<今月の言葉:2005年12月>
涙を流し種まく者は、喜びの声をもって刈り取る
聖書/ヨハネス・ブラームス
<意味も無く(^^;)今月の画像:バラ> |
このページは当HPの管理者が 月々徒然なるままに他愛も無いことを 書き連ねるページです。とはいっても、 どーしようもないことは普段掲示板に 書き散らしているので、 古(いにしえ)の識者・賢人の お言葉を借用しながら、 少しはもっともらしいことを書くことに なっとります。 さて、2005年最後の「今月の言葉」は クリスマスの季節らしく聖書の言葉。 でも聖書からということにすると 先のお話を続けにくいので(^^;;)、 19世紀のドイツ・ロマン派の作曲家 ヨハネス・ブラームスの代表作 『ドイツ・レクイエム』の歌詞から ということにしましょう。 |
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1.レクイエムとは? レクイエム、日本語では鎮魂ミサ曲、あるいは「死者のためのミサ曲」と表されます。 クラシック音楽の合唱関係ではとても比重の大きいジャンルで、 毎年あっちこっちの合唱団が「死者のためのミサ曲」を演奏しています。 もちろん、誰も死んじゃいないんだけどね(笑)。 もともとはキリスト教の儀式である「ミサ」の中で演奏される曲。 ミサというのは信者の皆さんが教会に集まって 牧師さんのお話を聞いて信仰を深める催しなわけで、 年に何度もやる行事。 当然、お祭り的な明るいミサもあるわけで、ふつうの「ミサ曲」には 明るく荘厳なお祭りミュージックもたくさんあります。 でも、信者の方がお亡くなりになると、お葬式としての「ミサ」がひらかれるわけで、 そういう場合に演奏されるのはお祭り用ではなく「死者のためのミサ曲」、 つまり鎮魂曲(レクイエム)となるわけです。 由来が宗教儀式の演奏曲なので基本的には曲の構成は皆同じ。 第1曲目「入祭唱とキリエ」 第2曲目「怒りの日」 第3曲目「不思議なラッパ」 第4曲目「みいつの大王」 第5曲目「慈悲深きイエズス」 ・・・・ ・・・・ というような名前の曲が続きます。もちろん歌詞も決まっています(ラテン語です)。 そんで、こういう同じ形式・同じ歌詞でいろんな作曲家がいろんなメロディーの レクイエムを書いているわけですね。 有名なレクイエムといえば、モーツァルト作曲のレクイエム、 フォーレ作曲のレクイエム、ヴェルディ作曲のレクイエム、まあ、そんなところかな。 まあ、ちょっと乱暴なたとえをするなら、 般若信経に節をつけて読経をするとして、 その節まわしに、いろんな人の手によるものがある、まあ、そんな感じかな。 小室哲也の般若信経、井上陽水の般若信経、山崎まさよしの般若信経、 宇多田ヒカルの般若信経、・・・・などなど。 えっ、かえってワケわからなくなったって?、ごめんなさ〜い(^^;;;) ちなみにベートーヴェンはレクイエムを書いていなかったはず。 ベートーヴェン先生はどーも合唱曲が苦手だったようなのよね。。。。 #誰かさんの平泳ぎみたいなもんだ(笑) んで、歌詞が同じでも作曲家によってやはり曲としては全然別になります。 一番人気があると思われるのがモーツァルトの般若信経、じゃなかった(^^;;)、レクイエム。 この作品、モーツァルト自身の死にかかわるエピソードでも有名。 曰く、金銭感覚ゼロの生活で困窮し健康を害していた最晩年(といっても35歳)の モーツァルトのところへ ある日、灰色のコートに身を包んだ陰鬱な雰囲気の男がやってきて 「名前を明かすことのできない高貴な人物からのレクイエム作曲の依頼である。 報酬ははずむから大急ぎで作曲してほしい」 病身のモーツァルトはこの謎の男をてっきり「死神の使者」だと思い込むんですな。 つまり、死神がモーツァルトに「そろそろ自分のレクイエムを書け〜」と言いに来たんだと。 それで大天才モーツァルトが最後の力をふりしぼって「自分自身のためのレクイエム」を 作曲するわけだ。もちろん、ものすごい名曲。 1曲目の「入祭唱とキリエ」だけでも小生などは感動してしまいます(^^;;)。 でも第8曲目「涙の日」の途中まで書いたところでついにモーツァルト絶命。 モーツァルトの作品としては、この曲は未完成に終わります。 (後に弟子のジェスマイヤーが続きを書いて、一応レクイエムとして完成させるわけだ) このエピソード、当時から伝えられる「モーツァルト暗殺」のミステリーとも 絡まりあって、小説や戯曲などで取り上げられ、 最近では1984年のアカデミー映画『アマデウス』。 観た人は結構多いよね。まだ観たことの無い人は観るといいよ〜(^^)。 一方、フランス人作曲家ガブリエル・フォーレのレクイエムは とっても静かで内省的。(小生のお気に入りのひとつ) 逆に、イタリアオペラの大家、ヴェルディーのレクイエムは 雰囲気がおもいっきりオペラ。 学生の頃、知らずにラジオで聴いていて「ずいぶん暗いオペラだなぁ〜」と思っていたら ヴェルディーのレクイエムでした。(笑) この曲はとっても長いのでチャレンジする人は覚悟してかかってね(笑)。 #クラシック好きの小生もこの曲ばかりは最後まで真剣に聴ききったことは無し。。。 2.ブラームスと『ドイツ・レクイエム』 ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms 1833〜97)。 バッハ、ベートーヴェンとともに”3B”などと並び称されることもある19世紀ドイツの大作曲家。 これにビートルズを加えて”4B”などということもあるとか・・・? この人が生まれる6年前にベートーヴェンが死んでおりますが、 ブラームスこそベートーヴェンの後継者と言われることもあり、 また当人もそれなりに意識しておりました。 ちなみに、日本史でいえば幕末〜明治にあたります(ペリーが来航したのが1853年です)。 性格はチョー内向的でとっても気むずかしい。 それも他人に向かって怒鳴り散らすような気難しさではなく、 ひたすら自己の内面へ向かって悩む・悩む・悩む・悩む・悩む・・・・。 じゃあ、そういう御仁の作風はというと、 一言で言えば「重厚にして難解、しかし一旦理解するとチョー素晴らしい」。 ぱっと聴いて「ああ、綺麗な曲だな」と思う曲も皆無ではありませんが、 まあ大概の曲は一度聴いたぐらいではさっぱりわからん、2回目でもわからん、3回目でもわからん。 ところが5〜6回目になってだいたいメロディーがわかってくると、 「あれれ?、これって意外といい曲だったりして???」ということになり、 7〜8回目になるとすっかりトリコになってのめり込んでいく・・・・ たとえば代表作のひとつである交響曲第一番。 大先輩ベートーヴェン先生が偉大な9曲を残しているのに何でいまさら自分ごときが交響曲を書くか?、 というあたりできょーれつなプレッシャー(?)やら問題意識(?)やらに悩んだあげく、 書き始めてから完成するまで、書いては直し書いては直し、実に20年・・・。 まぁ、そのあいだにも他の曲を書いているから毎日毎日ひたすら悩んでいたわけでもないだろうけど、 とにかく最初の交響曲を書くのに滅茶滅茶悩んだわけだ。 #マスターズ登録してから20年間大会に出場すべきか悩みぬいたようなもんですな(笑)。 んで、悩みに悩んだあげく完成した交響曲第一番、どんな曲かというと冒頭からチョー重厚。 ベートーヴェンも晩年はかなり重厚にして難解だったけど、 この曲は後継者として十分に重厚で長大で難解。 そんなわけで、彼の交響曲第一番は「ベートーヴェンの交響曲第十番」とも 言われたりするんですな。でも名曲です。タ○ーレコードとかH○Vとかに行けば たくさんCDがあります。。。 #悩んだ末にようやく大会出場したらいきなりマスターズ記録更新、ってな感じですな(笑) ちなみにそのあとの交響曲第二番は相当気が楽になったのか作曲開始から完成までわずか3ヶ月。 最初からひじょーに伸び伸びとした明るい雰囲気。ワタシはこっちのほうが好きだったりする(^^;;) それから、他にも有名なのが弦楽六重奏曲第一番。 ヴァイオリン2人、ヴィオラ2人、チェロ2人の6人で演奏する”室内楽”といわれるジャンルの曲ですが、 この曲を書く直前にブラームスはアガーテという女性と婚約していました。 ところが重厚難解な精神構造の持ち主・ブラームスは、何を悩んだのか、 とにかく土壇場で婚約破棄。 しかし自分で破棄しておきながら精神的に相当まいったらしく、そんな状態で書いたこの曲の第二楽章、 わりとわかりやすいメロディーなんだけど非常に暗く重く悲しげで、 ひたすら強烈に屈折した心理が表現されていたりするんだな。 でも、これまた代表的な名曲、よりにもよって(?)恋愛映画などでも使われています。 #ワタシも結構気にいっている(^^;;)。 他にも弦楽四重奏曲(ヴァイオリン2人、ヴィオラ1人、チェロ1人で演奏する曲)なども 30曲ぐらい書いてたらしいんだけど、「これは残すに値しない」などと次々破棄していって 残したのはわずか3曲。んで、その3曲ですが、これがまたどれもこれもムズカシイ〜。 でも何度も聴いてひとたび理解すると今度は何度聴いても飽きない、そんな名曲なんですわ。 さて、そんなブラームスですが、1856年、尊敬していた先輩・シューマンに死なれ さらに1865年、とても慕っていた母親に死なれます。 そんで、それらをきっかけに作曲されたのが今回とりあげた『ドイツ・レクイエム』。 この曲、 ブラームスは伝統的なラテン語の典礼文の歌詞ではどーも気持ちを表現できないと思ったらしく、 ルターのドイツ語訳聖書から自分の意に沿った言葉を切った張ったして「自作」したわけだ。 形式違反といえばそうだけど、彼の時代になるともうレクイエムも宗教儀式用ではなく 演奏会用音楽になっていたからOKなんだな。 だから、この曲の歌詞はブラームスがどういう気持ちでこのレクイエムを作曲したのかを示している。 それは、死者を悼む気持ちもあるけど、それ以上に、残された人たちを慰め励ます、 そのへんに重きを置いているんですな。 つまり、「はやく元気になってね〜」というのが基本スタンス。 というわけで、まずは重々しいけど静かで綺麗な第一楽章、これはヘ長調(短調ではない)、 悲しんでいる人たちはさいわいである。 彼らは慰められるであろう。 涙をもって種まく者は、 喜びの声をもって刈り取る。 種を携え、涙を流して出て行く者は、 束を携え、喜びの声をあげて 帰ってくるであろう。 (マタイによる福音書第5章・第4節、詩篇第126篇第5節、同第6節からの抜粋) 曲の最初に遺族など残された人たちを慰めるわけだ。 んで、第二楽章 人はみな草のごとく、 その栄華はみな、草の葉に似ている。 草は枯れ、花は散る。 だから、兄弟たちよ。 主の来臨の時まで耐え忍びなさい。 見よ、農夫は、地の尊い実りを、 前の雨と後の雨とがあがるまで、 耐え忍んで待っている。 (ペテロの第1の手紙第1章第24節、ヤコブの手紙第5章第7節) で、そのあとも人間の一生のはかなさ、それに対する慰めと祈りの言葉が続いて、 やがて最終楽章(第7楽章) 今から後、 主にあって死ぬ人はさいわいである。 御霊も言う、 「しかり、彼らはその労苦を解かれて休み そのわざは彼についていく」 「きっと亡くなった○○は天国でほっと一息したところだから 残った私達はもう安心して今日からまたがんばって生きていきましょう!」 という感じで 演奏時間約70分のこの大曲は第一楽章と同じヘ長調で荘重かつ静かに終わります。 ややとっつきにくい部分もあるけどブラームスにしては割と理解しやすいこの曲は、 1968年4月10日にブレーメンの大寺院で初演、 大成功で2500人の聴衆は目に涙をうかべるほど感動したとのこと。 その後もあちこちで演奏され成功をおさめ、この曲はブラームスの代表曲として、 あるいはレクイエムの名曲のひとつとして今日に至るわけですな。 というわけで、メデタシ、メデタシ。。。。 #ちなみにワタシもこの曲は大好き(^_^) 3.涙を流し種まく者は、喜びの声をもって刈り取る というわけで、今月取り上げた言葉の方に話題を移しますが、 まあ、今回のは読んで字の如しなんであらためてクドクド書くことも ないでしょう(^_^;)。 いろいろあった2005年ももうすぐ終わります。 そんで、すぐに2006年が始まります。 浮かれることなく地道に日々を過ごしていきましょう。 地道な積み重ねも塵も積もればなんとやらで、 いずれ大きな(ちょっと大きなぐらい?)の成果になって 収穫できるときがくるに違いありません。 というわけで、今回は牧師さんのスピーチみたいになっちゃいましたが(笑)、 今月の言葉は以上です。 みなさん、良いお年を〜(^_^)/。 (参考) 今回記載した『ドイツ・レクイエム』の歌詞(訳文)は以下から引用しました。 『 BRAHMS EIN DEUTSCHES REQUIEM OP.45 』(解説・門馬直美)全音楽譜出版社 |
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