Hygienic Engineering
食 品 衛 生 工 学
食品衛生と微生物
  (2)鮮度とは  
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May 15, 2005
佐田 守弘

食材の善し悪しの尺度の1つに鮮度がある。この魚は新しいとか、ちょっと古いとか言うし、古くなり過ぎると腐って食べられなくなる。一言で鮮度と言うが、同じ鮮度と表現するものには、2つの対象がある。その1つは刺身で食べられるかどうかといった可食の範囲での鮮度であり、もう1つは食べられるか腐って食べられないかといった鮮度である。ではなぜ魚などは鮮度が低下するのであろうか。そしてそれを見定める何か客観的な尺度があるのだろうか。ここでは主として魚を対象とした鮮度について述べる。

可食範囲での鮮度

我々が食べる魚は、死んだ状態の魚である。中には白魚の踊り食いといって、生きたままの白魚を飲み込む食べ方もある様だが、普通は殺してから食べるものである。生き造りを巧く造ると、身を切り取られて骨だけになった魚でもまだ生きている事がある様だが、刺身にされた魚肉の方は、ほとんど死んでいると考えるのが正しいであろう。

生物体内のATPサイクル

少し話が逸れるが、生物がどの様にして生きるエネルギを得ているかについて考えてみる。生物体内でエネルギを発生させる仕組みはATPサイクルとよばれる代謝機構にある。ATP(アデノシン三リン酸)は、アデノシンにリン酸が3つ結合した物質であるが、リン酸が1つ外れてADP(アデノシン二リン酸)に変わる時にエネルギが発せられる。そしてグルコースと呼吸で得られた酸素が与えられると、そのエネルギで再びリン酸を結合してアデノシン三リン酸に戻る。
これはちょうど充電できるバッテリと同じで、ATP→ADPへの変化が放電、ADP→ATPが充電の様なものだと思えばよい。生物が生きていて酸素とグルコースが供給されている限りは、このATPサイクルは回り続け、動物であれば筋肉にエネルギを供給する働きを続ける。

死後の魚体の変化

魚にしても他の動物にしても同じであるが、死後はATPサイクルが回らなくなる。これは酸素とグルコースの供給が絶たれるためである。このため、ADPからATPへの再生が行われなくなり、ATPはADPに分解し、更にAMP(アデノシン一リン酸)へと変わり、その先はイノシン酸、イノシン、ヒポキサンチンへと変化して行く。
 ATP → ADP → AMP → イノシン酸 → イノシン → ヒポキサンチン
この中でATPからイノシン酸までの分解は比較的速やかに行われるが、その後の分解はやや時間を掛けて行われる。なお、ATPは全てが分解するわけではなく、ごく一部は生物の死後も、また加熱調理した後や腐敗した後でも残っているらしい。
汚れを検出する道具に、ルシフェラーゼセンサがある。ルシフェラーゼは蛍の発光酵素で、ATPの存在下で発光する。この機能を使って生体由来の汚れを検出するをセンサであるが、加熱が行われた食品残渣であっても検出できることから、食品に加工された後でもATPはわずかながら残っていると考えられる。

魚肉や畜肉のおいしさ

上記のATPの分解過程にあるイノシン酸は、かつお節や煮干に含まれている旨味物質である。ATPからAMPの状態では旨味を呈しないが、イノシン酸まで分解された時に旨味が発現する。かつお節や煮干などは、魚肉のATPをイノシン酸まで分解して、旨味素材として利用している例である。
活き造りと普通の刺身
魚の料理の1つに活き造りがある。しかし活き造り直後の刺身は、味の上では必ずしもおいしいとは限らない。これは生体内のATPがまだイノシン酸まで分解していないために、味が出て来ないのである。死後の筋肉はADPからAMPに変わる当たりで、死後硬直を起こす。活き造りはちょうど死後硬直の状態であって、食感としては硬さがあるが、味の点では必ずしもおいしいものではない。
通常の刺身は締めた状態から少なくとも数時間、あるいは冷蔵などで鮮度を保ちながら1日程度経過した後に刺身として造られる。魚肉としては死後硬直が終わり、AMPがイノシン酸に分解された状態である。味の点ではこの状態が最もおいしい。

これは畜肉の場合でも同じである。ただし畜肉の場合には、魚肉に比べてATPからイノシン酸生成までの時間が長い。このため屠殺後5日から1週間程度熟成庫に入れて熟成したものを食用とする。
確か漫画の「美味しんぼ」の一説に、「この肉は良い肉だ。だがまずい。」といった下りがあった。この意味は、上質の肉だが屠殺直後で熟成がされてなく、味が出ていないという意味である。

