● (結果編)2003 ラフウォーター・スイム・イン・ヨロン
  (2003/9/27(土)与論島:オープンウォーター )


ギャルに誘われ参戦してしまったMM21以来、
俄然オープン・ウォーターに目覚めてしまった”さくやのおとうと”氏。
なんと今回はるばる与論島まで単身出陣です。
以下、氏自身による大会エピソード。
(#印は編集者・のんぶれすのチャチャ(^^;;)です)



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MM21の後、「綺麗な海で泳いだら、どうなるのだろうか?」ということで、
エントリーをしたラフウォータースイム・イン・ヨロン。
当初は1.5Kにエントリーするつもりであったが、
サブT氏の「MM21より短いじゃん」の言葉に3Kにエントリー。
#これで溺れていたらまたサブT氏のペテンにかかったということになりますが。。。

水着はロングジョンの予定だったが、
神奈川ロングで着用して「鉄人28号」状態になったのび太氏が、
「締め付けられて息が出来な〜い」と評していたこともあり、
息も出来ずに、1時間も波間をさまようことは想像するだけで恐ろしいため、
フルレッグを用意。
ゴーグルはスウェーディッシュのクリア。
というわけで行ってまいりました。

■9月25日(木)

今回は、ツアー参加のため、大会前々日に出発。
19:55の羽田発那覇行の便で沖縄へ。
飛行機には、同じツアーに参加する人たち数十人がいましたが、
結構皆さん大会で顔見知りになっているらしく、
楽しそうな声があちこちで飛び交っていました。
那覇へは22:00頃到着し、そのままホテルへ。

9月26日(金)
朝の便で那覇から与論へ。なんと大会用にチャーターした
飛行機で、機内は参加者ばかり。といっても40人程度しか
乗れないプロペラ機。機体が小さく、いったいこれで飛ぶのだろうかと
不安になってしまうほどで、実際飛んでからも、気流でふらふらして、
なかなかのスリルものでした。
ちなみに、この日のお昼は、那覇空港で食べた沖縄そばでした。
与論空港は、「これが空港なの?」という感じの小さな空港。
飛行機を降りて3分後にはもう空港の外でした。
後はマイクロバスで一路民宿へ。
荷物を置いて一服した後に、コースの下見へ。
500M先のブイを4周回するということだが、そのブイは
遥かかなたの沖に浮かんでいて、旗が辛うじて見える程度。
3Kにエントリーしたことを少し後悔しました。
別の日程のツアーで参加されていたあ○○SSさんがいらっしゃったので
ご挨拶。

■9月27日(土)

さていよいよ大会当日。
前日は、選手登録の夢を見ることはありませんでしたが、
虫の鳴き声がうるさく、なかなか寝付けず、少々睡眠不足。
登録後、少々試泳をしてみるが、波が高くかなり苦労しそうな感じ。
まずは5Kのスタート。
雑誌「SWIM」に登場した、オープンウォーター日本代表の
木原珠子さんがぶっちぎりで1位。
同宿でかなりオープンウォーターの大会に出ている方の弁では、
常連で上位に入る男性が参加していたとしても、
恐らく勝てなかっただろう、とのこと。
いやいや、世の中にはすごい人がいるものです。
この大会では、ブイとスタート・ゴール地点の間に
給水のためのボートがあって、
上に上がってスポーツドリンクや黒糖、バナナを食べて休めます。
でレース中の実況では、「バナナ食べてー、バナナー」とか、
「お前休みすぎだー。何本バナナ食う気だー」
といった声が選手たちにかけられておりました。
5Kスタートの2時間後、いよいよ3Kのスタート。
今回はフローティングではなく砂浜から走ってのスタート。
行けるところまで行ってみようということで、今回は果敢に
先頭集団で飛び出しましたが、あえなく脱落してごぼう抜かれ。
正直リタイアしようかとも思いましたが、時間制限があるわけでもないし、
休んでも良いことになっているので、とりあえず目標を完泳に切り替えて
泳ぐことに。
かなり口に海水が入ってきて、辛くてしようがなかったので、
1度だけ給水を取って無事に完泳。
その後は1.5Kの観戦。ここで感動的だったのは、5K、3Kの
上位の人たち数名が、ビニールの浮き輪を持って、ライフガード役として、
伴泳したことでした。自然の環境では何があるかわからないし、
この1.5Kには、78歳という方も参加されていたので、
こうしたことも必要なのでしょう。
そんな中、宿で相部屋になった方が突然リレーに出たいと言い出しました。
宿ではすでに1チーム急造チームを作って出ることになっていたため
人が足りず、急遽同宿の方にお知り合いを紹介してもらうことに。
スタートの30分前にチームを作って、
リレーに参戦することになりました。リレーは1K×3人の3K。
前の2人がとてもがんばっていたので、
私も今回は全部クロールで泳ごうとしましたが、
途中で顔を上げたところ、コースからひどく外れてしまっていることが
分かったので諦めて平泳ぎ。順位を下げることはありませんでしたが、
少々不本意な結果に終わりました。
すべてのレースが終わった後は、いったん解散。
宿で体を洗って一休みしてから表彰式&宴会のために島の福祉会館へ。
表彰式の後は、地元の小学生たちのエイサーによる歓迎を受け、
その後地元の黒糖焼酎「有泉」を飲んで、これまた地元のバンド
かりゆしバンドの演奏に合わせて、皆で踊りまくりました。
2時間ほどで解散しましたが、私の民宿の一行は、海王さん
(今回は参加されませんでしたが、MM21のゴールで代表と競っていた
石川陽子さんもこのチームです。ビデオ持ってる人は見てください)や
東京タワーズさんといったチームの皆さんとかりゆしバンドの
お店に行って、またまた踊りまくりました。
それから民宿に戻る帰り道、迎えに来てくれた宿のご主人のはからいで
ボート乗り場へ星を眺めに行きました。
周辺には電気がまったくなく、車のライトを消すと辺りは真っ暗。
ものすごい星の数に皆で感動しました。

