男の調理場
道具編
  包丁選び:刃物の焼き入れとは  
   【 目 次 】
   焼入れって何だ
  鍛造とは
  熱処理よもやま話
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Rev.1.01 June 18, 1999
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Rev.1.03 April 12, 2005
佐田 守弘

刃物を刃物にするのが焼き入れ。焼き入れは刃物の生命を作り上げる大切な製造工程だ。言葉としては良く聞く言葉なのだが、焼き入れとはどう言うことなのだろう。金属の話が中心で、調理とは掛け離れた話題であるが、包丁に多少は関係ある話題として参考までに述べさせて頂く事にする。 

焼入れって何だ

「焼き入れ」という言葉は金属加工の専門用語なのだが、日常語としてもよく知られているし、使われている。中には、「懲らしめる」という意味で、「焼を入れてやろうじゃないか」などと言ったりもする。
「はがね」は焼を入れると硬くなり、焼なますとなまくらになる、といった事はおそらくは誰でも知っているだろう。だが、どうして焼を入れると硬くなるのかについては、余り知られている事ではない。やや堅い話になるが、焼き入れについての話をさせて頂く。

鉄と鋼の違い

鉄鋼という言葉がある。これは鉄(Iron)と鋼(Steel)とを総称して呼ぶ言葉である。「鉄」には元素としての鉄(Fe)の意味の他に、鋼でない鉄合金の意味もある。そして鋼(こう)は「はがね」とも呼ばれる。「はがね」とは、「刃金」の意味である。おそらく刃物の金(かね)という意味で「はがね」と呼んだのであろう。

鉄と鋼の違いは焼き入れができるかどうかの違いであり、その違いは含有する炭素量によって決まる。結論を先に言えば、炭素量が0.04%〜1.7%の範囲のものが鋼である。それよりも少ないものは工業的な純鉄、多いものは鋳鉄である。そして鋼の中では炭素量が多い程、焼き入れした時に硬くなる性質を持つ。炭素鋼、合金鋼を含めて、焼き入れ硬度は、炭素量で決まる。

一般に鉄鉱石から得られる鉄は、炭素との合金の形になっている。鉄を精練する際には、コークスの様な炭素燃料を使う。古来のたたら製鉄でも木炭が使われた。この燃料中の炭素は、一酸化炭素を生成して、鉄を還元する作用をする。そして同時に燃料中の炭素が鉄の中に取り込まれ、鉄と炭素の合金が作られる。
なお鋼には鉄と炭素以外に、珪素、マンガン、リン、イオウも含まれている。現在はこれらの元素は不純物としてではなく、鋼を形成する微量成分としてみなされている。

鋼の組成と相変化

良く研いだ包丁の刃はピカピカ光っており、あたかも均一な表面の様に見える。だが、金属の表面はそれ程均一なものではない。様々な結晶が寄り集まった構造をしている。金属顕微鏡で観察すると、金属の結晶構造が見られる。
鉄鋼の成分と組織構造
鉄と炭素の合金である鉄鋼には、鉄、鉄と炭素との化合物(セメンタイト:Fe3C)、炭素粒子が存在し得る。ただし炭素粒子が存在するのは鋳鉄である。
また鉄は低温で安定なα(フェライト:体心立方構造)と、高温で安定なγ(オーステナイト:面心立方構造)の2つの結晶構造がある。これらが混じり合って、様々な組織構造を作り出す。その組織構造が鋼の硬さなどを決める上で重要な役割を果たしている。
鉄鋼の温度変化

鉄-炭素合金である鉄鋼は、炭素の含有量と温度によって様々な相に変態する。炭素の含量を横軸に、温度を縦軸に取って、組成を描いた状態図で表される。細かいことは省略するが、焼き入れが可能な鋼では、850〜1000℃付近に加熱して急冷すると、マルテンサイトができる。マルテンサイトは硬い構造であり、焼き入れによってマルテンサイトが作られて硬くなるのである。

鋼の熱処理

表題の「焼き入れ」であるが、焼き入れの様な操作を熱処理と呼ぶ。鋼は熱処理によって必要とする硬さと靱性を得ることができる。熱処理は金属加工に不可欠な処理である。そして熱処理には次の様なものがある。そして鋼材は一般に、加工前に焼き鈍しを行って柔らかくしておき、加工後に焼き入れと焼き戻しの処理で必要とする硬さを得る。
焼き鈍し
加熱した鋼をゆっくりと冷すと、柔らかくなる。これを「焼き鈍(なま)し」ないし「焼鈍(しょうどん)」という。焼き鈍した鋼は、パーライトと呼ばれる柔らかい組織になる。
焼き入れ
鋼を真っ赤に焼き、急冷すると硬くなる。これが焼き入れである。急冷する事によってマルテンサイト組織を作り出すのが焼き入れである。
焼き戻し
焼き入れをした鋼は硬い反面、脆さがある。そこで再び適度に加熱を行なって靱性を得る処理を「焼き戻し」と呼ぶ。焼きの一部を戻す様な言葉だが、実際にはマルテンサイトをトールスタイトあるいはソルバイトの組織に変化させる操作である。

