高橋亨です。
優先順位の関係でしばらく放っておいたマイダネクですが、木村さんの主張は
混乱と自家撞着に満ちた否定論者的言説のサンプルとして実に興味深いものな
ので、ここで再度取り上げます。(一部引用順序変更)
in [aml 10905] 木村さん wrote:
> 私は、マイダネクにも行き、重要な部分はすべて写真を撮るか、ヴィデオに収め
>るかしてきました。しかし、上記の「『再現』と称する『お化け屋敷』造り」もあ
>り、争点をしぼるべきだと考えたので、拙著『アウシュヴィッツの争点』では、そ
>の名の通りに、アウシュヴィッツの「ガス室」だけを問題にしました。アウシュヴ
>ィッツを主戦場、決闘の名場面で言えば、宮本武蔵と佐々木小次郎の対決の場、巌
>流島に定めたのです。
つまり木村さんは『アウシュヴィッツの争点』出版以前にマイダネク現地に行
き、「重要な部分はすべて写真を撮るか、ヴィデオに収める」などして、しっ
かり確認した上で同書を書いたというわけですね。
> ところが、その後、『週刊金曜日』の「世界現代史講座」で梶村太一郎が、『マ
>ルコポーロ』廃刊事件についてデタラメを書いたので、それへの反論を一般の投書
>よりは少し長い「論争」欄に寄稿したところ、同じ欄で梶村一郎が、次のように書
>きました。
>
>「ナチスが初めからガス室として建設し、破壊を免れ現存しているもののひとつ、
>たとえばマイダネクのそれを氏(私のこと)は『シャワールーム』と主張するが、
>そこの覗き穴つきの頑丈な鉄製扉を見ても、犠牲者の爪痕と青酸ガス室の青緑色の
>染みが残る壁と天井を見ても、私には紛れもないガス室としか思えません」(『週
>刊金曜日』96.10.2)
さて、木村さんが現地を確認して書いたという『アウシュヴィッツの争点』に
は、マイダネクのガス室についてこんな記述があります[1]:
| 現存する「ガス室」は、何度も念を押すようだが、たったふたつだけであ
| る。アウシュヴィッツIにひとつと、マイダネクにひとつだ。
| マイダネクの「ガス室」については、すでに紹介したユダヤ人のコールが
| ビデオの映像で、ドアが内側からしか閉められない構造であることを明らか
| にした。かれは、西側のオーストリアのマウタウゼン収容所の“元”「ガス
| 室」こと、「事実上の定説」では普通のシャワールームのドアの映像と比較
| して、まったくおなじ構造だということを、だれの目にもわかりやすいよう
| にした。マイダネクの「ガス室」についても、普通のシャワールーム以外の
| なにものでもないことが、すでに立証されたも同様である。
そして、木村さんが週刊金曜日に寄稿した「反論」[2]には、こう書かれてい
ます:
| …現存のたった二つの観光名所、マイダネックのそれは、外部から閉じ込める
| のが不可能な内開きのドア付きの「シャワールーム」以外の何物でもなく、ア
| ウシュヴィッツのそれについては当局が、「戦争中の防空壕を記憶にもとづい
| て復元した」と弁解している現状だ。
梶村氏は、この内容に対する反論として、上で木村さんが引用した文章[3]を
書いたのです。梶村氏の主張は極めて明快ですが、あえて解説を加えると、氏
は、木村さん自身がマイダネクのガス室を「シャワールーム」だと主張してい
ることをとらえてそれに反論しているのであって、だからこそ、あれはシャワー
ルームなどではなくガス室だ、という論旨になっているのです。
> これを見て、私は、唖然というよりも、気が抜けてしまいました。梶村は、豪語
>するわりにお粗末極まりないことに、間違いなしにマイダネクの現地を見ておらず
>、写真かテレヴィ画面から自分勝手なCGモンタージュをしているのです。マイダネ
>クに行けば明瞭に分かることですが、「シャワールーム」(の外見の場所といって
>も結構)と、「覗き穴つきの頑丈な鉄製扉」付きの部屋と、「青緑色の染みが残る
>壁と天井」とは、まったく違う場所にあるのです。
>
>(なお、今後の議論では、「爪痕」と「青緑色の染み」についても、本物かどうか
>は疑問として置きましょう)
ところが、「拙著も読まずに」云々([aml-stove
108]他)と繰り返し私を非
難するネタに使った『アウシュヴィッツの争点』で「すでに立証されたも同様」
