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メディア観察日記

その1///4(工事中)

いきなり、でもないのですが、私は両親と同居しています。父は徴兵経験有りの八十歳。北海道の部隊に配置され、露助の部隊とにらみあっていたそうな。しかも終戦を迎えたはずの八月十五日をすっとばして九月の末まで。
何故そんなことになったかというと、旧ソ連が終戦のどさくさに紛れて北海道を占領しようとしていたからなのです。だがソ連兵もナチスドイツとの戦いで多くの犠牲者を出していたので、
「望遠鏡で見ると、ソ連の兵隊はじいさんと子供みたいな奴らばかりだった」
とのこと。当然向こうさんもやる気なんてありゃしない。結局マッカーサーがスターリンにナシつけてソ連兵は引き上げ、実際に戦闘になることはなかったそうです。
こんなこと書いてると、あなたのお父さん苦労なさったのね、という反応が返ってきそうですが、傍にいるとですね、そのー、なんというかー。二年前の冬に胃を全部摘出して、これでおとなしくなるかなと思っていたのですが、例えば中国の反日デモの画像がテレビに映ろうものなら、
「このチャン●ロがぁぁぁ!こんな奴らチャン●ロで充分だぁ!」
などと怒鳴り散らし、恐いです。別に私は中国人ではないのでほっとこうとも思ったのですが、表でそんなこと言われたら恥ずかしいので、そんなこと言っちゃ駄目だ、とその都度注意したら、あまり言わなくなりました。が、最近は、
「北が核を持っているのなら日本も核武装すべきだ」
などと、何か日本人として大事なものをくずかごに捨てるが如き発言をするので油断なりません。
もし本当に戦闘になったら、フルメタル・ジャケットの新兵みたいに真っ先に殺されるタイプなんだよあんたは、と思わなくもないのですが、父が生きているからこそ今の私がいることを思えば、それは口には出来ません。
そんな父が好きなテレビのチャンネルはNHK。民放はコマーシャルがうるさいと言ってほとんど見ません。こういう老人は父だけではないと思うのですが、何故こうなるのか?それはNHKが老人向け番組を垂れ流しているからなんですねえ。よく注意して見ていると、アナウンサーの声の出し方も老人向けです。音声の周波数をいじっているのかも知れません。
そしてドラマ「ジイジ」、鶴瓶師匠がやっている「家族万歳」など、核家族化の流れに逆行するような番組編成。ある意味プロパガンダ。ついでに言えば、国から予算を貰っている放送局で、方言を連発するテレビドラマを作成している放送局は世界広しといえどもNHKだけ、だと思います。他の国のテレビドラマでは、私の知る限り、基本的に標準語で台詞が構成されてます。
ミズーリ州あたりの南部方言だけで台詞が構成されたアメリカのテレビドラマとか、イサーン訛りのみで台詞回しが為されるタイのテレビドラマ、、、ありえへん、ありえへん。
じゃあ、あなたはNHKが嫌いなの?と問われれば、そんなことはないです。特に「英語で喋らナイト」は大体見てます。毎回すごい大物のゲスト呼ぶし、松本アナの成長ぶりもほほえましい(あれはオンジョブトレーニングなんだろうか?)。
でもサブタイトルの「Can you speak English」って日本語に直すと「あんたエーゴ出来るの?」という比較的失礼な言い方なんですよね。 「あなたは英語が出来ますか?」という意味にしたければ「Do you speak english」とするべきです。
おじいちゃんおばあちゃんが悪い英語を覚える前に、NHKの中の人、とっとと修正して下さい。

