男の調理場
道具編
包丁の切れ味と日本刀 
   【 目 次 】
  刃物の切れ味
 焼き入れについて
 刃物が切れなくなる仕組み
 用途に合せて作られる刃物

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December 18, 2004
佐田 守弘

垣間見たテレビなのでどこのチャンネルだったかは定かでないが、日本刀で鮪を捌き、寿司種に切る技を披露していた。音声がよく聞こえなかったが、試食していたタレントのややオーバーなパフォーマンスから推測するに、日本刀の切れ味は抜群で、これで魚を切れば、おいしい寿司種ができると言っていたのだと思う。
おそらくテレビを見ている人達、それも自分で包丁を握らない人の多くは、日本刀は刃物の中でも抜群の切れ味であるから、これで魚を捌けば包丁などに比べておいしく切れると思ったに違いない。
放送しているディレクタはどう考えていたかは分らないが、捌いていた調理人(おそらくは寿司職人)は、本当は日本刀はそれ程良く切れるものでない事を知っているだろうと思う。日常的にもその様な刀捌きをしているのだろうと思われるが、切れ味を求めて日本刀を使っているのではなく、おそらくは集客効果を狙っているのではないかと考える。

刃物の切れ味

初めに刃物の切れ味について述べておきたい。刃物の切れ味を表す言葉を挙げるなら、「鋭利さ」、「切れ味の持続(刃の硬さ)」、「刃こぼれしにくさ(粘さ)」がある。
このうち、日常的に「良く切れる」と表現する時には、直接的には鋭利さをさす。だが、鋭利さ以外にも切れ味の持続性や刃こぼれのしにくさを、暗に含んだ上での鋭利さである。そこで次にこれらの切れ味の3つの要素について考えてみる。

鋭利さ

刃物の鋭利さは、幾何学的形状によるものであり、その刃物の材質には関係ない。実際には作るのは難しいであろうが、鉛の様な柔らかい金属を使っても原理的には鋭利な刃物は作れる。ただし、その材質より充分に柔らかいものしか切れないから、豆腐やゼリーの様な柔らかいもの専用の刃物になってしまう。

刃物の機構はくさびである。くさびが被切断物に食い込むことによって、切り分けるのである。
刃物の鋭利さは、くさびの角度と先端部の曲率半径(鋭さ)で決まる。
「ナイフエッジ」という言葉がある様に、刃の断面の刃先部分は尖点である事が理想だ。尖点とは幾何学的に言えば、折れ曲がった直線の様に曲率半径が0の状態である。言い換えれば微分係数が無限大になる特異点でもある。

刃物は良く切れる様に研ぐが、この研ぐ操作は断面を尖点に近付ける操作である。理想的には尖点であるべきなのだが、実際の刃物の刃先の断面は、尖点にする事はできない。実際に顕微鏡で見たわけではないが、刃先部分は金属分子が単分子で並んでいるという事はあり得ないであろう。仮に単分子だったとしても、分子や原子には大きさがあるから、無限小になることはあり得ない。

くさびの角度は、角度が鋭角であるほど、刃物としては鋭利になる。しかし刃先のくさびを鋭角にすると、切れ味の持続性が低くなり、刃こぼれもしやすくなるので、用途によって適切なくさびの角度が選ばれているのである。

身の回りの刃物の例をいくつか挙げてみると、かみそりが最も鋭利であり、これに続いて包丁、日本刀、鉈の様な叩き割る刃物の順になる。同じ包丁でも牛刀や薄刃包丁、柳刃包丁などは、出刃包丁よりも鋭利である。
また包丁や日本刀は、単に押し付けて切るのではなくて、引き切る事により、実質的にくさびの角度が鋭角になって切れ味が上がる。

切れ味の持続性

最初はいくら鋭利な刃先であっても、すぐに鈍化、つまり刃先の曲率半径が大きくなったとしたら、それは実質的に切れない刃物である。刃先の鈍化は、主に切断操作による摩耗や変形、あるいは微細な錆びによって生じる。もちろん刃こぼれによる鈍化もある。