■9月28日(日)

朝食の後、飛行機の時間まで少し時間があったので、
自転車を借りて、島を1周。
与論を堪能してから帰途に着きました。乗り継ぎとなる
那覇で昼食。ソーキそばは沖縄そばと乗ってる具がちょっと
違うだけなので、今回はうっちんそばというものを食べてみました。
これはウコンの入っている黄色いおそばですが、癖がなくておいしかったです。
那覇空港の一部が損傷のため、飛行機が滑走路に出るまでに時間がかかり、
定刻より20分ほど遅れて、那覇を後にしました。
羽田からはバスで横浜へ。練習会ですでに反省会の終わった皆さんと
反省2次会。

というわけで、一人でさびしく参加し、どうなることかと思いましたが、
とても楽しい大会になりました。今度は是非MACSチームで参加しましょう!
(せっかく旗も作るし。ね、代表さん。
海王さんなんかは旗を2本も砂浜に立てて、格好良かったですよ!)


<<<< 以上で参戦記おしまい >>>>



ということで、皆が心配していたヨロン島のOW大会も無事終了。
こうして、さくやのおとうと氏はMACSチーム内の
”海泳ぎスペシャリスト”としての道を歩み始めたのでした(だよね?)

尚、今回の大会ではなんとさくやのおとうと氏が現地から掲示板へライブカキコを
してくれたので、横浜に残っていたメンバーと不思議な盛り上がりとなりました。
今後の記念のために以下に残しておきましょう。

ヨロン島大会ライブカキコ




<今回は以下の写真のコメントもさくやのおとうとさんです>



大会前日のコース視察。
沖の方に浮かんでいるオレンジのブイは、
中間の目印で、折り返しのブイは
さらにかなたにあります。
写真に写っている方は、
たまたま入ってしまった方です。

大会前日。こちらはスタート・ゴール用のゲート。

コース視察の後、
宿の皆さんと夕日を見に行きました。

(同じく夕日)

(同じく夕日)

(同じく夕日)

大会当日。モーターボートが、
給水所に給水物資を運んでます。

大会当日。何名かの方が試泳しています。

こちらは、テント周辺。

これは5Kのレース中のものだったと
思うんですが、泳いでいる人たちは一体
どこに行ってしまったのでしょうか?

表彰式の後の2次会でかりゆしバンドの
演奏を聴きました。

大会翌日の島巡り。
これは中学校の講堂です。

こちらは、作家森瑤子さんの
お墓の高台から眺めた海。

(同じく)

つわものどもの夢のあと。
大会のあったシーマンズビーチにて

(同じく)

(同じく)

与論〜那覇間はこんな飛行機でした。




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