例えば、
・推理小説「ダ・ヴィンチ・コード」にも出てくるマグダラのマリアのキリストの妻説
・ディックのSF「ヴァリス」に出てくる、ナグハマディ文書発掘が新たなる啓示であり、知恵(ソフィア)をもたらすという考え方
・ユングの心理分析「ヨブへの答え」に出てくる、人類の集合的無意識が、旧約における横暴な神に耐えかね、自意識を持った神キリストを生み、さらに、20世紀に至って聖母マリアが幻視されはじめ、1950年にヴァチカンにて天のマリアがキリストの公式の妻(母でもある)と認定されたのは、新たなる救世主登場の前段階であるという考え方。(読んだのはずいぶん前なので、間違ってたらすいません)
これらを統合して考えるとどうなるでしょうか?
何を言いたいのかというと、聖母マリアとマグダラのマリアの位置づけなのですが。
キリストの母マリアは実在の人物でしょう。ただし、聖母子像は、たしかにイシスとオシリスの像から来ているのかもしれませんし、その他の生誕にまつわる物語も、他の神話からきているでしょう。
手持ち資料がない状況で書いているので、いきなりルネサンスに飛びますが、ミケランジェロの「最後の審判」に描かれているキリストの横にいる女性は、聖母マリアといわれていましたが、立ち位置としては、横で支え、どっちかどいうと妻を思い起こさせます。のちにヴァチカンで教義化されたという聖母マリアが天においてはキリストの妻でもあるという説の原型は、すでにこの時代にもあったということかもしれません。
また、カトリック圏の人の本など呼んでいると、聖母マリアは天の元后であるともかかれていたり、美の女神としても扱われていたりもします。
このへんは、当然聖書にはない話なので、どっかの神話が結びついたのかもしれません。
しかし、仮に、ナグハマディ文書に価値を認め、そこで、マグダラのマリアをキリストの妻だったと考えるとどうなるのでしょうか?
「最後の審判」のマリアや、天の元后、美の女神としてのマリアは、そして、ヴァチカンが聖母マリアに与えた天におけるキリストの妻としてのマリアは、聖母の方ではなくマグダラの方のマリアとなります。
どこかで、イメージの混合が起きたのか、それとも、全く別の文脈なのかはわかりませんが(ダヴィンチコードのように、ヴァチカンとの対立で抹殺されたという説もあるでしょう)。
それにしても、20世紀は、
・世界各地で聖母マリアの幻視がみられる。
・1950年、聖母マリアが天においてキリストの妻でもあるとヴァチカンが制定
同時期に、ナグ・ハマディ文書発見。翻訳は60年代以降。
中には、キリストの妻であるマグダラのマリアが描かれている。
・1970年代(80年代)「レンヌル・シャトーの謎」が出て、マグダラのマリア妻説が有名になる。
・1990年以降、映画などの諸作品で、いっきにマグダラのマリアの復権(?)がはじまる。
映画「キリスト最後の誘惑」、文学「ダヴィンチ・コード」
このような、マリア像のイメージの変化は、何によるものでしょうか。
@女性の権利向上に伴う精神的な流れ(聖母イメージへの押し付けへの反旗)
Aユングが言うように、旧約時代からの集合的無意識における神イメージの変化(ユングによれば、聖母マリアの幻視とヴァチカンでの教義化は救世主の誕生の準備を意味していたはずだが、最近のマグダラのマリアをどう考えるべきか)
B聖母マリアがキリストの妻とまでなったことに異議をとなえるため、ナグハマディ文書を発見させることで、マグダラのマリアの霊が誤解を正そうとした。(冗談ですが、でも、「ヴァリス」のようにナグハマディ文書を新たな啓示と見れば、成り立つ(?))
それはともかく、「最後の審判」でキリストを支える女性のイメージはどこからきたのか(本当に聖母マリアなのか、異教からのイメージか、マグダラのマリアか)、ヴァチカンが聖母マリアを天の妻としたときの見解と、その歴史的背景(数百年前からあるイメージのようです)は、ちょっと調べようかと思います。この2点は結局同じかもしれませんが。
それから、調べようもありませんが、20世紀前半に各地で幻視されたというマリアは、どっちのマリアだったのか。
それはともかく、1950年における聖母マリアの天上での妻というヴァチカン教義の公布と、同時期のナグハマディ文書発見によるマグダラのマリア妻文献の登場。
おそろしいほどの偶然です。(ディックの言うように啓示とみるかどうかはおいといて)
これこそ、ユングの最も簡単で最も難しい理論、「共時性(シンクロニシティ):意味のある偶然の一致」の、最大の例ではないでしょうか?