<今月の言葉:2004年1月>

(一)広く何をすべきかを聞き、
(ニ)少数の賢者の助言を得て、
(三)最良の策を一人で決定し、
(四)それにこだわるべし
       ビザンチン帝国皇帝マウリス


このページは当HPの管理者が月々徒然なるままに
他愛も無いことを書き連ねるページです。とはいっても、
どーしようもないことは普段掲示板に書き散らしているので、
古(いにしえ)の識者・賢人のお言葉を借用しながら、
少しはもっともらしいことを書くことになっとります。

さて、2004年がスタートしました。
1年の計は元旦にあり!、ということで
いろいろ決意をあらたにしている方々も
いらっしゃるかと思いますが、
そんな人たちのために選んだのがこの言葉です。
ビザンチン帝国で連戦連勝だった
皇帝マウリスの言葉だそうです。

<意味も無く(^^;)今月の画像(新シリーズ?):
ひなたぼっこする亀>



1.ビザンチン帝国


ということで、恒例の世界史のおさらい。
まずはビザンチン帝国。
これは世界史の教科書にも出ていてとっても有名。これは一般教養です。
「わかんな〜い」という人は脳みそプロテイン化しつつあるので
ちょっと注意だよん(笑)。
「ビザンチン帝国」というのは実は俗称で、もうちょっと正確には「東ローマ帝国」です。
東ローマ帝国・・・・思い出しましたかあ?

紀元前753年の建国後、イタリアを中心に地中海世界に勢力を伸ばしていったのが
有名な共和制ローマ(注:まだ帝国ではありません)。
北アフリカのチュニジアを首都とする強敵カルタゴとの壮絶な戦争(ポエニ戦争:前264〜前146)で
最終的に勝利を収め地中海世界の支配者となった共和制ローマは、
シェイクスピアの”ジュリアス・シーザー”でおなじみのカエサルによる専制を経て
最終的にはオクタビアヌス(アウグストゥス)によって偉大なローマ帝国となります。
紀元前27年のお話です。
ちなみに日本史では・・・・まだ人名が出てきません(^^;;)。神武天皇とか出すなら別ですが。

ほんでもって、そのあと暴虐なネロ帝とかエロチックな映画にもなったカリギュラ帝とかを経て
いわゆる五賢帝時代に最盛期を迎えます。

が・・・、そのあと巨大帝国はだんだん内部矛盾が大きくなってきて運営がむずかしく
なってきます。ほんでもって、395年にテオドシウス帝が
「こんなに大勢メンバーがいるチームは面倒みきれないから2チームに分けちゃおう」
というノリで(?)、帝国を東と西に分けちゃいます。
イタリアのミラノを首都とするAチームとして「西ローマ帝国」、
そしてコンスタンチノープル(ビザンチウム)を首都とするBチームとして「東ローマ帝国」、
っつうわけだ。
(ちなみにこのコンスタンチノープル、三方を海に囲まれた攻めるに難しく守るに易しい
 難攻不落の天然の要害です。)


これでしばらくはなんとか運営していたんだが、そのうち本家の西ローマ帝国は
ゲルマン民族の大移動とかいうのの影響をモロに受けて476年に滅亡してしまいます。
えっ?、なんで民族が移動してくると帝国が滅びるんだって??
うーん、いい質問ですねえ。。。そのへんはそのうち塩野七生さんが『ローマ人の物語』で
書いてくれるはずなのでそれまで待ちましょう(^^;;;)。

先を急ぎます(^^;;)。
残った東ローマ帝国ですが、こちらは民族移動の波をなんとかすり抜け
ユスティニアヌス1世(在位527-565)の時代に最大の領土をもつに至ります、
なんと栄光のローマ帝国に近いぐらいに版図を広げました。過去の栄光を今現在の栄光にできたわけだ。
ちなみに日本史では仏教伝来(538年)の頃です。
でも、やたらと外征するユスチニアヌス1世は調子にのりすぎて巨大な聖堂を作ったりして
散々お金を使ってしまい亡くなるころには国の金庫は空っぽ同然になってしまいます。

そんでユスティニアヌス1世の死後、金欠気味のビザンツ帝国はほころんでいき、
さらには周囲にササン朝ペルシアをはじめとする強敵がいろいろ現れて
世界史におけるイジメられっ子状態になっていきます。

その後、ササン朝を滅ぼした新興のイスラム帝国にエジプトやシリアを奪われ
首都コンスタンチノープルも包囲され、一時的には立ち直っても、
第4次十字軍にのっとられたりいろいろひどい目に遭い
最後は周囲をオスマン・トルコ帝国に完全包囲されコンスタンチノープルだけが
領土という小さな都市国家になってしまいます。
それでもしばらくは持ちこたえるのですが、ついに1453年5月29日、
若きリーダー・マホメッド2世率いるオスマン・トルコの大軍に攻められ落城、
由緒正しい東ローマ帝国もとうとう滅んでしまうのでした。
#その結果、コンスタンチノープルはイスタンブールと名前を変えトルコの首都となります。

