2006年04月の日記

2006年04月30日

 Yさんと旧交をあたためるため、池袋で呑んだ。久しぶりだ。
 こんな話をした。

 「アル中が簡単に治ったのだとしたら、ホントのアル中じゃなかったんだ」と、Yさん。

 いや、ホントのアル中だよ。ひどいときは、朝から呑まずにはいられなかった。仕事がないから、呑む
以外にすることがない。短時間で大量の酒を呑んだら、その場で寝ちゃう。しかも、精神科の医者を騙
して処方させたアタマのクスリとチャンポンで呑んでるんだ。すぐ寝るに決まっているだろう。寝ても、い
いんだけど、眠ったまま、オシッコを漏らしたりするようになる。これは困る。いい大人が寝小便を垂れ
るのはマズイ。僕は、酔っ払ったとき、うちのトイレの便器の外に少しオシッコをこぼしただけでも、オク
サンにヒステリックに叱られ、奥さんに怯えて暮らしている恐妻家だった。寝小便までするんじゃ、叱ら
れるだけでは済まないだろうと怯えた……。
 で、どうしたか、寒くても、なるたけ我慢できそうなダウン・ジャケットを着込んで、公園で呑んで寝るこ
とにした。公園なら、寝小便をしても、布団は濡らさずに済む。呑んで眠って、起きたら、案の定、ズボン
もパンツも濡れて、グッショリと重く、冷たい。
 その濡れたジーンズを穿いたまま、また酒を買いに行って呑む……。
 ヤケクソってのは、こういうのをいう。
 日に二度も寝小便をしてたんだ。
 そんな生活が、判るだろうか。
 こういう時期に、僕が怒らせてしまったミナサン、ゴメンナサイ。

 「そりゃ、ホントのアル中だわ」と、Yさん。

 あのね、そういう状態から立ち直ろうと思ったら、医者にいくしかない。医者は、クスリを出すだけしか
能がないけど、そのクスリだけが頼りなんだ。医者にカウンセラーのように話を聞いてもらっても、断酒
会の連中と付き合ったりしても、なんの支えにもならない。
 アル中仲間の話は、そりゃ、オモシロかったよ。どいつも悲惨の極みなんだもの。
 他人の不幸は、テースト・オブ・ハニーだ。ホントにオイシイ蜜の味。
 とにかく、酒を呑んだら、気持ちが悪くなるクスリを呑んで、頑張る。
 手が震えても、アタマがオカシクなりそうでも、寝転がって痙攣に苦しんでも耐える。
 そして、ハローワークに行ったんだ。
 碌な仕事はなくても、朝から低賃金でも働けば、酒を呑まずに済むと思ったから……。

 こういう打ち明け話をすると、Yさんが、「ニーチェも晩年はヒドかったんだ。性病でしょ。末期症状が出
て、クソも、垂れ流しだったんだよ」と、教えてくれた。

 僕は嬉しくなった。だって、僕はニーチェの仲間みたいじゃないか。
 つまり、天才だ。僕は天才だったのだ。やっぱりネ。
 天才の末路はカナシイね。

 家族が困り果て、心配するのも無理はない。
 Yさんは、僕の妻を、いつも気にかけてくれている知人だ(いま、最初に変換したら「痴人」と出て、ビッ
クリした。Yさんは、もちろん「痴人」じゃない。今日は変換ミスを見逃すほど、酔ってはいないので、すぐ
なおした)。
 これからも、妻の味方でいてくれるよう、僕は、頭を下げて、オネガイした。

 少し前から、近所のローソンで、バイトをはじめた女の子が、メチャクチャ、カワイイ。
 なんとか口を利けないものかと、その子がいないときに、店長らしき若造に、聞いてみた。
 「最近、バイトで入った、女の子、スゲエカワイイだろ。高校生か? 俺、あの子と同じくらいの娘がいる
ジイサンなんだけど、うちの娘より美人だ」
 店長らしき若者が、いや、大学生ですよと教えてくれた。

 今夜、その子に、はじめて声をかけた。
 「キミ、カワイイね。大学生なんだって」
 「店長に聞いたんですか?」
 「俺、君と同じくらいの娘がいるんだ。君のほうが美人だ」
 その子に、そう言うと、スゲイカワイイ、笑顔になった。
 「アリガトウゴザイマス」と、礼を言われた。エロジジイとしては嬉しい。

2006年04月29日

 嬉しいことに、久々に、小出さんから最終回の原稿を送っていただいたので、早速アップ。

http://homepage3.nifty.com/manazasi/koide05.pdf

 古本屋の、5冊100円のワゴンで、以下の5冊を選び、購入。

中島らも『牢屋でやせるダイエット』青春文庫
川本三郎『ハリウッドの神話学』中公文庫
松尾スズキ『ぬるーい地獄の歩き方』文春文庫
高橋貞樹『被差別部落一千年史』岩波文庫
立原正秋『男性的人生論』角川文庫

2006年04月28日

 焼酎・いいちこの醸造元、三和酒類は、『季刊iichko』という、驚くほど水準の高い、哲学的な雑誌
を、つくっている。
 火曜の日経新聞に広告が出ていたので、ご覧になった方もいるだろう。春号で、オクタビオ・パスの作
品の抄訳と解説が読めると知った。
 三和酒類に電話をすると、初めて購読したいと申し込んだひとには、タダで送っているとのこと。さっそ
く送ってもらうことにした。
 以下の電話番号に電話をすればいいだけだ。ぜったい、オススメ。

0978-32-1431

 明日、図書館で借り、一週間中に読む予定の本を書いておく。

週刊誌風雲録(文春新書)
朝日新聞の書評欄で紹介されていた。
http://book.asahi.com/hondana/TKY200604180260.html
 
死の谷’95
青山真治の新作小説
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062131528/qid=1146136448/sr=1-5/ref=sr_1_10_
5/249-5237264-8700332
もうユーズドで、850円で買えるのか!

