小論文のための講座

 

6.材料切れ

 晴香は、しばらく日記や小論文の練習を、一人で行っていたが、材料切れの感じがしてきた。そこで、ついに田中に助けを求めた。

 

 「田中和夫様

   大平晴香です  

 

いつもお気遣い頂いてありがとうございます。

どうも小論文の材料が集まらなくて苦労しています。何かヒントをいただければありがたいのですが、甘えすぎでしょうか?」

 

 すると、直ぐに返事が返ってきた。

 

 「大平晴香様

   田中和夫です

 

小論文の材料は、中々難しい物があると思います。いわゆる基本教養の有無と言う議論となります。

しかし、その前に論理的な理解方法を、もう少し検討すべきではと、近頃考えるようになりました。

現在考えているのは、著者と共感を持つような手法での論理的な理解です。一つの例として、テイラーの科学的経営管理法を、理解していただきたいと思います。なお、大平さんは、テイラーの科学的管理の話しは、どれほど知っていますか?

宜しければ、来週の日曜日に、大阪で2時間ほどお話したいのですが如何でしょう?」

 

 晴香は、ここまで来たら最後まで田中について行くつもりだったので、即座に返事した。

 

「田中和夫様

   大平晴香です  

 

 よろしくお願い致します。大阪でお話しを聞かせてください。」

 

7.理解法の勉強

 田中と晴香は、大阪駅前でであった。近所のカフェに入った二人は、挨拶もそこそこに主題に入った。

まず田中は、晴香の現状知識を確認した上で、テーラーの科学的管理の概要を説明した。

7−1 概要の説明

 「太平さんは、テイラーの科学的管理法についてどの程度知っていますか。ズク運びやショベル作業について、聞いたことがありますか?」

 「いいえ、科学的な管理法を導入したというだけしか知りません。」

 「そうでしょうね。しかしそれでは、会社の仕事としては役に立ちません。テイラーの科学的管理法は、現在でも十分使えるのですが、考え方まで踏み込んで理解しないといけません。そこまでしている人は、少ないようです。それでは、まずテイラーの研究が行われたのが、1911年より前だということを、確認しておきましょう。この時代は、第一次世界大戦の前です。初期の量産自動車として有名なT型フォードの販売が1908年です。このように、現在の生産体制がまだできていない時代の話です。その当時の、作業者の管理は、『職長が命令した作業量を、工員が無事遂行したら終わり。』と言う形でした。」

 「その作業量はどうして決まるのですか。」

 「今までの経験で決まります。つまり、実績と言うものです。言い換えると、工員達ができるという値です。そこで注意すべきことは、仕事のやり方は、工員達に任せられていました。」

 「おかしいですね。仕事のやり方を決めないと、作業時間の目安も成り立たないでしょう。」

 「そうです。しかし、これはテイラーの研究が行われた後の常識です。我々は、後智慧で標準作業と言うことが、当たり前だといっています。しかし、当たり前のことを発見したときに、大きな知恵が必要です。そこで、私達はテイラーの時代を思いやり、何を発見したか考えてみたいと思います。書物の読み方でも、著者が言わんとするところを、追体験すると言う方法がありますが、同じ発想です。」

 「そのような読み方、意識したことがないですが、確かに大切ですね。」

 「そうです、特に現在の知識による後知恵で評価すると、発見の本質を見逃します。実は、テイラーは初期の仕事で、1日あたりの仕事量を増やすことを拒んだ工員達のサボタージュに、3年間も悩まされています。その結果、科学的に根拠のある1日の仕事量を見つけて、工員と職長の間で合意を得ることを求めました。」

 「テイラーの立場は、経営者ですか?」

 「違います。現場の機械工から職長に昇進しました。今の日本なら、一般職から総合職になったところと言う感じでしょう。」

 「何か現場の職人さんとの対応と言うことは、自分にも起りそうですね。」

「それは、まったく環境が違いますね。それでは、テイラーの仕事をもう少し追いかけて見ましょう。まず、ズク運びの標準作業の話しから入りましょう。ズクとは鉄の塊と思ってください。ただ重さは42kgあります。これを運び、貨車に積み込む作業を、テイラーが研究する前は、一人の作業者の運ぶ量は、一日あたり12.5トンでした。繰り返しますが、当時の仕事の管理と言えば、職長が従来の経験などから、1日に運ぶ量を決め、工員が合意することで決まりました。」