まあ、
それでもなんだかんだいって10世紀以上にもわたって生き続けたんだからたいしたもんだ。
日本史に照らし合わせると、古墳時代に東西分割で東ローマ帝国成立となり、
飛鳥時代・奈良時代・平安時代・鎌倉時代・建武の中興まで生き続け、
室町時代後半の応仁の乱の手前までもったんだからすごいもんです。
NHKが大河ドラマで「ビザンツ帝国」とかやったら5年ぐらいかかるぞ、きっと。
(きっと名のある俳優・アイドルのほとんどを登場させる超々大作になるに違いない)


2.皇帝マウリス


で、今回の言葉の主であるマウリス帝ですが・・・これは知らなくても無理ありません。
学校の教科書にもほとんど載っていないと思いますから。
そんでもって、これが調べるの大変だったのよ(^^;;)。

というのは、今回の言葉の元ネタにした本(村松劭『名将たちの戦争学』(文春新書))には
「ビザンチン皇帝マウリス」と書いてあるんだが、「マウリス」でネット検索しても
ほとんど出てこない。ほんで「ひょっとして”マリウス”?」で検索すると
意外と引っかかったりするが、よく見ると「護民官マリウス」となっていてどーも別人らしい。。。
ほんで困り果てて、本屋さんでかなり分厚い世界史の本の索引を見ると”マ”で
はじまる皇帝で”マウリキウス”というのがおる。ほんでその名前で再度ネット検索して、
マウリキウスの没年と元ネタの本に記載されている没年を比べたら一致して
ようやく「この人かあ・・・」となったわけだ。
#ネットで検索するときには”マウリキオス”で引っかかるページもあります。

マウリキウス・ティベリウス・アウグストゥス(539−602)。
もともとはカッパドキア出身の軍人だったのですが、
ペルシア戦争で軍功を挙げたことにより、病弱で後継者を欲していたティベリウス2世の
娘コンスタンティアと結婚。そしてティベリウス2世の死後
582年に即位します。日本史では聖徳太子がほぼ同時代人です。

連戦連勝の軍人ということで、バリバリの戦争野郎のように思う人も
いるかもしれませんが、そんなことはなく、避けられる戦争はうまく避けるなかなかの
政治家でもありました。
たとえば、当時戦闘状態にあった隣国ササン朝ペルシアからホスロー2世というのが
亡命してくると、この人のペルシア復帰を助けてペルシアとの和平を実現します。

あと、マウリキウス帝のやったこととして有名(?)なのが
「聖母被昇天の大祝日」を定めたこと。
これは何の日かというと、イエス・キリストの母親である聖母マリアの命日。
聖母マリアについては聖書ではキリストの死後も生き続けたと書いてあるだけで
正式な命日はわからないのだけれど、熱烈な聖母マリア信仰者の間でいつしか聖母マリアが
お亡くなりになった(と伝承される)日を祝うようになったわけだ。
そんでもって、当時キリスト教を管理する最高権威はローマ帝国皇帝なわけだから、
マウリキウス帝が「ほんじゃ正式に決めっか・・・」ということで
「8月15日」を聖母マリアの命日とお定めになったわけだ。

・・・ん、8月15日?・・・どっかで聞いたことがある日付ですね。
そう、8月15日といえば大日本帝国が連合軍のポツダム宣言を受諾した日、
つまり日本では「終戦記念日」です。日本は聖母マリアの命日に無条件降伏したわけだ。
こういう日に降伏すれば何か良いことがあるんじゃないかと思ったのか、って?
それは無いですね。これは単なる偶然。8月15日の終戦は和平に向けた
最高度に難しい政治の舵取りの結果にすぎません。
このへんは半藤一利『聖断 天皇と鈴木貫太郎』(文春文庫)を読むとわかります。
対外的には1日でも和平が遅れると日本の半分がソビエト連邦になりかねず、
そうはいっても国内的には「和平」を口にすると国民や軍が暴動を起こしかねない状況で
なんとかかんとか大きな混乱なしに和平にこぎつけたのが8月15日だったのです。

まあ、とにかくマウリス帝(マウリキウス帝)は、ユスティニアヌス1世のあとの
皇帝の中では割と有能なリーダーとして低落傾向にあるビザンチン帝国を
一時的に立て直したわけだ。


3.それにこだわるべし


さて、では今月取り上げた言葉についてです。
この言葉はマウリスが軍隊指揮官の意思決定のあり方について述べたものなんだそうですが、
戦場での指揮だけでなく、いろんな分野・局面でも応用できる立派な言葉ですね。
われわれマスターズスイマーにたとえるなら、

