勝鹿北星さんの思想について(概論)

 
私は、勝鹿北星さんの作品には、他のマンガにはない、重要なものがあったと考えています。

それは、思想と呼べるようなものであり、整理すると、5つの特徴があるように思います。

1.マンガで空想を描くのではなく、、現実に関心を持たせる道具としてマンガを使うべきであるというスタンスを持っていること。

2.人間を作っているのは、社会的立場や組織といったシステムであるという視点をもっていること。
同様に、動植物を作っているのも、環境システムであるという視点をもっていること。

3.人間のシステム(例:国家、会社)や動植物のシステムは、他のシステムとぶつかり、良くも悪くも相互に作用しているという、世界の全体像をもっていること。

4.成功したシステムは循環しており、失敗したシステムは循環が止まっているという、システムの成否の判定基準を持っていること。

5.だから、われわれはシステムが循環するように、できる範囲で現実的に努力していくべきであり、そして、その輪を少しづつ広げていくべきだという、実践的な行動イメージを持っていること。

→なお、マスター・キートン関係については、詳細に別論するため、ここでは深入りしません。



1.現実への関心

マンガとは、現実をもとに、空想の世界や想像の世界を描き、それを人々に見せて(夢を見せて)、対価として売上を得る商売だと思います

勝鹿さんは、そうではなくて、基本的に現実に関心があった人だと思います。
空想の世界をツールとして使い、むしろ、人々に現実を見せようとするような・・

このような特質が最も出ているのは、子ども用の学習漫画であるマジンジラです。

しかし、例えば、一見教育マンガとはほど遠いゴルゴ13においても、狙っているのが教育的効果であることは明白です。
(例えば、日米コメ戦争。)

つまり、空想のストーリーをかいて、読者に楽しんでもらいたいのではなく、描かれているテーマについて関心をもってもらうために書いています。
                                                       
マンガを、空想を売るツールではなく、現実を見させるツールとすること。

おそらく、このスタンスの違いが、浦沢直樹さんや長崎さんといった、マスター・キートン関係者と溝を生み、決裂し、後に一方的に批判される結果になったことの、根本的な原因の一つと考えます。



2.人を作る「立場」と、「立場」を生みだすシステムへの視点

勝鹿さんが人間を見る視点には、常に、人の置かれた立場への認識があったと思います。
社会を作る要素は人間ですが、その人間は、社会的立場や組織により規定されています。


ゴルゴ13 2万5千年の荒野
安全課長バリー「これは純粋に技術上の問題なのですよ!政治とは無関係です。おわかりなんですか、所長!?」
ジョンソン所長「君は、技術屋か?芸術屋か?技術屋が完璧を目指す必要はない!!会長がこのプラントに社運をかけておられるのがわからんのか?」
同僚「ジョンソンは技術屋じゃない、彼の立場もある。しかたないよ、バリー。なんとかやってくれ」


システムの中で、どう動くかというのは、人間に限った話ではありません。

動物も、本能はありますが、生活環境の中で、行動は大きく変わります。

この視点は、キートン動物記のような作品につながります。


さて、人間が社会的立場によって作られる以上、社会的立場と、自分自身の信念に、矛盾を感じる人も当然でてきます。

勝鹿さんの作品のほぼ全ての作品で、登場人物が、いろいろ悩み、自分の職業を変えるエピソードが出てきます。

これは、電通を辞めた時の自身の経験も反映されているのでしょう。

エアポケットの主人公    :   旅行代理店のサラリーマンから、現地のツアーコンダクターへ
「俺は今のパックより安い料金で、本当の旅を売りたいんだ・・確かに今の旅行業界の仕組みじゃ難しい・・これは俺の夢かもしれん・・
でも、お仕着せのコースをスケジュール通り駆け足で歩かされ、お土産やショッピングや女にうつつを抜かすだけが、旅じゃないだろう」

たちまち晴太の主人公    :  武士から医師へ
「腕の立つ者と聞けば、矢も楯もたまらず、戦いを挑んだ。
やがて真剣勝負でなければ、満足できなくなっていた。
腰抜けとのそしりを恐れ、断る者もなかった。
まるで狼のように戦いを挑み、何人の挑みを奪ったことか。
人を斬ることが強くなると、心得ちがいをしていた。
おれは生きることをやり直そうと決め、長崎で医学を学んだ。」



他にも、大手建築会社を辞め、農業コンサルタントに転じたシードの大森などもこの流れに入ります。



3.システムの相互の影響

では、社会的なシステムや、生態系のような自然のシステムが、別なシステムと出会った時、そこに何が生まれるのでしょうか?
抽象的な言い方ですが、ひとつのシステムにとって善であることが、他のシステムにとっては必ずしも良いことではありません。
日本の海外支援のあり方や、自然の生態系と人間の関わりを描く時に、出てくる視点です。




@国、企業というシステム
シード(SEED)
「援助は受ける側の要請で全てが始まるはず・・
だが現実は、日本の商社やコンサルタント会社があらかじめ援助計画を作り、現地の企業や役人を抱き込み、日本政府に要請される。
そのため日本国民の税金で賄われる援助の内容が日本の企業や現地の有力者には都合がよく現地の貧しい人々には迷惑の種でしかないことが多い・・」

