
ソング・フェスティバルの日、タリンのラエコヤ広場にて
☆バルト3国は近い!
エストニア・ラトビア・リトアニアと聞いて、それがどこにあるのか答えられるのは、学校時代に地理がすごく得意だった人だけでしょう。
でも、私のように合唱団にいる者には、「この3国ではすごく合唱が盛んらしい」、「とてつもなく大規模な合唱祭(ソング・フェスティバル)が開催されているらしい」、「最近、耳にするようになったトルミスとかシサスクとかいう合唱曲の作曲家はここの人らしい」、という「らしい」だらけの不確かな情報が入ってきます。
2002年の初夏にまとまった休みが取れることになった私は、その「不確か」を確かめるためにバルト3国に出かけることにしました。
はじめに足を踏み入れたエストニアは、思っていたより近い国です。
成田から10時間弱でフィンランドのヘルシンキに着くと、エストニアの首都タリンまで海峡を隔ててたったの80キロ。飛行機だとあっという間に到着してしまいます。
元ソ連の一部だった国なのでロシア語が話されているのでは、と思っている人もいるみたいですが、ここでは当然、すべてがエストニア語です。Tere(テレ=ハロー)、Aitah(アイタ=ありがとう)というあいさつだけを即座に憶えました。エストニア人には、東洋人がエストニア語を話すなんて考えもつかないことらしく、この2言を話すだけでも大ウケです。
でも、ホテルやレストランや商店では英語が結構通じるので、そんなに困ることはありません。
タリンの旧市街は中欧の古い街みたい。古い石畳と4・5百年も前の建物が城壁に囲まれた、味わいのある街並みです。でも、新市街に出るとソ連時代の暗い雰囲気の集合住宅が並んでいるのは、西欧にはない印象です。
バルト3国を対象にした唯一の旅行ガイドブック「地球の歩き方」には、治安には心配ないが夜の一人歩きは避けよう、と書いてありましたが、私が滞在した6〜7月は23時になってもまだ明るいような状態で、いつまでたっても夜がやってきません。
時差ボケもあって、時間の感覚がおかしくなってしまいそうです。
さっそく街の楽譜屋さんに行ってみました。
信じられないことに、ピアノよりも、フルートやトランペットみたいな管楽器よりも、合唱の楽譜が楽譜屋で一番幅をきかせているのです。こんなの日本では考えられません。さすがに合唱の盛んな国なんだなあ、と感心しました。
合唱団の先輩Nさんの依頼もあって、お店の在庫が減ってしまうくらいの男声合唱の楽譜とCDを買いまくりました。
楽譜屋のおばさんに、ソング・フェスティバルなんかで歌われる、よく知られている曲はどれかと尋ね、その楽譜を見てその場で歌ったら、居合わせたエストニア人に拍手喝采を受けました。まったく怪しい日本人です。
その歌は、グスタフ・エルネサクスというエストニアの有名な作曲家が作った Mu issamaa on minu arm(祖国こそ我が喜び)という歌でした。彼の作品の楽譜やCDを買ってきて、何度も何度も聴きました。この作曲家の作品と出会えただけでも、今回の旅行の意味があったと思えるほどのすばらしい出会いでした。
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| ヘルシンキからタリンへはこんな飛行機 | 旧市街の中心 ラエコヤ広場と旧市庁舎 |
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| 旧市街はこんな雰囲気 | 旧市街から出ると突然こんな感じ |
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| 訪問した楽譜屋さん | 丘の上から旧市街を望む |