神話・宗教におけるエヴァンゲリオン象徴辞典

エヴァンゲリオンにおいて、1シーン、1カットだけ浮かび上がってそのまま説明されることなく消えていく多数の映像があります。しかしながら、一見すると何の意味があるのか理解しづらいこのようなシーンこそ、エヴァの真実が垣間見える瞬間なのです。

真実のエヴァか、ただの深読みか、判断はお任せします。

 


項目は随時追加していきます。

 

か行

片目の美少女

た行

父を喰らう息子

月を背に「さよなら」という美少女・・・FLY ME TO THE MOON

天と地を形造る父

さ行

13体のエヴァによる儀式

十字架にかけられるリリス

12枚の羽根を広げるエヴァ

聖母の資格・・リツコは何故髪を染めたのか

な行

内蔵を喰われる弐号機

は行

バラバラにされる弐号機

ま行

マルドゥク機関

や行

槍にさされて血を流すエヴァ量産機

4枚の羽根を広げるエヴァ

 


片目の美少女

レイは、ことあるごとに包帯を巻き、片目となります。25話でロンギヌスの槍を目に受けるアスカもまた、片目になります。片目になることには何の意味があるのでしょうか。

神話においては、どこの神話でも片目(一つ目)の化け物が現れます。また、日本においても、片目の神の話および片目の魚の話などが豊富に存在します。骨子としては、神が何らかの事情で(例えばある植物の茎で目をさして)片目を失い、その血が落ちた池にすんでいた魚も全て片目になり、神はその植物を育てることを禁じた、という物語です。

柳田国男の仮説によれば、古来、祭りの時にはある種の人選が行われ、選ばれた人間は片目をつぶされます(逃げられないように片足も折られます)。その人間は神とヒトとをつなぐ存在として丁重に扱われ、神託を行いつつ、自由な行動を行えますが、次の祭りの時に生け贄として殺されます(ゲンドウとレイの役割を暗示している?)。この記憶から、片目の人間が神に近いという発想が生まれたのではないかと言います。実際世界の神話には、起源の神が片目であるというのも多くあります。

 

それはともかく、儀式において、片目の人間はヒトと神との間に立つ聖性を持った存在であることは間違いないようです。

レイが片目なのも、ヒトとカミとの間に位置する存在だからではないでしょうか。また、アスカが片目をやられるのも、それによってある種の聖性がレイからアスカへと受け継がれたことを象徴しています。

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父を喰らう息子

ゲンドウは最後の場面でエヴァにかみつかれます。これは、いくつかの神話における象徴的な場面であります。つまり、父(神)を喰らう息子です。

このことは、息子が父を認めるとともにその父を越え、父の霊を自分にとりこみ、自我を確立させることを意味しています。

父ではありませんが、カトリックのミサにおいては、キリストの肉と血にみたてて、パンとワインを食べます。中世の神学の中には、このパンとワインは、キリストの肉と血そのものであるという見解もありました。これを食すことにより、キリストの聖性を分け与えてもらうと共に、感謝の意を表すわけです。

つまり、エヴァがゲンドウをかむシーンは、シンジが父を認め、それを評価し、自分にかけている部分を受け取ると共に、感謝の意を表すということであり、TV版26話における「父よありがとう」という言葉と同じ意味を持っているのです。

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月を背に「さよなら」という美少女・・・FLY ME TO THE MOON 

 

この歌の歌詞は、月へ行って、そして、星にかこまれて遊びましょう、というものです。この歌がエンディングテーマとして使われていることは何を意味しているのでしょうか。

グノーシス的観点

一般に、「本来、人間は神であるにも関わらず、物質的なこの世界に紛れ込んだため、自分の神性すらも忘れてしまった。」という考え方をグノーシス主義といいます。この考え方の当然の帰結として、どうにかして汚い現実世界から離れ、本当は神である自分に戻ろう、というようになります。

