?


違います。兵と「慰安婦」との人数比に関する隠語です。

(吉見義明 『従軍慰安婦』 岩波新書 p.79)



  
5331 返信 性交回数で「過酷さ」は測れません URL 高橋亨 2001/02/05 00:02

こんばんは。mikimamiさん

>> mikimamiさんの、兵300万人に対して「慰安婦」実働数1万人(つまり、
>> 兵300人あたり「慰安婦」1名)という計算は「平均需要」に基いている
>> ようですが、私はまずその前提が成立しないと思います。考慮しなければな
>> らないのは「平均需要」ではなく「ピーク需要」です。
>
>うーん、平均需要で300人に一人と、ピーク需要で30人に一人、こんな
>にピークと平均が違うんじゃ、ピークに合わせていたら、慰安所経営が成り
>立たなくない?


十分成り立つでしょう。何しろ一番金がかかる施設建物は軍が接収して提供
してくれるわけだし、「慰安婦」の衣料から日用品から(場合によっては食
料まで)、軍が負担してくれるのですから。[1]

騙した少女を連行してくるのにかかる旅費も「前借金」として差っ引くだけ
だし、「客」が払う料金も半分以上はピンはね、「慰安婦」にはまったく渡
さなかった場合すら多いのです(韓国での証言者19名のうち、金銭を得て
いたのは3名)。業者は丸儲けですよ。[2]

>華北戦記(桑島節郎)北支方面軍、第12軍、独立混成第5旅団、第19大
>隊、第一中隊、にいた人が書いたものですが、そもそも慰安所に行けるだけ、
>慰安所がある駐屯地に居る兵が居ないんですよ。
>慰安所の有るのは大隊の司令部のある駐屯地、でも兵は分散配備で、そこに
>は大して居ないんです。中隊の司令部に慰安婦が派遣されたことも有ったみ
>たいですけど、その中隊の司令部にも大した兵は居ないんです。
>で、簡単に大隊の司令部成り、中隊の司令部に行けるかって言うとそうでは
>無い。一個小隊くらいの護衛が無ければ、移動できないというのが実態だっ
>たみたいです。で、上官の憶えのめでたい兵が、なんかの都合の時、その慰
>安所のある司令部に行かしてもらったとか、そういう話は出ています。


もし本当に分散配備のせいで「慰安所」のあるところに兵がおらず、兵のい
るところには「慰安所」がなかったのなら、わざわざ何百という「慰安所」
を設置した意味がまったくなかったことになります。「慰安所」制度を立案
した軍中央はそこまでバカではないでしょう。

まず、移動する部隊が「慰安所」を利用するケースがあります。宋神道さん
が武昌の「慰安所」にいたとき、通過部隊が来るたびに「慰安所」に大勢の
兵隊が押し寄せたことを証言しています。また、「慰安所」がない部隊には、
「慰安婦」の方が派遣されたのです。同じく宋神道さんは、部隊について前
線まで行かされたことを証言しています。100人程度の軍隊に6〜7人く
らいの「慰安婦」が同行させられ、まともな陣地すらないような場所で、山
の斜面に人ひとりが入れるくらいの穴を掘り、そこで軍人の相手をさせられ
た、とのことです。[3]

そもそも、その桑島氏が述べているようなケースが「慰安所」の平均的な姿、
という根拠すらないのではありませんか?

>> 兵100人あたり1名でもほとんど「生理的限界」で、現実的には少なくと
>> も兵50人に1名くらいの「慰安婦」がいなければ、「慰安所」経営そのも
>> のが成り立たなかったのではないかと思います。
>
>ではそのピーク需要に合わせて慰安婦が居たのなら、1週間に一回とか、1
>0日に一回のピーク以外は、慰安婦は遊んでいたんですか? それなら過酷
>な性交を強いられていたという話と、つり合わなくなると思うのですが。