調理操作で言えば、刃先がまな板に当たる事によって、刃先が変形したり、硬いものを切ることによって刃先が摩耗する。出刃包丁の場合には、骨の様な硬い部分を切る事によって、微細な刃こぼれが生じたり、摩耗による鈍化が大きいかも知れない。
安全かみそりの場合、ヒゲを剃ることによる刃先の摩耗や変形の他、微細な錆びによって鈍化する現象もあったのではないかと思う。昭和20年〜30年代の頃の安全かみそりは毎日刃を替えている人が多かった。最近のステンレスのかみそり刃は当時のものに比べてかなり長持ちする様だ。

摩耗や変形をを防止して切れ味を持続させるには、硬度が高い材質を使う事が最も効果がある。つまり、この後に述べる粘さと併せて、良い刃物であるには、良質の材料と適切な熱処理(焼き入れなど)が重要になるのは、このためなのである。

100円ショップで買って来た安物包丁でも、新しい時にはそれなりに切れるし、きちんと研げば有名な刀匠が打った包丁並の切れ味を出す事も不可能ではないと思う。だがその切れ味が長続きしない。骨のない柔らかい魚や肉ならそこそこ切れるだろうが、かぼちゃの様な硬いものを切ったら、すぐに切れなくなってしまうだろう。
つまり、安物の柔らかい材質の包丁では、極端な話が1回切ったらすぐに研ぎ直さなければならなくなるのだ。

刃こぼれのしにくさ

刃こぼれのしにくさは、使用する材料の粘さがもっとも影響し、また、刃のくさびの角度も関係する。
金属材料の硬さと粘さは相反する関係にある。焼き入れによって硬くすればする程、切れ味の持続性が上がる代りに、脆くなって刃こぼれしやすくなる。

焼き入れについて

刃物の熱処理を簡単に「焼き入れ」という事が多いが、実際には焼き鈍し(焼鈍)から始まる一連の熱処理を行う。単に焼き入れと言っても狭い意味での焼き入れのみを言うわけではない。

焼き入れの前に、まずに焼き鈍しをきちんと行う。
A1変態点(約730℃程度)以上に加熱すると、ステンレス鋼などと同じオーステナイト組織に変わる。この後、炉の中でゆっくりと(100℃/hr以下)冷却すると、鋼材は、パーライトと呼ばれる軟らかい組織になって軟らかくなる。これが焼き鈍しである。
焼き入れをするのだから何も焼きなまさなくても良かろうと思いたくなるが、焼き入れ前の焼きなましは、しっかりと焼き入れをするためには必須な工程である。前段階の加工つまりプレスとか、鍛造などによって加工歪みができたり、加工硬化が起きているので、焼き鈍しでこれを取り除くのである。しっかりと焼き鈍しをしておかないと、その後の焼き入れで目的通りの焼が入らないそうである。

良く鈍した鋼材を再びA1変態点(約730℃程度)以上に加熱してオーステナイト層に戻し、この状態から急冷すると、マルテンサイトと呼ばれる最も硬い組織になる。この操作を狭い意味での「焼き入れ」と言う。焼き入れに必要な急冷は0.16℃/秒以上で冷却することである。

ここの急冷は、必ずしも水に入れる水冷とは限らない。実際には油冷却(油焼き入れ)、空冷、時には空中放置で冷却する場合もある。昔の鍛治屋さんが行っていた様な焼いた鉄を水の中にズブリと入れる水焼き入れは、工業製品の多くの場合には行わない事が多い。なお、どの様な方法を選ぶかは、材質やサイズ、形状などに応じて選ばれる。なお
急冷するのはマルテンサイト変態点(約250℃)までで、その後は徐冷すしないと焼き割れが生じる。

マルテンサイト組織は、硬度こそ高いが、極めて脆く、このままでは刃物としては使えない。そこで焼き戻しを行って、脆くなった鋼材に粘さを与える。

焼き戻しの言葉から、焼き入れ状態から部分的に鈍った状態に戻す様な気がするが、事実は全く違う。焼き入れしてマルテンサイト組織になった鋼材を、400℃、ないしは600℃まで加熱する事によって、それぞれトルースタイト、ソルバイトと呼ばれる別の組織に変わる。トルースタイトはマルテンサイトに比べてやや軟らかいが靱性(粘さ)があり、ソルバイトは更に靱性がある。この適度な硬度と靱性が、刃物には大切なのである。

