装甲騎兵ボトムズ 孤影再び


『孤影再び』とは、日経エンタテイメント誌にて、2006年5月から2007年9月まで連載されていた、作中における時間上のボトムズ最新作である。

TV版最終回の後の話は、これまでOVA『赫奕たる異端』だけであったが、その続編小説となる。


『孤影再び』の存在意義は3つある。

1.装甲騎兵ボトムズを純愛物語に戻した点。
2.ボトムズの世界観(ワイズマン、ペールゼン、マーティアル)を整理した点。
  ・なお、ペールゼン・ファイルズにロッチナが登場したことで、ロッチナは、ペールゼン、ワイズマン、マーティアルの全てに絡むことになった点も注目。

3.TV版のキャラクター達の元気な姿を再現した点。
  ・小説のため、老けた顔が明確ではないので、TV版の続きの感覚で見ていられるのがうれしい。



ここでは、最大のポイントである1の純愛物語としての特徴について語りたい。

かつて、私は、ボトムズ論において、TV番ボトムズの特徴として以下の3点から整理した。

@リアルロボット
ロボットを単なる道具とすることで、焦点を人間にあてた。

A価値観の創造
正義のない戦争状態の世界を描くことで、価値観の創造をテーマとした。このことは神殺しや冷凍睡眠に端的に示されている。

B純愛
最後に、人間に焦点をあて、正義のない世界を描いた帰結として、愛のみが行動原理となった、純愛物語である。


しかし、OVAでは、神の後継者としての位置づけが突出してしまい、リアルロボットとしての魅力や、価値観の創造という魅力がなくなったということに、苦言を呈した。

さらに、『赫奕たる異端』では、恋愛ものとしてのボトムズの物語そのものも終わってしまったことに、落胆の意を表明した。


それに対して、『孤影再び』とは、ボトムズを、純愛物語にもどす話である。

私はこれを読んで、純愛物語というのは、2人のうち、片方が不在であっても成り立ちうるものだと、初めて理解した。

また、TV版に存在した、少年向けアニメらしからぬロマンチックな恋愛ものであったボトムズのなかの印象的なシーンの数々


・ウドで、秘密警察に包囲されたキリコとフィアナが2人だけで語り合うシーン。
・クメンで、イプシロンに破壊されたキリコのATを守るためにフィアナがヘリを突撃させ、川に沈みながらもキリコが熱いものを覚えるシーン。
・二人だけが乗った宇宙船で、広大な暗黒の宇宙を、何も言わずに一緒に眺めているシーン。
・サンサにおいて、フィアナを背負って砂漠を歩き続けるシーン。
・イプシロンとの戦いに決着がつくとき、フィアナが、キリコもPSであると告げるシーン。
・最後に、流星として2人で旅立つシーン。

これらと同じロマンチックな感銘を、『孤影再び』を読んで覚えた。

「時間だ」

呟いたキリコがコクピットを開けた。

「キリコ、何を!?」

ゴーグルを下げたキリコの視線が北の空を仰ぐ

「危ない!!」

その無防備な行動にテイタニアは驚いた。

「!!」

視線の端で銃火の瞬きが感じられた。

「キリコーッ!!」


(以上、本文より抜粋)

200機の敵機と戦闘中に、フィアナのカプセルの光を夜空に見つけて我を忘れ、コクピットを開けてしまうキリコの姿は、ロマンチックなボトムズ名場面の一つに数えられるだろう。

「孤影再び」により、装甲騎兵ボトムズは、全体として、このうえなく美しいロマンチックな純愛物語に戻った。

これは、本当にありがたいことである。

ただし、相手がいない純愛物語というものが、どれほどさみしく、むなしいものであるか、読後感は、誰でも同じであろう。

また、『赫奕たる異端』で登場したばかりのテイタニアの末路も哀れである。

「皆がそれぞれにテイタニアの悲劇とキリコの孤独を想った。
彼はたぶん、これからもフィアナの幻影を追いながら何処までも小さな流れ星を求めてさすらい続けるだろう。」(本文より)


これはこれで美しい、純愛の極地であるが、これで終わりなのだろうか?