それはあまりに「慰安婦」というものの現実を知らなすぎるお言葉です。

黄錦周さんは、彼女が連行された中国東北部の「慰安所」では、「慰安婦」
に等級がつけられていたことを証言しています。[4]

 最初の一〜二ヶ月は病気がないので新品と呼ばれ、将校が強姦する。この時
 期が一等。そのうち板で仕切って木のベッドがおいてあるだけの三畳ほどの
 「慰安所」で兵隊たちの相手をすることを命じられる。二等と言われるのが
 五〜六ヵ月で、三等はそれ以上たったものたち。くわしくは性病のぐあいで
 分けられていた。性病にかかると医務室にいって、注射をうける。なおって
 また罹病すると医務室へいく。三度目はもうとてもひどくなっていて、そう
 なると「慰安所」からつれ出され、二度ともどってこなかった。


たとえ重度の性病で「始末」されなくても、平均三回から四回も妊娠させら
れ、そのたびに注射や薬で堕胎させられる。「慰安婦」たちが強いられてい
たのはそうした生活です。性交の平均回数で「過酷さ」を測れるようなもの
ではなかったのです。

黄錦周さんはそれでもまだ性病治療の注射を受けられたのだからましなほう
です。海軍の元従軍看護婦中里チヨさんは、606号(梅毒治療のサルバル
サン注射)は軍人にだけ使用され、朝鮮人「慰安婦」には与えられなかった
こと、朝鮮人「慰安婦」はヨードチンキかマーキュロを塗ってもらうのがせ
いぜいの治療だったことを証言しています[5]。ざくろのように爛れた性器
にヨードチンキを塗られ、薬の染みる痛みに泣いていた「慰安婦」はその後
どうなったのでしょうか。

[1] 「海軍司政官セレベス民政部第二復員班復員に関する件―売淫施設に関
する調査報告」(石出法太・金富子・林博史『「日本軍慰安婦」をどう教え
るか』梨の木舎 p.128
[2] 同上書 p.98
[3] 同上書 p.141
[4] 石川逸子 『「従軍慰安婦」にされた少女たち』 岩波ジュニア文庫 
p.51
[5] 西野瑠美子 「私が看た海南島海軍病院の「慰安婦」たち」 週刊金曜
日 1997.5.23号



  
5342 返信 もう十分では? URL 高橋亨 2001/02/06 01:40

こんばんは。mikimamiさん。

>> もし本当に分散配備のせいで「慰安所」のあるところに兵がおらず、兵のい
>> るところには「慰安所」がなかったのなら、わざわざ何百という「慰安所」
>> を設置した意味がまったくなかったことになります。「慰安所」制度を立案
>> した軍中央はそこまでバカではないでしょう。
>
>現実にこの大隊では(高度分散配備の部隊では)、慰安所が無く、ピー屋に行っ
>て済ましていたと書いてあります。


軍の「慰安所」も同じく「ピー屋」と呼ばれていたんですけど。
日本軍部隊が駐屯地に着くとまず何よりも先にやるのが「慰安所」の設営で、
その任を担当した主計将校は、経理学校で「ピー屋設置要綱」というのを勉
強させられた、と鹿内信隆(元産経新聞社長)が述べています。[1]

それはともかく、ある特定の大隊の駐屯地に「慰安所」がなかったからといっ
て、それが一般的ケースだったということには全然ならないはずですが。そ
もそも、mikimamiさんが依拠しておられる桑島氏は、中国における「慰安所」
の全般的状況について、どれだけ知っているのですか?