この発想は様々な宗教の中で展開しましたが、特にキリスト教におけるそれをキリスト教グノーシス主義といいます(逆に、グノーシスとだけ言えば、普通キリスト教系のものを指します)。さて、このキリスト教グノーシス主義者は、この宇宙は悪神によって作られたものであり、だからこそ悲劇が絶えないと考えました。どうにかしてこの宇宙を抜けだし、その向こうにある本当の自分の住処に戻って、神に戻らなくてはならない、と。この時、最初の通過地点として彼らに考えられたのが月です。その後、惑星を経由して、最終的には宇宙から脱出することを考えていたわけです。

ちなみに、星はローマ皇帝の象徴であったため、宇宙=自分達を弾圧するローマ=悪神の世界、でもあったわけです。また、エヴァは企画段階においては、使徒は火星などからもおそってきます。エヴァのようなキリスト教要素を取り込んだ作品においては、月へ行くと言う言葉の意味は以上のような流れからとりたい気もします。つまり、神に戻るべき通過地点としての月です。

 

月本来の象徴

しかしながら、視野を広くとると、月の意味は全く違ってきます。月は満ちては欠けてなくなり(死に)、そしてまた復活するというイメージから、永遠の命の象徴です。月は海や女性を支配する、永遠の生命原理なのです。世界中の神話で、死者が最初に行く場所は月とされています(恐らく、上記のキリスト教グノーシス主義においても、もとはそういう意味で月に行くという発想があったのでしょう)。つまり月は死者の国でもあります。もちろん、月が満ち欠けを繰り返すように、死んで月へ還った人間の魂はまた月から生まれるのです。一言で言えば死と新生(シト新生)です。

綾波レイの登場シーンでは、いくつか印象的な形でバックに月があるのは指摘するまでもないでしょう(オープニング、ヤシマ作戦、三鷹市ポスターなど)。これは、レイが人類の母であり、帰る場所である、リリス=月の女神であることの象徴です。エンディングムービーでのレイと月との組み合わせも同じ理由からきています。

以下はエヴァとは離れすぎるので興味ない人は読まないほうがいいでしょう。かぐや姫の話です。日本には竹取物語(かぐや姫)というものがあります。しばらく前に、最古のSFといって、宇宙人とのコンタクト的に映画化されていました。しかしながら、あの物語を宇宙人(月の人)と地球人の話と捉えてしまうと、あの物語の本質を全て無くしていまいます。なぜ、かぐや姫が月の住人なのか、それは彼女が死と再生を司る、生命の秘密を握る女神だからです。世界中の神話で、月の姫といえばそれを示します。かぐや姫も同様でしょう。だからこそ、かぐや姫は不死の霊薬をもっていたのであり、貴族達は誰も彼女を手に入れることができなかったのです(不老不死に挑戦し、失敗する人間という、最大の神話テーマです)。

もし、現代において、SFとして竹取物語を作りなおすとしたらどういうふうに作るべきでしょうか。竹ではなくて試験管に入った美少女、彼女は実は生命の死と再生を司る女神でもある。その彼女を利用し、人間を不死にしようとする謎の人物、最後には、彼の計画はもちろん失敗することになるでしょう・・・

レイとかぐや姫のシンクロ率は、実は結構高いと思います。

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天と地を形作る父

旧約聖書冒頭において、神はこういいます。「光あれ」。すると、何もなかったところに光がさしこみ、その後、天と地ができあがります。これが天地創造です。これにより原初の混沌は消え、世界が形造られます。

TV26話において、シンジが「自由」を経験する時があります。何にも束縛されず、誰も邪魔しない自由。どこまでが自分かもわからない自由。そこに父の声が響きます。「不自由をやろう」。

