<今月の言葉:2005年2月>
遅かるべくして、速なれば、則ち大過なし。
速なるべくして、遅き時は、則ち大過あり。
蜂須賀家政
<意味も無く(^^;)今月の画像:スイートピー> |
このページは当HPの管理者が 月々徒然なるままに他愛も無いことを 書き連ねるページです。とはいっても、 どーしようもないことは普段掲示板に 書き散らしているので、 古(いにしえ)の識者・賢人の お言葉を借用しながら、 少しはもっともらしいことを書くことに なっとります。 といふわけで、CMCマスターズ、 町田市マスターズ、FIAという感じに 長水路大会を控えた今回選んだのはこの言葉。 阿波徳島藩・蜂須賀家を成立させた 戦国武将・蜂須賀家政のお言葉です。 |
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1.蜂須賀公爵家 蜂須賀(はちすか)といえば、歴史に強くない人でもどこかで聞いた覚えがあるのでは。 一番有名なのは蜂須賀小六。 蜂須賀小六!、はちすかしょうろく!、何歳になっても蜂須賀は小六(小学校六年生)!、 ・・・・なわけはありません(^^;;)。 こんな太田光(爆笑問題)まがいのギャグでウケを狙うようではいけませんね・・・反省。 蜂須賀小六(はちすかころく)、戦国武将としてのちゃんとした呼び方なら蜂須賀正勝(まさかつ)。 豊臣秀吉を主人公にした歴史ドラマでは必ず出てくるキャラです。 NHKの大河ドラマだと、1996年の『秀吉』(主演・竹中直人)では プロレスラー・大仁田厚(おおにた・あつし)氏が演じていました。 ちなみに「デスマッチの教祖」として有刺鉄線・電流・爆破デスマッチが有名。 あっ、これは大仁田厚氏の話であって蜂須賀小六とは関係ないか・・・(_o_;;)。 ちなみに、今回調べて気付いたんだけど、 大仁田厚氏はその後、国会議員になってるのよね・・・(^^;;;)。 んで、 蜂須賀小六を有名にしたのは、有名な『太閤記』。 尾張の貧乏百姓の子として生まれた秀吉が矢作川の橋の上で寝ていたら この地域の盗賊集団のボス・蜂須賀小六と出会い、小六の紹介で秀吉は織田信長に仕えるようになって、 このあと例の立身出世ストーリがスタート。 有名な墨俣(すのまた)の一夜城築城で蜂須賀小六率いる盗賊集団は秀吉を助けて大いに活躍し、 これ以降、蜂須賀小六は羽柴秀吉、のちの豊臣秀吉の有力家臣として 同じく出世ストーリーを邁進、ついに阿波徳島17万5千石の大名になるわけだ。 そして阿波徳島の蜂須賀家は徳川の治世になっても立派に存続し、 明治維新まで生き残ってめでたく公爵家となるわけです。 さて、ここから先は司馬遼太郎さんが何かのエッセイで書いていたののうる覚えですが、 明治維新も完了し、すっかり平和になったある日、 明治天皇と公爵諸侯が会食をするという催しがあって明治の蜂須賀公も参内。 当時の宮中はわりとアット・ホームな雰囲気だったそうで、 天皇も諸侯も同じテーブルを囲んで一緒にお食事しながら御歓談。 んで、蜂須賀公がふと見ると、 テーブル上の煙草盆に並んでいる煙草はなかなか高級な外国モノじゃないか。 じゃあ・・・、というわけで陛下が中座している間に数本失敬してポケットへ。 ところが明治天皇陛下は席に戻って煙草が減っているのをしっかり発見し、 うれしそ〜に一言。「蜂須賀、血はあらそえんのー(^O^)」。 蜂須賀公、顔面赤面ですっかりまいってしまったそうな。 このエピソード、まだ続きがあって、 陛下に笑われてしまった蜂須賀公爵はさすがに「先祖は盗賊」っつーのはまずいと思ったらしく、 高名な歴史学者(名前を忘れました(^^;;))に「蜂須賀小六は盗賊ではなかったことを立証してほしい」と かなり無理な注文。 戦国乱世の人物が「盗賊だったことを証明」するならともかく、 「盗賊でなかったことを証明」するのはこれはかなり難しい。 殿様のお願い、ということで学者先生もやむなく引き受けたんだろうけど、案の定、大苦戦。 秀吉が子供のころには矢作川に橋はなかったはず、 したがって秀吉は小六とああいう出会い方はしていないはず、 ・・・というようなかなり苦しい状況証拠をたくさんならべて論証したんだそうだが、 秀吉と小六が橋で出会わなかったことは小六が盗賊でなかったことの証明にはもちろんならない。 