魚を締める意味

魚やの店先に、「活けじめ」などと書いてあるのを見掛ける。本当は締めずに輸送中に自然に死ぬのに対して、釣り上げた直後に、人為的に殺して鮮度を保つ操作を、単に「締め(あるいは「〆め」)」と呼ぶのが本来だった。だが、生きているうちに締めた(それは当たり前の事なのだが)と言う意味を込めてか、最近では「活けじめ」と言い表すことが多い様だ。
さて、この締めの意味は何だろうか。筆者もそれ程詳しいわけではないが、次の様に考える。釣り上げた魚体をそのまま放置して死ぬのを待つと、その間に魚はもがいてATPを消費する。既に水から上げられて呼吸が出来なくなっている状態だから、生きていてもATPの再生が出来なくなり、急激にATPが消費される。
とった魚は、その場で食べることは頻度としては少なく、通常は産地から市場を通って輸送され、消費者に渡って食用とされる。その間に半日以上、場合によっては1日以上かかることも稀ではない。当然ながらその間にATPの分解が進む。
このため出来るだけATPの消費をさせない様に殺すのが締めではないかと思う。

ATPの分解を指標とした鮮度を表すK値

上記のATPからヒポキサンチンまでの分解の状態で、魚の鮮度を表すK値という指標がある。繰り返しになるが、魚肉はイノシン酸まで分解された状態が最も味覚的には好ましい。そしてイノシン酸から先の分解は速度が下がるが、時間が経過すればイノシンからヒポキサンチンへの分解が生じて、味覚的には好ましくなくなる。
そこで、元あったATPに対して、何%がイノシン以降まで分解したかの値で表したのがK値である。つまり、次の式で表す。
  K値=(イノシン+ヒポキサンチン)/(ATPからヒポキサンチンまでの総量)
ここで「量」と書いたが、正しくは分子数(モル数)である。ATPから順に分解するにしたがって、分子量は小さくなるが、分子数は変わらない。実際にはATPなどに分画して測定するのではなく、酵素によって全てをヒポキサンチンまで分解して総量を測定する。

K値測定を習った思い出
筆者はかつてこの測定法を教わるために、東京水産大学に出向いて江平教授から習った事がある。とは言えもう20年程昔の事なので、細かい点は失念してしまったが、覚えている部分だけでも思い出してみる。
・測定操作
試料の魚肉を秤量して試験官に入れ、過塩素酸(だったか)でたんぱく質を完全分解する。その後中和して、イノシンとヒポキサンチンの量を吸光度で定量する。また中和液に酵素を加えて分解し、同じく吸光度で総量を定量する。確かその様な手順だったかと思う。
・試験紙
この時に中和滴定の指標としてBTB試験紙を使う事を指示された。しかも試験紙は細かく切り刻んでケチケチ使うのだそうである。なぜ試験紙なのかと聞いた所、pH計はとても高価だから買う必要がなく、試験紙で間に合わせられるとの事。まあ企業の研究所に入る筆者は、回りにpH計がいくつもあるから、BTB試験紙は使わなかった。
だが教わった事は何かと役に立つもので、自宅の庭の土壌のpH管理は、この時に江平先生に教わったBTB試験紙と方法で行っている。

実際のK値
この時に魚のK値はどの程度が普通なのかを聞いてみた。江平先生の話では、鮮度の良い刺身でもK値は12〜15程度との事。これは寿司屋から特別に取り寄せた高鮮度の試料で計っての結果だそうである。その時の話では、K値が10以下になることはあり得ないとの事だった。
後日筆者は、とある煮干加工工場で煮干にする鰯の原魚のK値を調べたことがある。その時の先方の社長の話では、「刺身にする様な鮮度では煮干は作れない。」と言っていた。そして漁港から持ち込まれて釜に入れる直前の鰯のドライアイス保存して持ち帰り、K値を計った所、驚くことに数点の試料で7〜9の値を示したのである。もちろん中にはK値が10を超えたものもあり、魚体によるバラツキがあった。
刺身は鮮度が高い魚を使っているが、それでも漁港で水揚げした直後の鮮度から見れば、かなり下がっているものである。

