ギリシャ旅行記

 

初日午後 エレフシス古跡〜ダフニ修道院

 

アクロポリ見学が思いのほか早く終わったため(午前10時30分)、急遽エレフシスに行く事にした。本来の予定であれば、この日は考古学博物館に行くはずだったのだが、なぜエレフシス行きに変えたのかは、よく覚えていない。

たぶん、3日間しかないアテネ滞在の中で、「アテネも一通り見たい。デルフォイは絶対はずせない。スニオン岬も行きたい。コリントスも行きたい。ミケーネも行きたい。エレフシスも行きたい。」という、冷静に考えれば絶対無理な欲望と、「これら名所の中でも、おそらく現時点で最もつまらないのが、エレフシスだろう。しかし、ここは古代ギリシャの秘儀を理解するうえで、1度は見ておきたい。こういう観光名所ではない場所は、時間があいたときでもないと行くときがなくなる。」という気持ちと、「歩き疲れたから、この辺でバスに揺られるのもいいかな」という気持ちが混沌とするなかで、とりあえず、予定外にあいた時間を使って初日に行く、というシチュエーションがなんとなく合っている気がしたのだと思う。

 

さて、エレフシスとはどういう場所だか、ご存知だろうか。

ギリシャ神話に、女神デメテルとペルセポネの母子の有名な物語がある。豊穣をつかさどるデメテルと、神々の王ゼウスとの娘がペルセポネである。少女ペルセポネが花をつんでいるとき、冥界の王ハデスが馬車に乗って地下から現れ、ペルセポネを自分の妻にすべくさらって行く。このことはゼウスは了承済みのことであったが、デメテルもペルセポネも一言も聞かされていなかった。デメテルは自分の娘が突如消えたため、ギリシャ中をさまよって探すことになる。しかしどこにもいない。

デメテルはぐったりと疲れ、老婆の姿に身を変えて休んだ場所が、エレフシスである。

ここを舞台にして、いろいろなできごとが起こる(後ほど説明)。

その後、デメテルは、ペルセポネの誘拐が、ゼウス了承の元にハデスによって行われたことを知り、ふさぎこむ。その結果、大地は枯れ、全ての植物は実をつけなくなる。神々はあわて、ゼウスは、デメテルの機嫌を直させるため、ペルセポネを冥界から呼び戻させることにする。しかし、ハデスはペルセポネに冥界のざくろを食べさせてから送り出す。冥界の食物を口にすると、地上に戻ることは不可能となるからである。ゼウスの仲裁により、結局和解が成立し、年間のうち1/3はペルセポネは冥界で暮らし、残りは地上でくらすこととなる。その結果、冬は植物は育たなくなり、ペルセポネが地上に戻る春からは大地は植物を実らせることになったのである。

 

 

 

この物語は、その美しさと悲劇性で、昔から有名である。私が使った高校の英語の教科書にものっていたし、アニメ映画「アリオン」では、主人公が、ペルセポネに置き換えられて使われている(冒頭の、母の元から少年アリオンがさらわれるシーン)。ユングは、この物語に母と娘の無意識に存在するひとつの元型(パターン)を見た(「神話学入門」昌文社や「元型論」人文書院など)。

神話学的には、ペルセポネはもともと古くから冥界の女王であり、デメテルと合わせて一つの存在、地母神的存在であり、要するに季節の移り変わりと植物の永続的生成を象徴しているようである。特に、ここでは紹介しないが、K・ケレニーの分析が興味深い(「神話学入門」昌文社)

日本の神話を知っている人なら、古事記の、アマテラスオオミカミのことを思い出すだろう。彼女も、狼藉に対する怒りから姿を隠し、神々の説得でまた姿を現したのだった。比較神話学的には、オリエントの王権儀礼の神話が、北方の騎馬民族を通じて東端は日本、西端はギリシャに伝わり、それぞれ土着化したらしい(「ギリシャ神話と日本神話」みすず書房)。

