3.講義終了後

 講義は終わったが、田中から少し残るように合図されたので、晴香は席を立たないでいた。隣の藤田君は何か言いたそうな感じで迷っているようであった。すると、田中がすっと二人の前に来て、話しかけた。

 「大平さんは少し待ってください。藤田君何か言いたいようですね。」

すると藤田が意を決したように話し出した。

 「僕は、小学4年の時からずっとサッカーをしています。前に就活の講習を受けた時は、その話しをしろといわれましたが、具体的にどうしたらよいでしょう。」

 田中は微笑しながら突っ込んできた。

 「さて、その話しを面接官の立場で考えて見ましょう。面接官は、何人もから『僕はサッカーを小学生時代から続けています。』と言う話しを聞いています。そこで面接官が聞きたいのは、『そこで君は何が違うの』と言うことです。藤田君は何か、ほかの人にないものがありますか?」

 この質問で、晴香が見てもかわいそうなように、藤田は落ち込んでしまった。そこで田中の助け舟が来た。

 「私が話したように、サッカーの中で、自分の力を引き出した経験がありませんか。小さなことでもよいから、自分で努力してできるようになった経験です。」

 すると藤田は少し元気が出て次のように答えた。

 「リフティングを200回できるようにしました。」

そこで、田中の突込みが来た。

 「リフティングの200回は、小学生でもできるのでは?」

これでまた藤田は、落ち込んでしまった。しかし今度は直ぐに田中のフォローが来た。

 「そこで、藤田君の工夫が何かある?あるいは、一般的に得たものが言えますか。」

藤田が弱弱しく聞いた。

 「一般的に得たものとは何でしょう。」

 「例えば、体の鍛え方や、一人で練習を続けるための工夫です。もう少し具体的に言えば、毎日日記でできた数を記録する。これを見ながら自分の成果を確認し、成長が中断した時も、我慢した。この経験を、他の技の習得に活かした。このような話なら、会社でも新しいことを収得する力があるとPR出来ますね。」

藤田は少し元気になって応えた。

 「確かにできるようになる段階では、そのようなことをしましたし、成長中断もありました。どうして解かったのですか。」

田中は微笑して続けた。

 「これは、訓練の常道です。ただし、知っていることと実行することは別です。実行したことを面接官は高く評価すると思います。」

これで、藤田の背が少し伸びたように晴香は思った。すると、田中は晴香の方を向いて質問した。

 「この質問のやり方はどう思います。」

晴香は不意をつかれたが何とか答えた。

 「別に、変った所は無い様に思います。確かに指摘は鋭いですが…」

田中は藤田の方に向かって聞きなおした。

 「藤田君はどうですか?最初の『誰でも言う』の部分で、圧迫面接と思ったのでは?」

 「確かにそう思いました。フォローがあったので、忘れていましたが…」

そこで、田中は説明を続けた。

 「これが大事なことです。見方を変えれば、自分が圧迫面接と思ったことでも、普通の質問に見える。このように自分の見方にこだわらず、客観的に見ることが大切です。特に、圧迫面接と思い込んでしまうと、相手が好意的に質問したことまで、掴み損なってしまいます。まとめると、面接している状況を、客観的に見る。もっと良いことは、面接する側の立場で考えてみる。このような能力があると、面接では有利に立てますね。」

そして、また田中は晴香に質問してきた。

 「大平さんは、自己PRをどうしますか。」

 晴香は、少し迷ったが何とか応えた。

「バイト先のコンビニで、その時間帯の責任者になりました。この話しでよいですか?」

すると予想通り、田中の突込みが来た。

 「責任者になったと言うだけでは不十分です。なぜそうなったかを説明してください。」

 「私が、一番前から勤めていました。そして、無断欠勤が無かったことも、良い評価を貰ったと思います。」

 「それだけですか?」

 「その外は・・・」

 ここで晴香は、つまってしまった。そこで、田中のフォローが来た。

 「もう一度、総合職に要求されていることを、考えて見ましょう。自分で工夫したこと、特に知識を使った経験があればそれを話してください。」

 「そう言われても・・・」

 「例えば、物が売れるように工夫したり、これは売れないと判断したことはありますか。」

 「そう言えば、商品の売れ方を自分で記録し、ある時間にしか売れないものを、店長に報告したことがあります。その後、商品の入荷タイミングが変りました。売り切れても、間に合うなら後の便で入れるようになりました。」

 「それは一つの成果ですね。但し、それだけでは不十分です。それが、なぜその時間しか売れないのか、理由まで踏み込んでください。それから、資金の回転率について、学校で習ったことを加味して、説明してください。更に、損益分岐点についても、考えて見なさい。」

 晴香は、簿記の資格を取っていたので、損益分岐点という言葉は解かったが、田中の言いたいことがわからなかったので正直に聞いてみた。

 「損益分岐点のためのデータは、店長しか見れないのですが・・・」

 「アルバイト先ではそうでしょう。しかし、総合職で仕事をしている場合には、経営的な立場で考えることも重要です。そこで、あなたの提案した商品の売れる時間での管理は、物流コストを下げると言うことでは、変動費への貢献ですね。しかし、売り場面積を狭くすると言うことに貢献できれば、固定費の削減に繋がりますね。すると損益分岐点が下がります。このように、学校で教わった概念を使うことが大切です。」

 「つまり、説明の中に、固定費や変動費と言う言葉を、使うと言うことですね。」

 「そうです、学校で学んだことを生かすと言うことが重要です。もう一つ、採用に関しては、損益分岐点の観点で議論しておくことがあります。あなたたちを採用すると言うことと絡めて議論してみましょう。」

 「採用と関連してですか?」

 「そうです、正社員で採用すると言うことは、固定費が増えると言うことです。つまり損益分岐点が上るということです。それだけの投資に耐えることをあなた方が示さないと、採用されません。言い換えると、正社員として採用して、鍛えれば大きく成長して、会社に利益をもたらす、と思う人間しか採用しません。」

 横で聞いている、藤田君の顔が少し引きつったように思ったが、晴香も重たいと感じた。しかし、これを超えないと、就活で生き残れないと考え直した。そこで田中の目を見ると、あなたならできると言うメッセージが流れてくるように思った。