2005年7月27日

最近差出人不明のDVDも送られてこないので、現実の話でも書きます。HIPHOPはリアルが命、ともいいますし。人形は顔が命なのは言うまでもありませんね。
メディアといえばテレビ・ラジオ・新聞などがありますが、ラジオの話をします。少し前にJ-WAVEを聴いていた時のこと、一口タイ語講座みたいなものをやってまして、そのタイ語がサワディー・カー。日本語で「こんにちは」。発音している人が女性だったので語尾が女性形。そこまではいい。
が、どこで言語中枢がゆるんだのかその女性は、
「サワディー・カー、サワディーカー、サワッデーカー、、、さわっていいか!さわっていいか。それではこれで通じるかどうか本物のタイの人に試して見ましょう。チャモアペット・チョーチャモアンさん、さわっていいか」
私はここで耳を疑いました。チャモアペットと言えば、一言で言えばムエタイの神様と呼ばれるお方。レポーター?の女性は日本国内の某キックボクシングジムでトレーナーとして来日していた彼の許に行って、「さわっていいか」が「サワディー・カー」として通じるかどうか試しに行ったのですが、無礼にも程がある。そして案の定戸惑う拳聖・チャモアペット。
しかし人間的にも出来ていた氏は「アア、サワディー・カー」とJ-WAVEの差し向けた女性の言うことを、何回も聞き返した挙句ではありますが怒りもせず理解してくれてました。私が、ねーちゃん肘打ち食らわなくて良かったな、と思ったのは言うまでもないことは言うまでもありませんね。チャモアペットの肘打ちは切れるぞー。
で、「サワディー・カー」を「さわっていいか」に変化させるのってかなり昔から在タイ日本人の間で使われていた下ネタなんですよ、実は。
使用法は、例えば駐在員の人がタニヤのカラオケパブに行く、そしておねえちゃんに「さわっていいか」と言う(もちろんおねえちゃんはその下ネタを知っている)。おねえちゃんが「カー(はい)」と答えたら駐在員氏がそのねえちゃんの胸をもむ、という国辱的なもので、、、。さすがにもうあの一族は滅びたかと思っていたんですが、ナウなヤング向けの情報を発信し続けているJ-WAVEの中にその残党が潜り込んでいたようです。
人間ってしぶといものなんですね。と、いう私も案外しぶとかったようで、先月の30日に37歳になってしまいました。我ながらよく生きながらえたものです。皆様、ありがとうございます。

2005年5月3日

先日、遅まきながら「ダーリンは外国人」(作:小栗左多里・出版:メディアファクトリー)を買ってちゃんと読んでみました。お、面白い。
国際結婚モノ、あるいは国際交流モノにありがちな「ねじれた視点」が無く、すらすら読める。その勢いで「ダーリンは外国人2」「ダーリンの頭ン中」も買ってしまいました。一冊税込みで997円もしたのに、、、止まんなかったです。
それにしてもメディアファクトリーという会社は「女性の視点で異文化を書かせる」のがうまい。旅行記モノでは、グレゴリ青山さんの著作も面白く読ませてもらってます。
さて、国際交流ネタや異文化観察ネタで必ず付きまとうものが「誤解」というもの。これこそが読者にとっての醍醐味と言い切ってもさしつかえないでしょうが、誤解したりされたりする当人は結構大変です。
それで今日は私が誤解していた異文化について書いてみたいと思います。ことの起こりは数年前、不敗の柔術家、ヒクソン・グレーシーを雑誌で見かけたこと。
その雑誌の写真の中で、ヒクソンは両手のひらをそれぞれ反対側の肘に添えるという、独特の腕組みをして仁王立ちしていました。私はそれを見て、ああ、西洋人はこうやって腕組みをするんだ、手首から先を肘の内側に挟むのは日本式なんだな、と漠然と認識しました。
で、話は飛んで飛びまくってイングランド南部のブライトンビーチでの話になります。私がそこに行った理由は、映画の「さらば青春の光」の中でモッズとテッズが乱闘していたあの場所を見てみたい、というものだったのですが、、、。
行って脱力しました。由比ガ浜の方が数倍奇麗。イギリス人が血眼でアジアに植民地を作っていた理由が0.5秒で理解できるくらいせこいビーチでした。ただし、ブライトンの街自体はビーチも含めていい場所です。
それで脱力しながらも浜辺をぶらついていたのですが、白人と黒人混成のティーンエイジャーの一群が、ビーチの敷地内にあるバスケットコートでバスケットボールをしているのが私の目に留まりました。皆さんトライバルのタトゥーなどして男気ムンムンです。
ただしバスケは下手。私はそれを見ながら、
「これぐらいのレベルだったら自分も混ざって遊べそうだなあ、、、混ぜてくれないかなあ」
などと考えていました。腕組みをしながら、、、ヒクソン・グレイシー風に。
すると私の視線に気付いた2,3人の少年達が、私の方にガンを飛ばしながら仲間内でニヤニヤと笑いながら何事か話し合っているではありませんか。話自体は距離があったので聞こえなかったのですが、話の内容はなんとなく理解出来ます。
あ、これはやばい。このポーズって喧嘩売ってるポーズだったんだ。そういえばヒクソンって格闘家だったよな。格闘家だからこそのあの腕組みだったんだ、なんでこれまで気が付かなかったんだろう。
私は3人が5人や10人に増える前にその場をさりげなく立ち去りました。
その数年後、ブライトンビーチで日本人の若者が刺し殺されたというニュースを聞き、あの場を無事に立ち去れて本当に良かったと、私は深く思いました。あのバスケをしていた少年達の見た目の柄の悪さは本物だったのだな、とも。
ブライトンビーチでの一件以降以降、ヒクソン式腕組みを人前ですることを止めたのは言うまでもありません。