焼き入れの方法

今述べて来た様に、焼き入れなどの熱処理は、金属の相変化を利用した処理技術である。従って、その温度管理がとても重要になる。現在は、均一に温度管理された電気炉や溶融塩浴(ソルトバス)、あるいは鉛浴などを使って、均一な温度に加熱している様だ。また冷却も余りの急冷による割れを防ぐため、水の代りに油や空気を使う油焼き入れ、空気焼き入れなどの方法が取り入れられている。材質によっては、空中放冷だけで焼きが入るものもある。

炭素鋼の他に、合金鋼など各種の鋼材が揃っている現在では、鋼種ごとに焼き入れ温度と冷却の方法、およびその後の焼き戻しなどの推奨方法が記載されている。

しかしながら、昔の刀鍛冶は、フイゴを使った木炭炉の直火で焼き、水に入れるズブ焼き入れだった。しかも要となる温度管理も、刀匠の目視判断に頼っていたわけである。しかも刀身の峰の部分に焼き刃土(粘土)を塗って冷却速度を変え、刃先は硬く峰は粘くと、部分的に焼き入れ硬度を変化させるなど、まさに神業とも言える技法が行われていた。
落語道具屋に出て来る火事場で拾ったノコギリ
与太郎さんが開く道具屋に立ち寄った客がノコギリを見て、「焼きが甘めえな。焼きは入ってんのか」と聞く。
与太郎さん曰く、「親方が火事場で拾って来ましたから、焼きは入ってます。」

焼きを入れるとは単に焼くことではない事はお分かりだろうと思う。刃物が火災に会えば、焼きが入るどころではなく、まず間違いなく鈍ってしまう。もちろんもう一度焼きを入れ直すことはできない訳ではないが、一般素人にできる事ではない。

鍛造とは

鍛造とは、鋼材を熱して槌で打つ加工処理を言う。古くは鍛治屋さんがトンテンカンと槌打っていたのが鍛造である。今は昔の鍛治屋さんの様に、手で槌を打つ姿は余り見られなくなった。だが鍛造加工がなくなったのではない。現在では主に工場の中で動力ハンマや水圧プレスなどを使って鍛造が行われている。鍛造の目的は2つある。
形を作る
鍛造の大きな目的は、目的の形を作ることである。鉄の塊を素材にして、昔は刀や包丁、あるいは鋤や鍬といった道具を作っていたし、今でもエンジンのクランクシャフトなどを作っている。ちょうど陶芸家が粘土をひねって器を作る様に、鍛治屋さんは鉄を打って何でも作ってしまうのである。

金属の組織構造を緻密にする

鋼材も熔鉱炉の中で溶かし、冷やして固めて作る。それなら初めから目的の形に鋳込めば良いではないかと思えそうだ。実際、鋳物(鋳鉄)はその様に作るし、鋼材でも鋳鋼といって鋳物の様に型に流して作るものがある。
だが、鍛造では目的の形までたたき上げる所に意味がある。というのは、熔鉱炉から出したばかりのインゴットは、金属の結晶構造が大きい。また冷却速度の差により、成分が局在化していたり、気泡などが残っている場合もある。鍛造過程で塑性変形を与えることにより、結晶構造が微細化し、成分の均一化も行われる。これによって鋼材は強靱になり、本来の特性を発揮できる様になる。まさに「鉄は熱いうちに打つ」なのである。