それでは「最初からこの温度に加熱して、トールスタイトないしはソルバイト組織にすれば良いではないか」と思いそうだが、これはできない。これらの組織は、マルテンサイトからでないと変態しないのだ。つまり、刃物鋼は焼き鈍し→焼き入れ→焼き戻しの一連の工程を通して得られるのである。
なお、A1変態点まで加熱せず、400〜600℃に加熱後空冷すると、ベイナイト組織になり、それなりの硬さ(HRcで40〜50程度)と粘さを備えた状態になる。これをベイナイト焼き入れ(別名オーステンパ)と言うが、硬度が足りないので、刃物用の熱処理には適さない。

焼き入れだけを行って焼き戻ししない状態は、硬さこそ硬いが、脆い上に案外と摩耗性が低い。そのためにどの様な場合でも焼きっ放しで使う事は避けなければならない。刃物用ではないが、ベアリングなどの特殊用途で、硬さ維持のために400℃の通常の焼き戻しができない場合でも、200℃の低温焼き戻しによって耐摩耗性を改善する。更にそれもできない様な場合には、せめて100℃のお湯戻しだけでも行えば、それなりの耐摩耗性改善は図られるそうである。

なお、焼き戻しの際に300℃で焼き戻すと、却って脆い状態になる。これを300℃脆性と呼ぶ。300℃の焼き戻しは行ってはいけないものである。

付け加えれば、それぞれの熱処理には必要な処理時間がある。一番最初に行う焼き鈍しでも、材料の大きさによっても違うのだが、必要な温度に必要な時間だけ保ち、それを必要な時間をかけてゆっくりと冷却する必要がある。仮に焼き戻しに8時間かかるとしたら1日に3回の処理ができる。これを6時間に切り詰めると4回の製造ができて効率的になるのだが、適切に焼き鈍しを行わないと、その後の焼き入れが正しく行えない。

熱処理とは正直なもので、正しく行えば良質の刃物ができ、いい加減な処理を行えばいい加減な刃物しかできないものなのである。
適切な材料を選んで、適切な熱処理を行う事。それが良質の刃物を作る決め手である。

この様に金属は温度に対して敏感に反応するものなのである。丁寧に焼き入れされた高価な包丁を誤って高温の火にさらせば、本来の硬度は失われる事がある。100℃の熱湯であってもこの中に包丁を入れて煮沸するようなことは避けるべきである。

余談になるが、とあるトンカツ屋さんで包丁の刃先を鍋の油に浸している光景を見たことがある。揚ったトンカツを切る前に、包丁の刃を煮えた油の中にチョコっと浸けているのである。筆者にはなぜその様な事をしているのか分らない。あるいは生肉を切った包丁で揚ったトンカツを切るから、殺菌のために加熱しているのかとも思えないでもない。しかしトンカツを上げる油の温度に加熱すれば、刃物の硬度に影響を与えかねないし、油が付けば切れ味も落ちるのではないかと思う。

更に脱線させて頂く。落伍の道具屋に次の様な一節がある。
  「このヤリトリ(鋸の事)、甘めえな。やきが入ってねえんじゃねえのか?」
  「いえ、火事場で拾って来たから焼が入ってます。」
誰しも知っている事ではあるが、火事で罹災した刃物は、焼が入るどころか鈍ってしまうのである。

金属組織目名の当て字
明治時代の学者は、国語力が高く、さまざまな漢字言葉を作り上げた。以上に書いた金属組織名についても、当て字ではあるが漢字名称がある。しかもその名称がこれらの金属を顕微鏡観察した状態を言い得ている所が面白い。