>> そもそも、その桑島氏が述べているようなケースが「慰安所」の平均的な姿、
>> という根拠すらないのではありませんか?
>
>慰安所の状況ではなく、華北などで一般的だった、高度分散配置の部隊の状
>況です。200人くらいの中隊で、東京都くらいの広さの地域を守備する。
>その中隊も分遣隊が3つも4つも有り、各駐屯地とは20キロも30キロも
>離れていた。


それならますます、各分遣隊に「慰安婦」を派遣する必要があり、駐屯地が
分散しているほど移動に要するオーバーヘッドが大きくなったはずですが。
実際、分遣隊から「慰安婦」を受け取りに来て、隊の所在地まで連れて行っ
た話を何度か読んだ記憶があります。

>> たとえ重度の性病で「始末」されなくても、平均三回から四回も妊娠させら
>> れ、そのたびに注射や薬で堕胎させられる。「慰安婦」たちが強いられてい
>> たのはそうした生活です。性交の平均回数で「過酷さ」を測れるようなもの
>> ではなかったのです。
>>
>> 黄錦周さんはそれでもまだ性病治療の注射を受けられたのだからましなほう
>> です。海軍の元従軍看護婦中里チヨさんは、606号(梅毒治療のサルバル
>> サン注射)は軍人にだけ使用され、朝鮮人「慰安婦」には与えられなかった
>> こと、朝鮮人「慰安婦」はヨードチンキかマーキュロを塗ってもらうのがせ
>> いぜいの治療だったことを証言しています[5]。ざくろのように爛れた性器
>> にヨードチンキを塗られ、薬の染みる痛みに泣いていた「慰安婦」はその後
>> どうなったのでしょうか。
>
>これはぜんぜん話が違います。毎日のように過酷な性交を強いられていたと
>いう、話をしているはずです。私もそのようなことだったと考えていますが、
>違うのでしょうか? 性交の回数自体は少なかったが、扱いが酷かった、な
>どということでは無いと思うのですが。


私が言っているのは、「性交の回数」を過酷さを測る主要なパラメータであ
るかのように考えるのはおかしい、ということです。日本軍「慰安所」は、
現代の風俗産業などとは違います。軍人の回想記に出てくるような「慰安所」
は日本軍「慰安所」の中でも最もマシな部類(少なくともそれについて語っ
ても主観的には罪悪感に責められずに済ませられるような)ですが、それで
も「平均性交回数」で現代の風俗産業と比べて論じられるようなものではあ
りません。

>毎日、通過する部隊の兵の相手をさせられていたとは、従軍慰安婦の数が少
>ない証明でしょう。それともその地域に偏って少なかったのか。


私はそんなことは書いていません。通過部隊があるたびに(頻度がどの程度
なのかは不明)、その部隊の兵が「慰安所」に押し寄せてきて普段よりずっ
と過酷な状態になった、ということです。

>30人に一人従軍慰安婦が居れば、それこそ通過する部隊の兵と、同数くら
>いの従軍慰安婦が居てもおかしくない。


それでもどうしても兵と「慰安婦」の比率と、その結果としての「平均性交
回数」にこだわる、というのであれば、もう一度試算してみましょう。

実際の「慰安婦」数の比率は、軍が上から割り当てた数(軍人100人あた
り1名)と、業者が言うところの「適正比率」(軍人29人あたり1名)の
間のどこかにあったと考えます。いくらあちこちから連行してきても、「適
正比率」を達成するのは難しかったのではないかと思うからです。ここでは
仮に、軍人50人に1名、としてみます。

この数は、いわば「名簿上」の「慰安婦」数です。移動、妊娠、性病、ある
いはそれ以外の病気等により、「慰安婦」の実働数はこれより少なくなりま
す。

たった半年前に連れてこられた少女がもう「三等」になってしまうような状
況でこの実働数がどの程度目減りするものなのか。だいぶ甘い見積りのよう
な気がしますが、名目上の数から2割程度削って、軍人60人に1名、とし
てみます。

あとは軍人が平均してどの程度「慰安所」に行ったのか、ということが問題
になります。

休暇制度もなく、何年にもわたって戦場に縛り付けられ、人権のかけらもな
い、他にこれといって楽しみもない軍隊生活を送らされる兵にとって、行け
るものなら休日のたびにでも「慰安所」に行きたい、というのが偽らざると
ころでしょう。それを制約するのは料金だけです。