神秘主義的には、この物語は、肉体にうずもれている真実の自分(ペルセポネに象徴されている霊魂)を救い出す物語というグノーシス的な捉え方もできる。(P・マンホール、象徴哲学大系1巻「古代の密儀」)。

 

 

さて、エレフシス行きのバスは、オモニア広場から10分ほどの、エレフテシアス広場にある。アクロポリ方面から、いい加減に歩いたため、ここに辿り着くのも大変だったが、ここからバスに乗るのはもっと大変だった。

ガイドブックは日本から3冊もってきており(「地球の歩き方」、「個人旅行」、「ミシュラン グリーンガイド」)、今日はその中の2冊を携帯していたのだが(「個人旅行」と「ミシュラン」)「個人旅行」に紹介されていたエレフシス行きのバス番号が、いくら探しても見つからない(「ミシュラン」には番号は最初から載っていない)。かなりうろついたあげく、覚悟を決めてチケット売りのおじさんに、一夜漬けのギリシャ語で話し掛ける。

「エレフシスはどうやって行けばいいですか?」 「エレフシナ?」 「そうです。(古代の地名エレフシスは、現在ではエレフシナに変っている)」 「それなら、α16、β16、γ16のどれかで行けばいいよ」 「ありがとう」 「どういたしまして」

やや教科書的な会話ではあったが、はじめて使ったギリシャ語で会話が出来た喜びを胸に、指示されたバス停にでかけた。見ると、丁度β16のバスが発車したところであった。もし、このバスに乗っていれば、後ほどの苦労も少しは軽減されたのだろうが・・

 

少し待っていると、そばから、親切なおばさんが話し掛けてくる。スピードが速くてよく理解できなかったが、「ダフニ」に行きたいのか、といっているようであった。

ガイドブックによると「ダフニ」も「エレフシス」も同じバスで行けると書いてあったので、「そうです」というと、今来ているバスを指差してくれた。γ16のバスだ。安心して乗りこむ(この時、エレフシスだと言えば、少しはよかったのかもしれない)。

 

さて、無事にバスに乗れて安心しながら、ガイドブックを見てみる。「個人旅行」では、アテネからエレフシスまでは60分と書いてある。エレフシスは2時30分には閉館してしまうが、この調子なら12時30分には着くだろう。うまく行けば、帰りにはダフニの修道院に寄って来られるかもしれない(ちなみにダフニ修道院はモザイクが有名で、世界遺産にもなっている)。ダフニは15時閉館だが、夏はワインフェスティバルがあるので、深夜までやっていると(「個人旅行」には)書いてある。15時すぎても入れるかもしれないし、そうすれば入場料を払うだけでワインまで飲める。

なかなかいいペースだ。

 

そう思いながらも一つだけ不安材料があった。「個人旅行」ではアテネからエレフシスまで60分となっているのだが、アテネからダフニも同じく60分となっているのだ。地図で見ると、ダフニはエレフシスまでの丁度中間である。

なぜ中間地点まで60分なのに、同じバスで倍の距離走った最終地点までも60分なのか?

 

ユークリッド幾何学に挑戦するかのような難問である。

 

ちなみに、他のガイドブック、例えば「ミシュラン」には、いつもながら、そういう実用的なことは何も書いていない。立地について書いてある事といえば「この遺跡は霊が息づいた場所に特有の不思議な光輪に取り囲まれている(ただし今日では、工場が林立する場所に特有の公害の輪に取り囲まれている始末)」などという、よくわからない記述である。

 

1時間ほどして、ダフニと思われる辺りに着く。自分達と似たような感じの観光客(欧米人)が下りて行く。その後、バス停表示に目をこらすものの、いつまでたってもエレフシナの表示はない。慣れていないギリシャ文字だから、見逃したのか、と不安になってくる。

やがて、乗客は一人また一人と下りて行き、客席はガラガラとなる。

海が見えた時があったので、地図のイメージと比較しても、おおまかな方向は間違ってなさそうだったのだが、そこからまた別方向にバスは曲ってしまった。

妻も不安がり、これで大丈夫なのかと聞かれたが、大丈夫だろうというしかない。

 