(一)広く何をすべきかを聞き、


まずはいろんな情報を集めることが大切です。
昨年の忘年会などでもいろいろなノウハウが共有されましたよね。
  「水泳はやっぱりカタチ(水着)から入るべきだよ」とか
  「キャップはメッシュの上からラテックスをかぶるのがいいんだ」とか
  「大会1週間前にタンニングして肌を焼くと良い」とか
大事な(どーでも良いような?)話を広く聞くのは大切です。
そして、

(ニ)少数の賢者の助言を得て、


やたらめったら何でもやれば良いというものではありません。
自分にとって本当に有効な情報を絞る必要があります。
ここは少数の賢者(たとえば水拳師匠とかのび太さんとか)の助言が大切です。
ここで重要なことを書き加えるとすれば、それは
何が重要かは人によって異なる、ということでしょう。

たまたま先日の忘年会でアンダンテ氏から聞いた話ですが、
同じクロールでも長距離用と短距離用では適したフォームが正反対なんだそうです。
つまり、50m以上は酸欠死の短距離系のんぶれすと
200m未満は泳いだことにならない長距離系アンダンテ氏では
クロールについての助言は逆になるわけです。

自分はどちらから助言を得るべきか考えましょうね。
長距離系を目指すなら小生のんぶれすからアドバイスを得るのは間違いです。
ましてや平泳ぎ・背泳ぎの助言を求めるなど論外です(笑)。


(三)最良の策を一人で決定し、


そしてやはり決断は自分でしないといけません。
多くのことを決断する必要があります。
  ・自分のスタイル1(メインの泳ぎ)を何にするか、
  ・長距離狙いで行くか短距離狙いで行くか、
  ・どの大会をターゲットにするか、
  ・そのためにどういう練習を行うか、
  ・事前リハーサル目的の大会を間に入れるか、などなど。
集めた情報・助言を元にこれらについて最良の策を決定するわけです。


(四)それにこだわるべし


そして最後は決定事項への「こだわり」です。
これが一番大切なのかもしれませんね。
正月に決断した練習を1月末には変更・・・・なんてことをしていたら
いつまでたっても良い結果にはたどり着けないでしょう。
1月に始めた練習メニューはせめて7月のジャパンマスターズまで
継続すべきだと思います。


ところで、マウリス帝には他にも以下のような言葉もあります。
これも軍隊指揮官の心得ではありますが、他の分野でも大切な言葉です。

  予期しないことと、予期したくないことが起こる、と予期するようにせよ


大会会場に着いたらキャップを忘れたことに気付くかもしれません。
とんでもなく速い組に入ってしまっているかもしれません。
飛び込んだらゴーグルが吹っ飛ぶかもしれません。
あるいは予想もしていない「何か」が起こるかもしれません。
しかし、そんなときにも慌てず焦らず冷静に状況を見て適切な判断をするために
上記の言葉を普段から心得ておきましょう、というところですね。


さて、最後にマウリス帝の話に戻りますが、この有能な軍人・政治家は
602年、皮肉にも軍隊の反乱によって帝位を追われ悲劇的な最後をとげます。
このへんの詳しい話は新年早々の話題にはあまりにも陰惨すぎるので割愛しますが、
マウリスほど優秀な人であっても運命とか時代の流れには逆らえなかったということですね。

つまりは、なすべきことをやったらあとは神頼みだ!(笑)。
みなさ〜ん、初詣、ちゃんと行きましたかあ?
まだの人はちゃんと行きましょうね〜!


というわけで、2004年最初の「今月の言葉」は以上です。


(補遺)
今回は以下のページを参考にしました。
とても読みやすく地図などあってわかりやすいページなので一読されると良いでしょう。


●千年王国ビザンツ
http://www2.nkansai.ne.jp/users/mips/html/byzanz.html

東ローマ帝国の成立から滅亡までがわかりやすい文章で説明されています。

●ビザンツ帝国1000年物語
http://www2.117.ne.jp/~j-boy009/newpage4.htm

(このページもなかなか良いのですが、残念ながら2004年1月1日時点では
 まだ帝国の最後まで完成していません。でも一読の価値ありです。)

●ローマ帝国史略
http://www1.odn.ne.jp/~aah01610/rome/ryaku/jinnbutu.htm

歴代皇帝とその関係者の解説が書かれておりとても参考になりました。
これもまだ完全には出来上がっていないようですが・・・・
それくらい東西ローマ帝国の歴史は長いのです。

●聖母の被昇天
http://homepage3.nifty.com/st_peter/cln/index7.html

「カトリック千里ニュータウン教会」というホームページの
「教会のこよみ」というコーナーのページです。
詳細な解説と美しいイラストを特徴とするページです。


あと、 塩野七生 さんの 『コンスタンティノープルの陥落』(新潮文庫)
ビザンチン帝国が滅びる様をドラマチックに描ききっており、
とても読みやすく楽しめる作品です。
それほど厚い本でもないので一読をお勧めします。


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