波来土(パーライト)
焼き鈍した鋼は、フェライト(純鉄Fe)とセメンタイト(炭化鉄Fe3C)が重なり合って層状構造をしている。この状態が浜辺の砂にできる波模様にそっくりである。
大州田(オーステナイト)
多分に宛字っぽいが、金属組織面が広い田圃が区切られている様な形のイメージに近いからとも言われている。
麻留田(マルテンサイト)
マルテンサイト組織を顕微鏡で見ると、麻の葉が並んでいる様な模様に見える。
吐粒州(トルースタイト)
マルテンサイト組織からセメンタイトの微粒子が析出した状態で、「粒を吐き出した」とは案外と的を得ている当て字だ。
粗粒波(ソルバイト)
トールスタイトに比べて、セメンタイトの粒子が大きくなって、「粗い粒」の状態になっている

刃物が切れなくなる仕組み

切れ味を理解するには、なぜ刃物が切れなくなるかを分りやすいかも知れない。そこで前述の切れ味の3つの要素について、なぜそれが失われて刃物が切れなくなるかを考えてみよう。一部前述の内容と重複する点があるが、御了承願いたい。

鋭利さが失われるのは

包丁などが切れなくなるのは、鋭利さが失われるからである。刃先のくさびの角度は変わらないが、先端の曲率半径が大きくなり、刃が鈍らになる。
鋭利さが失われる理由は、包丁であれば丁寧に使っていていても、材料を切る事によって刃先が摩耗したり、まな板に強く当たる事によって刃先が変形するためである。もちろん、固いものを叩き切ろうとして刃こぼれを起こしてしまう場合もある。

鋭利さをできるだけ長い事失わないためには、刃先の材質が切る材料に比べて、充分な硬度がある事が大切である。
だが、仮に充分な硬度がある刃物であっても、使っている間に刃先が鈍って切れ味を失う事は避けようがない。だから、刃物を研いで切れ味を復活するのである。

切れ味の持続性が失われる場合

切れ味の持続性は、刃物に使われている材質や熱処理によって決まるので、基本的には使用中に変わるものではない。しかし、軟らかいものを切るよりも硬いものを切る方が、切れ味はすぐに悪くなる。

刃物一般に言える事だが、切れ味が持続しないのは、材質や熱処理、および刃物の形状(くさびの角度)の点で選定を誤っているのだ。刃物は、切る対象物によって材質や形などを選ぶ事が大切である。

研ぎ直しながら使っているうちに切れ味の持続性が悪くなるとしたら、それは刃物の作り方に関係する話である。詳しくは後から述べるが、包丁の刀身の全ての部分が硬く焼き入れしてあるわけではない。なぜなら全体を硬くしてしまえば、脆くなりすぎて、ポッキリと折れてしまうからだ。だから、刃物は必要な部分だけに焼きを入れて硬くし、他の部分や粘さを保つ様に作ってあるのが普通。ただし、包丁が半分に減るくらいは研ぎ直して使えるはずである。

俗な言葉で、「付け焼き刃」などと言うが、安物の包丁では刃先のごくわずかな部分しか焼きを入れてないケースは考えられないでもない。筆者は100円ショップで売られている特別に安価な包丁がどの様な方法で作られているのかは知らない。知らなくても、刃物を安価に作る方法はいくつか考えられる。

その1つはプレスで打ち抜いた金属に、高周波焼き入れで刃先だけに焼きを入れる方法である。高周波焼き入れの装置は高価だが、短時間に焼き入れできるので、トータルとして安価に製造できる可能性は考えられる。
またコストダウンのために、焼き入れの炉に材料を多量に入れたり、処理時間を短縮している可能性も考えられる。
本来なら均一に加熱しながら充分な時間をかけて熱処理をする必要があるのだが、一度に大量処理をし、時間を切り詰めれば、温度ムラが起きたりして、適切な焼き入れがされてなく、始めから切れ味の持続しない包丁という事も考え得る。