やがて、バスは、終点に来てしまった。かといって、ここで下りてどうなるわけでもない。とりあえずおりてみたが、どう動けばいいかわからないので、そばにいた人達に聞いてみる。すると、聞かれた方も困ったような顔をして、また別な人に聞き、結局バスの運転手さんまで話がまわった。

どうも、バスの選択が間違っていたことが判明した。運転手さんは、とりあえず乗れというから、指示に従い、もう1度乗っけてもらう。しばらく走ったあと、停留所でもないのにバスを止めてくれ、「ここからあっちに行けば、別な停留所がある。そこのバスに乗れば、エレフシスに到着する」と教えてくれた。

お礼を言って歩き始めるが、見渡す限り人のいない湾岸工業地帯である。確かにミシュランの記述通り公害もひどそうだ。こんなところで迷子になってはエレフシスどころではない。初日からきつい展開だなーと思いながら、歩いていくと、薬屋さんみたいのがあった。そこにはいり、エレフシスに行きたいという。また困ったような顔をして、歩いて行きたいのか、バスで行きたいのかと聞かれる。

バスだというと、やや安心したようで、近くにある停留所を教えてくれる。歩きではものすごい遠いようだ。このおばさんは英語が使えるので、妻に会話は任せる。

ようやくバス停につくと、すぐバスがくる。かなり時間をロスしたが、まだ運には見放されていない、と少し元気が出る。このペースなら、1時30分ぐらいには到着できるだろう。結局、アテネでバス番号を教えてくれたおじさんが間違っていたようだ。α16かβ16なら良かったのだが、γ16は違っていたらしい。

しばらく乗っていたが、どこで下りればいいのか自信がないので、すきをみて運転手さんにまた聞いてみる。意思は通じたようだったので、そのまましばらく乗っていると、やがて、ここがエレフシナだ、と合図してくれた。あっちに歩いて行けばいいと指までさして教えてくれたので、お礼を言って下りる。つくづく、ギリシャの人はみな親切であると思った。

 

しかし、歩きはじめるものの、標識もないため、どっちに行けばいいかわからなくなる。またそばにいたおじさんに聞いてみる。

「エレフシナはどうやって行ったらいいのですか?」 「(不思議そうな顔をして地面を指差す)エレフシナはここだ」

どうも、この地域一帯がエレフシナであるようだ。あわててガイドブックを見せ、古代エレフシスの神域の図を見せる。しかし、こんな遺跡の図を見せても、意思が伝わるだろうか・・

おじさんはしばらく悩んでいたが、やがて納得した顔をして、新たなる道を示してくれる。お礼を言って別れるが、実はこの道が正反対なのであった・・

 

そうとも知らず歩きつづけ、やがて公民館のようなところに来る。これがエレフシスの神域かな、イメージよりちょっと小さいが・・と思いながら入っていく。よくわからずうろうろしていると、館の人が来る。エレフシスに行きたいというと、それなら、あっちだ、とまた別の方向を示される。今1歩イメージがつかめないままにまた歩き出す。

 

わけもわからず、あてもなく歩くというこの状況は、何となくデメテルがペルセポネを探していた時の状況を思い起させる。デメテルは娘をさがして疲れきってエレフシスに来たのであったが、自分達はエレフシスをさがして疲れきってしまった。

 

神話によると、デメテルが老婆に変身し、エレフシスで休んでいると、エレフシスの住人が現れ、疲れきった様子を不憫に思って乳母としてやといいれる。傷心のデメテルも、とりあえず乳母として育児にたずさわることとし、たまたま病気だったその家の赤ん坊をすぐになおして信頼を得る。

デメテルは、さらに赤ん坊のためを思い、家人が寝静まった頃、赤ん坊を火の中に入れる。これは、人間を不死の身にするための儀式なのであった。ところが、赤ん坊がいないのに気付いた母親は、その様子をのぞき、自分の子が火にあぶられているのを見て絶叫する。