百けん先生月を踏む
「けん」の字が表示されないが、久世光彦の遺作
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022501863/qid=1146136588/sr=1-2/ref=sr_1_10_
2/249-5237264-8700332

芸術人類学
高橋源一郎が絶賛していた中沢新一の新刊書
http://www.mammo.tv/column/TakahashiG/

そのたびごとにただ一つ、世界の終焉
朝日に書評が出たばかりのデリダの本
http://book.asahi.com/review/TKY200604250275.html

 いずれも読むに値する名著のはずだ。
 趣味が読書なので、まったく金がかからず、嬉しい。

 また、小出さんと、お目にかかった。
 「9条どうでしょう」が、書店にないとおっしゃった。
 一冊とかしか置いてないと、なくなるからな。
 だから、僕は新刊書店で、本を買わないのだ。
 アマゾンで買うと、でたばかりなのに、ユーズドで、半額で買えたりもするが、カード番号を入力しなけ
ればならなかったりする。それで、個人情報がもれる可能性があるのがイヤだという方もいるようだ。紀
伊屋やジュンク堂に、直接、電話をかけ、宅配便で、料金代引きにして、送ってもらうと、必ず、翌日、
届く。送料がかかるといっても、紀伊国屋まで出かけると、行きかえりの交通費だってかかる。
 紀伊国屋に電話をしたら、すぐに送ってくれますよ。
 翌日には、届きますから。小出さん。

(追記)
 僕は、親バカで、娘を愛しているので、もう成人した娘に、いまでも、いろいろ教えてやりたいと思って
いる。
 お父さんとして、娘に、生きるために、誰でもに必要だと思われる、僕自身が、そう信じる教育を施そ
うとしているのだ。
 歴史を教えようと思っている。フランス革命あたりから、はじめて、人殺しばかりしてきた人類の血塗ら
れた近・現代史を、全部、教えるつもりだ。
 ここから、自由とは何か、差別とは何か、なぜ、人類は、いまなお、戦争ばかりしているのか、ブッシュ
や小泉は、なぜバカな権力者なのか、教えてやるつもりだ。世の中がテロと呼んでいるものが、弱者の
逆襲、つまり、正当なレジスタンスであるのかもしれないという視点を、いつでも持つ必要があると教え
る。安部は、息子の大学の先輩だけど、コイツが、総理になるのだけは止めさせたいとか……。日本
は、韓国や中国と仲良くしなければいけないとか……。
 だから、選挙のとき、テレビにごまかされて、バカな選択をしてはいけない、と教えたい。僕の意見は、
当然息子にも影響を与えるだろう。
 アンチ・ナショナリズム。それが、僕の立場だ。
 お父さんが、イジメに抗して、激貧のなかで、気も狂わんばかりに、何と闘っていたか、子どもたちに
は伝えたい。ちゃんと、尊敬を勝ち得る自信がある。
 
 伝わるはずだ。もう、僕は、死んでも本望だ。
 手始めに、ツワイクの『マリー・アントワネット』を読ませた。
 フランス革命の理想と現実を教える手がかりを与える気だった。
 けっこう、遠大な計画なのだが、僕が娘にしてやれることは、こういうことしか、ない。
 娘に講義をするお父さん、それが僕だ。
 真にラディカルに考え、生きるとは、どういうことか、それこそ、僕の生涯のテーマだったのだから。
 娘との、今度のデートは、映画を観ることにしている。
 見るのは「V・フォー・バウンデット」。
 なかなか、素晴しい教材だと思っている。

2006年04月27日

 NHKの土曜ドラマ、『マチベン』は、いいよ。
 ジュリーが、とてもいい味を出している。

http://www.nhk.or.jp/dodra/

2006年04月26日

 居住者の20代のキレイなオクサンに、

 「私、手づくりパン、つくっているんです。このマンションで買ってくださる方がいれば、売りたいんです。
2個、三百円で」

 と、話しかけられた。すでに、パソコンでつくったパンの写真を大きく載せたポスターまで、見せられ
た。
 そのポスターを掲示板にはっていいか、聞かれたのだ。

 どうぞ、どうぞ、と答えた。
 20代の、赤ちゃんを産んだばかりの、オッパイの大きな、オイシソウな、見ただけで勃ちそうな、人妻
だ。

 よからぬ下心を抱き、

 「僕、オクサンの手づくりパンだったら、食べたい。僕でも売ってくださいますか」

 と、お願いした。さすがに、僕だって、オクサンのほうを食べたいとはいえなかった。このオクサンと、
僕は、仲良くなれるだろうか?

2006年04月25日

 僕の一日は、道に落ちている葉っぱを箒で掃くことから始まる。
 それで、寺に修業に入れられた坊主になったような気がしている。
 すると、水上勉を思い出す。『雁の寺』だ。
 『雁の寺』を思い出すと、三島雅夫が、若尾文子を押し倒そうとするシーンを思い出す。
 こんな妄想に耽っていると、辛い毎日も辛くない。
 僕は、いまなお、美しい女性を思うことで、かろうじて生き延びているのだ。
 僕のいる管理人室は狭い。畳一畳分ほどしかない。
 でも、流しがあり、湯も沸かせるから、自炊は可能だ。
 自炊すれば、食い物に金がかからないので、助かる。
 最近の若いひとたちも、けっこう自炊しているようだ。
 少ない収入で暮らすには、自炊で金を浮かすことが必要なのだろう。
 若者たちが、どんなものを食っているのかというと、肉や野菜を炒めて、飯に乗せて食っているのだと
いう。なるほど、僕も似たようなものだ。ただ、毎日同じものを食うのは、飽きるだろう。
 僕は、毎日、マンションの向かいのスーパー“マルエツ”に行っている。ここは、賞味期限が近いもの
を、毎日、半額にして売っている。
 今日は、卵豆腐を半額で買った。昨日は、カニカマボコを半額で買った。サラダに乗せて食うためであ
る。僕は、半額になっているものしか買っていない。それで、適当に作ると、なんと一日の食費を200円
以内でおさえることができる。管理人室には、小さいが、冷蔵庫もある。ここで、食事を自炊すれば、光
熱費までかからない。夜は、管理人室で自炊するわけにはいかないので、昼間に栄養をとり、夜は、百
円で売っている食パンを、一枚食うだけで、済ましている。
 なんという極端な倹約ぶりだろう。
 でも、どこかの国の難民に比べたら、王侯貴族の暮らしだぜ。

