ないほうがマシだった明治維新

投稿先: AML
タイトル投稿日
Re: 一匹のぶたを紹介いたします!2005.12.11
Re: 一匹のぶたを紹介いたします!2005.12.11
Re: 一匹のぶたを紹介いたします!2005.12.11
Re: 一匹のぶたを紹介いたします!2005.12.18


Date: Sun, 11 Dec 2005 21:24:13 +0900
Subject: [AML 4885] Re: 一匹のぶたを紹介いたします!

高橋亨です。

いや、白村江で大和朝廷が滅ぼされていれば良かったんですよ。
そうすれば国学みたいな誇大妄想に支配されることもなく、日本と東アジア
の近代史は余程マシなものになったはずです。

in [AML 4882], JAWAYさんwrote:
>百済が滅ぼされずに今の世代と断絶してなければ良かったんですけどね。
>

>At 16:24 +0900 2005.12.11, moto wrote:
>> 見ました! きれいで楽しいですね。日本と朝鮮の歴史を考えると,
>>いまの日本の文化的状況は本当に貧困です。そんな中で,おとなも見ごたえのある
>>絵本としてすばらしいとおもいます。ありがとう!(たろじい)
>---

Date: Sun, 11 Dec 2005 22:17:07 +0900
Subject: [AML 4887] Re: 一匹のぶたを紹介いたします!

高橋亨です。

in [AML 4886], JAWAYさんwrote:
>>いや、白村江で大和朝廷が滅ぼされていれば良かったんですよ。
>
>それは、百済は滅んでも仕方が無い、って事ですかね?


いいえ。古代国家の興亡にいちいち「良い」だの「悪い」だのと思い入れを
しても仕方がない、と言っているのですよ。

>>そうすれば国学みたいな誇大妄想に支配されることもなく、
>
>明治維新が起きなければ良かったと言う事でしょうか?
>それとも中華秩序に入っていれば良かったと言う事でしょうか?


はぁ?
「万世一系」だの「神国」だのという妄想に頼らなければ日本人は民族的自
立も近代化もできなかったと言うのですか?
日本人をバカにするのもいい加減にして頂きたいですね。

Date: Sun, 11 Dec 2005 23:26:11 +0900
Subject: [AML 4892] Re: 一匹のぶたを紹介いたします!

高橋亨です。

in [AML 4891], JAWAYさんwrote:
>>>それは、百済は滅んでも仕方が無い、って事ですかね?
>>いいえ。古代国家の興亡にいちいち「良い」だの「悪い」だのと思い入れを
>>しても仕方がない、と言っているのですよ。
>
>なんだか文面上は高橋さんの方が思い入れが激しいようですけど。


それはあなたの思い込みでしょう。

>>>>そうすれば国学みたいな誇大妄想に支配されることもなく、
>>>明治維新が起きなければ良かったと言う事でしょうか?
>>>それとも中華秩序に入っていれば良かったと言う事でしょうか?

>>「万世一系」だの「神国」だのという妄想に頼らなければ
>>日本人は民族的自立も近代化もできなかったと言うのですか?
>
>幕藩体制のままでも民族的自立も近代化も出来たと思いますよ。
>
>と言うか尊王攘夷派よりも技術導入は積極的だったので、
>富国強兵は明治政府よりももっと急速に進展したかも知れません。


それなら明治維新など不要だった、ということで合意ですね。

このあたり↓が意味不明ですが。

>>>それとも中華秩序に入っていれば良かったと言う事でしょうか?

Date: Sun, 18 Dec 2005 10:40:57 +0900
Subject: [AML 4977] Re: 一匹のぶたを紹介いたします!

高橋亨です。

in [AML 4894], JAWAYさんwrote:
>明治維新が無ければ身分制などはしばらく維持されて
>憲法や議会や民主選挙などはかなり遅かったでしょうね。


 この手の思い込みも日本人には極めてポピュラーですね。
 まさに明治以来の教育の成果というものでしょう。

 果たしてそうだったのか。松浦玲『徳川慶喜』から引用します。[1]

| 西(引用者注:西周)は帰国後京都の慶喜のもとに呼ばれてフランス語を教
| えたり、議会政治のことを解説したり、また大政奉還後の新徳川国家体制の
| 構想を立てるなどの仕事をしてきた。(中略)西の新国家構想において、慶
| 喜は上院議長と行政府の長を兼ねることになっている。大政奉還後に予定さ
| れていた諸侯会議が、慶喜を議長に選び、さらに新国家体制は旧幕府の行政
| 機構を活用すると決めれば、議会制を加味した徳川新国家体制が成立する。
| 王政復古クーデターは、その可能性を横あいから断ち切ったのである。


>また脱亜入欧の機運は国学が発端になった訳ではないので、
>そこから先の流れはあんまり変わらないかも。


 明治「維新」という名の時代錯誤的クーデターがなければ例えばどのよう
なもう一つの歴史があり得たか。再度『徳川慶喜』から引用します。[2]

|  幕府が頼りないとなると、すぐに考えられる方策は、政権を有力な大名の
| 連合体に移すことである。(中略)幕府を含まない場合には、直轄地だけで
| 総石高の四分の一を占め、二百数十年の政府の実績を持っている徳川宗家を
| どう処分するかということが、最大の難問としてたちふさがる。幕末の政局
| は、これをめぐって揺れ動いたといってよい。
|  だから、本当は、天皇や朝廷など出る幕はない。これはあくまで武家のあ
| いだの武家政権をどうするか、という問題なのである。
|  では、天皇や朝廷はなぜ出てきたのか。一口でいえば、武家のあいだでの
| 徳川宗家の絶対的優位性を、相対化するためである。徳川宗家のオールマイ
| ティが、ペリー来航やハリスの脅迫であやしくなったとき、天皇に任命され
| ている征夷大将軍ということが、武家のあいだで改めて意味を持ち始め、そ
| れが意味を持ち始めると、任命されない可能性、他の大名が任命される可能
| 性等々が、すべて現実味を帯びてくる。つまり、徳川政権は、天皇からの政
| 権委任という架空の観念と、征夷大将軍という形式とを媒介として相対化さ
| れ、他の武家たちは、それを通じて幕府をゆさぶったのである。
|  つまらないことをしたものだと思う。天皇など媒介にせず、だれがいま支
| 配する力を持っているかについて、武家のあいだで赤裸々に争われたら、ど
| んなにわかりやすかっただろう。武家ばかりではない。武家支配そのものに
| 疑いを持つ下級武士や草莽層の活動も、天皇と結びつくというような厄介な
| 思想構造を持たなければ、近世の武家支配の本質とそれへの対決という現実
| が、はっきりと目に映ったはずである。百姓一揆や都市の打ちこわしも、え
| えじゃないかも、政治目標をはっきりとつかみえたかもしれない。それが、
| 天皇などという面倒なものを引っぱり出したため、なにがなんだかわからな
| くなり、その混迷は、いまだに続いている。


 天皇などという架空の権威を持ち出して安易なクーデターに走ったがため
に、その後百数十年経っても日本国民は主権者としての自立を果たせずにい
る。
 まったく、「尊王の志士」たちも愚かなことをしてくれたものです。

[1] 松浦玲『徳川慶喜』(中公新書) p.187
[2] 同書 p.169-170

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