2005年4月27日

紹介するビデオやDVDの内容がどす黒いので、背景の色はすがすがしくグリーンに、文字の色は清らかさを象徴する白に設定し、バランスを取ろうと考えたのですが全く効を奏してませんね。多分私の心がどす黒いからでしょう。そんな私の運営するアングラサイト(という自覚はあまり無いのですが・・・)の、ピンクや紫のBBSにカキコして下さる方々の存在が心の支えになっている今日この頃です。

それで、今日は「日記」という趣旨には反するかもしれないのですが、今だからこそ話せる、という話を書きたいと思います。
その昔、私はバックパッカーでした。過去形なのは、旅に生きる、という行為が辛くなったからこれぐらいにしておこう、と自分の中で区切りをつけたからです。特に日本に帰る日が辛い。日本に帰ってからも、旅行中の楽しい日々を思いおこすと辛くなる。
バックパックはクローゼットの中にしまってあります。今度海外に行く時もバックパックを担いでいきます。でも楽しいだけの旅はもうしないし、出来ないでしょう。タイ語も勉強し過ぎたのか、タイに行ってもあまり外国という感覚は無いし、タイ人からもたまにタイ人扱いされるし、、、。
旅をしていて一番楽しかったのは、サワディークラップ(こんにちは)と言っただけで笑いが取れた、最初の時期でしょうか。
で、その最初の時期、訪タイ三回目か四回目位の時の話をします。
ある晩、私はバンコクのパッポンにタクシーで行きました。どこのゴーゴーバーを冷やかしてもいつもと同じ。最初の頃に感じた非日常性があまり感じられない。要するに、飽きていた。
「そうだ、タニヤのカラオケバーって入ったことないよな、、、」
基本的におねえちゃん目当てなのは変わらないんですが、ちょっと趣向を変えてみようと思った訳です。
「でも、ああいうところっていくら取られるんだろう?それにバックパッカーでも入れてくれるのかな」
そんなことを考えながら足を踏み入れたソイ・イープン(日本人通り)の異名を取るタニヤ。ここはほんとにタイなのかいなと思うほど日本語の看板が多い。しかし、日本の不況の影響のあおりを食らってか、人通りは少なく、道端でかったるそうに客引きをしているおねえちゃん多し。
「イラッシャイマセー、ドーゾー」という、やる気を全く感じさせない彼女等の声を聞いているとこっちもつられて脱力してしまいます。
が、やる気のあるおねえさんが一人いた。安室ちゃん似の、気の強そうな20歳くらいの女の子が、店の入り口の脇から通りに出てきて通せんぼをし、流暢な日本語でのたまうには、
「遊びに来たなら遊びなさい。帰ったら駄目よ」
いや命令されても困るんですけどと思いつつ無視しようとしても、恐い顔をして通してくれない。知ってる人は知っていると思うんですが、真面目な顔をしたタイ人の顔は恐いです。
彼女の目を見る。ああこれは生活を賭けた通せんぼなんだと気付きました。それに比べて私は、ただなんとなくうろついてるだけで、、、。
私の心境の微妙な変化を感じ取った彼女は、私の右腕に自分の左腕を絡めて店の中に私を引っ張っていきます。安室ちゃんに腕を絡められるのも悪くないなと思いながら私は、彼女に引っ張られるがままに店の中に連行されました。店名ははっきりと書けません。ひらがなで五文字とだけ書いておきます。
店内には誰も居ませんでした。お客さんはともかくホステスさんもです。つまり私と彼女はその時二人きりだったのですが、広くて明るくてクーラーのガンガン効いた店内に二人きりというのも変な感じでした。
「私の名前はケイトっていうの、毛糸じゃなくてケイト・ブッシュのケイト。タイ暑いから毛糸のセーターいらないねー」