似た様な話だが、とあるかつお節メーカーの社長の話でも、「店に並んだ白魚は、もう鮮度が下がっていてとても食べられない。」と言っていた。我々が小売店で購入する魚に比べて、水揚げされた漁港での魚は、かなり鮮度が高い状態である様だ。
ただし、味覚の点で言えば、あまり低過ぎるK値では却っておいしくなく、10以上15あたりの鮮度がちょうど良いのであろう。また刺身で食べるにはやや鮮度が落ちているが、煮魚や焼き魚で食べられる魚の鮮度は、K値が30〜40程度の範囲だと言われている。

かなり昔の経験談である。若い頃の筆者は活き造りをする店で、生け簀の鰺を塩焼きにしてくれと頼んだことがある。だが店員は塩焼きはだめだと言って来た。「焼けないはずはないだろう。」と無理に頼んだところ、「どうなっても知りませんよ。」という前提で塩焼きにしてくれることになった。
だが出て来たのは、かなりコゲが強い塩焼きで、食べてみてもあまりおいしいものではなかった。鮮度が良い魚を焼けば、さぞかしおいしいであろうと思った筆者の思惑は、見事に外れたのである。今思えば、あまりに鮮度が良過ぎる魚では、焼き魚に適しないという事なのかも知れない。

小売店での鮮度表示に使えないのか
鮮度を示すK値の話をすると、「なぜ小売店で鮮度表示にK値を使わないのか?」といった疑問が出て来る。聞く所によると、鮮魚の流通関係者が、鮮度表示にK値を表示しようといった試みがなされたことがあったらしい。

これは考えてみれば当然の事である。まず店頭に表示するK値をどこで計るかである。計りやすいのは中央卸売市場であるが、小売店に出回るまでにK値は変化する。小売店で測定したとしても同じである。魚を仕入れた時に測定したとしても、店頭に並べてある間にもK値は刻々と変化する。もちろん消費者が購入して家に持ち帰る間にも変化する。

もう1つは魚の個体差である。マグロの様な大型の魚であれば、1匹毎にどこかの部位を取って測定することは可能であろう。だが鯛や平目の様な小型の魚では、全数測定するわけには行かない。魚体毎に鮮度のバラツキが大きいためである。
このため、消費者が知りたい鮮度は、調理する直前あるいは刺身であれば食べる直前に測定しなければ、意味をもたないのだと思う。

さて同じ海で取った魚なのに、なぜ魚体による鮮度のバラツキがあるのか。それは漁の方法や漁獲後の取り扱い方法とも関係する。一本釣りで釣り上げる度に締めて、1匹毎に適切な保存をすれば、バラツキは少ないかも知れない。
だが、網漁では、網の中の場所によって既に鮮度が変わっている。特にトロール網では鮮度の落ちが大きい。なぜかというと、先に網にかかった魚は網の底の方に入るが、後から掛かった魚に圧し潰されて、既に海の中で鮮度の低下が起きているのである。

また遠洋漁業では、漁の開始から終わりまでの日数も長く、かつ、持ち帰りにも日数が掛かる。当然漁獲した魚はブライン(塩水)あるいはエア冷凍されて保存されるのだが、船倉の下の方の魚は上の方に乗っている後から漁獲した魚に比べて、どうしても物理的な痛みや、鮮度低下が否めないものである。

腐敗が始まる頃の鮮度

さて、魚でも畜肉でもそのまま放置しておけば腐敗が始まって異臭を放つようになる。これが腐敗した状態である。ではどの様にして魚などの腐敗が始まるのであろうか。

魚肉の腐敗の進行

海の中を泳いでいる生きた魚でも、エラの中や表皮のウロコには様々な微生物が付着しているし、消化管の中にも微生物が生息している。これは人間でも同じである。
だが生きている状態では腐敗は始まらない。それは皮膚などは微生物が侵入するのを防ぐ機能があるので容易には微生物が内部に侵入できない事と、万一侵入して血管の中に入った時には、それを殺す機能があるからである。だが魚体が死滅すると、その機能がまず失われる。

皮膚や消化管の表皮は、自己消化といって自分自身がもつ酵素で自分自身が分解され始めるのである。生きている間は酵素を制御する機能があるが、死滅するとその機能が失われて、自己消化が始まるのであろう。
自己消化が起きると、生きている間はしっかりとしていた表皮や筋肉は、軟らかくなって、微生物の防御ができなくなる。すると魚体に付着している微生物は、消化管や筋肉の内部に侵入し始める。