 「そのような重たい物を、人間が一人で運ぶのですか?」

 「そうです。当時は、工作機械も貴重品です。現在のように、物を運ぶ設備を投入したりするのは、簡単には出来ません。」

 「現在の見方で考えてはいけない、ということの実例ですね。」

 「判ってきましたね。さて、ここでテイラーが行ったことは、人間の作業に関する理論を探すことと、作業者の中で好成績をあげているものを、探し出すことでした。理論面では、疲労と休息に関する議論を適用しようとしました。好成績の労働者は、仕事振りと帰宅時の元気さも見て探しました。彼の目にかなったのは、シュミットと言う男でした。頑丈な体と粘り強さ、そして命令に忠実に従うと言う特性を重視しました。但し、シュミットにこの仕事をさせる前に、一応彼が納得のいくように説得しています。」

 「それは当たり前ではないですか。」

 「必ずしも、当たり前ではないですね。立場的に職長と工員の関係は、命令と言う形で一方的な指示でした。しかし、テイラーは、今の観点では『上から目線』でありますが、シュミットにこの実験に参加すれば、彼の俸給も一日に1.25$から1.85$に上がると言うことで、説得しています。当時としては、労働者に対して、暖かい対応でした。このあと、テイラーは、シュミットに対し、運ぶ・休むと言うことを、色々な状況で命令どおり実行させて、最適の結果を見出しました。前に一日に運ぶ量は12.5トンと言いましたが、最良の結果では、どの程度になったと思います。」

20トンにでもなれば大成功でしょうね。」

「この時得た結果は、47.5トンでした。」

「そんなに大きな差が出たのですか。4倍ですね!」

「そうです。この理由は大きく分けて、2つあります。まず、行動を科学的に分析して、最適な動きを求めました。一つの例では、休息の意味を明確にして、何処で休息を取るべきか指示しました。具体的には、42kgの物を持つ時間と休息時間の比率を、43:57に設定することとしました。なお、休息の中には、一つのズクを運び込んだ後、次のズクをとりにいく、戻り時間も含んでいます。また、荷物を一定回数運んだ後では、一定時間座って休息するようにしました。」

「休息も管理するのですか?」

「確かに管理すると言えば、聞こえは悪いかもしれませんが、効率向上のための積極的意味を、休息に対して認めたのは、当時としては画期的です。」

「そうですね、休みが大切と言ってもらえれば、働く方もやりやすいですね。」

「その点が、テイラーのもう一つの成果です。彼は、職長と工員の間で、科学的議論で納得して、ノルマを決めることを、重視しています。それまでのノルマの決め方は、職長の経験などで決まりました。言い換えると実績で決まったのです。そのため、工員達の間では、あまり働きすぎることは、ほかの人に迷惑をかける、罪になったのです。このような、工員側の怠業を除去したことも、47.5トンの成果を生む原因でした。」

「もう一つ気になるのですが、それだけの激しい労働に耐える人は、少ないのではありませんか?」

「それも重要な点です。テイラーは、仕事に適した人材を選ぶことを重視しています。ズク運びに適した、体力・忍耐力を持った人間は、8人に1人といっています。このような人材の選び方も重要ですね。」

「そうすると、それ以外の人の仕事はどうなります?失業しないですか?」

「よい観点です。テーラーの成果は、命令するだけの職長から、作業の指導をする職長と言う役割を生み出しました。その外にも、計画したり、成果を評価するなど、多くの作業を生み出しています。現在の用語で言えば、管理と間接作業の充実です。このような間接作業者を増やし、工員の給与を増やしても利益の出るようにしました。つまり適材適所で、利益を増やしながら雇用も増やしたのです。」

「判りました。テイラーと言う人は、凄いことをしたのですね。」

7−2 小論文へ

「さて、ここからが小論文の練習の本番です。太平さんは、まず当時のテイラーの心境を思いやって、自分で再体験してください。」

「心境を思いやるのですか?」

「そうです、まずズク運びの改善をする前に、テーラーが職長として、工員と戦った3年間を振り返ってみましょう。」

「そうですね、彼は若かったのですか?」

「丁度20歳ぐらいですね。確かに工員達より若いのですが、機械に関する知識を確り持っていました。そして、最初は工員と一緒に旋盤作業をしていました。その後経営者に見込まれて、職長になり、工員達に対して指示する立場になりました。」