結局、長々と状況証拠を並べた末に、 「まっ、他の公爵諸侯だって先祖をたどればみ〜んなどこの馬の骨ともわからん人物なのよね〜」と、 野太く吼えてしまうわけだ。 これは、それを言っちゃーおしまいですよ〜、という感じの一言なんですな。 事実、戦国期に興った大名は多くが氏素性のわからない身分から出発しているわけで なにより徳川家だって先祖は奥三河の流浪僧。 でもそれを言ったら「華族」と称される皆さんの大半はそういう人たちになっちゃうわけなので一応タブー。 蜂須賀家はなまじ太閤記で有名になっていたのでかなり損をしているらしい。 #実際のところ史実の上では、 #蜂須賀氏は美濃の土豪だったそうで小六自身は盗賊ではなかったらしい。 #でも弟は盗賊まがいのこともやっていたとかいう話もあるので、 #やっぱり少しは盗賊もやっているのかも・・・(笑) ちなみに、英国貴族は先祖をたどると海賊だったりする家も結構あるそうで、 海賊時代の旗印をそのまま紋章にしていたりするとか。 したがって、蜂須賀公も「わが先祖は大盗賊・蜂須賀小六正勝な〜り!」と 開き直ってしまったほうがよかったんじゃないかと思ったりするけど、 天皇家につながる源平藤橘(源氏・平氏・藤原氏・橘氏)が幅をきかせる日本歴史において 先祖が盗賊っつーのはやっぱりあまりカッコよくないと思ったんだろうね。 ところで、最後になったけど、今回の言葉の主の蜂須賀家政、この人は上記の蜂須賀小六の嫡男。 父・小六と一緒に秀吉の四国征伐などで軍功をあげ、この人のときに阿波17万5千石を領したわけだ。 その後、関が原の合戦の時には自分は西軍、息子は東軍という形でしっかりリスクヘッジ。 大阪の陣では「海が荒れてるから〜」と欠席して旧恩ある豊臣家滅亡に立ち会うのを回避。 今回、ネット上でいろいろ調べたけれど出てきた人物像といえば Q、どんな幼少時代? A、とにかく頭がよかったと思われます。 というのがせいぜい・・・(^^;;)。 きっと聡明で万事そつがなかったんでしょうなぁ。 でもこういう無難な御仁はあまり書くことが無いので簡単に片付けるしかないんだよね、 どっかのチームの「大会エピソード」みたいに・・・(笑) 2.則ち大過あり では、今回選んだ言葉のほうに話題を移しましょう。 しかし、これはまさにマスターズスイマーにぴったりの言葉ですなぁ。。。 遅かるべくして、速なれば、則ち大過なし。 速なるべくして、遅き時は、則ち大過あり。 ろくに練習できていないので遅いはずなのに良いタイムが出たら、 まあ一応ちゃんとした泳ぎをしているだろうけど、 一生懸命インターバル練習やら筋トレやらをやって速くなってるはずなのに ガックリするようなタイムに沈んだら、 そりゃぁ、きっとどこか泳ぎがおかしくなっているに違いない。。。。 キレ者だったらしい家政公はそのように仰せられる。 ふーみゅ、実に鋭いご指摘。 ひょっとして家政公も水泳の大会に出ていたのかな?・・・(んなわけないか(^^;;))。 というわけで、長水路大会に出る皆さ〜ん、 準備万端で泳いでみてイマイチのタイムに終わってしまったら、 一度じっくりフォームの再チェックをしましょーね。 きっとどこかおかしくなっているに違いないので。 逆に、ろくに練習できていない皆さ〜ん、 タイムが一応許容範囲内ならまだフォームまで崩れていないから ちゃんと練習するようにしましょーね。まだ間に合う!。 えっ、ろくに練習できていないうえにタイムも爆沈の場合はって? う〜〜〜〜ん、ご愁傷様〜(笑)。 #新春マスターズのワタシはこのパターンだったような・・・(涙) では、今月の言葉は以上です。 P.S... 今回の言葉の意味はひょっとしたら違っているかもしれません(^^;;;)。 言葉だけ拾ってきてしまったので、本来の解釈がわかんないのよね。 ひょっとしたら、 「遅く行くべきときに速いのはまあ大きな問題はないけど、 速くしないといけないときにノンビリいってしまうのはとってもヤバイ」 という意味かもしれません #学生時代、古文は苦手でした(^^;;)。 違っていたらごめんね〜(笑)。 |
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