線が一本できあがります。この線が天と地とを分離します。天地創造です。シンジは安定と、不自由を同時に手に入れます。

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13体のエヴァによる儀式

エヴァは予定通り行けば全部で13体になるはずでした。しかしながら、零号機、弐号機、三号機がなく、計10体しか存在しませんでした。この10体でちょうど10個のセフィロト(生命の木)を形作り、ゼーレは補完計画を発動させます。

では、13体あればどのような形態になったのでしょうか。その場合は10体で生命の木を形作り、残りの3体が生命の木上にて横に一列にならび、処刑される構図となったと思われます。これは、キリストが十字架で処刑されるとき、中央にキリストをおき、左右にはりつけになっている罪人と共に殺されたことからきております。

さて、ヨハネによる福音書によると、キリストと共に殺される罪人の一人はキリストに「神の子なら自分自身も我々のことも助けてみろ」と暴言をはき続けます。もうひとりの罪人はそれをたしなめ、再臨のさいは自分のことを忘れないでくれるよう、頼みます。キリストはそれに答え、楽園を保証します。

ここに、中心に救世主をおき、片脇には天に昇る者を従え、片脇には地に落ちる者を従えるという宗教的構図ができあがります。

これを再現したのが、オープニングの始めの方にある、シンジを中心におき、女性(レイ、アスカ)のシルエットが両脇で一方は下から上へあがり、他方は上から下に落ちていく構図です。

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十字架にかけられるリリス

工事中。すいません。

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12枚の羽根を広げるエヴァ

工事中。

ひとまず、最重要QA集「エヴァは悪魔か」を参照ください。

 

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聖母の資格・・リツコはなぜ髪を染めたのか?(あるいは、なぜナオコは死んだのか?)

リツコは、冬月が初めてジオフロントを案内された時にはまだ髪を染めていませんでした。しかし、大学に入学する時点では金髪にそめております。これは設定資料ではパンクロックだということになっていますが、テレビでは特にそのようなシチュエーションはありませんでした。

さて、ではなぜ髪を染めたのか。気づかれた方も多いと思いますが、金髪のリツコはアメリカのロック歌手マドンナに似ています(ほくろの位置がちがうが)。アメリカのマドンナのことはおいておきまして、金髪になったリツコに戻ります。彼女は以前から男性が苦手でした。そして、潔癖症でした。彼女が髪を染め、歌手のマドンナに似た容姿にしたのは、おそらく、そのマドンナ(聖母)という発音イメージが、男性が苦手で潔癖症の、そして遺伝子工学を研究している彼女にとって響くものがあったからではないでしょうか。結婚をせずに、新しい時代の子を生み出す母親。

さて、彼女はゲヒルンにはいり、母と同じ部署につくことになります。おそらく、彼女には、自分が新しい時代の生命体(エヴァンゲリオン)を作っているという自覚があったと思います。一方、優れた研究者である母は、新しい時代を開く人間であるエヴァを完成させる前に、そのサポートを行うマギシステムを完成させます。しかしながら、彼女は娘と違い、潔癖症ではなく男性にも積極的な女性でした。つまり、マドンナ(聖母)としての資格はもっていない女性だったのです。神話的レベルでいえば、ナオコには、新しい時代の救世主をサポートする支援システムは開発できても、救世主そのものを生み出す資格には欠けており、E計画が進む前に、消えなくてはならない存在だったのです。

そして、エヴァンゲリオンは、マドンナ(聖母)の資格を持つリツコによって完成を迎えることになります。

 

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内蔵を喰われる弐号機

鳥のような量産機に内蔵を引き裂かれ、内蔵を喰われるエヴァ弐号機。これは、ギリシャ神話のプロメテウスから来ております。プロメテウスは人間に火を与えた神として有名ですが、その行動はゼウスの怒りをかい、岩山にはりつけられ、ハゲタカに内蔵を喰われることとなります。夜になると内蔵は元に戻るのですが、朝日が昇ると共にハゲタカはまた襲ってきます。つまり、死ぬこともできず苦しまなくてはならない罰です。ここで、タカは神を表す象徴でもあることにも注意してください。