せっかく赤ん坊を不死にしてやろうと思った儀式が、途中で中断されたため、デメテルは逆に激怒する。

 

「何も知らぬ人間どもよ、迫りくる良き定めも、悪しき定めも見通せぬ愚かな者どもよ。お前もみずからの愚かしさゆえに、このうえなく心乱したのだ。神々がけっして曲らぬ誓いをたてるステュクスの水も知るがよい。お前の息子を永久に不老不死なる身と化し、けっして朽ちぬ誉れを授けようとしていたのだ。

 

こうなっては、もはや死と滅びを避ける術はない。だが、我が膝に乗り、我が腕の中でまどろんだからには、けっして朽ちぬ誉れは彼のものとなるだろう。また、彼をたたえて、年がめぐり定めの時が来るたびごとに永久に、エレウシースの民の子孫は、互いの間に合戦と恐ろしい争いを引き起こすことになるだろう。

 

私こそは誉れ高いデメーテル、不死なる神々にも死すべき人間にも、このうえない助けとなり、喜びを与える神である。

 

いざ、私のために大いなる神殿とつき従う祭壇を、アクロポリスのそびえたつ壁の麓、渇リコロンの泉を臨む小高い丘の上に、皆こぞって造りたまえ。後々正しく式を執り行い、私の好意を得ることができるよう、祭式は私みずから教えてやろう。」(「ホメロス讃歌より 四つのギリシャ神話」岩波文庫より引用)

 

こう言い放ってデメテルはそれまでの老婆のかっこをやめ、美しい女神の姿に戻った。人々は恐れおののいて、この言葉に従って神殿を作った。これがエレフシスの儀式の起源である。

 

エレフシスの儀式は、後にアテネの国家的宗教祭祀となる。最低限の参加資格は、ギリシア語を話せることと、殺人を犯したことがない点の2つだったらしい。

もっとも、あのヘラクレスは、殺人の罪をきよめるために、親友のアテネ王テセウスのコネで儀式に参加したという(「プルターク英雄伝」)。そうしてみると、コネさえあれば誰でも参加できたのかもしれない。ヘラクレスが参加した理由は謎だが、私の想像では、彼は、女神ヘラの呪いにより狂気に襲われて自分の子供を皆殺しにしたことがあったので、身をきよめたかったのだろう。

さて、祭祀は2段階に分かれており、小密儀を終えた者だけが、大密儀に参加できた。

選ばれた人は9日の間、儀式を行う。どのようなことが行われたかははっきりしていない。おおまかな概要は、以下のようである(「ミシュラン」による。このガイドブックは、こういう事は本当によく載っている)。

 

 

エレフシスの密儀の参加者は口外してはならなかったし、部外者は、近づくだけで死罪とされた。ただし、デメテルが豊穣の女神であったことから、死と再生をテーマにしたものであったことは確かだろう。これは、もちろん、ペルセポネが冥界にいる冬には枯れていた植物が、春には復活するイメージからきている。そして、この儀式に参加するメリットだが、死後にもある種の生が約束されるということだったらしい。枯れた植物がまた春になれば復活するという点、デメテルが赤ん坊を不死にしようとした点などが関係しているのであろう。

また、エレフシスの遺跡は、真っ暗な建物の中を集団でさまようものであり、最上階に抜けると、光りに満ちており、衝撃的な感動が得られる仕組みだったという話もある。

結局のところ、最初は植物の豊穣を祝う儀式だったものが、後には人間を植物になぞらえ、死後の復活を願う儀式になったということだろうか。

 

 

ホメロスの讃歌にはこう歌われている。

「これは、聴くことも語ることも許されぬ、犯すべからざる神聖な秘儀であり、神々に対する大いなる畏れが声を閉じ込めてしまう。

幸いなるかな、大地に住まう人間の中でこの秘儀を目にした者よ。参入を許されず、祭儀に与れぬ者が、死して後、闇覆う冥界で同じ定めに与るべくもない。」

 