と彼女はにこやかに自己紹介しました。それを聞いた私は、ああ、タイでもケイト・ブッシュは有名なんだ。しかし微妙なオヤジギャグだなと思った記憶があります。
ケイトちゃんは注文も聞かずに鼻歌まじりで水割りを作り、擦り切れたカラオケの歌本とマイクを私が座った席の前に置きました。客商売なのに客の意向を無視した見事なまでのマイペースぶりです。
とは言え「さあ、なにか歌ってくださいよー」とマイクを差し出しながら体を摺り寄せる時の彼女はホステス度100%でした。
「それじゃあ、なににしようかな」と歌本をめくる私にケイトちゃんは、
「なごり雪、歌って下さい。あの歌あたし好きなんです。あたし昔、秋田県にいました。タイは雪降らないから、雪、懐かしいんです。初めて覚えた日本の歌もなごり雪」
なるほど、君が日本語うまいのは日本で働いていたからなんだね。でも日本で稼いで、またタニヤで働いているってことは、それなりの理由があるんだろうなと思いつつ、二人で頭を寄せ合って歌本をめくるのはなんとなく楽しかったです。ちなみに歌本の曲名表示は全てローマ字でした。
「あった。これ予約しますね」
私の膝の上の歌本を見ながらリモコンを操作するケイトちゃん。歌本の曲名表示は「NAGURIYUKI」。これなんかまだいい方で「昴」なんて「SHUBARO」になってましたが、彼女に発音させると正しく「スバル」と発音していました。
さて、モニターに日本語とローマ字表記の歌詞が出てきたので私は歌いましたが、ケイトちゃんももう一本マイクを持ってきて勝手に歌ってます。そしてワンコーラス歌ったところでモニターの画面が薄暗くなり、うつろな眼差しをした、口許にあざを作った12歳くらいの東洋人の少女の横顔が浮かび上がりました。
え、なにこれと訊ねようと思ってケイトちゃんの顔を見ると、口許を固く結んでマイクを握り締めながら震えています。目線はモニターに釘付け。
「ゆきちゃん、きれいになったねえ」
モニターの奥から一人の男が出てきて少女に話しかけました。日本人です。男の顔からは表情は読み取れません。
「ウイ、ピットシアモットレーオ」あ、間違えちゃったとケイトちゃんが呟きつつ、リモコンの演奏中止ボタンを何回も押すものの画面は消えない。
薄暗い画面の中で男は少女の顔を拳で何回も殴っていました。たまに、憎い、などと呟いていました。ケイトちゃんはリモコンを放り出し、背中を丸めて俯いて黙っています。私もモニターを正視出来ませんでした。これは一体なんなんだ。ああ首筋に当たるクーラーの風が冷たい。タニヤなんて来るんじゃなかった、やっぱりここは恐い場所だったんだ、、、、。
後でケイトちゃんが話すところによると、私に渡した歌本はVIP用の特別なもので、間違えてあなたに渡してしまった。さっきの映像は日本人が日本で撮影したもので、普段その日本人はチェンライに住んでいる。この間違いがばれたらタニヤにいられなくなる、料金は取らないから黙っていて欲しい。日本で話してもすぐにタニヤにも情報が来るとのこと。

私がこの話をここに書くのは、もう大丈夫だろうと思ったからです。
数年前某県で少女監禁事件の犯人が逮捕されましたが、タニヤのカラオケバーで見た、モニターの中の男は間違いなくあの事件の犯人でした。ただ、数年間に渡る監禁生活から解放された女性とモニターの中の少女は明らかに別人です。あの「ゆきちゃん」と呼ばれていた少女は今どうしているのでしょうか。
それにしても、あんな映像を喜んで見たがるVIPの客達の人間性ってどうなってるんだろうと今でも考えます。

2005年4月19日