一曲目がスタートした。 舞台下手の袖に立ち、スーっと大きく息を吸った。 照明がついた。 (さーて、今日も一日頑張るかぁ。) タイミングをとってするするとステージに躍り出た。手慣れたものである。 この道20年、毎日まいにち繰り返している日常である。 客席を見回すと、10名ほどのお客がいた。 (平日の一回目にしてはまぁまぁかな。昨日なんか4人しかいなかったものね。) ここは4人以上入らないと始めないところだから昨日は開演条件ぎりぎりだったわけだ。 今日は盆の前にいる3人組の若いのが人数を稼いでいる。 (あのはしゃぎ方は初めて来たのかな?) 盆の上でターンをする時、3人の顔をチラッと確かめた。 (なんだガキじゃないの、ありゃ二十歳前だ。) などとぼんやり考えながら2曲目を終えた。 次はタッチショーである。まずはかぶりつきにいた常連客のところに行った。 挨拶代わりのタッチをすませ、 例の3人組みの前、「よっこらしょ」と声を出しながら座った。 「さー、若者よ、両手を出しなさい。 もたもたしないで手のひらを上にして、こういうふうに出すの」 あたしは見本を見せた。3人は照れながら控えめに手を出した。 いつものように、彼らの6つの手のひらを、紙おしぼりでごしごし拭いてから体を投げ出した。 「さぁ、どっからでもかかってらっしゃい!!」 3人はおずおずと手を伸ばしてきた。 「あんた達、いくつなの? ちゃんと劇場に入れる歳なんだろうね」 「秘密だよ」右の胸を触っている一人がこたえた。 いつもは忘れているはずのことがこの時に限って頭の片隅をよぎった。 (あの子もこれくらいの歳になってるはずだわぁ。) あの子とは別れた亭主の方についていった一人息子のことである。 一瞬ではあったが思い出すべきでないことを思い出してしまった。 体勢を変えた。位置関係が悪く、足しか触っていない一人がいたからだ。 「さぁ、今度はあんた交替しな。 あんたも、おカアちゃんのおっぱいが恋しいだろ。 遠慮はいらんよ」 あたしはいつもの決まりきった台詞を言った。 しかし彼は「恋しかない!!」と、 その場には不似合いな語気で言い放ち、さっさと離れて座ってしまった。 「ほんとにいいの。次に行っちゃうよ」と声をかけると、彼は首を縦に振った。 ちょっと不機嫌そうである。 次のお客のところに行ってからも彼のことが気になった。 (なんか悪いことでも言ったかなぁ。 こんなおばさんの言うことにいちいち腹をたてる若いのがいるとも思えないし・・・。) 次の次のお客のところに行っても気になっていた。 自分の言った言葉を思い出しながらハッとした。 (もしかしたら、彼もお母さんのおっぱいを知らないで育ったのかもしれない。 あたしの息子と同じように。) 考え過ぎだと思いながらもう一度彼の方を見た。 (えっ!?) 仲間となにか話している彼の横顔が別れた亭主にちょっと似ている気がした。 (まさかぁ、飛躍しすぎだよ。 いくらなんでもそんなことあるわけない、テレビドラマじゃあるまいし。) ばかばかしさにあきれている自分のはずなのに、汗がスーッと引いていた。 (今日のあたしはどうかしている)と思いながらも心臓がドクドクしていた。 オープンになった。あたしはつかつかと3人組の前に行き、 「あんた達、次の回も見てってね」 そう言って彼の方を見た。声は少し震えてしまった。 仲間の二人は、あたしの視線の行き先に気づき、 「お前、このおばさんに気に入られちゃったみたいだー」とゲラゲラ笑っていた。 彼は・・・・・・・、ポカーンとこちらを見つめた。
[舞太郎](1998.10.15)