だと豪語し、更には梶村氏の反論のわずか2ヶ月ほど前にも同じことを断言し
てみせていた割にはお粗末極まりないことに、木村さんは急遽自説を180度転
回し、「シャワールーム」はガス室とされている問題の部屋とはまったくの別
物ということにしてしまいました。これは一体どういうことでしょう? 常人
の理解の範囲をはるかに超えた論理の飛躍としか言いようがありません。
> そこで私は、「『覗き穴』で馬脚を露した『世界現代史講座』の奇術」と題する
>普通の短い投書をして、この部分に関しては次のように指摘しました。
>
>「(梶村は)マイダネクの『覗き穴』付きのドアを唯一の具体例に話を逸らし、シ
>ャワールームではないのに、『そこの』と形容している。氏は実物を見たのか。私
>はビデオに記録してきた。全く別の物置のような建物の中の狭い部屋のものだ。『
>シャワーを浴びさせると騙して閉じ込めチクロンBを放り込む』集団殺人工場の構造
>ではない。本物なら(改築の事実もある)衣服等の消毒室か殺虫剤チクロンBの貯蔵
>庫だろう」
そして、何の説明もなく「消毒室または殺虫剤貯蔵庫」説に転向というわけで
す。木村さん、冗談も程々にして頂きたい。ほんのちょっと前に自分で主張し
たことをあっさり忘れて(あるいは忘れた振りをして)、「シャワールーム」
を持ち出したのが梶村氏であるかのようにすり替えるなど、言語道断です。こ
れでは梶村氏も、それこそ「唖然というよりも、気が抜けて」しまったことで
しょう。
> ここでも確かに、最後の締めの「だろう」は、もっとゆるめて疑いを残しておい
>た方が賢明だったのかもしれません。要するに、実に怪しげな場所だらけなのです
>。上記の「狭い部屋」については、字数に限定があるので記しませんでしたが、確
>かに外側には「青緑」の部分があり、扉自体は古い感じなのに、内側の壁と天井は
>綺麗な灰色で、どう見ても最近コンクリートを打って表面をコテ塗りしたばかりの
>感じでした。
どうやら木村さんが書く文章中の「…のです」「…だろう」「…以外の何物で
もない」「…立証されたも同様である」等々の表現は、「…かも知れないし、
そうじゃないかも知れない」という程度の意味でしかないようです。普通に読
んで意味の通る日本語を書いて頂かないと議論が成立しませんし、危なくて木
村さんの本など読めません。「実に怪しげな場所だらけ」なのはマイダネクで
はなく木村さんの言説の方みたいですね。
> さてさて、仕方なしにマイダネクに戻ります。ここでも、まず、高橋「ニュルン
>ベルグ・コピー・アイコン検事」さんへの質問です。高橋検事さんは、
>
> 第1に、「あの」「マイダネクの『覗き窓付き扉』」の実物を自分の目で見たこ
>とがあるのでしょうか?
>
> 第2に、「あの」「マイダネクの『覗き窓付き扉』」のある部屋が、「ユダヤ民
>族絶滅政策」による「大量殺人」の「機械工場」としての「ガス室」だったし、そ
>のままの形状で保存されてきたと主張されるのでしょうか
木村さんは、自分は現地を見た上でものを言っているのだ、ということに余程
自信をお持ちのようですが、それならばなぜ問題の部屋の解釈がシャワールー
ム、消毒室、防空壕([aml 10819])と、ころころ変わってしまうのでしょう
か? 例えどこに行って何を見たとしても、心が妄説に捕らわれていては何も
見えてきませんよ。
私はマイダネクに行ったことはありませんが、そこに何があり、何が行われた
のかについては、木村さんなどより遥かに正確に認識しているつもりです。マ
イダネクに行ってガス室を見てきたのは木村さんだけではありませんし、その
報告も多数存在しているのです。
> さて、「いじわる質問」の例を出したのは、高橋さんが私への揚げ足取りの材料
>として、私が作成した「『ガス室』覗き窓症候群診断書」[aml
10755] の中の表現
>の一部、「消毒室の扉は頑丈でなければならず、万が一、誰かが中に残っていれば
>危険ですから、覗き窓による確認が必要だったのです」に目を付け、別途紹介した
>「防空用ドア」の可能性を示唆する研究とは矛盾するとばかりに勝ち誇ったような
>主張をしているからです。
..snip..