ゴルゴ13 日米コメ戦争
井戸を掘る運動を続けている老人「豊かな日本から機械を持ち込んで一気に掘ってしまいたいのかね?・・
性急な開発援助が何ももたらさない事は、君が一番よく知っているはずだ・・・
現地にあるモノを使い、現地の人が直せるモノを作る・・・
適正技術による援助が最善なのだ。・・援助は種まきだ。
種が生きていれば、いつか芽を出し、実を結ぶ・・
それは、その土地の人々が決めるコトだ・・・」

代議士「俺はいったい何をやってるんだ。・・・故郷の農業、日本のコメのためといいながら、やっている事は・・・ベアリング工場の太鼓持ち・・・選挙のためとはいえ・・・いずれ米の自由化は避けられまい・・・美しい日本の村・・・このたたずまい、いつまで続くか・・・・」

A自然環境、人間というシステム
シード(SEED) : 
「水は森を育て森には獣・虫・地中細菌あらゆる生き物が住む
落ち葉の腐葉土はたっぷり水を吸って徐々に吐き出しダムの役を果たしています。川は田畑や待ちを濁し海へ下る
森の栄養分の泥を含んだ川の水は魚の餌になるプランクトンや海草を育てます」
「なるほど、それでダムで川の水が止められると海で魚がとれなくなるのか」
「ですから、海の老人は”魚は森から来る”と言い伝えているのでしょう」


B動物、自然環境というシステム
キートン動物記 : 解説文中に時々出てくる、動物と自然、人間との関わり
(ex) ヨーロッパ大陸の創始者としてのビーバー、アメリカ文明の舞台を作ったプレイリー・ドッグ
「ヨーロッパ大陸の創始者は誰だと思う・・・?かのアレキサンダー大王でもシーザーでもない!ビーバーだ!何千万
年にもわたり、彼らはダムに泥を溜め、ついにパリからモスクワまでに至るヨーロッパ大平原を作り上げたのだ。」

(アメリカ文明の舞台を作ったのは)プレーリードッグだ。彼らは何万年にわたり、木の根を食いちぎり、巣穴を掘ることで地中に空気を入れ、肥料を与え続けたその結果作り上げたのが西武の大草原「グレート・ブレーンズ」だったんだ。移民たちはこの肥沃な大地にトウモロコシを植え、ウシを放牧して、合衆国の基礎を築いた。」




4.成功したシステム、失敗したシステム

そして、システム間の相互関係がうまくいっているかは、一つの判定基準で明らかになります。

それは、システムが循環しているかどうかです。
うまくいっているシステムは、循環しています。
失敗したシステムは、循環が途切れています。

@自然での成功例
マジンジラ
「でも、除草剤って、雑草を生やさないようにするんでしょう?ほかの生き物に関係ないじゃん?」
「いや、大いにあるよ。田の中の”命のつながり”は雑草から始まるんだ。」
「命のつながり!?」
「枯れた雑草は田の中でとけ、トビムシやボウフラに食べられる。
そのフンを微生物が食べる。微生物をプランクトンが食べる。
それをミジンコが食べる。ミジンコはオタマジャクシタマジャクシのえさだ。
メダカやオタマジャクシは、ヤゴやタイコウチに食べられる。
そのほかに、田んぼにはドジョウやタニシ、コイやナマズ、水路にはシジミやホタルもいる。」

A国家での失敗例

ゴルゴ13 日米コメ戦争
JICA元職員「俺がJICA(国際協力事業団)に入ったのも、根にそれがあたからなんだ。開発中の国の農民のために、何かしたいと思ったからだった。しかし、それは間違いだった。
ODA(政府開発援助)と称して、遅れた国々へ日本から進んだ機械技術を持ち込む。ところがアフリカの村に据えたポンプは、原油が値上がりすれば、燃料切れでそれっきり・・・発電機が故障しても、マニュアルは日本語で、現地の人には直せない。日本製の部品は、何百キロも離れた首都でさえ手に入るかどうか・・・
これが今や世界一・・日本の1兆4千億円の援助の現実だ」




5.システムを循環させる実践的方法


では、システムを循環させるにはどうしたらいいでしょうか?


@人間が、社会化され、システムに取り込まれていく場である、教育の場で、システムの循環に目を向けさせること。

 →マジンジラにおける小学校の総合教育の時間を活用したビオトープ作成の提案など、教育的な関心につながります。



Aマンガのような媒体を使い、情報を伝えて、既存システムにはまっている人々にも、循環に目を向けさせること。
 
 →マジンジラのような学習漫画の執筆、ゴルゴ13のようなストーリー上の許容量の大きいマンガを使って、主張を盛り込むこと。つまり、勝鹿さん自身の実践的活動といっていいでしょう。



B結果として、人々が、できる範囲でシステムを循環させるよう努力し、その活動を広げていくこと。

 →自分の後継者(蘭医学者)が育ったとみるや、活動の芽を広げるために別な場へと去っていく「たちまち晴太」が代表でしょう。



以上、概論ですが勝鹿北星さんの思想を、私なりにまとめました。

詳細については、また別途まとめたいと思います。


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