<今月の言葉:2004年7月>
私たちは、上半身が考え、下半身が運命を決める。
それが人生の教訓だ。
アルバート・アインシュタイン
<意味も無く(^^;)今月の画像:チューリップ> |
このページは当HPの管理者が月々徒然なるままに 他愛も無いことを書き連ねるページです。とはいっても、 どーしようもないことは普段掲示板に書き散らしているので、 古(いにしえ)の識者・賢人のお言葉を借用しながら、 少しはもっともらしいことを書くことになっとります。 さて、5月は英雄ナポレオンを扱って超長文、 6月は無政府主義者の大杉栄を扱って超陰惨な エンディングになってしまったこのコーナー、 今回は相対性理論を生んだ天才物理学者 アインシュタイン博士の登場です。 おお、このネタなら明るく高尚な内容で ビシッと決められそうだぞ!。 というわけで、まずはいつもどおり アインシュタイン博士の生涯と 彼の理論のお話から。 |
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1.少年アルバートが16歳の時に見た夢 アルバート・アインシュタイン、1879年3月14日南ドイツのウルムに生まれました。 子供の頃どうだったのかはよく知りませんが、5歳のときにコンパス(磁石)が 常に南北を指していることに感動して、以来自然科学の道へのめりこんでいったそうな。 ちなみに学校では数学や理科は抜群だけど国語や社会は悲劇的(?)だったとか。 どうも暗記物は苦手のようだ。 少年アルバートは16歳のときに後の相対性理論につながる夢を見ます。 16歳というといまの日本なら高校生、好きな女の子の夢でも見ていれば普通なのですが、 なんとアインシュタインは夢の中で光と追いかけっこをします。 たとえば時速40kmの汽車を時速10kmの自転車で追いかけると、 自転車から見て汽車は時速30kmで進んでいるように見えます。 これが当時のニュートン物理学の教え。 じゃあ、光を光に近い速度で追いかけたら光はゆっくり進むのか? さらに光を光速で追いかけたら光は止まって見えるのか・・・ん?、光が止まる? なんだそれは・・・?!!! こんなあたりで目が覚めて汗びっしょり、いやぁ〜シンドイ夢だった。。。 #まあ、そんなところでしょうかね(汗びっしょり云々は想像(^^;;))。 このとき、少年アルバートはガキのくせに鋭いことを直感します。 光がゆっくりになったり光が止まったりするのはおかしい、 ニュートン物理学はなにかがおかしい、と。 このときを契機に、アインシュタインは光・時間・空間について探求を始めます。 尚、次の晩に見た夢は光との競争ではなく好きな女の子の夢だったかどうか?、 そのへんは各自調べてください(笑)。
2.青年期のアインシュタイン 青年になったアルバートはチューリッヒ連邦工科大学へ進学し物理学を専攻します。 ここで彼は素敵な女性と出会い卒業後に結婚します。 相手の名前はミレーヴァ・マリッチ。 セルビア出身で同じ学科の学生でした。 ところで、 当時のアインシュタインは授業をサボって自分の研究にのめりこんでいました。 自分の研究とは、光の研究。 当時の物理学の定説では、 光は波であって物質(エーテルという媒質)の中を伝播する形で進む。 地球はエーテルの海の中に浸っている、と言われておりました。 ところが、アインシュタインは違う考え方をしていました。 光は特別な存在で、媒質など関係なしに決まった速度でまっすぐ直進する。 そもそもエーテルなんて存在しない、と。 そんで、実験でそれを証明しようとしたんだそうな。 どういう実験かというと、地球がエーテルの中にあるのなら、 自転している地球の表面ではエーテルの風が吹いているはずだ。 だとしたら光の向きによってエーテルが向かい風・追い風になるはずで それによって光の速度は変わるはずだ、と。 で、向きによって光の速度が変わるかどうかを実験しようとしたらしいんだが 教授の許可を得られず断念。エーテルの存在を疑うなんてとんでもない!、というわけだ。 その後、授業をサボってばかりいたアインシュタインは、 ミレーヴァや親友のマルセル・グロスマンからノートを借りてなんとか単位をとって 卒業するわけだが、教授に睨まれているから大学の助手の職にはつけません。 やむなくマルセルの紹介でスイスのベルンの特許局の職につきます。 尚、アインシュタイン学生がやろうとしていた実験は後に米国の マイケルソンとモーリーが実施し、その結果、光の速度はどの向きでも同じ、 ということを確認しています。 