> つまり、私の「覗き窓付扉」に関する疑問の中心は、「それが付いていた部屋の
>極端な狭さ」にあったのですし、「『再現』と称する『お化け屋敷』造り」への注
>意も添えてあったのです。この部分を除外する引用の仕方は、先に私が高橋さんに
>注意し、高橋さん自身が、そういう真似はしないと約束した『週刊金曜日』におけ
>る金子マーチンのやり方と、基本的には同じです。
私はちゃんと、木村さんの言う「極端な狭さ」にも言及しています([aml
10899])。そもそも、問題の部屋がそれほど極端に狭いのなら、防空壕だと言
う主張はおかしい、というのがこの記事での私の論点の一つでした。元記事を
見ればすぐバレてしまうようなごまかしはしないようがいいですよ。ご自分の
信用(そんなものがまだ残っていればですが)を失うだけです。
さて、木村さんの幻惑的説明では聞けば聞くほどマイダネクの状況が分からな
くなってしまうので、ここらで種明かしをしてしまいましょう。
マイダネクでは少なくとも四つのガス室が稼動していたようですが[4]、現在
公開されていて内部を見ることができるのは二つです。(つまり、『アウシュ
ヴィッツの争点』にある「マイダネクにひとつ」というのがそもそも間違い。)
そのうちの一つが梶村氏の言う「犠牲者の爪痕と青緑色の染みが残る」部屋、
残りの一つが、木村さんの言う「極端に狭い」部屋です。(実際には、この部
屋も3.6m×5.2mもあり、木村さんが言うほど狭いわけではありません。一度に
180人くらいは殺せるでしょう。)通常、「マイダネクのガス室」として参照
されるのは、より陰惨な印象を与える前者の方です。
この二つのガス室は煉瓦造りの独立した平屋の中にあり、隣り合っています。
この建物の外観写真(マイダネク解放当時のもの)が[5]にあります。また、
木村さんの大好きなロイヒターがこの建物の見取り図[6]を書いているので、
それを見れば二つの部屋の位置関係も分かります。
この二つのガス室は、*両方とも*覗き窓のついた頑丈な金属製ドアを備えてお
り、また外部のボンベから一酸化炭素ガスを送り込むためのパイプラインが引
かれています。(マイダネクではガス殺手段として一酸化炭素とチクロンBを
併用。)木村さんの主張とは異なり、梶村氏の言う「青緑色の染みが残る」部
屋にもちゃんと『覗き窓付き扉』があることは、その内部を撮影した写真[7]
が明白に示しています。CGモンタージュ云々は不当な言いがかりでしかありま
せん。
シャワールームは、木村さんの新説どおり、これらのガス室とは別にあります。
(つまり『アウシュヴィッツの争点』の記述はデタラメ。)マイダネクでは、
アウシュヴィッツなどでのやり方とは異なり、犠牲者たちに実際にシャワーを
浴びさせた上でガス室に送り込んで殺していました。これは、湿って暖かい状
態の方がシアン化水素ガスの効きが早い、と考えられていたためです。[8]
これでようやく明確になりましたね。
[1] 木村愛二『アウシュヴィッツの争点』リベルタ出版 (1995) p.232-233
[2] 木村愛二『連載記事「世界現代史講座」に根本的な疑問を提出する』週刊
金曜日 1996.9.6 論争欄
[3] 梶村太一郎『ガス室論争へのふたつの回答』週刊金曜日 1996.10.25 論争
欄(96.10.2という木村さんの参照は誤り)
[4] "COMMUNIQUE OF THE POLISH-SOVIET EXTRAORDINARY COMMISSION FOR
INVESTIGATING THE CRIMES COMMITTED BY THE GERMANS
IN THE MAJDANEK
EXTERMINATION CAMP IN LUBLIN", FOREIGN LANGAUGES
PUBLISHING HOUSE
MOSCOW 1944, p.13
(http://www2.3dresearch.com/%7ejune/Vincent/Camps/MajdanekReport.html#13)
[5] Holocaust Timeline, "Majdanek Concentration Camp Liberated"
http://www.historyplace.com/worldwar2/holocaust/h-majd-lib.htm
http://www.historyplace.com/worldwar2/holocaust/hol-pix/majd-lib2.jpg
[6] http://www.webcom.com/ezundel/english/leuchter/report1/graphics/appen5-2.jpg
[7] http://www.nizkor.org/ftp.cgi/camps/maidanek/images/majdanek-gas-chamber-02.jpg
[8] "March of the living", Virtual Tour - Part 4 Majdanek
http://www.bonder.com/tour/part4.html