魚の内蔵も筋肉も微生物にとっては格好の栄養源である。微生物は持っている酵素で周囲の魚の素子を溶かして分解し、必要な栄養分は底から吸収し、要らないものを魚体の中に排出して行く。そして魚体の中で増殖し始めるから、魚体の中のあちこちで魚肉を構成しているたんぱく質が分解され、微生物が作り出して不要になった物質が溜まり始めて行く。
その代表的な物質がトリメチルアミンである。魚を長く放置して腐敗した時に発生する悪臭は、トリメチルアミンによるものである。更に分解が進めば、アンモニアの様な物質も発生し始める。いずれにしても微生物によって作り出される物質である。

この微生物による腐敗は、前述のK値の上昇とは時間軸がずれて発生する。K値の上昇は、魚が死んだ直後から上昇が始まり、数日で急激に上昇する。この間に刺身に適した鮮度から、加熱調理して食べられる鮮度の範囲がある。少し鮮度が落ちていると思う範囲の状態でも、腐敗によって発生するトリメチルアミンの生成はまだ始まっていない。トリメチルアミンの生成は、7日あたりから始まって、その後急激に進み始める。

つまり、K値で表される鮮度とは、魚を締めた後の短い日数の範囲での可食適性に関係する鮮度であるのに対して、トリメチルアミンの生成量で表される腐敗の程度は、既に可食状態を超えて腐敗臭を発する状態での腐敗の程度を表す尺度である。

食品中の菌数と腐敗

今までの説明で、魚が死んだ後は生命を支えるエネルギ物質であるATP(アデノシン三リン酸)が分解されて行き、これがいわゆる「生きの良さ」を表す鮮度である事と、更に日数が経過すると自己消化によって魚体のたんぱく質が分解され始め、次いで微生物による腐敗に至ることが理解されたと思う。では、微生物の数との関係は、どうなのであろうか。

醗酵や醸造に微生物を用いる場合を除けば、食品中の微生物は一般に腐敗を引き起こす原因でしかない。もし食品中に微生物が存在しない状態を作り出せば、長期に渡って様々な食品を保存できる事になる。それを実際に行っているのが、缶詰やレトルト食品、あるいはロングライフミルクである。これらは加熱による滅菌で、食品中の微生物を全て殺している。
微生物を全て殺すと言ったが、本当に全ての微生物を殺しているのではなく、常温で放置すると繁殖する微生物を殺す商業的滅菌である。微生物の中には様々な生育特性を持つものがいる。中には常温では生息せず、高温でしか生育できないものもいるが、その様な微生物を殺菌の対象とはしないのが、商業的滅菌という。

さて、缶詰の様な滅菌をしていない食品中には、ある程度の微生物が含まれている。これは農産物であれば農場から持ち込まれたり、水産物であれば海中に生息する微生物が魚に付着して持ち込まれたものである。鮮度の良い野菜の内部や、魚の筋肉にはほとんど微生物はいないと考えて良い。だが、表面に付着していて洗っても落とせなかったものが、調理の際に混入する事もある。あるいは空気中に漂っている菌(浮遊菌)が落下して付着することもある。
このため調理前の鮮魚、精肉、野菜といった食材や、通常に調理を行った食品では菌数をゼロにする事はできない。

食品中の菌数の許容値

では食品中の菌数はどの程度まで許容されているのか。1つの目安として良く出されるのが東京都が出している弁当惣菜規範である。これには、市販される弁当や惣菜の微生物に関する規格として、一般生菌数が5,000個/g以下、大腸菌群陰性とされている。この意味は次の通りである。
一般生菌数
作った時の菌数が多いと、食べるまでの間にそれだけ腐敗が早く進む。できる限り鮮度良く長持ちさせるためには、初発菌数を低く抑えた方が良い。このために、一般生菌数が食品1gあたりに5,000個以内である事が規格化されている。
なお菌数の表示は[個/g]と書いたが、現在は[cfu/g]と記述するのが一般的。cfuとはコロニー・フォーミング・ユニットの意味で、検査培地の上に作られる菌の集落数の意味である。数字の意味は[個/g]と同じと考えて良い。
大腸菌群
これは病原菌対策が目的である。本来はサルモネラ菌や赤痢菌の様な病原菌の混入防止や、糞便汚染の様な不適切な処理が行われていないことの保証として、検出しやすい大腸菌がその指標菌とされた。更により簡単に検査する方法として、大腸菌以外の類似菌も含めて、大腸菌群が陰性である事が求められる様になっている。
以上で分かる通り、店頭に並んでいる加工食品のほとんどは、この基準が適用されるか準拠しているのが普通で、食品1gあたりで5,000個、つまり5×103個である。微生物の場合、この数が4,000であろうと、6,000であろうと大した意味がなく、むしろ「×10」についている指数の方だけを見るのが普通である。