3.特殊相対性理論 さて、ベルンの特許局でお仕事に就いたアインシュタインですが、 特許局職員というのは世を忍ぶ仮の姿(?)、日が暮れると同志とともに ニュートン物理学で解決できない光の問題について研究に没頭します。 このときの同志というのが、ベルン大学哲学科学生のモーリス・ソロヴィーヌと チューリッヒ時代からの友人のコンラド・ハビヒト。 (あと、奥さんのミレーヴァもかな・・・) 彼らは定期的にカフェ・ボルベックという喫茶店で会合を持ち 「打倒ニュートン物理学!」の研究(?)を行います。 会合の名は自称”ベルン・アカデミー・オリンピア”。 幸いにしてベルンの街には新撰組の屯所が無かったので 池田屋事件のようなことにはならずに済みました(なんのこっちゃ・・・)。 #こう書くとなにやらすごい会合のように見えますが、 #なんのことはない、飲み食いしながら集まって議論するだけで #サブTさんが自○也にたむろっているのと似たようなもんでしょうな。 さて、ここでの議論の中でアインシュタインは以下のように考えを整理します。 (前提1)等速度で運動しているどんな系でも同じ物理法則が成り立つ (ガリレイ=ニュートンの相対性原理) #これはですね、手に持った石を床に落とす場合、部屋で落としても #電車の中で落としても同じように落ちる、ということですね。 (前提2)光の速さはどんな状況でもつねに一定である #これは読んで字の如しです。 さて、この2つの前提が真理であるとした場合、ニュートン物理学で 絶対と考えられてきた時間や空間は本当に絶対的なものか? ここで、アインシュタインはいくつかの例を持ち出します。 (例1)同時であって同時でない!! ものすごい速度で走る列車で車両の真ん中にひとり、車両の先端・後端に 一人ずつ実験者を配置します。ここで車両の先端・後端のふたりが 「せーのっ!」って光を発すると、車両の真ん中の人には「同時」に光が見えます。 ここで、この列車実験を線路脇で観察する暇人(?)が登場します。 この暇人も車両の両端で同時に光が発するのを見るわけですが、 車両の真ん中にいる人はものすごい速度で進んでいるわけです。 すると、光の速度は一定ですから車両先端からの光が先、 車両後端からの光は遅れて真ん中の人に届きます。 あれれ、車両の中では「同時」だったのに車両の外から見ると「同時ではない」??。
(例2)ソープの身体が歪んで見える?? 仮にイアン・ソープ選手の身長が200センチで、彼は光に近い速度で泳ぐとします。 ヨーイ・ポンでスタートしたソープ選手を静止位置にいる審判長が眺める場合、 ソープの頭と足先から出る光を見ることになるわけですな。 でもソープは身長200センチ。ということは頭から出た光は足先から出た光よりも 長い距離を進まないといけない。でも光の速度は一定。 ということは、審判長から見えるソープの姿は、 ソープの頭を発する光がソープの足先から出る光よりも少々早く出ていないとまずい、 つまりソープの足先から出る光がスタート後1.00秒に出たものなら、 頭から出る光はスタート後0.99秒に出たものとなる。 だとしたら、ソープの頭は0.01秒分だけ前に進んでいないわけだから、 ソープの頭と足先は身長200センチよりも短く見えるはずだ。 あれれ、ソープの身体が歪んで見えるぞ??、これって泳法違反じゃないか?? #あっ、自由形だから反則にならないか・・・(笑)
(例3)稲妻3号の中では時間がゆっくり進む? 光時計というのもがあるとします。高さ1メートルほどの透明な管で、 この中で光が上下に行ったり来たりするわけですな。 この1往復を1秒とします。 んで、何を思ったか水拳師匠がこれを愛車・稲妻3号に搭載して 中央道を新習志野に向かって光に近い速度で(笑)ぶっ飛ばすとします。 車の中にいる水拳師匠には光時計の中の光は上下1mの距離を 1秒ごとにいったりきたりします。 ところが、道路わきで驚いた顔(?)で眺めている弟子・のんぶれすには 光は斜めに上下します。つまり1mよりも長い距離を往復します。 でも光の速度は一定。ということは、のんぶれすから見ると、 稲妻3号の中の光時計は1秒よりも長くかかって一往復する、 つまり、外で眺めるのんぶれすから見て稲妻3号の中の時間はゆっくり進む、 ということになります。 #あっ、師匠、「これなら若さを維持できるわ〜」なんて実験しちゃダメですよ!。 #中央道でそんなことやったら若さを維持できるどころかすぐ天国行きです(笑)。