 趣味は本を読むことと映画を観ることだから、本は図書館で借り、テレビ画面で、手持ちのビデオやD
VDを観ていたら、これもタダだ。
 つまり、今の僕は、月に家賃以外、一万円以下で暮らしているのだ。
 僕は、ようやく自分が望んだ“消費社会の反逆児”になったわけだ。

 今日は、朝倉喬司の『走れ国定忠治』を再読した。
 先日も言ったが、これは名著だ。
 僕と同じように、全部、何かの紹介だけなんだけど。

 たとえば、次の詩を知っているだろうか?

見よ此処に無用の石
路傍の笹に吹かれて
無頼の眠りたる墓は立てり。

 萩原朔太郎だ。僕が、この詩人の詩に出会ったのは、12歳のときだった。それから40年以上が経っ
ている。僕は、まだ、この詩人の言葉に感動することができる。僕は、長い年月、成長なく、変わらず、
生きてきたわけだ。

 謡曲『蝉丸』で、蝉丸の姉、逆髪(さかがみ)がきる啖呵の紹介も素晴しい。謡曲でうたわれる啖呵な
んてあるのかって?

 アタリマエだろう。芸能は古来、反逆者の藝術だった。
 反逆者とは、この世に、たてつくもののことだ。
 大学の演劇科で、謡曲を学んだ教養ある僕が言っている。信じろ!
 素晴しい啖呵とは、次のようなものだ。

 われは王子とは生まるれども、いつの因果の故ならん、心よりより狂
乱して、辺土遠境の狂人となって、緑の髪は空さまに生い上って、撫
づれど下がらず。
 いかに、あれなる童どもはなにを笑ふぞ。なに、わが髪の逆さまなる
がをかしいとや。げに、逆さまなることはをかしいよな。さてもわが髪よ
り、汝らが身にて笑ふこと逆さまなれ。

 キチガイだと笑うオマエがキチガイだという啖呵だ。
 僕がいっていることと、同じだろう。

 次のミシェル・フーコーの本からの引用も素晴しい。

わが眼は見たり世の人の
弱き心の震えるを
げに恐ろしきわが姿
げに恐ろしきわが罪よ

案ずるなかれ世の人よ
天の咎めのきつくして
逃れるすべのもはやなく
まさに断たれんわが命

ついに年貢の収めどき
わが手は切られわが首は
はやまた首を離れたり
悪党どものことごとく
恐れおののきひるむべし

げに恐ろしき乙女子と
人の指さすわれこそは
かのマグドレーヌ・アルベール
いともうとましむごたらし
身の毛もよだつ人非人

果てに聞く音は今生の
鐘の響きの聞きおさめ
哀れこの身はうつせみの
断頭台の露と消ゆ
いずこに往かむわが魂は
天にまします神のもと

 僕は王子として生まれ、断頭台の露と消えようとしている。
 朝倉さんの著書は、僕について書かれた本だ。
 わからなかったら、読むように……。
 僕は一度として無頼をきどったことなどない。
 生まれながらの無頼の徒だ。
 国定忠治なんだぜ。

 朝倉さんの著書を再読して、思ったことも書いておく。
 寺山修司と、スタイルが似てるよね。
 僕が、寺山の本を読んで、なんて歌謡曲の抒情性をうまく取り入れているのだろうかと、最初に思った
のは、17歳のときだった。
 天声出版が出した『街に戦場あり』という、カッコいい本だった。
 あの『血と薔薇』の天声出版。
 僕は、17歳のときから、成長していない。
 なにも、変わっていない。
 僕とアナタが知り合ったのが、いつでも関係ない。
 ずっと、これを読んでくださっている方たちのことを大事に思っているのだ。僕、バカだから。

 数日間、新しいブログを立ち上げるために、どこのブログを利用すべきか、調べていた。最近は、どこ
も変わりなく、いろんなカッコいいブログがつくれるようだ。数日中に、あらたなブログを立ち上げる。
 いままで、このサイトは、ヒット数を気にしていなかったが、今度は短期間に100万ヒットをとってやる。
見てろ!

2006年04月24日

 女性に関する発言、およびセックスがらみの発言を、大幅に削除した。
 削除はしたが、僕は生まれついての無頼派だ。
 今後のことは、期待してくれ。

2006年04月23日

 菊池寛の「形」という作品の感想を求められた。
 この作品は、短く、結論も単純なつまらぬ作品だ。
 誤読のしようもないと、思う。
 どういうことを言っているかというと、人というのは、ミテクレに、誤魔化され、振り回されている愚かな
もんだ、と言っている。