できれば、秘儀に参加したいものである。しかし、最後に行われてから1500年以上たつので、それは無理というものだろう。

当時も、やはりギリシア中からの、憧れの的(?)だったようで、ヘロドトスやパウサニアスなどの違う地域の人々も、わざわざ参加しに来たらしい(「ギリシア文化史」ちくま文庫より)。ヘラクレスも参加したという伝説があるのは、先述のとおりである。

 

それはともかく、我々はエレフシスを十分にさまよった後、また近くの店に入って道をたずねた。ギリシャ語で質問したのだが、英語で答えてくれた。今までさまよっていた方向とは逆だったが、とりあえず指示された方向に歩きながら、もしこれで見つからなければ、あきらめて帰るしかない、と考えていた。もう疲れきっていたのもあるし、時間的にもそろそろ閉館だろう。

 

しかし、よく見ると、少し先に広大な敷地があった。もしや、これか、と思い近づいてみると、まさにそのようだった。

しかし、どこが入り口なのだろうか。あわてて探してみると、左手に門がみつかった。しかし!残念ながら門は閉じられている。時間を見ると10時〜14時となっている。今は14時25分。

これだけの苦労をしたのに、中に入れないとは・・と思いながらうろついていると、中から、最後の観光客が出てくるところであった。ガイドブックには14時30分までと書いてあったが、多分、入館は14時までで、閉館が14時30分というところか。

あれほど道に迷わず、あと25分早ければ・・

一応粘って、入りたいと言ったり、せめてここのガイドブックでも売ってくれないかといったのだが、ダメであった。お金は払うんだし、閉館の14時30分まで、5分でいいから入れてくれればいいのに、と思った。

私には、秘儀への参加は許されないということだろうか・・(もっとも、正確に言うと、あと5分どころか1500年遅かったのだが)

 

しかし、博物館の本ぐらい売ってくれてもよいのではないだろうか。

そもそも、デメテルは疲れきっているところを、ここエレフシスの住人に助けられ、恩を感じて、子供を不死にしようとしたり、儀式を教えたり、伝説によれば農業も教えたのであった。

その聖なる土地の管理人が、やはり苦労してさまよってきた、疲れきっている現代の異邦人を、たかが25分遅いからといって(もしくは、あと5分で閉館だからといって)、むげに断わっていいものだろうか。

 

ギリシャ悲劇や叙事詩を読めばわかるように、他の土地からやってきた、あてのない不幸な嘆願者の話が、至るところに出てくる。彼らはいつも、異邦人の、そして嘆願者の権利を守る神でもあるゼウスの名を唱えて、相手の膝にとりすがりながら、自分達の願いを訴える。

「われらはこの地にたどり着き、あるいはおぬしから客人としてもてなしてもらえるかも知れぬ、そうでなくともなにか客の受けて然るべき贈り物を頂戴できるかも知れぬと、それを頼りにおぬしの膝にすがっているわけだ。

 どうか頼むから、神々の御心を大切に思ってもらいたい、われらはおぬしの情けにすがろうとする者だ。ゼウスは嘆願者、異国人に加えられる悪事を罰して下さる客の守り神、敬わるべき客に必ず付き添って下さる方であるからな。(オデュッセウスの一つ目巨人に対する言葉)」(岩波文庫「オデュッセイア」より引用)

 

 

いい人であれば、もちろん、嘆願者の願いをむげに断わりはしない。それは、ゼウスの権威を否定することと同じだからだ。オデュッセウスの願いを拒否した一つ目巨人は、彼に目をつぶされることになるが、逆に彼を助けた王女ナウシカは、3000年後の日本のアニメで最も人気のあるヒロインにまでなっているではないか。人を助けると、思いも寄らぬところでいい事があるものである。

