OPENING(カオサンの奇蹟)


何年か前のこと、俺は、これで2度目になるタイへの旅に出た。

ドンムアン空港に着いて一歩外へ出ると、懐かしい匂いがした。

米の匂い。人の匂い。排気ガスの匂いすらも。

そして53番のバスに乗り、カオサンへと向かった。

カオサン・ストリートにはゲストハウスと呼ばれる外国人旅行者向けの安宿

が幾つも有るところで、不良外人のたまり場でもある、というか

そこにいると、いつのまにか不良外人となってしまうような自由で退廃的な

空気が満ちている場所なのだ。

そして、俺も、取り繕いようもなく不良外人だった。

しなかったのは博打を打つことぐらいだ。

あるとき、朝飯を食いに行った帰り道に、少し散歩でもしようと思ってぶらぶらしていた。

すると、一人のインド人が付いてきて話しかけてきた。

旅行者の常識として、こういう場合シカトするものだ。

けれども何となく相手をしなければいけないような気がして、俺は足を止めた。

そのインド人は「1から9のなかで好きな数字を言って見ろ。」

と、言った。俺はその問いかけに対して「7。」と答えた。

すると、そのインド人は、手に持った折り畳んだ紙を広げて俺に見せた。

そこには、「7」と書いてあった。

彼は驚いた様子で、「なぜ7と答えたんだ?」と言った。

俺は「ただ、そう思いついただけだ。」と言った。

そして、それに続けて「それより、なんで俺が言う数字が分かったんだ。そもそも俺に、、、」

と言いかけると、彼は「私は英語がうまくない。向こうに私の先生がいるから一緒に来てくれ。」

と、言った。そして俺は彼の言葉に従い、付いていていった。

少し歩くと、カフェテラスのテーブルの前にプロレスラーのような体格の、白い服を着たインド人

が座っていた。

その男は「私はスワミ(位の高い修行者)だと言った。

俺は言われるままに彼の正面に座った。

彼は俺に「好きな花の名前を言え。」と言った。

「cherryblossomだ。」と答えると、彼は小さな紙に「cherryblossom」と書き

それを四つに折り、その紙をテーブルの上に置いて手をかざしながら呪文のようなものを唱えた。

そして再び紙を広げると、そこには「C.B.M」とだけ書いてあった。

俺は、どこで紙がすり替わったのかと思ったが、少なくとも俺には分からなかった。

そのインド人はさらに、その紙を二つに千切り、俺の右手に握らせた。

そして、握った拳の上に手をかざし、空を撫でるように回しながら再び呪文を唱えた。

俺は言われるまま手を広げた。すると千切られたはずの紙は、継ぎ目もなく、元通りに繋がっていた。

俺は、「これは誰の力だ?」と訊いた。彼は「お前自身の力だ。」と答えた。

今考えると不思議なのは、千切られた紙が繋がったことに対して特に驚かず、

その現象を半ば当然のこととして受け入れていたことだ。

俺は結局、その奇蹟のようなものに5000バーツ(当時の日本円で25000円位)ほど払った。

大卒のサラリーマンの初任給が3000バーツ程のこの国でだ。

払わずにその場を立つことも出来たのだが、何故か出来なかった、、、、、。

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