気・プラーナ・プネウマ

 

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微笑みとエネルギー
微笑みはエネルギーのバロメーターである。
当然ながら、病人や年寄りに微笑みは少ない。
ただ、微笑みがない人も笑うことはできるようだ。
入院患者を笑わせる病院とか「笑いセラピー」といった話を聞く。本末転倒のように思えるが、効果があったという調査もあるようだ。
(09.11)

気のせい
「気」は、まさに「気のせい」かもしれない。つまり「気」という客観的なものが存在するのではなく、主観的なとらえ方の問題なのかもしれない。
しかし、その主観的なものによって人生が左右されることは事実だ。
(09.8)

ディメンター
J・K・ローリング『ハリー・ポッター』にディメンター(Dementor、吸魂鬼)という魔物が登場する。
人間の魂を吸いとるが、その姿は人間には見えない。 魂を吸いとられた人間は、認知症か痴呆のようになる。
ローリングは、自分がうつ病になった時の心理状態をもとにディメンターを考え出したとのこと。「十代のころ、黒いフードを被った人影の夢を見た」とも語っているそうだ。
むかしから脳の病気のメカニズムを理解するために、このような魔物が利用されたのであろう。
「吸気鬼」と言いかえれば、さらに多くの状況を説明しやすいかもしれない(「吸気機」だとクリーナーになってしまうが・・・)。
コリン・ウィルソンの『精神寄生体』や『宇宙ヴァンパイアー』も、気を吸いとる魔物との戦いを知的に描いた作品である。
(09.8)

カリスマ
「(庶民の弘法大師信仰には)神ではないけれど神とおなじ能力をもつものをもとめ、これに厄を除き、病を治し、幸をあたえるカリスマをみとめるという宗教的要求がある。」(五来重『空海の足跡』p.185)
宗教的修行者たちが求めている「カリスマ」は結局、「気」という「エネルギー」かもしれない。
(09.8)

エネルギー
エネルギーが無ければ生きていけない。
立って歩いて何かをする。すべてエネルギーが必要である。

物に気をめぐらす
物に気があるかどうかはわからないが、こちらから働きかけて物に「気をめぐらす」ことはできるようだ。
「気をめぐらす」とその物自体に気があるように感じるかもしれない。「気をめぐらす」と、その物が身近になる。場合によっては、その物が自分の一部になったような気がするかもしれない。
物に対して「生き物」であるかのように話しかけることも「気をめぐらす」ことであろう。「となりのトトロ」で裏の神社の樹に話しかけたように。
「気をめぐらす」のは一種の「想像力」かもしれない。想像力には、役に立つ積極的なものも、その逆で人に恐怖感を与えたりするものもあるが、「気をめぐらす」のは、それによって物とのつながりを作りプラスに働かそうとするものである。


呼吸は生命の特徴である。さらに風も大地の呼吸になぞらえることができる。

バロメータ
眼の輝きが気を表す。
笑いが気を表す。

集気
人は意識することなく気に引き寄せられ気を取得するような行動をしている。

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気は万物の中を流れる一種のエネルギーであり、自然界にあまねく存在すると考えられた。

天の気
天の気の流れを読みとることができれば、世界の動きを知り、将来を予測することも可能となる。それが易や占星術の基礎となった。

地の気
地の気の流れを感知し生かそうとするのが風水である。

人は気が集合することにより誕生し、死ぬと気は離散する。さらに、生きるためには気を体内に取り入れねばならない。気が人の体内を流れるときには経絡というルートを通り、気が集まる場所は丹田と呼ばれる。

「荘子」
「人が生きているということは、生命を構成している気が集合しているということである。気が集中すれば生となるが、離散すれば死となる。もしこのように、生と死とが一気の集散にすぎず、同類のものであるとするならば、生死について憂える必要が、どこにあるであろうか」(森三樹三郎訳「外篇・知北遊篇(三)」中公文庫・外篇 p.346)

人の気を制御する概念として、精、神、道などが考えられた。宋代以降においては、気と、性、理、心などとの関係が議論された。
「形は生の宿であり、気は生を充たし、神は生を制する」(『淮南子』原道訓)

針灸、湯液などにより体内の気の流れを順調にし活性化しようとするのが中国医学であり、修行により気の性質をさらに純粋で良質のものにしようとするのが気功である。

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プラーナ・プネウマ

プラーナ・プネウマ
インドやギリシャにも、それぞれプラーナ(Prana)やプネウマ(Pneuma)という気に似た概念が存在していた。例えばインドのヨーガでは、プラーナが気に、ナディ(Nadi)が経絡に、チャクラ(Chakra)が丹田に対応している。

プロティノスの「一者」
自己愛のエネルギー(活動力)。本体は動くことなく、周囲にエネルギー(活動力)を発散する。

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