・・・というわけで、・・・みなさ〜ん、わかりましたかぁ〜? (前提1)で同一運動系では同一物理法則、(前提2)で光速一定、 そうすると (例1)で時間は観察者の居場所によって「同時」が「同時」でなくなり、 (例2)ではソープの身体が歪んでしまい (例3)では稲妻3号の中で時間がゆっくり進んでしまいました。 ニュートン物理学では時間や空間は「絶対」だったのに、 上記(例1)(例2)(例3)では場所によって「相対」的なものということに なってしまいました。 「時間や空間は実は相対的なもの」 、というアインシュタインの到達点。 これが有名な「特殊相対性理論」なんだそうな・・・(超ざっくりと言えばの話ね)。 アインシュタインはこのへんの考えを『運動物体の電気力学について』という論文にまとめて 発表します。理解できた人は何人いたことやら・・・。 えっ、なにがなんだか全然わからないって?? うーん、そりゃそうだろうなあ・・・実は書いている小生(のんぶれす)もよくわかんないのよ(笑)。 ところで、この論文の中でアインシュタインはエネルギー、質量、光速の関係を論証し、 以下の数式を導き出します。 E=mc2(2は二乗というふうに読んでね(^^;;)) エネルギー(E)は質量(m)と光速(c)の二乗を掛けたものに等しい、 ということなんだが、これは後で再登場する重要な数式です。 ちょっとの間(^^;;)、覚えておいてください。 4.一般相対性理論 さて、特殊相対性理論でニュートン物理学の時間・空間に風穴をあけたアインシュタインですが、 まだ彼には重要な問題が残っていました。それは「重力」です。 「重力」といえばニュートン物理学の本丸御殿。 なんせ、ニュートン大先生はリンゴか木から落ちるのを見て 「万有引力の法則」を発見して一躍スーパースターになったわけだから、 「重力」はニュートン大先生のスタイル1(?) したがって「重力」問題で勝たないとニュートンに勝ったとは言えない!。 #よくわかんないけど、とにかくそういうことらしい・・・(笑) そこで、アインシュタインはエレベーターの例を引っ張り出します。 仮に、小生のんぶれすがエレベーターにのっていて、不幸にもエレベーターの綱が切れたとします。 するとエレベーターは自由落下し、のんぶれすは無重力状態を体験します。 #あっ、そのあとどうなるかは考えないようにネ・・・。 一方、もともと無重力状態の宇宙空間にこのエレベーターを置いてみると、 のんぶれすは無重力状態でフワフワ。 ここで、暇なスーパーマンがやってきて、おせっかいにも加速しながらエレベーターを 引っ張るとします。するとのんぶれすはエレベーターの中で重力?を感じます。 つまり、「重力」と「加速度運動」は同じものと考えられる。
さて、ここでこのエレベーターの内側の壁に非常灯がついているとします。 非常灯を出た光はまっすぐエレベーターの反対側の壁に進みます。 でも、エレベーターの綱が切れていて自由落下中だったら? エレベーターの中では光はやはりまっすぐ進みます。 でも外にいるサブTさん(?)から見ると、 加速度運動中だから光は放物線のコースを進みます。 あれれ?? 光には幅があるから光が曲がっちゃうと外側と内側で速度が変わってしまう。 これでは「光速度一定」の前提と矛盾しちゃうぞ!!?? ここでアインシュタインは相当悩むわけですが、ついにひとつの結論に至ります。 光はやはり一定速度で直進しようとしている。 でも、重力で空間が歪んでしまったため光が曲がって進んでしまうのだ、と。
かくして、アインシュタインは「重力」を空間の歪みという形で 相対性理論の中に取り込んだわけですな。 これがいわゆる「一般相対性理論」・・・・超々ざっくりと言えばの話ね(^^;;;)。 これが発表された当時、理解できるのは世界に12人しかいない、と言われました。 オリンピックの決勝レースはたぶん8人だから4人予選落ちとなるわけですが、 ・・・あっ、そういう問題ではないって??、失礼しましたー(笑)。 とにかく、発表当時「なんだかさっぱりわかんないけどとにかくスゴイ」 ということで評判になったアインシュタインの相対性理論ですが、 やがてこれが観測によって実証されます。 1919年11月、英国のエディントンが皆既日食の最中に行った天体観測で 太陽の反対側にあるはずの星からの光が太陽の重力による空間の歪みで コースを曲げられてしまい、その結果、地球に届いていることを確認しました。 この発見によって、相対性理論は正しいという評価を受け、 アインシュタインは世界的な名声を獲得します。 世界新記録でニュートン大先生に勝ったようなもんです(なんのこっちゃ・・・)。