「慰安所」の料金を1円とすると、二等兵の給与は月6円ですから、確かに
かなりの出費です。しかし一等兵になれば9円、上等兵なら10円、兵長1
3円、下士官の伍長ともなれば20円、軍曹で30円、と給与は上がってい
きます[2]。

数的に軍の主要部分を占める下士官以下の平均として、月にどのくらい「慰
安所」に行ったものでしょうか。階級が上がるほど人数は減りますが、行き
たければ何回でも行けるような余裕ができてきます。

平均して軍人一人が月に2回「慰安所」に行くだけだったとしても、「慰安
婦」はまったく不可能な状態になっていない限り休むことなく毎日4人に、
月4回なら毎日8人に強姦されることになります。「慰安婦」の比率にも地
域的ばらつきがあり、兵がやってくる数にも波がありますから、多いときに
は一日に15人にも20人にもなったことでしょう。

これは「過酷な性交を強いられていた」状態ではないのでしょうか。

次に「慰安婦」の総数ですが、上記の仮定のとおり軍人50人あたり1名、
とすると、「慰安婦」の平均存在数は6万人となります。前回は交代率を1.
5〜2.0と見積もりましたが、改めて色々な証言を読み直してみると、こ
の見積りは低すぎる、という気がしてきました。何年もの「慰安婦」生活を
生き延びていま証言できている方たちは、頑健な精神と肉体、そしてかなり
の運にも恵まれた例外的な存在、と見るべきでしょう。

交代率を2.5とします。これで「慰安婦」総数は15万人です。

ところで、以上はあくまで「治安地域」における、登録された典型的「慰安
婦」の場合です。「高度分散配備」で辺境に配備された部隊などでは、周辺
の村から娘を拉致してきて隊内に監禁・輪姦するケースが多かったことが知
られています。この場合は金など支払わないのですから、金銭的制約条件は
何もありません。mikimamiさんは、これは強姦ケースだ、とおっしゃるかも
知れませんが、一定期間拘禁され性的奉仕を強要されたという被害実態が同
一である以上、典型的「慰安婦」同様、日本軍性奴隷制度の被害者、と見る
べきでしょう。女性国際戦犯法廷も同じ観点に立っているはずです。

中国や東南アジア全域にわたってみられたこのタイプの被害者がどれほどい
たのか、推定する根拠はなく、見当もつきません。典型的「慰安婦」の3分
の1、と仮定しても総数5万、これで被害者総数はもう20万人です。

もう十分ではないでしょうか。

もちろん以上の算定はあちこち推定ばかりで、パラメータの取り方ひとつで
倍にも半分にもなるでしょう。しかしそれならなおさら、数字にあれこれ言
うことに意味などないのではありませんか。

被害者数についてこれ以上はっきりしたことを言うためには、真相究明のた
めの公的な調査が必要です。一人や二人の学者がいくらがんばったところで
調べられるものではありません。公的調査でなければ官庁が隠しているデー
タを出させることも、被害国政府に協力を求めることもできません。そして、
そうした調査の実施をあくまで拒絶してきたのが日本国政府です。よって、
日本国政府にも、日本軍性奴隷問題の追求に反対するその他の勢力にも、女
性国際戦犯法廷の挙げた推定被害者数に異を唱える資格はありません。

>> [4] 石川逸子 『「従軍慰安婦」にされた少女たち』 岩波ジュニア文庫 
>> p.51
>> [5] 西野瑠美子 「私が看た海南島海軍病院の「慰安婦」たち」 週刊金曜
>> 日 1997.5.23号
>
>↑これはやっぱり南方の話が多いですね。
>従軍慰安婦の総数を知るには、陸軍の大半の部隊が居た、中国の状況を知ら
>なくては、分からないと思うのですが。


黄錦周さんのケースも、宋神道さんのケースも、どちらも中国です。

[1] 石出法太・金富子・林博史『「日本軍慰安婦」をどう教えるか』
  梨の木舎 p.130
[2] 同上書 p.64



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