一次産物の場合
加工食品と違い、加工されていない一次産物の食材については、これらの基準の適用を受けない。基準の適用を受けないから、出荷時の微生物検査は行われていない。
従ってどの位の微生物が付着しているかは不明なのだが、洗ってある野菜でも一般生菌数で10の4乗を超え、5乗位の微生物が付着しているであろうと思われる。もちろんこの微生物は野菜であれば表皮近くとか、一部の腐っている部分に中しているであろうし、魚ならウロコの裏とか、エラ、はらわたに集中していることは想像に難くない。
もちろん泥付き野菜は、泥という汚染物を付けているので、これよりも微生物数は格段に多いはずである。

醗酵食品
当たり前の事だが、醗酵食品の中には醗酵に使われた微生物を含んだまま製品として売られるものがある。代表的なものを挙げれば、納豆がそうであるし、チーズの中でも特に、青かびチーズなどはカビが付いているからこそ商品価値があるのであって、殺菌してしまったら商品価値がなくなる。ヨーグルトや乳酸菌飲料であってもそうである。
醗酵食品の中でも味噌、醤油、酒などは火入れといって、加熱殺菌してから販売されるのが普通。これは流通段階で醗酵が進むと、炭酸ガスの圧力で容器が膨らんだり破壊する事故を防ぐための処置であって、本当は火入れしてない生のものがおいしいことは言うまでもない。

腐敗と食中毒
醗酵食品の場合
微生物
感染の原因菌
健康に有用(乳酸菌など)
分解物
腐敗した食品
醗酵食品
匂い
腐敗臭
醗酵食品の香気

納豆にしても青かびチーズにしても、含まれている菌数は、後から述べる腐敗状態以上である。出はなぜその様な状態を腐敗とみなさないかは、微生物自体と微生物によって分解されてできた成分や匂いが、人間が目的とするものだからである。
これらは、一般的な腐敗や食中毒の場合には、感染菌であったり、不廃物、腐敗臭に相当するものが、単に人間のご都合で有用物質として扱われているに過ぎない。

ちょっと逸れるが、これらの醗酵食品中の微生物は、その食品中に留まる限りは有用な微生物であるが、他の食品に入って期待しない醗酵作用が始まれば、これはもはや醗酵とはいわず、腐敗として扱われる。
例えば豆腐に納豆を挟んだ食品を作って保存しておいて、もしその豆腐が糸を引く状態になったら、その豆腐は腐ったと思うに違いない。

腐敗状態の菌数

食品中で予期せぬ微生物が増殖し、その菌数が10の7乗ないし8乗まで増殖すると、元の食品とは性状が変わったり、異なる匂いが発せられる様になる。その多くは人間にとっての異臭や腐敗臭であり、通常はこの状態で腐敗したと表現する。
そして更に腐敗が進めば、菌数は9乗ないし10乗位まで増加する。納豆の菌数もこの程度まで増えているわけで、腐敗とみなせばかなり腐敗が進んだ状態に相当する。

では更に腐敗が進んだとしたら、菌数はどこまで増えるのか。
微生物とは関係ない純粋な数学の概念で微生物数の上限は規定できる。その上限とは10の12乗である。なぜなら微生物の中の細菌を例にすれば、球菌の場合でも1μm程の大きさである。これを1cmの長さに敷き詰めると10の4乗個並ぶ。立方体にして1cm3の体積に詰め込めば、その3乗で10の12乗個になる。菌の比重をおよそ1と考えれば、これは1g中に物理的に存在できる上限になる。
実際には桿菌の様な細長い菌も存在するし、酵母の様に10μmの大きさの微生物もいるので、実際にこの上限まで増殖する事はあり得ない。

また微生物が増殖するにはその栄養源が必要なわけで、栄養源なしで微生物だけを密に詰め込んだ状態はあり得ない。その様な理由で、微生物が増殖し切ったとしても、10の10乗から11乗が実質的な上限になり、その後は栄養源が途絶えて次第に死滅に至る。もちろんその時には元の食品は微生物によって分解されつくし、その中には微生物によって出された代謝排泄物が蓄積している。

これは元の食品のなれの果ての姿である。だがこれを味噌や納豆といった醗酵食品の場合には、醗酵で作られた別の食品に変わったとも言えるのである。

微生物(菌)に関する言葉

今までの説明の中で、「一般生菌」という言葉を使った。また世の中では良く、「腐敗菌」の言葉も使われる。「糠味噌の中には酵母と乳酸菌と腐敗菌が棲んでいます。」といった言い方である。これらは微生物の分類でつけられている名前ではない。つまり一般生菌というな前の菌は存在しないし、腐敗菌の名の菌も存在しない。