「それって、つらいことではないですか。」

「そうです、しかもテイラーは、工員達が機械の最大の能力を引き出していないことは、自分の経験で知っていました。従って、彼らに求める1日の成果は、従来の成果より大きいモノです。」

「でもそれに反発がありますね。」

「そうです。しかも、自分は知っているが、それを説得できない。そのような状況でテイラーは苦しみました。この悩み判りますか。」

「まず、年上の部下を動かすと言うのは大変ですね。しかも説得できるだけの材料がない。私も、コンビニのバイトで似たような経験があります。」

「そこで、テイラーが偉いのは、科学的手法で作業を使って、職長と工員が納得できる、作業量の標準を見出そうとしたことです。」

「それが、先ほどのズク運びの研究ですか。」

「それも一つです。他の研究もありますが、今回はズク運びの研究の動機として、納得できる科学的根拠を探すと言う話をしました。さて、本番に入りましょう。先ほどの話しを思い出してください。テイラーになった気持ちで、ズク運びの最適化を探す検討を思い起こし、職長と工員の納得ができる基準ができたことを、800字程度の小論文にまとめてみましょう。大切なことは、まずテイラーの時代で考えることです。現在の知識で考えてはいけません。但し、最後に現在の話、あなた自身の経験を加味すると、面白い小論文になります。」

「なるほど、当時の立場や心情を自分で思いやる、その後現在に戻って考えるのですね。これなら、何か書けそうです。やってみます。」

「それでは、一度書いてみて、メールで送ってください。」

 

8.小論文の作成

晴香は、帰って直ぐに、次のような小論文を書いた。

 

表題:テイラーのズク運び研究について

 

  20世紀頭に、アメリカで活躍したティラーは、工員が納得したノルマとなるように、科学的な仕事の与え方を研究した。

  当時の工員に対するノルマの与え方は、職長の経験で決めていた。一方、工員側はノルマを高くしないため、意図的に怠けていた。テイラー自身も職長の経験があり、機械の最高性能を出そうとして工員と争った。

  彼は、42Kg の銑鉄の塊のズクを運ぶ作業について、休憩のとり方等を科学的に検討し、従来の12.5トン/日だったが、47トン/日とした。この検討にあたり、工員の中で頑丈で、言われたことを確実に実行する者を選んだ。そして、運びのスピードと、休憩の取り方を色々と組み合わせて、運び43%、休息57%の最適な配分を見出した。これに対し、工員の給与は、1日1.15$から1.85$に昇給した。

  このノルマを実現できる人材は、8人に1人であった。しかし、計画や管理などの従来にない間接作業が増加して、雇用も増えた。特にノルマについては、実際に働く工員に説明した上で、労使の納得を得るようした。

  「労使の納得の上で働く」と言うことは、現在では常識だが、初めてこれを実現したテイラーの功績は大きい。このような、作業に対して、最適なものを求める考え方は、現在でも使えると考える。

  現在の厳しい経営状況では、「海外で安くものを作る」等の発想があるが、本当の解決は、作業の最適化で利益を生み出すことが大切だと判った。

  また、私がコンビニでのアルバイト時に、示された作業マニュアルには、個々の細かい作業について、指示が書いてあったが、このような研究の上で作られていると知った。自分は総合職として、勤めたらこのような蓄積を理解した上で、新たな改善を加えたい。

 

 これを田中に、メールで送ったところ、少し厳しい評価が返ってきた。

 

 「大平晴香様

   田中和夫です

 

小論文としては、テイラーの検討を、自分が総合職で就職した後の決意に繋いでいるので、かろうじて合格です。

ただし、もう一歩踏み込んで欲しいですね。私の話以外に、テイラーについて調べて、もう少し書き込む、これがあればもっとよいですね。

いわれたこと以上のことをする。これが総合職です。

特にテイラーの手法の、『作業を細分化して、一つ一つを計測する。』などは、応用が広いです。

これらは、今後とも役に立ちます。何故私がテイラーと言ったか、もう一度考えてください。」

 

これを読んだ晴香は、テイラーの本を、図書館で探して読もうと決心した。しかし、田中が自分を少し評価してくれているような感じもして、少し嬉しくなった。