さて、エヴァ弐号機が同じ状況におかれたことが示すように、神の領分に属する禁断の力を人間に与えた存在がエヴァなのです。神の使いである使徒を倒すという、神が望まないほどの力を人間に与えたからこそ、罰としてエヴァ弐号機は内蔵を喰われたのでした。なお、この後弐号機はバラバラになりますが、それはまた別の意味を持ちます。

バラバラになった弐号機

また、ロンギヌスの槍で目をやられますが、これもまた別の意味を持ちます。

片目の美少女

 

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バラバラになった弐号機

内蔵を喰われたエヴァ弐号機は最後にはバラバラになります。では、バラバラになることは何を意味するのでしょうか。古代エジプトにおけるオシリス、古代ギリシャにおけるディオニソス、その後のオルフェウスと、バラバラにされた者の系譜は続きます。人間と神の接点に位置するものは、最後は残酷に引き裂かれてきました。しかし、引き裂かれ、海や大地に投げ捨てられた死体は、やがて復活を迎えます。オルフェウスが引き裂かれて投げ捨てられた後には、オルフェウス教が誕生し、その儀式は神の惨殺および復活を酩酊状態の中で追体験するものでした(オシリス、ディオニソスも同様)。神の、死と新生の喜びです。この流れがキリスト教の誕生につながります。キリストはバラバラにこそされませんが、観衆の見守る中、十字架上で槍に何度も刺されて殺されます。そして、3日後に復活します。意味するものは先と同じく死と新生です。カトリックのミサにその象徴はパンとブドウ酒で再現されます。

なお、アステカの神の儀式には、槍でさされたあげく、バラバラにもされるというものがあり、興味を呼び起こします。

我々に十分な象徴理解力があれば、15話で槍に刺されたリリスを見た時点でリリスの復活を、25話で弐号機がバラバラになったのを見た時点でアスカの復活を、26話で初号機が槍に刺されたのをみた時点でシンジの復活を、喜びと共に知ることができたでしょう。

 

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マルドゥク機関とは

チルドレンを選出する機関、マルドゥク。その実体は108のダミー会社からなるネルフ直下の機関でした。ではなぜマルドゥクという名を持つのでしょうか。

マルドゥクとはバビロニアの神であり、大母ティアイマトと戦い、これを引き裂きました。そして、その引きされたティアイマトの体から、天と地が作られます。それにより人類が生まれたのです。

つまり、マルドゥク機関とは、子供達が最終的には母(エヴァ・リリス)の中にとどまることなく、それを引き裂き(26話ラスト)新たな人類となることを期待してつけられた名前です。

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槍にさされて血をながすエヴァ量産機

26話終盤で、宇宙に飛ぶエヴァ量産機は自分のコアを自らのロンギヌスの槍で突き刺し、血を落とします。あれは何を意味していたのでしょうか。

伝説によれば、キリストが槍で刺された時、生命の樹の十字架の下にはアダムの頭蓋骨が埋まっていました。キリストの体から血が流れ、その血が大地にふれ、アダムの頭蓋骨に届いた瞬間、アダムの犯した罪は許されたのでした。

つまり、エヴァ量産機が自らのコアを刺し、大地に血を流したのは、人間が原罪を許され、始源の状態に回帰するために必要な通過儀礼だったのです。だからこそ、その血が地球に落ち、地球が赤く染まった時、補完は完成したのです(なお、血で染まった地球というのはまた別の伝承につながるが、それは別論します)。

これに対し、シンジが他人と共に生きることを決意し、エヴァが12枚の羽根を開いたとき、真っ赤に染まった地球から血が引いていきます。これは、補完された状態をシンジが逆転させ、もとの世界に戻りゆくことを表しています。

 

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4枚の羽根を広げるエヴァ

工事中。

ひとまず最重要QA集「エヴァは悪魔か」をお読みください。

 

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