熱処理よもやま話

付け焼き刃

一夜付けの知識や能力を俗に付け焼き刃と言う。なまくらの刃物にちょこっと刃を付けたという意味だ。ちょっと使えば付けた刃が落ちて、元のなまくらが露呈してしまう事を言う。
この「付け焼き刃」は金属学や金属加工の言葉ではない。どうやら俗世間で作られた言葉の様だ。だが、この「付け焼き刃」に相当する熱処理や金属加工にもある。
浸炭加工
浸炭加工とは軟鋼の表面に炭素を拡散侵入させて、表面のみを焼き入れする方法を言う。母材となる金属には、0.05〜0.2%程度の低炭素鋼を用い、浸炭材(木炭60%、炭酸バリウム40%など)と共に、850〜900℃程に加熱して、炭素を拡散侵入させる。その後焼き入れ処理を行って、浸炭した表面部分の硬度を上げる。全体的には適度な粘り強さを必要としながらも、表面だけに硬度を必要とする時に行う熱処理である。
浸炭加工は「肌焼き」とも呼ばれるが、表面部分(浸炭時間によって変わるが、およそ1〜2mm程度)だけが「焼き刃」になるわけだから、刃物などに利用しても、研げば硬い浸炭層がなくなってしまう。だから文字通りの付け焼き刃である。
だが、研ぐ必要がないものには効果的な熱処理方法だ。例えば歯車は、全体としては粘さを必要とする。粘くないと、簡単に歯車の歯が折れてしまうからだ。しかし噛み合っている歯面は、互いに応力を受けるので、硬度を必要とする。この様な場合、低炭素鋼を使って歯車を作り、歯の表面部分のみ浸炭焼きれをすれば、折れずに摩耗しない歯車が作れる。

窒化
金属の表面に窒素をしみ込ませて表面硬化する方法を窒化と言う。浸炭と違い、窒化するだけで硬化するので、その後の焼き入れは行わない。食品機械装置などの摺動面などで、オーステナイト系のステンレス鋼を使う必要があり、しかもその表面を硬く必要がある場合に用いられる。

金属熔射
金属熔射は、母材となる金属の表面に異種の金属を熔かして吹き付ける方法である。熔射では様々な金属の組み合わせが可能である。特に表面硬度を上げる目的では、軟鋼などの母材の上に硬度の高い金属を熔射するケースが多い。柔らかい金属の上に硬い金属を付けると言う意味では、やはり「付け焼き刃」なのかも知れない。
また耐食性と共に耐摩耗性を必要とする様な時、ステンレス鋼にステライト盛りと呼ばれる加工を行う事がある。溶接の要領で硬い金属を表面に盛る方法であるが、硬いものを付けるという意味では、やはり「付け焼き刃」であろうか。

日本刀の刃紋

筆者はその趣味ではないで詳しいわけではないが、かつては武具として使われて来た日本刀が現在では美術品として珍重されている。そして、昔からの刀鍛冶の技術を引き継ぐ刀匠の手によって、今でも美術刀として日本刀は作られている。

日本刀の美しさの1つに、刃紋があげられる。刃紋とは刀身に現れる様々な紋様である。この刃紋は、焼き入れの過程の産物だ。日本刀の焼き入れでは、刃の部分を残して峰の方に焼き刃土を塗って焼き入れを行う。この粘土は焼き入れ時の冷却速度を調節し、粘土を塗らない刃の部分は硬いマルテンサイト組織に、粘土を塗った峰の部分はトールスタイトないしソルバイト組織を生み出す。そして粘土の厚みやその他の微妙な変化により、様々な金属組織が入り組み、紋様を生み出すわけである。

刀匠が意図して作り出せるのか、あるいはある程度は意図するにしても、偶然が重なって生み出されるのかは分からない。おそらくは後者の方であろうと思う。しかしながら素材として使われる玉鋼の焼き入れ特性と言い、焼き刃土による焼き入れ速度の制御技術と言い、そしてこれらによって生み出される刃紋は、まさに芸術に値するものである。

合金は化合物か混合物か

筆者が中学の頃の話である。当時の理科の先生に、筆者は「合金は化合物ですかそれとも混合物ですか?」と質問した事がある。質問の意図は大した事ではない。理科の実験で鉛と錫の合金である半田を作ったのだが、鉛と錫は互いに溶け合って混じっているだけにしか見えなかったのである。しかし鉛と錫を溶かし合わせて作った半田の融点は、鉛と錫の単体より低い。混じり合っているだけだったら、両方の平均的な性質になると考えた方が自然だ。単に融けて混じり合っているだけでなく、何か反応して別の化合物ができたのだろうか。

これに対して当時の理科の先生は、「合金はねえ、ちょっと複雑だから。」としか答えなかった。当時の筆者には、先生の言う「複雑」の意味が分からなかった。なぜなら、物質の混じり方は混合か化合かのどちらかであると思っていたし、そう教えられたからである。そしてその答えは長い事持ち越されてしまったのである。

このページを読まれた方は、既にこの答えを分かっていると思う。工業用の金属のほとんどは合金であるが、合金は単純な混合物でも化合物でもない。金属単体の様々な結晶、炭素の粒子、金属間化合物の結晶が単独で、あるいはその共晶体が、複雑に混じり合ったものが合金なのである。つまり合金とは、金属単体と金属化合物の結晶が混じり合ったものである。