5.その後のアインシュタイン さて、一般相対性理論でニュートン物理学を見事撃破(?)したアインシュタイン、 あとは勝者の栄光に包まれて平和な余生を過ごしてくれれば 今月のこのページもすぐに終わりにできるのですが(^^;;;)、 問屋はそうは卸さない。なにしろ彼が生きた時代は”激動の昭和”!! あっ、アインシュタインは日本人じゃないから、これを書くなら ”激動の20世紀”か・・・。 彼ほどのビックネームでも、というかビックネームであるからこそ 時代の激流に翻弄されます。 まずはベストパートナーだったミレーヴァとの夫婦関係の破綻。 ベルンで特殊相対性理論をまとめたアインシュタインは、 1912年にかつての学友でいまは数学教授のマルセルに誘われて 母校チューリッヒ連邦工科大学の物理学の教授として凱旋帰校(?)します。 そしてマルセルの数学の知識を借りながら一般相対性理論を詰めていくのですが、 その頃から妻ミレーヴァはふさぎこむようになり夫婦仲は怪しくなってきます。 そして、アインシュタインがベルリン大学の教授に赴任するに及んで ついに夫婦間は決裂!。ミレーヴァは子供ふたりをつれてアインシュタインの元を 去っていきます。 やむなく独りベルリンでアインシュタインは研究を続けるわけですが、 時代は第一次世界大戦に突入。ドイツは敗戦国となります。 でもそんな中、アインシュタインは幼馴染の女性・エルザと再婚。 まあ、こんなことでもしないとどんどん話題が暗くなってしますからね(笑)。 さらに1922年、ノーベル物理学賞がアインシュタインに贈られます。 受賞の理由は「光電効果の法則の発見と理論物理学の領域における研究に対して」。 これは相対性理論を指していません。 実は、当時のノーベル賞選考委員の先生方にも 相対性理論はなんだかよくわかんなかったそうなんだ。 しかし、この頃のドイツはヒトラー率いるナチス党が台頭し始めており、 だんだん状況はアブなくなってきます。 危険を感じたアインシュタインはベルギーへ移ります。 しかし、ヒトラーが政権を握るに至ってこれはもう絶対にヤバイ。 なにしろアインシュタインはユダヤ人ですからね。 逃げるが勝ちでとうとう1933年に米国へ亡命。 #ちょっと補足すると、その後、ナチスによるユダヤ人狩でアインシュタインの #親戚数人も強制収容所送りとなりガス室の露と消えました。 #あ〜あ・・・この時代の人物を取り上げるといつもこうなっちゃうのよね。 #やだやだ。。。(涙) さて、米国に渡ってこれで安心して研究に没頭、と行きたいところですが、 時代はアインシュタインを追い続けます。 1939年7月、ナッソーポイントという湖畔の避暑地でのんびりしていた アインシュタインのところへ彼の弟子筋の二人の科学者、レオ・シラードと ユージン・ウィグナーがやってきました。 彼らはアインシュタインに重大なニュースを伝えます。 ベルリンのカイザーウィルヘルム研究所のハーンとシュトラスマンが ウランに中性子をぶつけて核分裂させる実験に成功した、と。 これが何を意味するか?、アインシュタインには即座に理解できました。 ウラン235という物質に中性子をぶつけて核分裂をさせると バリウムの原子核ができます。バリウムの原子核はウラン235の半分の 質量しかありません。ということは消えた半分の質量(m)は E=mc2 の数式にしたがって、光速の二乗を掛け算して得られる巨大なエネルギー(E)と なるわけです。 しかもウラン235が核分裂をする際に中性子を2個放出します。 これが両どなりのウラン235原子核にぶつかってさらに核分裂。 つまりネズミ算式に核分裂の連鎖反応が起こり、瞬時に巨大な、 それも小型太陽とでもいうような超巨大なエネルギーとなって放出されるわけです。 このシンプルな構造を爆弾にしたら・・・・・これがいわゆる「原子爆弾」です。 こんな爆弾を狂人ヒトラーが手にしたらどうなるか・・・? 元来平和主義者で兵役拒否すら主張したことのあるアインシュタインは 1週間ほど悩み苦しみます。でも、結局、歴史に残る重要な手紙に署名します。 ルーズベルト大統領に原爆の開発を勧告する手紙です。 これによって、核兵器開発史の冒頭のページにアインシュタインは必ず登場することに なりました。いやぁ〜・・・ビッグネームはつらいねぇ。。。 結局、米国は原爆開発に成功、でもそのときにはナチス・ドイツは降伏しており、 原爆の使用目標に困ったアメリカ軍は、代わりに日本の広島・長崎に原爆を投下したわけです。 