一般生菌

この言葉は、食品衛生や検査分析に関係して登場するいわば専門用語である。食品一般の微生物数の測定では、食品に滅菌した水を加えてすり潰しながら撹拌混合し、その液を微生物を増殖させる培地(寒天で固めた平板培地)に植えて、生えて来る微生物のコロニー数を数える方法で計測する。
一般的にはできるだけ多数の微生物を検出する様に、標準寒天培地と呼ばれる培地を使いて36℃で48時間の培養を行う。そしてこの条件で検出された菌数の事を、一般生菌数と呼ぶ。この方法は公定分析法でも指定されている一般的な方法である。
この方法で検出された菌数をもって、食品中の微生物数の代表値として取り扱うことが多いのであるが、この方法で必ずしも全ての菌数を測定しているわけではない。
なぜかと言えば、上記の最も一般的な条件で生育しない微生物もいるからである。例えば海洋性の魚類に付着しやすい菌の場合には、上記の公定法よりも、加塩した培地で20℃培養を行った方が、寄り多数の微生物が検出されるそうである(藤井建夫「微生物制御の基礎知識」中央法規)。これは海洋性の微生物は海水濃度の食塩を好み、また生育温度も動物の体内と同じ36℃よりも低いためであろう。

「では培養するのではなくて、顕微鏡で菌を直接数えたらどうなのか?」と思うかもしれない。実は顕微鏡で直接菌数を数える方法もある。
この方法で数えた菌数は「全菌数」と言い、生きている菌(生菌)の他に、死滅した菌(死菌)も同時に数える事になる。顕微鏡では菌が生きているか死んでいるかの判断ができないためである。
一般に食品衛生で菌数を問題にする場合には、生きていて増殖する菌が問題なのであって、死滅した菌は問題にならない。死滅した菌が問題になるのは、注射薬の様な場合である。注射薬では死滅した菌体であっても含まれていると、発熱等の発作を起こすからである。こいいった場合には全菌数の測定が必要になる。

腐敗菌と雑菌

腐敗菌という言葉は専門用語ではなく、日常生活で使う言葉の様である。もちろん腐敗菌といった微生物の分類がある訳ではなく、単に「腐敗の原因となる様々な微生物」といった意味で使われている。従ってもし、「腐敗菌とはどんな微生物ですか?」と聞かれても、「これが腐敗菌です。」という様に、具体的に微生物名を示すことはできない。

雑菌についても同様で、「様々な菌」といった意味である。そして腐敗や汚染、食中毒などの原因になるいわば人間にとって好ましくない微生物を総称して雑菌と呼んでいる様である。
腐敗菌と雑菌とはどこが違うのか。そもそもどちらもあいまいな概念なので、比べる事に意味があるかどうかは分からない。

糠味噌の中にいる「酵母と乳酸菌と腐敗菌(あるいは雑菌)」という言い方の場合には、糠味噌中の様々な微生物の中から、酵母と乳酸菌を除外した「それ以外の微生物」という意味で使っている様だ。

「要するに醗酵作用をする微生物ではなく、腐敗作用をする微生物の事なのですね。」と言われれば、「まあその様なもの」と思ってしまいそうだ。だが前頁「(1)微生物とは」にも書いた通り、醗酵と腐敗の違いは人間様が勝手にその様に分けているだけで、微生物にすれば醗酵と腐敗との間に区別はない。というよりも同じ微生物でも目的外の作用になれば、人間は腐敗とみなす。
従って、醗酵菌と腐敗菌を微生物の分類で分けることは不可能である。無理やり分けるとしたらせいぜい、何かしらの醗酵の目的で使える菌と、今の所は醗酵には使われていない菌、程度に分けられる程度であろう。

もちろん今は醗酵に使われていなくても、将来何かしらの醗酵目的で有用性が発見されることもあり得る。もちろんその中には食品加工以外の分野も含まれる。微生物の作用によって枯れ草が堆肥になったり、牛馬の糞便が厩肥になるのも醗酵と呼ぶからである。今はしょりに困っている不要なプラスチックや、環境ホルモン物質、あるいは環境汚染物質を分解してくれる微生物が見つかれば、その微生物は単なる雑菌から特定目的の醗酵微生物に昇格するのである。