青空文庫で読めるけど、以下に全文を採録したので、まず読んで欲しい。


菊池寛
http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/4306_19830.html

 摂津(せっつ)半国の主であった松山新介の侍大将中村新兵衛は、五畿内中国に聞こえた大豪の士
であった。
 そのころ、畿内を分領していた筒井(つつい)、松永、荒木、和田、別所など大名小名の手の者で、
『鎗(やり)中村』を知らぬ者は、おそらく一人もなかっただろう。それほど、新兵衛はその扱(しご)き出
す三間柄(え)の大身の鎗の鋒先(ほこさき)で、さきがけ殿(しんがり)の功名を重ねていた。そのうえ、
彼の武者姿は戦場において、水ぎわ立ったはなやかさを示していた。火のような猩々緋(しょうじょうひ)
の服折を着て、唐冠纓金(えいきん)の兜(かぶと)をかぶった彼の姿は、敵味方の間に、輝くばかりの
あざやかさをもっていた。
「ああ猩々緋よ唐冠よ」と敵の雑兵は、新兵衛の鎗先を避けた。味方がくずれ立ったとき、激浪の中に
立つ巌のように敵勢をささえている猩々緋の姿は、どれほど味方にとってたのもしいものであったかわ
からなかった。また嵐(あらし)のように敵陣に殺到するとき、その先頭に輝いている唐冠の兜は、敵に
とってどれほどの脅威であるかわからなかった。
 こうして鎗中村の猩々緋と唐冠の兜は、戦場の華(はな)であり敵に対する脅威であり味方にとっては
信頼の的(まと)であった。
「新兵衛どの、おり入ってお願いがある」と元服してからまだ間もないらしい美男の士(さむらい)は、新
兵衛の前に手を突いた。
「なにごとじゃ、そなたとわれらの間に、さような辞儀はいらぬぞ。望みというを、はよういうて見い」と育
ぐくむような慈顔をもって、新兵衛は相手を見た。
 その若い士(さむらい)は、新兵衛の主君松山新介の側腹の子であった。そして、幼少のころから、新
兵衛が守り役として、わが子のようにいつくしみ育ててきたのであった。
「ほかのことでもおりない。明日はわれらの初陣(ういじん)じゃほどに、なんぞはなばなしい手柄をして
みたい。ついてはお身さまの猩々緋と唐冠の兜を借(か)してたもらぬか。あの服折と兜とを着て、敵の
眼をおどろかしてみとうござる」
「ハハハハ念もないことじゃ」新兵衛は高らかに笑った。新兵衛は、相手の子供らしい無邪気な功名心
をこころよく受け入れることができた。
「が、申しておく、あの服折や兜は、申さば中村新兵衛の形じゃわ。そなたが、あの品々を身に着けるう
えは、われらほどの肝魂(きもたま)を持たいではかなわぬことぞ」と言いながら、新兵衛はまた高らか
に笑った。

 そのあくる日、摂津平野の一角で、松山勢は、大和の筒井順慶の兵と鎬(しのぎ)をけずった。戦いが
始まる前いつものように猩々緋の武者が唐冠の兜を朝日に輝かしながら、敵勢を尻目にかけて、大きく
輪乗りをしたかと思うと、駒(こま)の頭を立てなおして、一気に敵陣に乗り入った。
 吹き分けられるように、敵陣の一角が乱れたところを、猩々緋の武者は鎗をつけたかと思うと、早くも
三、四人の端武者を、突き伏せて、またゆうゆうと味方の陣へ引き返した。
 その日に限って、黒皮縅(おどし)の冑(よろい)を着て、南蛮鉄の兜をかぶっていた中村新兵衛は、
会心の微笑を含みながら、猩々緋の武者のはなばなしい武者ぶりをながめていた。そして自分の形だ
けすらこれほどの力をもっているということに、かなり大きい誇りを感じていた。
 彼は二番鎗は、自分が合わそうと思ったので、駒を乗り出すと、一文字に敵陣に殺到した。
 猩々緋の武者の前には、戦わずして浮き足立った敵陣が、中村新兵衛の前には、ビクともしなかっ
た。そのうえに彼らは猩々緋の『鎗中村』に突きみだされたうらみを、この黒皮縅の武者の上に復讐せ
んとして、たけり立っていた。
 新兵衛は、いつもとは、勝手が違っていることに気がついた。いつもは虎に向かっている羊のような怖
気(おじけ)が、敵にあった。彼らは狼狽(うろた)え血迷うところを突き伏せるのに、なんの雑作もなかっ
た。今日は、彼らは戦いをする時のように、勇み立っていた。どの雑兵もどの雑兵も十二分の力を新兵
衛に対し発揮した。二、三人突き伏せることさえ容易ではなかった。敵の鎗の鋒先が、ともすれば身を
かすった。新兵衛は必死の力を振るった。平素の二倍もの力さえ振るった。が、彼はともすれば突き負
けそうになった。手軽に兜や猩々緋を借(か)したことを、後悔するような感じが頭の中をかすめたとき
であった。敵の突き出した鎗が、縅の裏をかいて彼の脾腹(ひばら)を貫いていた。

 松山勢は、ミテクレに誤魔化され、相手が、強そうな格好をしているだけで、萎縮して、弱くなり、そう
でないと、萎縮せずに済むので、強く振舞えるだけだよ。つまり、ミテクレで敵を判断している。
 新兵衛は、格好を軽視して、殺される。
 つまり、双方、ミテクレで、じつは身を誤っている。
 ミテクレだけで、人は、行動を誤る愚かなものだ、という話だと思うが、違うかな。

2006年04月22日

 天野さんに電話をした。電話をするにも、うまく、きっかけを作らないと、作戦をたてないと、できない。
気難しいジイサンなのだ。ご機嫌を損じるのは、マズイ。こんなふうに話した。
 「先生、僕、ちょっと仕事サボって、うちで、ビデオで持ってる『緋牡丹博徒・お竜参上』を見ていたんで
す。もう何回見たか、判らないくらいなんですけどね。見たら、やはり、すばらしくて、泣いちゃった。先生
と、お竜さんの映画、見に行ったじゃないですか。先生のお声を聞きたくなったんです。それで、電話し
ただけなんです。いつも、バカな電話で許してください」
 これなりゃ、拒否しようもないよね。
 もちろん、先生は、僕の気持ちをわかってくださった。
 けっこう長い無駄話をした。嬉しい。