それとも、ギリシャ正教(キリスト教)の信者だから、ゼウスを恐れておらず、嘆願者の願いを拒否してもいいとでも言うのか(そういえば、ペルシャ軍でさえ、エレウシスにだけは手をつけなかったにもかかわらず、幾度か攻撃をしかけ、最終的に崩壊させたのはキリスト教徒であった)。

 

というようなことをギリシャ語で言ってやりたかったが、それだけの語彙がなかったために、無念の唇をかんだだけで終わった。

最後に、敷地の外から、写真を1枚だけとった。

一応ここに私達にとっては貴重な(?)汗と涙の結晶の写真を掲載しておく。右及び下の方に、何やら黒い物体がうつっているが、これは柵である。柵の外から敷地の中に身を乗り入れて撮影したものであり、情景を思い浮かべれば、誰でもあわれを感ぜずにはいられないだろう。

 

さて、こんなわけで、一応、エレフシスに来たという事で満足せざるを得なかった。しかし、考えてみれば、私のように儀式に参加する資格もない人間が、こんなところにのこのこと現れて、中に入りたいなどといったら、2500年前なら、間違いなく死罪である。命があっただけでもありがたく思うべきかもしれない。

また、案外、エレフシスの古跡や博物館を覗くより、アテネからさんざんさまよい歩きつつ、エレフシスに到達したという経験の方が、より一層儀式の本質をついているのかもしれない(エレフシスの儀式に参加する人々は、かつて、アテネからここまで歩いてきたのである。到着時には夜になっていたという)。

 

などと、様々な理由で心を慰めながら、帰途についた。

 

 

しかし、どうやって帰ればいいのだろうか。とりあえず、バス停に向かうが、どのバスに乗ればいいのか、見当もつかない。それに、せっかくだから、ダフニの修道院にでもよって、ワインでも飲んで楽しく帰りたい。そうすれば、今回無駄足にはならなかったことになる。

 

ちなみに、疲れた老婆の姿をしていたデメテルは、エレフシスの人から、ワインを飲むようにすすめられる。しかし、デメテルは断わって、大麦に薄荷を溶かした飲み物(キュケオーン)を希望する。

これは、何を意味するのか。私は最初、ワインではなくビールを希望したのかと思った。それとも麦茶か。

しかし、「デメテルへの讃歌」(岩波文庫「ホメロスによる4つのギリシャ神話」)の注釈によると、麦を溶かして粥状にしたもののようである。どんな食べ物だろうか。

「図説古代密儀宗教」(人文書院)の解説によると、エレフシスの儀式で用いられたのは、芥子を使った飲料であるという。芥子はアヘンと結びつく。つまり、エレフシスの儀式で目指された宗教的感覚とは、ワインなどのアルコールによる(デュオニソスの密儀で使われた)酩酊状態ではなく、アヘンを使用した、冷徹に冴え渡るような感覚ではなかったかということだ。

アテネ在住の哲学者や作家にも、エレフシスへの参加者は多かった。彼らのある種異様な頭脳にも、アヘンの力が関係していたのだろうか。

 

それはさておき、私達が現在求めているのは、あくまでも、疲れを癒すワインである。いったいどのバスに乗るべきか。

迷っていると、また近くにいたおじさんが話し掛けてくれた。ダフニに行きたいと言うと、考えてくれたようで、あるバスが来たとき、これに乗れ、と教えてくれた。

ギリシャの人は、つくづく親切である。もっとも間違いも何度かあり、そのために開館時間に間に合わなかったのだが。しかし、このおじさんの指示は的確であり、無事、ダフニに到着した。

しかしながら、なんと、ここも15時で閉館であり、入ることができなかった・・

ちなみに現時点で15時30分。またもや30分遅れである。

 

 

どうも、ワインフェスティバルのため深夜までやっているという情報の理解の仕方に問題があったらしい。今日はやってないのか、それとも夜だけやっているのか。「個人旅行」にも「詳細は現地で確認」と書いてあったので、責められないが。

 