付け焼き刃
付け焼き刃という言葉は、日常で使われる俗な表現であり、熱処理の世界で使われる言葉ではない。だが、それに近い熱処理方法や表面処理方法は存在する。
高級な刃物は通常、刃物鋼と呼ばれる高炭素鋼が使われている。高炭素鋼の特徴は、焼き入れによって硬度が得られる事にある。これに対して、軟鋼と呼ばれる低炭素鋼では、焼き入れによる硬化ができない。
しかし低炭素鋼でも焼き入れする方法がある。その1つが浸炭焼き入れという方法だ。これは低炭素鋼を一酸化炭素がリッチな雰囲気化で加熱する事によって、表面に炭素を滲み込ませて、その部分だけ焼き入れできる様にする熱処理方法である。
歯車やクランクシャフトといった高加重を伝える機械部品は、全体として粘り強さが必要でありながら、摺動面だけは硬度が必要になる。この様な母材は粘り強く、一部の表面のみ硬くしたい場合に使われる。もちろん安物の包丁に使うための熱処理ではない。

刃こぼれしにくさが失われる場合

刃こぼれのしにくさも、使われている材質と熱処理によって決まる事なので、通常は使用中に変化するものではない。
同じ硬度の刃物であれば、刃のくさび角度が鋭利な程、刃こぼれしやすい。つまり刃物をより鋭利にしようとして、くさび角を鋭角になる様に研いで行くと、切れ味が得られる代りに刃こぼれがしやすくなる。

用途に合せて作られる刃物

これまでの説明で、刃物はその目的に応じた形に作り、材料と熱処理方法を選んでいる事がお分り頂けよう。蛇足にはなるが、いくつかの刃物について、その特徴を記載してみる。

かみそり

筆者が思うに、刃物の中でも最も鋭利な刃物がかみそりであろう。かみそりは、軟らかい人間の皮膚の上を滑らせながら、やや硬いヒゲを剃るのが機能だ。しかも皮膚を切らない様に、刃を横には動かさずに、真っ直ぐに動かしてヒゲを切る。従って、鋭利さが最も求められる刃物である。
剃刀の刃は、極めて薄い鋼を用いて、かなり鋭角の刃が付けられている。切れ味は抜群だが、刃先が鋭すぎて、硬いものを切るには却って不向きだ。

さて、剃刀の刃のヒゲ剃り以外の用途があるのをご存知だろうか。それはフランスパンを焼くときに表面に切れ目を入れるのに使うクープナイフだ。軟らかく膨らんだ生地の表面にさっと切れ目(クープ)を入れると、あの様なきれいな焼き上がりになる。インストアベーカリーの中で見る事ができるだろう。因みにコッペパンの「コッペ」はクープがなまった言葉だと言われている。

包丁

包丁が扱う材料の硬さは、千差万別だ。刺身は中でも軟らかい材料であるが、きれいな切れ目が求められる。このため、刺身用の包丁は薄く作られており、しかも長い刃渡りを使って、きれいに引き切る。
菜切り包丁は野菜を切る包丁だが、中にはかぼちゃの様な硬いものもあるが、総じて軟らかいものが多い。このため、薄い材料を使って鋭利に仕上げてある。

これに比べて、出刃包丁は、硬い骨を叩き切る事もあり得るので、厚手になっていて、刃のくさびは→や鈍角である。
洋包丁とも呼ばれる牛刀は、比較的軟らかいものを切る事が多いので、刃は薄手で、鋭利な刃付けがされている。しかし、使う人によっては、少し硬いものでも切れる様にと、顎に近い方(元の方)を鈍角に研ぎ直している人も入る様だ。

日本刀

日本刀は元来、武器である。その対象は、俗に「人切り包丁」とも言われる様に人間を殺傷する道具である。しかも相手の人間は、据え物切りでない限り、相手も刀を持って向かって来るし、戦時であれば甲胄を付けて戦い合っていた。「兜切り」とか「兜割り」の言葉もある様に、相手の刀と刃を交あい、甲胄を切って相手を切り殺さなければならない。

言うなれば刃物としては、最も苛酷な使われ方がされるのが、戦国時代の日本刀だった。鎧兜に当たっても刃こぼれや刃折れしない様に強靱な材料を使い、それでいてかつ、兜を割って鎧を通さなければならない。従って、鋭利な切れ味よりも、粘り強さが求められたのが日本刀である。
俗に堀部安兵衛の十八人切りなどの逸話があるが、一人の人間と戦っただけで、刀は相当に刃こぼれしたとも言われている。