2006年04月21日

 義理と人情を秤にかけりゃ
 義理が重たい男の世界
 幼なじみの観音様にゃ
 俺の心はお見通し
 背中で吼えてる唐獅子牡丹

 親の意見を承知で拗ねて
 曲がりくねった六区の風よ
 つもり重ねた不幸の数を
 なんと詫びよか おふくろに
 背中で泣いてる唐獅子牡丹

 おぼろ月でも 隅田の水に
 昔ながらの 濁らぬ光り
 やがて夜明けの 来るそれまでは
 意地で支える 夢ひとつ
 背中で呼んでる 唐獅子牡丹

 久しぶりに『昭和残侠伝・死んで貰います』を観た。もう何度観たか、数えられないほどなんだけど。
 健さんの歌う主題歌でも歌おう。
 兄弟、行くぜ。

2006年04月20日

 僕は、新聞各紙、全部、隅から隅まで精読している。だから、新聞記者諸君が、ほとんど馬鹿だと自
信をもっていえるのだ。マンションの管理人をしているので、資源ごみ置場から各紙を拾ってきて、タダ
で読んでいるのだ。コミック誌各誌も、ほぼ目を通している。ヤングジャンプ、ヤングマガジン、ヤングサ
ンデー、スピリッツ、モーニング、ビッグコミック……、これだけ全部タダで読んでいるのは僕だけではな
いだろうか? 
 脅威の読書家と呼んでくれ。

 黒木和雄が死んだね。しばらく前には、久世光彦さんが死んだ。
 人の世は無常だろうか?
 僕は、そうは思わない。みんな、よく生きて、ひとのためにつくして人生をまっとうした人たちばかりだ。
 もしも、僕が、激貧のうちに明日死んだら、カワイソウかといえば、そんなことはないと僕は思う。僕
は、いいたい放題言い、やりたい放題やり、生きた。とても幸せな一生だったと思っている

2006年04月19日

 本日の読書は、岩波新書の以下のもの。再読だから、ななめ読みで、信じられない速度で読了した。

G・ガルシア・マルケス『戒厳令下チリ潜入記』
網野善彦『日本社会の歴史』
高橋睦郎『読み直し日本文学史』

 岩波は、いまでも、いい本だしてるよなぁ。

2006年04月18日

 僕は、国定忠治こと、上州無宿・長岡忠次郎みたいな男なのかもしれない。
 菊池寛の『入れ札』を読んだ。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/486_19918.html

2006年04月17日

 日曜日は一週間分の洗濯をするだけで、ゴロゴロしている。
 昼間、テレビをつけたら、やっていたNHKのドラマを見た。
 福岡発地域ドラマ『いつか逢う街』。

http://www.nhk.or.jp/fukuoka/program/drama/itsuka/story.html

 藤吉久美子さんって、キレイだなと思った

 このドラマに、旅役者が「国定忠治」を演じるシーンがあり、新国劇の『国定忠治』を見たくなった。
 朝倉喬司の『走れ国定忠治』を再読したくなり、これも図書館に予約した。そして、同書について、松
岡正剛の千夜千冊で取り上げているページも読んだ。松岡正剛さん、僕の好きな本をほとんど読んで
いるみたいだな。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0810.html

 では、新国劇で沢田正二郎が演じた国定忠治の台詞でも採録しておこうか。台本を書いたのは、新国
劇の座付き作者・行友李風。初演は、大正8年。さすがに、これは見ているはずもなく、僕が見たのは、
辰巳柳太郎が演じたものだけだけどね。

 赤城の山も今夜を限り、生まれ故郷の国定村や、縄張りを捨て、国を捨て、可愛い乾分(こぶん)の手前(てめえ)たちとも、別れ別れになる首途(かどで)だ。

 そう言や何だか嫌に寂しい気がしやすぜ。

雁の声

 ああ、雁が鳴いて南の空に飛んで行かあ。

 月も西山へ傾くようだ。

 俺ぁ明日からどっちへ行こう?

 心の向くまま、足の向くまま、あても果てしもねえ旅へ立つのだ。

 親分!

 ああ、円蔵兄ィが……。

 あいつもやっぱり、故郷の空が恋しいんだろう。(刃を抜いて、溜池の水に荒い刃を月光にかざし)加賀の国の住人、小松五郎義兼が鍛えた業物(わざもの)、万年溜の雪水に浄めて、俺にゃあ生涯手前という強え味方があったのだ。

 色を変えた箇所は、定八と巌鉄という名の子分の台詞である。
 三木のり平がやってた桃屋の海苔の佃煮、江戸むらさきのテレビCMを思い出し、スーパーまで、わ
ざわざ買いに行き、晩飯の時、食った。

 夜、部屋にあるビデオの山から出てきた若山富三郎が拝一刀を演じた『子連れ狼・親の心子の心』を
見た。これ、テレビ版より、ずっといいんだけど、見たことがあるかなぁ。後に『キルビル』に影響を与え
たのも、見たら、すぐにわかる。それに、乞胸お雪を演じた東三千のオッパイが最高
 まさぐり金太郎って絵柄の刺青を乳房にしてるんだけど、岸田森演じる狐塚円記に、素っ裸にされ、
犯されるシーンも見ものだ。
 初めて映画館で見た時は(1972年)、その夜、夢のなかに彼女のオッパイが出てきたくらいだ。

 昨日、見ると言ったミュンヘン五輪のドキュメンタリーを見ていたら、娘がパレスチナ問題について、教
えて欲しいと言う。

 簡単にはしょって、説明した。
 今度、人類の殺戮の歴史について、ちゃんと書いた本を読ませようと思っている。

2006年04月16日

 このところ、けっこう長めの文章をアップしているが、ダラダラと、垂れ流すように書いているだけだか
ら、書いている時間は、書かれた文章を声に出して読んだ時間と、ほぼ同じ……。
 まったく手間はかかっていない。
 昔は、200字のコラムに3日かかったりしていたんだよ。
 その十倍の文字が書ければ、簡単に説明できることを200字で判らせるベストは、どういうものか、限
りなく、そういう試行錯誤を繰り返していたためだった。
 原稿料が、長い文章ほど多いのが、じつに気に入らなかった。短い文章ほど手間がかかっていたから
だ。