この知らせを聞いてアインシュタインは衝撃を受けます。 第二次世界大戦後、平和な研究生活に戻ったアインシュタインは、 一般相対性理論に電磁気学を取り込む研究を進めます(結局未完成に終わります)。 それと同時に、精力的に世界平和のための講演活動を行います。 英国の哲学者バートランド・ラッセルと平和のための共同宣言に署名するなどして とにかく平和にむけた活動を支援し続けました。 よっぽど原爆開発の片棒をかついでしまったのが悔やまれたのかもしれません。 んで、最後は1955年4月18日、静かに世を去りました。 当人の遺言により葬儀はごく少人数でひっそりと行われたそうです。 尚、彼の死後も相対性理論が正しいことを示す根拠が次々といろいろな観測で明らかになっています。 重力による空間の歪みによって天体がへんな形に見える”アインシュタイン・レンズ”や 有名なブラックホールなどはアインシュタインが生前に予言して 死後に実物が観測されたものです。
6.上半身が考え、下半身が運命を決める さて、では今月とりあげたこの言葉の話に移りましょうか。 上半身が考え、下半身が運命を決める、とはなにやら意味深で きっと相対性理論なみに難しい人間に対する深い洞察が内包されているように見えますね。 でもこれ、一般世間の名言集にはまず出てこない言葉です。たぶん・・・。 この言葉は、友人だった米国の実業家ピーター・バッキー氏への手紙で アインシュタインが書いているものです。 当時、バッキー氏は婚約問題で恋人の両親ともめており、 アインシュタインに相談をもちかけていました。 ということは、下半身が云々とは、つまり・・・まあ、なんだな、あれだな・・・, 要は、今月の言葉はアインシュタインが友人に書いたシモネタのジョークだったわけだ(^^;;;)。。。 #しかも「それが人生の教訓だ」と付いています。 #ということは、ミレーヴァとの結婚は実は「できちゃった婚」だったのか?という #仮説も導き出せますが??・・・ここから先に興味がある方は各自調べてくださいね。 おいおい、相対性理論を軸に高尚な話題でひっぱってきたはずの今回は 結局のところスタート時点でシモネタだったのか?!!、という読者の皆様の声が聞こえてきそうですが、 う〜ん、まあいいじゃないですか(^^;;)、たまにはこういうネタを使うのも。 でもこの言葉、なかなか味がありますね。 上半身が○○○、下半身が×××、これを基本形にしてパロディーを作ると結構 いろいろできそうです。 たとえば、J.E.カウンシルマン氏の泳法研究によれば、 クロールは推力の7〜9割が腕(プル)によってもたらされるわけですが、 マスターズの大会や世界選手権で速い選手の泳ぎを見ているとものすごいキックなわけで。。。 ということは、 私たちは、上半身が水をかき、下半身がタイムを決める。 これが大会における教訓だ。 おおっ!、これならマスターズ水泳チームのHPにぴったりの言葉じゃないか。 さすがアインシュタイン博士。 ちょっと単語を変えるだけで素晴らしい真理が導き出せる言葉を残してくれていたんだ! #無理矢理のこじつけだろーが、という声が聞こえないでもないが、まあいいじゃないですか(^^;;)。 ということで、今月はアインシュタイン博士の生涯を紹介しながら 「マスターズスイマーのための相対性理論」でした。 えっ、ぜんぜんわかんなかったって? な〜に、大丈〜夫。相対性理論が理解できなくてもタイムはまったく影響しません。心配無用です。(笑) では、今月の言葉は以上です。 みなさ〜ん、キック練習ちゃんとやりましょうねー! ●追記1 アインシュタイン博士の言葉は今回取り上げたシモネタだけではありません。 以下のようなちゃんとした言葉もあります。 常識とは、若い頃に受けた教育が精神に与えた偏見にすぎない。 これなんか名言集にあるかもしれませんね。 コーチや速い人の言うことを鵜呑みにしてちゃだめだよーっという意味で わたしたちにも意味のある言葉だと思いますね。 ●追記2 今回はいちおー本で調べながら書いたんだけど、正直言って誤り等があるかもしれません。 そもそもワタシ(のんぶれす)は文系出身で物理学は苦手。 在学中の成績は「100点満点で28点」とかだったのよねー(^^;;;)。 というわけで、間違ってても許してちょーだい!!(_o_;;) |
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