1.ダ・ヴィンチ・コードとは?
ダ・ヴィンチ・コードとは、2003年にアメリカで発表され、世界で4000万部以上を売り上げている小説です。
作者はダン・ブラウン。
基本的にはミステリーなのですが、通常のミステリーと異なるのは、以下の3点を巧みにとりいれた点です。
@ルーヴル美術館で起きた奇怪な殺人事件
Aレオナルド・ダ・ヴィンチの残した名画の暗号の謎解き
Bキリストの真実の姿の謎解き
これら3つの謎、つまり殺人事件の謎と、レオナルド・ダ・ヴィンチの謎と、キリストの謎という、時空を超えた謎を見事に融合させたことに加え、その謎ときを単なるフィクションではなく「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実に基づいている」と言い切ったことにより、キリスト教という宗教そのものにもインパクトを与えることに成功しました。
その謎解きの真偽をめぐり、アメリカでは数多くのTV特集が組まれました。
(アメリカ製作の検証番組の数々とその内容はこちらにまとめています・・作成中)
日本でも、関連書籍は20冊以上発売されています。
当然、すぐに映画化の話がもちあがり、ソニーはストリンガー会長が自ら版権獲得を指示し、映画化。
2006年5月からは、映画も世界同時公開となり、現在大ヒットとなっております。
(参考:映画ダ・ヴィンチ・コードの公式ページ)
2.ダ・ヴィンチ・コードの内容は真実なのか?
ダ・ヴィンチ・コードの内容の多くは、作者のダン・ブラウン氏自身も言うように、実は、他のいろいろな研究を継ぎ合わせたものです。
本当に独創的な解釈というのは、ほとんどないと思います。
そのために、ダ・ヴィンチ・コードの小説でも紹介されている「レンヌ=ル=シャトーの謎」の著者からは、盗作で訴えられることにまでなってしまいました。
では、これらの本に書いている解釈は事実なのでしょうか?
「レンヌ=ル=シャトーの謎」の作者はこういっています。
「全て、解釈にすぎない。私の著書も、他の著書もだ」(検証番組:ダ・ヴィンチ・コード・デコーデッドより)
つまり、ダ・ヴィンチ・コードにしろ、そのアイデアの基になったレンヌル=シャトーの謎にしろ、全ては推測にすぎません。
ただし、同時にこうも言っています。
「私の研究が、もし、イエスではなく、例えばシェークスピアなどの別の人物についての研究であれば、学会は受け入れただろう」
と自信も見せています。
しかし、それにしても、なぜ学会はこれらの考えを受け入れないのでしょうか?
詳細は謎の研究ページ部分にゆずりますが、簡単に書くと以下のようになります。
@レオナルド・ダ・ヴィンチに関する解釈
基本的に研究者からは否定されています。(検証番組「ダ・ヴィンチ・コード 真実と虚構の境界線」より」
秘密結社の統領であったという証拠はありません。もっとも、そうでなかったという証拠もありませんし、秘密結社の性質上、証拠を残さなかったのかもしれませんが。
研究者から強く否定されているのは、「最後の晩餐」などの解釈です。
(参考:研究者の意見の紹介と私の解釈はこちらダ・ヴィンチ・コードにおける「最後の晩餐」の解釈について)
また、ダ・ヴィンチは、女性崇拝というよりは、少年愛(青年愛)だった点も、ダ・ヴィンチ・コードの解釈に疑問を投げる点だと思います。
(これについては、別途解説作成中)
A秘密結社に関する解釈
テンプル騎士団については、おおむね事実に基づいています。
ただし、シオン修道会は、かなり真偽があやしい団体です。
なんといっても、中世から有名で、様々な活動を行なっていたテンプル騎士団と異なり、シオン修道会は、20世紀なかばにいきなり名前が登場し、しかも、フランスの国会図書館にある秘密文書は最近タイプされたものであるため、本当に2000年も活動していたのかというと・・??
まあ、2000年間全く話題にならず、よく秘密を守り続けたスゴイ組織!という解釈もありますが・・
Bマグダラのマリアとキリストに関する解釈
キリストとマグダラのマリアの結婚という、ダ・ヴィンチ・コードで最も問題になった部分です。
もっとも、このへんの解釈は、おおむね先述の「レンヌ=ル=シャトーの謎」にのっとっています。
実際はどうだったのでしょうか?
カトリックの教義制定には政治的な事情が多々からんでいた面もあり、ヴァチカン自身が様々な見直しを行なっています。
マグダラのマリアについても、3世紀には娼婦と制定し、1960年には聖女と認定が変わりました。
また、20世紀なかばにナグハマディ文書などの古文書が発見されたことにより、カトリックの権威が確立するまで、キリストに対する解釈も様々であったことがわかってきました。
その意味で、マグダラのマリアについてのイメージは最近、ヴァチカンや学者においても大きく変わって生きていると考えていいでしょう
。
ただ、実際に結婚していたのかとか、子供を妊娠していたのかとかいうと、明確な規定はないため、定説にはならないでしょう。
なぜなら、マリアの結婚説を明確に述べているのは、ナグ=ハマディ文書ですが、これも執筆されたのはイエスの死後数百年たってからと
考えられますし、ナグ=ハマディ文書自体も様々な内容のものがあるので、どれもうのみにするわけにはいきません。
とくに、ナグ=ハマディ文書は、その教義上(グノーシス主義という)、当時の権力者(ローマ)との対決姿勢を明確に持っていたため、カトリックを創設したペテロを否定し、マグダラのマリアを持ち上げているのが、事実に基づくものか、政治的な意図があるのかも不明です。
また、マリアの子サラについては、南フランスに伝わる伝承ぐらいしかありません。
1.結婚説=ナグハマディ文書のいくつかに基づく
2.マリアとキリストの赤ん坊説=現代フランスの伝説に基づく
3.フランス王家メロヴィング朝がキリストの子孫説=紀元7〜800年にメロヴィング朝の王家によって主張される。
というように、つぎはぎであり、都合のよい部分を切り取っているようにも感じられます。
もっとも、よくいえば、うまく結びつけた統一的な解釈ともいえます。
真偽はともあれ、カトリック教会としては、「嘘をひろめた」として、強硬に抗議しています。
(参考:イエスとマリアの結婚にふれた福音書の紹介と私の解釈はこちらマグダラのマリアの福音書について)
ダ・ヴィンチ・コードの謎の解釈についての結論
ようするに、ダ・ヴィンチ・コードの示す解釈は、研究者から見て定説になるようなものではありません。
ただし、はっきり否定できる証拠もないため、嘘と言い切ることもできないと思います。
とくに、イエスとマグダラのマリアの関係については、新約聖書とナグハマディ文書を読み合わせてみても、結構ありそうな話だと私などは思います。
また、カトリック教会が女性蔑視の傾向を強めた時代に、様々な情報操作を行なったのも事実だと思います。
(さすがに、娘サラから、メロヴィング王朝へという流れはどうかと思いますが・・)
聖書に描かれている女性蔑視的傾向を、様々な伝承を組み合わせて逆転させた点が、謎の解釈の真偽を超えて、ダ・ヴィンチ・コードが現代において支持を得た一因ではないでしょうか。