 この日記は、いくらでもダラダラ書ける。
 ほとんどアタマを使っていない気がする。

 きょうは、わが自分史を少し語ることにする。
 僕も、子供のときはフツウだった。手塚治虫の連載があるから『少年』を喜んで読んでいるような。
 それが、異様な読書家に変身したきっかけは、小学校3年生くらいからだった。
 最初に出合ったのは偕成社の南洋一郎が子供向けに訳した『怪盗ルパン』シリーズだった。
 これは、読み出したら、面白くて、途中で止めることができないものだから、一気読みした。
 毎日、一冊読んだら、すぐに、このシリーズは全部読んでしまっていた。こうなったら、もう止まらない。
次は江戸川乱歩の『怪人二十面相』シリーズを続けて読みきった。
 こうして次々、本を読む子が出来上がった。ここまでも、まだフツーだと思う。
 10代前半で、『SFマガジン』を買い、筒井康隆を読んでいる子供、それが僕だった。

 今日の僕を生む決定的なきっかけは、家に親父が買った谷崎潤一郎全集があったことだった。
 大谷崎の本は、どれも性と関係があるから、性にめざめた少年にとって、完全なエロ本だった。いまで
も覚えている。これまたエッチなシーンを探すだけが目的で読んだ舟橋聖一の『雪夫人絵図』とか、そう
いうものを読んでいて、いきなり精通があり、ビックリした日のことを……。
 これも、まだフツーだと思う。

 僕が偉かったのは、性の世界の存在を知って、世の中、自分には隠されたものがあることに気づいた
ことだ。すると、どう考える子になったか?
 新聞もテレビも、本当かどうか疑ってみる子になったんだよ。

 フツウの人は、素直だから、社会に洗脳されたまま、成長する。
 僕は、エロに出合って、洗脳から覚醒した。

 表通りを歩いただけでは見えない一切のものが、僕の興味の対象になった。

 学校の勉強を放棄し、未成年なのにピンク映画館で、ひがな居眠りをしていて、画面に色がついた
ら、敏感に察知し、食い入るように見る子供(当時のピンク映画はパートカラーといって、裸のからみが
あるところだけ、カラーになるという不思議なものだった。あきらかに連れ込み宿のケバイ貧乏臭い布
団……、枕の横には、これまた、貧乏臭い電灯が置かれてあったりした)。
 金は万引きしたものを売って得た金で、贅沢三昧をしていた。服は、学校の制服を着て、家を出て、
公園のトイレで私服に着替えていた。なのに、僕は自分のことを不良だと思っていなかった。

 学校の成績は急降下でさがった。でも、あのとき、僕は同じ学校の誰よりも、一人で考えるという勉強
をしていたのだと、いまは、そのころを振り返って、思う。

 これは、当然、異端への道だった。みんなが洗脳されている場所で、ひとりだけ覚醒していたら、孤独
に決まっている。だけど、異端は大勢いた。本の中にである。

 この道が、今日の僕まで真っ直ぐに繋がっているのだけど、わかってもらえるだろうか。

 今日、また、古本屋の、3冊二百円の棚から、3冊、本を選んで買った。
 一冊は、トロツキーの『裏切られた革命』。なんと昭和12年に改造社が出した荒畑寒村が翻訳したも
のだ。もう一冊は、水上勉の『瀋陽の月』。

 最後の一冊を何にしようと迷っているとき、ヘンな本が目に入ってきた。
 直前まで、昔読んだニーチェの箴言集でも買おうかと思っていたのだ。

 ヘンな本とは、マーカス・ヴァン・ヘラーという、いっとき、それなりに有名だったポルノ作家が書いた
『危険な旅』というものだ。
 困った。悪趣味だが、これを買ってしまった。

 最後に、明日、見ようと思っているテレビ番組を書いておく。

BS世界のドキュメンタリー
4月16日(日) 後10:10〜11:00 証言 イスラエル暗殺部隊“ミュンヘン”への報復

 これは見ようと思っている。
 スピルバーグの映画『ミュンヘン』と同じ事実を追ったドキュメンタリーみたいだ。
 テレビは、くだらない。ニュースですら、最初の数分で、電源を切っている。
 電気代がムダだからだ。
 新聞は、ヘッドラインを読んでいるだけで、いっさい解説めいた文章を認めていない。

 日経新聞で、現在、読むに値するのは、宮沢喜一が書いている「私の履歴書」だけだ。
 これは、戦後すぐの状況から、浅沼事件が起きた時代に宮沢が、何を見ていたかが書かれているも
のだ。僕自身の歴史観を検証するうえで、大変、役立つものだと思っている。

2006年04月15日

 先日、光が丘図書館でゲットした「藝術新潮」の、四方田犬彦による連載をまとめた『ラブレーの子供
たち』を読んだ。とても、上手い書き手による名エッセイだった。
 これで、僕は、書物がやはり快楽を与えてくれるものだということを思い出した。
 快楽を与えてくれるからこそ、僕は50代半ばになる、いままで、本に金を払い続けてきた。
 でも、もう金を払わなくて、よくなった。
 僕らの資本主義社会は、本来、高貴な贈り物であるべき言葉を、ただの商品にしてしまった。
 商品になった言葉は、たちまち、ただ消費されている。
 消費されているうちに、その価値は下落し続け、ついにタダ同然になり果てている。
 本は、いまや、どんな言葉が記されているかにかかわりなく、新古書店で、105円で売られている。こ
れは、客を取り過ぎた娼婦の体が、くたびれきって、商品価値をなくしたみたいなことだろうか?
 僕にとっては、ありがたいけど……。