所で、日本刀には大きく2つの形があると言われている。その1つは戦国時代の頃に作られた刀で、専ら戦闘用に作られたものである。戦う事が目的の刀なので、引き切ったり叩き割る力が出せる様に、塚の少し先あたりから反りが入った形をしている。
一方、戦国の動乱が過ぎて大平の世が続く頃になると、武士が差している刀も武器としての機能が少なくなり、どちらかと言えば形の美しさが好まれる様になって来た。それを反映してか、後世の日本刀は塚の先からの反りが少なくなり、切先の近くできれいな反りを出す様な形になっている。

そして明治以降は、軍隊が使った軍刀を別として、日本刀の武器としての機能は全くなくなった。現代では専ら、日本刀は美術品としてのみ扱われている。
日本刀を道具として使う職人
現在日本刀の主たる用途は美術品である。しかし現代でも道具として使う職人がいる。
竹細工
筆者は植木屋さんが竹垣根を作る際に、日本刀で竹を割っているのを見た事がある。聞いてみると、小刀を用いて切先部分を削り落して竹を割る刃物として使っているとの事である。
長年使い込んで研ぎは掛けていない様子だが、竹を割るには日本刀が一番良いとの事である。
盤と将棋盤
碁を打ったり将棋を差さない人でも、碁盤や将棋盤は見た事があるかと思う。高級な碁盤になると、厚手の榧の板を使って盤面を作り、ここに漆で升目の線が引いてある。
あの升目を引くのに日本刀が使われる。日本刀の刃先に漆を塗り、日本刀の反りを利用して盤面に転がすと、真っ直ぐな線が引かれる理屈である。

高級な刃物の作られ方

日本にある刃物の中で最も高級な刃物といえば、やはりそれは日本刀である。だが、先に述べた様に現時点においては美術的価値のみであって、武器としての実用的な価値はほとんどなくなってしまった。かつては何人もいた刀匠の多くは、刀を作る仕事から離れざるを得なくなった。そして新たな活躍の場の1つが包丁鍛冶である。

高級な刃物に使われる鋼材

日本刀の製造には、古来からたたら製鉄による玉鋼が使われていた。洋鋼におされて明治以降衰退してしまったたたら製鉄も近年復活し、日本刀の材料として供されているが、一般の刃物に使える程の生産量はない。
現在作られている高級刃物には、主に日立金属(株)安来工場で作られてる高級刃物鋼(安来鋼:ヤスキハガネ)が使われている。同社の刃物鋼には、白紙、黄紙と呼ばれる炭素鋼系と青紙と呼ばれる合金鋼系、およびステンレス鋼の銀系などがある。またそれぞれ白紙1号、2号といった種類があるが、これは炭素量による違いである。

この安来鋼についてもう少し言及する。この鋼材の元になるのは、JISでも規定されているSK材と呼ばれる炭素工具鋼である。これを元に不純物を低減したものが黄紙2号、黄紙よりさらに不純物を低減したものが白紙2号である。白紙2号に炭素量を増加させて硬度を上げたものが白紙1号である。
また白紙2号にタングステンとクロムを添加して焼き入れ性などを改善したものが青紙2号、これに炭素量を増して硬度を上げたものが青紙1号である。

一方銀系については、刃物材として使われるステンレス鋼SUS420が元で、これから不純物の低減をしたもが銀5である。銀5にクロムを増量しモリブデンを添加して耐蝕性を上げたものが銀1、耐蝕性は多少犠牲にしても炭素を増して硬さを求めたものが銀3である。更に銀3にモリブデンを添加して耐蝕性を改善したものがナイフ材として使われるATS34などがある。