この点について、高橋監督はこういっている。(プレセペインタビューより抜粋)



――フィアナが死んだ(?)後の話もまだ語られていませんしね。
高橋:開き直っちゃえば「3年経ったら新しいテクノロジーができて生き延びちゃうよね」ということも出来なくもないんだけど。その昔石 ノ森さんから漫画家の融通無碍さ加減を聞かされたことがあるんです。『うん、大丈夫、何とでもなるんだから、漫画は』と。
――でもやっぱりファンとしては、フィアナに生き返って欲しいと思います。
高橋:でも、生き返る時に「え、そんなことなの?」って言われるのは困りますよね。だから、かなり根性の座った言い訳をしたいんですよね。『赫奕』でフィアナを殺したために、僕のところに非常に悲しがった手紙が来るんですよ。「これで私のアニメ生活も終わりました」という。死んじゃったのは必然なんでしょうけれど、私はもう見ません、というものが多かったです。
――それは女性からが多かったんですか?
高橋:フィアナに関しては女性からですね。女性は本当にそこで見るのをやめてしまって女性の手紙は来なくなりましたが、たまに来る男性からの手紙で「やっぱりフィアナは生き返らないですか?」っていう未練のある手紙を読むと、「ああ、男女は違うんだな」と思いました。女性のほうがしっかりしてるな、と(笑)。
新しいシリーズを出すにあたって、『孤影再び』で「キリコのフィアナに対する気持ちは変わっていませんよ」という考えを小説にしたんですね。これは言い訳なんですよ、僕の。「キリコも高橋良輔もフィアナのことは忘れていませんよ」という。「フィアナを忘れた男が『ペールゼン・ファイルズ』を作っているんじゃないんですよ、と(笑)。
――では、『ペールゼン』が終わった後には『赫奕たる異端』の続きも見られたりするのでしょうか?
高橋:それは確約できませんが、『ペールゼン・ファイルズ』みたいな作品を作ると反作用で、ココナやゴートやフィアナが出てくる、軍人だけじゃない物語も作りたくなりますね。それは単純に「フィアナが生き返る」と言うものではなく、まだ生きているときのエピソード 。ということはココナたちも若いわけですよ。おばあさんになったココナや死にそうなゴートは見たくないだろう、と(笑)。
――そういう意味では人間ドラマも描きたいということでしょうか。
高橋:キャラクターの想いが交錯しつつ、キリコが活躍できるようなアクションがある、というものを作りたいという想いはありますね。
まだ『ペールゼン・ファイルズ』は2本しか出来上がっていませんが。
塚田:再来年の話をされてもね(笑)。
――フィアナには生き返ってもらいたいと思います。
高橋:誰もが納得できるよいアイディアが思いついたら作ります。
塚田:去年『孤影再び』を書いている間中ずっと、そう言っていましたからね(笑)。その反動で『ペールゼン・ファイルズ』に関してはそういう恋愛描写がほとんどないんだと思いますね。





私としては、『赫奕たる異端』で終わるよりは、『孤影再び』で終わる方が、ボトムズファンとして、はるかに納得できた。

だが、ロマンチックで美しくも、さみしすぎる展開でもある。

TV版のラストには、まだ夢があったが・・

下手な続編が作られるよりは、『孤影再び』で終わった方が良い気もするが、一方で、ペールゼン・ファイルズ完結後には、やはり新しいボトムズが見たいのは、ファン共通の心理だろう。

個人的には、「おばあさんになったココナや死にそうなゴート」が出てきてもいいから、キリコの新しいストーリーとフィアナを見たいと思うのは、私も典型的な「未練のある」男性ファンだということだろう。

そうでないと、せっかく眠っていたキリコとフィアナを『赫奕たる異端』で、あえて回帰させた理由が、よくわからないままになってしまう。

高橋監督には、頑張って「誰もが納得できるよいアイディア」を思いついてもらいたいものである。



装甲騎兵ボトムズのページに戻る