 実は、僕は、本とねている。部屋が狭く、本の置場さえないから、ベッドの壁に接した面に、本を積ん
でいるのだ。本が増えて、アッという間に、ベッドの半分が本ばかりになってしまった。
 で、僕が寝ているベッドのスペースは、ベッドの半分なわけね。

 『ラブレーの子供たち』の感想を書くつもりが、いきなり、ヘンなほうに話がそれてしまった。
 この本の冒頭のエッセイは、ロラン・バルトが書いた日本の天ぷらについての文章を紹介したものな
んだ。あのパリの五月革命のスターだった記号学者のロラン・バルトが、食い物に薀蓄をかたむけてい
たなんて、僕は知らなかった。
 四方田さんの本から、引用する。

 けれどもバルトの文章がもっとも冴えるのは、天ぷらを前にしたときである。
 天ぷらはほとんど純粋な表面からできている食べものである。それはフランス人が好きなフライとは、
まったく異なっている。フライはその内容からくる重さがつきものなのだが、天ぷらはどこまでも軽く薄
く、そのために抽象的といっていいくらいである。そこでは「小麦粉は、散らばった花のような本質を取り
もどしており、きわめて軽く水溶きされているので、揚げ衣というより乳液状になっている。油に入れら
れると金色に変化するその乳液は、とても淡いので、食べものの断片を完全に包みこまずに、海老の
素材のばら色や、ピーマンの緑色、ナスの褐色などをのぞかせている。そんなふうにして、西欧の衣揚
げの特徴になっているもの、すなわち表面の覆いや外皮や濃密さなどが、日本の揚げ物からは取り去
られているのだった。」(石川美子訳)
 天ぷらには、いかなる揚げものも獲得できなかった、すがすがしさという特性があると、バルトはいう。
地中海料理も中華料理もともに油の重さから自由ではないが、唯一、天ぷらだけがそれから自由であ
る。天ぷら屋がもっとも気を配るのが油の品質であることを知って、この美食家は言葉を続ける。「お客
がお金を出して求めるのは、食材でもなければ、その新鮮さでもなく(ましてや店舗の豪華さやサービス
の質ではなく)、揚げかたの清らかさなのである。」
 「揚げかたの清らかさ」とは、別の風に訳してみると「油の処女性」である。私はこちらの訳語をあえて
採りたい。それは実にいいえて妙な表現である。

 「油の処女性」という言葉で、欲情しそうにならなかっただろうか?
 天ぷら、食いたくなるだろう。

 偶然だけど、この文章を読んだ直後に、次の文章を読んだ。

 川上弘美の文章を読んで感じる嬉しさは、秋刀魚の塩焼きに大根おろしをたっぷり添えて食べる嬉し
さやパリパリの天かすがどっさり載った冷やしたぬきを食べる嬉しさに似ている。こういうのって寿司の
ような高級料理と違って、外国で食べるのはすごく難しい。日本に生まれたおかげで、こんなに美味いも
のが、こんなに安く食べられる。ああ、日本人に生まれてよかった。ありがとう。川上弘美は人をつかの
ま国粋主義者にする。

 こちらは、文藝2003年秋号に、柴田元幸が書いている文章だ。
 この号は、川上弘美の特集号で、川上弘美と水原紫苑の対談が載っていたりする。
 歌人として一流の水原紫苑さんは、とても着物が似合う、僕が欲情してしまうタイプの美女で、NHK教
育の、素人さんから送られてくる短歌を添削する番組に出演なさっていたとき、僕は、ただ彼女の姿を
見たいために、ビデオを録画していた女性だ。

 また、話がそれてしまった。
 僕は、毎日、本を数冊、かばんに入れて、勤務先のマンションに向かう。
 一時間半ほどは、管理人室に腰を下ろし、本を読める時間がある。
 本を読むことは、間違いなく快楽だ。

2006年04月14日

 毎日、これが必読だと書いても信用していただけないかもしれないが、昼間、読んだ『小説トリッパー』
で春号から連載がはじまった、笠井潔の『完全雇用社会の終焉と「自由」@環境管理社会の小説的模
型』は、僕らが生きる現代社会の姿を、これ以上、クリアに捉えられないというほど、優れていた。笠井
潔は、僕より少し年上だけど、60年代後半から、連合赤軍が起こした凄惨な事件にいたる時代を、もっ
とも誠実に生き、その後も、その時代に生きた者の責任として、そこから得た思考を継続し、現代の僕
らが、いかに生きるべきかという指針を示し続けている、稀有な思想家だと僕は思っている。僕の“連合
赤軍の、どこがダメだったか、最も深く考えたのは彼だ”という判断には、自信がある。
 驚いたことに、これは東野圭吾が直木賞を受賞したベストセラー『容疑者Xの献身』の作品論でもある
のだが、世の普通の読者の読解を超えて、こういう読み方をしうるものだと感受した笠井は、20世紀と
は、どんな時代だったかを論じつくし、三島由紀夫に代表される20世紀的ロマン主義のダメさを克服す
る道を示しているのだ。
 三島は天才だった……。でも、三島には三島の限界があったから、死んじゃった。
 僕は、三島を理解するひとりだが、彼がダメなところも、もうわかっている。
 沼正三という名で『家畜人ヤプー』を書いた天野さんも、天才だけど、彼のダメなところも、もうわかっ
ている。天野さんが、マゾヒストだってのは、彼が、そういう生き方をせざると得なかっただけで、彼の本
質は、ニヒリストなのだ。ニヒリストって、アタマのいいヤツに多いけど、ダメな人たちなんだよ。

 ねぇ、お願いだから、読んで欲しい。これは、本当に必読だから。
 近くの本屋になくても、アマゾンで買えるから……。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000ESSRLC/qid=1144914881/sr=1-1/ref=sr_1_
10_1/249-5237264-8700332

