| タイトル | 投稿日 |
| Re: 制服とチマチョゴリ | 2002.10.01 |
| Re: 心の制服=征服されるから制服なんじゃない? | 2002.10.13 |
| Re: 心の制服=征服されるから制服なんじゃない? | 2002.10.13 |
| Re: 2つの闘いの分離と連帯を | 2002.10.13 |
Date: Tue, 01 Oct 2002 22:47:37 +0900
To: anti-hkm@jca.apc.org
Subject: [anti-hkm 3689] Re: 制服とチマチョゴリ
高橋亨です。
in <……>, N.Yさんwrote:
>F.HさんにDMでチマチョゴリってどうして日本の朝鮮人学校では登下校の
>際に危険な目にあったり、死亡事件まであってそれを着せられているのかと
>疑問を覚えると言った内容を書いたのですが、日本の制服にも国家に忠誠を
>誓うといった匂いを感じます。
>同じく、チマチョゴリにもなにかそのような民族の誇りを持たせる為に着せられてい
>るのか、釈然としません。
>今の朝鮮人学校の女学生が好きで着ているとなれば、話しは別です。
>小中学校ではチマチョゴリを着ていないのに、高校になってチマチョゴリを着る
>ことに抵抗があるのないのか、わかりません。
>どうなんでしょう。わたし個人の考えは民族の誇りはチマチョゴリに頼らずとも
>持てると思います。
..snip..
>差別をしている日本人が悪いのですが、身の危険まであるとなれば、不安を取り
>除くために選択制を取り入れるようにならないかと女生徒の身の安全が気になり
>ます。日本に同化させたいといったことではありません。
>制服そのものに反対しているからよけいになんとかならないかと案じています。
>
>どなたか、チマチョゴリについて朝鮮人学校の位置づけをご存じの方、
>またはどのような意味をもって日本の朝鮮人学校に根付いているのか
>教えてください。
民族としての誇りを形として表わすために民族衣装であるチマチョゴリを
着る(着せる)、という意味付けは確かにあるのでしょう。しかし、そうで
あれば当然男子生徒の制服もパジチョゴリにするべきだし、先生たちだって
民族衣装を着て登校すべきです。
そうしていない背景には、明らかに、女には近代化を許さない、という儒
教的男尊女卑思想があるのだと思います。女子生徒だけが危険を冒してまで
「民族の誇り」を一身に背負わされるのは理不尽なことです。
とはいえ、それはあくまで在日朝鮮人社会の中での女性差別の問題であっ
て、韓国・北朝鮮との間でトラブルが生じるたびに噴出する在日バッシング
とは別個の問題です。日本人としては、まず自分たち自身の責任であり、チ
マチョゴリを着る女生徒たちの身を危険に晒している根本的原因である在日
差別に対して声をあげなければならないのは言うまでもないことでしょう。
Date: Sun, 13 Oct 2002 00:07:27 +0900
To: anti-hkm@jca.apc.org
Subject: [anti-hkm 3735] Re: 心の制服=征服されるから制服なんじゃない?
高橋亨です。
in <……>, N.Yさんwrote:
>> それ
>> こそ「日本人」という制服を朝鮮人に無理やり着せようとしていることになりま
>> せんか。
>
>では、Fさん、朝鮮学校の女性だけが着ることに疑問を覚えないのですか?
>Iさんにも同じことを質問します。
私も聞きたいです。
いったいどうして「女生徒にだけ」民族衣装を制服として着せるのか。
合理的な説明があるなら聞いてみたいです。どなたでもいいから答えてい
ただきたい。
Date: Sun, 13 Oct 2002 02:11:54 +0900
To: anti-hkm@jca.apc.org
Subject: [anti-hkm 3738] Re: 心の制服=征服されるから制服なんじゃない?
高橋亨です。
in <……>, F.Yさんwrote:
>> 「女生徒にだけ」民族衣装を制服として着せるのか。
>着せられて着ているのでしょうか。そんなに朝鮮人女性とは主体性がない人たち
>でしょうか。
どうしてそんな話になってしまうのでしょうか。
みんなが主体性を持って自発的に着ているのであれば、そもそも制服にす
る必要などないではありませんか。
>それは先のお返事でも書きましたが、
>「男性がパジチョゴリを着て歩けないのも不幸かもしれません。
>パジチョゴリであろうが、チマチョゴリであろうが、セーラー服であろうが、日
>常着であろうが、安心して着ることができる社会を望みます。
>日本人としては安心して着られる日本社会をつくる責任があります。その責任を
>果たしながら、朝鮮学校の生徒や保護者と共に考えていく問題だと思います」
ではなぜ、男子生徒も男性の先生たちも、パジチョゴリを着て学校に通わ
ないのですか?
チマチョゴリを安心して着られる日本社会にしなければならないのは言う
までもないことです。しかし、それと「女子生徒にだけ」制服としてチマチ
ョゴリを着せることとはまったく別の問題です。
Date: Sun, 13 Oct 2002 10:42:33 +0900
To: anti-hkm@jca.apc.org
Subject: [anti-hkm 3742] Re: 2つの闘いの分離と連帯を
高橋亨です。
in <……>, S.Mさんwrote:
>(1)日本人・日本社会に対する在日差別への闘い
>(2)在日コリアン男性社会による女性生徒への
>ジェンダー差別への闘い
>
>(1)によるならば、チマチョゴリを着られないようにさせる
>日本が間違っている
間違っています。
>(2)によるならば女性生徒がチマチョゴリを着なければ
>ならない在日の男中心タテ社会がおかしい
おかしいです。
>それぞれ自分の闘いが尊いと思われることはわかりますし、
>自分の闘いに誇りを持つためにも大事なことだと思います。
>しかし、自分の闘いだけが絶対ではありません。
>
>まして今回の場合は、それぞれ闘う相手が異なります。
>(1)は日本社会、(2)は在日男性社会です。
>同じ線上で話してもあまり議論がかみ合わないと思います。
私は日本人なので、まずもって闘わなければならない相手は自分の帰属す
る日本社会です。入れ子になった差別構造は外側から解いていかなければ解
決できない、という意味でも、まず何とかしなければならないのは日本の国
家・社会による在日社会への抑圧でしょう。
しかしだからといって、現にそこにある差別(複合差別)から目をそらし
ていいものではないはずです。
事実を隠したり、被害者集団を美化することからは何もいい結果は生まれ
ません。