明治12年(1879)に文部省が設立した日本で最初の体育学校。アメリカから教員を招き日本に適した体操の研究と教員の養成を行った。その招かれた教員のなかにリ−ランド博士がいる。また坪井玄道ともに『戸外遊戯法』を編纂した田中盛業は同校の第一回卒業生。
明治19年、東京師範学校に吸収されるかたちでに同所は廃止される。開校から廃止までの間256名の卒業生を出している。