1909(明治42)年3月6日生まれ、1988(昭和63)年12月25日没。東京生まれ。「明治に生まれ、大正で育ち、昭和を生きた」作家。
 同じ明治42年生まれの文学者は多い。
  3月29日 花田 清輝 
  5月 5日 中島 敦
  6月 7日 長谷川四郎
  6月19日 太宰 治
 12月21日 松本 清張 

当時の郊外、渋谷で少年時代を送る。両親は和歌山出身で、結婚後上京。父は株式仲買人、母は元芸妓であったという。(「幼年」「少年」などより)


 成城高校在学中に富永太郎の詩にふれ、そのため、その後小林秀雄とフランス語の家庭教師として出会い、後に中原中也、河上徹太郎、青山二郎などと<文学的青春>時代を送る。

 京大仏文科卒業後、国民新聞社などに勤めた後、神戸の日仏合弁会社「帝国酸素」に翻訳係として就職、その間翻訳を発表し続け、スタンダール研究家として知られる。

 昭和19年35歳で召集され、妻子をのこしフィリピン戦線に出征する。ミンドロ島警備中にマラリヤに罹り、米軍の俘虜となる。そのときの体験が大岡に書くべきものをもたらしたとされる。また、その時の俘虜収容所が97パーセントの消耗率となった激戦地区、レイテ島であった。

 戦後復員した大岡は、自己の体験を書いたとされる「俘虜記」を成功させ、その後恋愛小説「武蔵野夫人」がベストセラーになるにあたって作家として認められる。そして「野火」が高い評価を受け、第二次戦後派の旗手として文壇の中心的存在となっていった。

 その文学活動は多面的で、さまざまのジャンル分けが可能である。

 昭和四十六年芸術院会員に選ばれたが、「過去に俘虜になった経験があり、国家的名誉を受ける気になれない」と辞退。過去にはほかにも辞退者がいるにもかかわらず話題になる。
 その理由に大きく関わっているであろう昭和天皇が重態になった昭和63年の暮れ、昭和の終焉の12日前の12月25日、突然の脳梗塞発作で他界している。


 先の戦後五十年、平成七年にはジャーナリズムに大きく取り上げられ、昨今では個人展が開かれるなどますます評価が高まっている。

代表作紹介

戦争

 「俘虜記」(S23.12) 戦場において米兵を前にしながら、撃たなかったのはなぜかを問いつづける。そして収容された俘虜収容所に、当時の占領下の日本を投影する。

 「野火」(S27.2) 過酷な戦場で狂っていく一兵士がなぜ人肉食をしなかったか。神がそれを止めるためだけに遣わされたのであれぱ「栄  えあれ」と思う主人公。

 「レイテ戦記」(S46.9) 「七五ミリ野砲の砲声と三八銃の響きを再現」することだけが死んだ兵士たちの鎮魂になるとして、激戦だったレイテ島の陸戦を中心にマクロとミクロの各視点から描く第二次世界大戦を「明治以来背伸びして、近代的植民地争奪に仲間入りした日本全体の政治的経済的条件の結果」「日本の歴史自身と戦っていた」と総括している。また、単行本化される際、大幅に加筆された「エピローグ」は圧巻。

恋愛

 「武蔵野夫人」(S25.11) 古風な道子と復員して屈折した年下のいとこ勉の許されない愛を悲劇的結末で描く。「事故によらなければ悲劇が起こらない。それが二十世紀である」とする。

 「花影」(S36.5) 戦前の女給葉子は時代に取り残され、周りの男たちの無責任から静かにひとり自死していく。

 「愛について」(S45.6) さまざまの愛が、交通事故によって終わっていく。輪廻や、愛におけるファンタジーをも扱っている。

歴史

 「天誅組」(S49.5) 攘夷のため浪士となった土佐出身の庄屋吉村虎太郎を中心に、幕末京都の政治状況を具体的に叙述し、敗軍の蜂起までを描く。

 「堺港攘夷始末」(H1.12) 明治がすぐそこまできていた慶応四年、堺港を測量していたフランス水兵十一人を殺傷した警備兵土佐藩士。隊長箕浦元章に共感する視点から、大坂湾にいた米英仏蘭四国艦隊の当時の日本が抱えていた脅威を浮き彫りにする。

 「蒼き狼」論争(S36から) 井上靖「蒼き狼」が、原典「元朝秘史」から都合のいいように改ざんした内容があると暴いた。歴史にはその時代で最も客観的な評価が必要とする立場を表明した。後に「天誅組」を執筆。

 「堺事件」論争(S50から) 森鴎外「堺事件」に鴎外の施した切盛と捏造の内容があるとし、鴎外に国家へ奉仕するイデオローグの面があるとした。後に「堺港攘夷始末」を執筆。

裁判

 「事件」(S52.9) 少年犯罪を弁護士、検察だけでなく、裁判官の視点も加えて描く。

 「ながい旅」(S57.5) B級戦犯の岡田資の裁判を通じ、アメリカ軍の無差別空襲の違法性と戦う姿を書く。

自伝


 「幼年」(S48.5) 記憶の中の母を記述していく。渋谷というトポスに自分が埋まるようにしたとする。

 「少年」(S50.11) 母の記憶からキリスト教との出会い、漱石などの読書体験と震災、少年を包んだ要素を検討し、結果成城高校に入学した少年は「スノッブ」となった自己を発見する。

 「わが師わが友」(S28.12) 小林秀雄、河上徹太郎、青山二郎、そして中原中也、大岡の文学的青春期。

評論

 「富永太郎」(S49.9) 文学を強く意識するきっかけになった詩人。詩は詩人を理解することだと、その書簡を中心に読み解く。

 「中原中也」(S49.1) 戦場で中也の「夕照」を口ずさんだことから「人は誰でも中原のように不幸にならなければならないのか」という問いをたてる。約四半世紀にも渡る考察の集大成。

 「成城だより」(S56.3から) 単なる日記ではなく、時事的問題にその都度、考証を加えている。自身の文学誕生のドキュメンタリーとしても読むことができる。

外国文学

 「わがスタンダール」(S48.7) 京大仏文出身の大岡は、二十四歳のとき「パルムの僧院」に決定的に影響される。

 「ハムレット日記」(S55.9) ハムレットの一人称によって、政治物語として描く。

                                              トップページへ