そこからまたアテネ行きのバス停を待っていると、また近くのおばさんに話し掛けられ、わざわざ紙に書いて乗るバスの説明をしてくれた。

 

考えてみると、自分の今回のエレフシスの旅とデメテルの旅とは、丁度逆になっている。

 

            デメテル          自分達

目的地     さまよった結果エレフシス    エレフシスに行くためさまよう

親切      エレフシス古跡で親切にされる  エレフシス古跡以外で親切にされる

ワイン     差し出されたワインを拒否    ワインを飲みに行き拒否される

 

たかが観光旅行と、子供を奪われた女神の旅を比較するのも申し訳ないのだが。

 

さて、バスに乗って先ほど乗車したのと同じ広場に戻る。

アテネでは、タクシーでぼられる話が多いので、この時点では一切使わないつもりだった。そのため、少々疲れていたが歩いてホテルまで帰る(15分くらい)。

途中、スーパーがあったので、入ってみる。日本に比較し、随分安く感じた。今日は夕飯食べに出かける気もしなかったので、ビールやお菓子も含めて適当に買い、ホテルで食べることにする。

 

この日を総括してみると、午前中のパルテノン神殿やプラカ地区の散策はともかく、午後は失敗した感があった。もう少し情報があれば良かったのだろうが、ここまでガイドブックが信用できないとは予想外だった(バスの時間、番号、停留所の名前、開館時間など)。記述がいい加減というよりは、かなり古い情報に基づいているのだろう。比較した結果、「個人旅行」より「地球の歩き方」の方がやや新しい情報に基づいて記載されているのがわかった。例えば、バスの料金は、「個人旅行」:75dr、「地球の歩き方」:100dr、現実:125drである(98年8月より現状の値段になったようだ)。また、「地球の歩き方」には、「個人旅行」に記載されていたバス番号のほかに、α16やβ16といった番号も紹介されていた。とりあえず、明日は、ツーリストインフォメーションに行き、最新の情報を一通り入手しておこうと考えた。

 

それにしても、ギリシャの人達の親切さは、本当にありがたかった。間違いだらけのガイドブックとカタコトのギリシャ語で、目的地を一通り回ることができたのは、みんなのおかげである。もし、もっと早く行っていれば、開館時間にも間に合っただろう。

 

 

そんなことを考えながら、ホテルでビールを飲みながら、はっと気付く。デメテルはワイン(赤ぶどう酒)を拒否して、麦から作った飲み物を飲んだ。自分達はワインが飲めず、結局、麦からつくった飲み物(ビール)を飲んでいる。そういえば、エレフシスの儀式において、9日間の儀礼のあと、祭司が参列者に最後に見せるのは、麦の穂だったという。

 

デメテルの旅と正反対の1日だったが、ようやく一致点が見出せたようだ。

 

 

ワインが飲めなかったのも、何かの思し召しだろう。そもそも、エレフシスの巡礼者が、ワインを飲もうなどと考えること自体、間違っていたに違いない。バチがあたったと言っても良いだろう(←しかし、いつから私は巡礼者になったんだろうか?)。

考えてみると、疲れきるぐらいに十分アテネからエレフシスまでさまよったし、人々の親切ににも恵まれたし、最後はビールを飲んでいる。エレフシス観光という意味では、ちょっと問題あるが、どうせ巡礼は1500年前にできなくなっているし、今回のような行動の方がデメテルの追体験になっている。当時エレフシスの儀式で人々が行ったのは、結局はデメテルの追体験なのだから、これはこれで良かったのだろう、と考えて、寝ることにした。

 

 

こうして、はじめてのギリシャでの、苦労の多かった1日は終わった。

明日は、私にとってのギリシャハイライトのひとつである、デルフォイ観光である。7時30分までに、どこにあるのかわからない、リオシオン・バス・ターミナル(長距離バス専用)に到着しなくてはいけない。ホテルの朝食は6時30分からだから、すぐに食べて、遅くとも6時45分くらいにはホテルを出てバス停を探さなくてはいけない。

 


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