このうち白紙は不純物を極力少なくした炭素鋼という点では、玉鋼の品質を工業的に製造したものと言える。そのためか、包丁屋さんの中には、白紙1号で打った包丁を最上品としている事が多い。確かに、この製品はその見栄えが素晴らしいことは確かである。
鋼材としては炭素鋼よりも合金鋼の方が高級とされ、価格も高い。本来ならば青紙1号で作った刃物の方が価格も高いはずなのだが、筆者が見た限りでは、青紙の包丁よりも白紙の方が価格が高く設定されていた。
白紙と青紙とでは、作り手の鍜冶師や求める客の好みもある様で、どちらが良いかとは一概には言えないというのが本当の所の様だ。

毎日包丁を使う本職の板前さんなら、炭素鋼系の鋼材で構わないのだが、このページが対象としている素人料理には、いくら高級な炭素鋼で打った包丁であってもお奨めできない。なぜなら、素人料理では毎日包丁を研ぐことはできないので、結局の所、錆びさせてしまうからである。
素人の場合には、耐蝕性を優先してステンレス系の包丁の方が適している。銀3の場合、ごくわずかに(ロックウエル硬度で2程度)炭素鋼よりも硬度が下がるが、実用的には炭素鋼並の切れ味があると言って良いだろう。ただし、白1に比べると、研いだ時の研ぎ面の光沢状態がやや劣る様に思える。
他の鋼材メーカーの製品で、V金10号、シャガール鋼と呼ばれる鋼材を使った包丁も売られている。特にシャガール鋼の包丁は、白1と良く似たに仕上がっている。しかし一説(鍜冶師の話)では、シャガール鋼は脆いのか、ポッキリと折れてしまうことがあって余り使いたくないとの話もあった。

本焼きと霞焼き

高級な柳刃包丁のカタログを見ると、「本焼き」、「霞焼き」という言葉がでてくる。言葉だけで受け止めてしまうと、本焼きは本当の焼き入れがしてあって、そうでない霞焼きは「うそ焼き」なのかと思ってしまう。これは誤りである。

本焼きとは、日本刀と同じ様な鍛造方法という意味である。日本刀の場合、刀身全体を玉鋼などを鍛練して作った炭素鋼が多く、焼き入れ硬度が高くなる鋼材で作る。このまま刀身全体に焼き入れをしてしまうと、全体が硬くなり過ぎて、刃物が持たない。簡単にいえば、刀どうしが当たっただけでポッキリと折れてしまう程脆い刀になってしまうのである。

そこで、焼き入れ前の刀身に「焼き土」と呼ばれる粘土を練ったものを塗る。刃先の方は掻き取って、峰の方に土を残す。この掻き取り方によって焼き入れ状態が微妙に変わり、刃紋の現れ方に影響するそうである。この焼き土によって峰の方は冷却速度が遅くなるので、刃先は硬く、峰の方は粘くといった焼き入れがされる。
つまり同じ材料を使いながら、焼き入れ加減によって硬い部分と柔らかい部分を作り出す。そしてこれと同じ作り方をした和包丁を本焼きと呼ばれている。

霞焼きの場合には、全体を同じ材料で作るのではなくて、炭素量が多い鋼材と、炭素量が少ない鋼材とを鍛接で張り合わせる。片刃包丁の場合には、裏側に高炭素鋼を張り、両刃包丁では高炭素鋼を低炭素鋼で包むようにして張り合わせる。これを焼き入れすれば、高度が高い高炭素鋼の部分が刃先になり、これを粘い低炭素鋼で保護している形の包丁になる。
なお、出刃包丁の場合には、そのサイズと用途から専ら霞焼きで作られるのが普通の様だ。

本焼きと霞焼きとでは、一般に本焼きの方が高価である。そしてプロの職人は本焼きの包丁の方を好んで使う様である。では本焼きはどこが良いのか。その理由はもちろん切れ味である。ただしこの切れ味とは、研いでよく切れるかどうかといった刃先の切れ味の事ではない。刃先の切れ味は、本焼きでも霞焼きでも変わらないはずである。

ではどこが違うのか。それは「刃離れの良さ」とでも言ったら良いであろうか。つまり包丁の「切刃」部分と材料との滑りやすさの違いの様である。

包丁の表側の峰から刃先に掻けての平らな部分(「平」という)と、楔状に研ぐ刃の部分との境目を「しのぎ筋」と言う。そしてこのしのぎ筋から刃先までのくさびになっている部分は「切刃」と呼ばれる。この切刃部分の間に、霞焼きの場合には、低炭素鋼と高炭素鋼の接合面が「刃境」として現れる。ここを境目にしてしのぎ筋までの部分が低炭素鋼の表面である。

包丁で刺身を引く場合、切刃が材料の切断面に接しながら包丁が引かれる。つまりここに摩擦が生じるわけである。筆者は自分で包丁を研ぐ方だが、高炭素鋼の部分は良く磨けるのに対して、低炭素鋼の方は光る様には磨けない。これは同じ砥石で研摩する場合、硬度が低いと研削量が多くなるので、硬い部分は鏡面に磨けても、柔らかい部分は表面粗さが下がらず、鏡面仕上げできないからではないかと考えている。

表面がザラザラしていれば、当然の事として摩擦が大きくなる。特に柳刃包丁の場合、ナイフエッジが鋭角なので、切刃の幅が広い。しかもその幅は刃先部分の高炭素鋼で鏡面に磨かれた部分よりも、低炭素鋼で磨きにくい部分の方が幅が広い。
つまり切った刺身の切断面が低炭素鋼部分に接触しているので、なめらかに包丁が引きにくいのである。この点で切刃部分全体が高炭素鋼でできている本焼きの包丁の方が、すらっと引きやすいのである。本焼きと霞焼きでは、そういった切れ味の違いがある様だ。

ただし、本焼きの包丁は使い方に最新の注意が必要になる。万一硬い床に落したりすると、その衝撃で刀身が折れてしまうことがある。またうっかり硬いものが当たれば、刃こぼれするおそれもある。そう言った意味で、素人には霞焼きの方が使いやすいとも言われている。

安価な刃物の作られ方

安価な刃物に使われる鋼材

まずどの程度の包丁を安価な包丁と言うかであるが、価格で言うよりも家庭用途の普及価格の包丁といった言い方の方が正しいかも知れない。要するに、合羽橋などの刃物専門店で売っているプロ向けの包丁でないものと考えて欲しい。もちろん、最近増えている100円ショップで売られている包丁は、安価な包丁の代表格である。

かなり安価な包丁の場合には、使用している鋼材が何であるかは、ほとんど書いてない。書いてないだけでなく、売っている人に聞いても、分からない事が多い。仮に書いてあったとしても、ステンレス鋼とか、良くてクロムモリブデン鋼といった一般的な言い方に止まり、鋼種を特定できるだけの情報でない事が多い。

最近の家庭向けの包丁のほとんどは、ステンレス鋼が使われている。以前は炭素鋼で作り、表面に黒錆びを付けた菜切包丁などがあったが、今この様な包丁があれば、むしろ高級包丁と考えた方が良い。
安価な包丁に使われているステンレス鋼は、その大部分がJISでいうSUS420クラス(Cr13%、C0.2〜0.3%程度)のマルテンサイト系のステンレス鋼であろう。これ以外にも例えば析出硬化系の材料もあるが、価格から考えてマルテンサイト系と考えて良いであろう。おそらくは製品となる包丁の価格に応じて、安価なステンレス鋼が使われていると考えられる。

安価な包丁の製造方法

高級な包丁は刀鍛冶と同じ様に元の素材を鍛造で鍛練して行くのが普通だが、安価な包丁ではその様な作り方はしない。鉄工所で包丁の刃の厚みに圧延し、焼き鈍しなどの処理が行われた材料が使われる。

まず最初の型取りであるが、大きな板材からプレスを使って包丁の刃の形に打ち抜く。それこそ1秒間に何個といった速度で、包丁の形をした母材が打ち抜かれて行く。次にこれを炉に入れて焼き入れ等の熱処理をする。この段階で刃物としての硬さはでき上がる。
この後は、自動研磨機でおよその刃を作り、更に研摩で仕上げ研ぎを行う。なお研摩はベルトサンダやグラインダなどを使って手作業で行う場合が多い様だ。後は握る部分に取っ手を取り付ければでき上がりである。