 連合赤軍の問題に、少しでも関わっているなら、本当に読まなきゃダメなものなんだから。

 このページの読者なら、すでにわかってくださっていると思うが、僕ねぇ、タダの活字中毒者じゃないん
だ。僕がアンテナをはっているものは、僕が、どう生きるべきかという指針を示しているものなんだ。娯
楽としての読書じゃなく、自分が、よりよく生きるための読書……、それが僕の本選びの基本だ。

 時に、ふざけた書き方をしているから、本を読むより、身近な人間関係のほうが大事でしょうと、僕を
気遣って、言ってくれる人がある。

 僕、一度だって、身近な人間関係をおろそかに思ったことなんて、ないよ。
 僕が、本を読むのは、生身の他者に対する想像力を磨くためなんだ。
 当然、女性をおろそかに思ったことなど、一度もない。

 僕の孤軍奮闘は、世の中に対する闘いであると同時に、自分自身のなかにあるニヒリズムとの闘いな
んだ。僕は、いつだって、理解することが困難な異性とマトモに向き合うために、苦しみ続けてきた。誤
解を受けやすい口のきき方は、誤解されてもしようがないものだ。
 だけど、僕が、どこで踏みとどまり、人を、異性を愛そうとしているか、その苦闘について、やはり、書
く必要があるのかなと思っている。

2006年04月13日

 山本夏彦の『茶の間の正義』におさめられている、いくつかの文章を再読。
 エライなぁ、山本夏彦。彼は、堂々と、女子供の考えは世をあやまらせると書いている。
 彼に比べれば、僕らの世代の男はフヌケである。
 世代的にフェミニズムの洗礼を受けざるをえなかった僕は、「女というものは、しようがねぇもんだ」な
どと言えない……。
 妻に対する悪口を、この日記に書くと、たちまち、山田さん、ああいうことは書かないほうがいいと言わ
れちゃったりした。女性差別的な発言だと感じるバカな女がいるためらしかった。
 僕は、女って、しようがないなって言いたくないんだと、ひとには言い続けてきた。
 男にも女にもバカとバカでない区別は厳然とあり、賢い女の人がいるということを僕が知っていること
を認めて欲しいと思っていた。
 そもそも、週刊誌の記者をしていたころから、セックスのことばかり書いていた僕は、文章を書くとき、
女の人に気を使っていた。男は男と書くのに、女の人のことは、「女性」と書いたり、「女の人」とか書い
たり、けっして「女」とは書かなかった。
 これはヘンだ。僕は、女の人も、ちゃんと自分と同じ人間だと思っていますよというメッセージを送るた
めに、わけのわからん自己規制をしていたのである。
 現実の僕は、女って、困ったものではないか、と思うことがあるのに……。
 やはり性差はあり、女には、男なら考えられないような特性があると感じるときがある。
 女が、僕に、アナタは自分のことしか考えていないと言う。
 何度も言うが、僕は自分に関心のない男だ。
 女が、僕に自分のことしか考えていないというのは、あたしのことを考えていないという意味だ。つま
り、女は、いつも自分のことしか考えていないので、自分に関心を持ってもらえないと、アナタは自分に
しか関心がないと言うのである。バカか。
 やはり、対女性関係では引きこもりを決めこもう。
 10代のとき、小林秀雄の『Xへの手紙』を読んだ。女は自分にとって成熟のために必要なものだったと
いう意味のことが記されていた。成熟のために必要なものとは、世の中には自分には理解できない他
者がいるということを知ることだろう。それでなお、生き続けるために考え続けるということだろう。
 50代半ばにして、女は依然として、僕にとって理解を絶する他者である。
 さて、いくら気持ちがいいからといって、そんなものとパンツを脱いで、入れたり出したりしていいもの
だろうか?
 もちろん、僕には、いまでも尊敬している賢い女性がいる。
 僕は賢い女性が好きだ。
 バカで、すぐ寝てくれるコも好きだけど……。

………………………………………………………………………………

 オマエ、この頃、ヘンじゃないか?
 ミョウにハイテンションだ。

 ヘンはもとからだ。

 でも、ヘンさがイッチャってるゾ。何か、理由があるのか?

 女に縁を切られた。それでヤケをおこしてる。

 ホントとは思えないな。
 オマエ、純情とは関係のないヤツだろう。

 オレは、一穴主義だったんだ。

 一穴主義? オクサン以外とやらないってか?

 オクサン……、あんなものはすぐに興味をなくした。もう長い間、別の女と続いていたんだ。

 その女と一穴だったっていうのか?

 そうだ。

 オマエ、いつか伝言ダイヤルでやりとりした人妻とやったって、自慢たらしく書いていただろう。

 あれは仕事だ。取材のためにやったんだ。自腹で金だって払ったし、誰にも迷惑をかけていない。風
俗ウォッチングは、オレのライフワークだ。

 オマエが女のことで、ヤケをおこすヤツだとは知らなかったな。

 ハハハッ、ヤケをおこしているというのは、言葉のアヤだ。ホントは、いつだって、オレの人生も、気分
も、低空飛行で安定している。

 なぁ、どうでもいいけど、女って、イヤなもんだろう。アイツら、あんな声出してヨガルだろう。ゼッタイ、
一生、自分がどんな声出してるか、知っちゃいないんだぜ。でなきゃ、昼間、あんな顔していられるわけ
ないだろう。
 それに、すぐヌルヌルになる。
スケベはどっちだ!

 オイ、ヤメトケ。また、ご婦人の顰蹙をかうぞ。
 そのしゃべり方、なんとか、ならないのか。

 な、オマエとオレだったら、オマエとオレでいいだろう。でも、女にゃ、オマエと呼んだだけで、オレのよ
うな失礼な男から、そんな呼ばれ方する理由はないって、切れて、怒るヤツがいるんだ。バカだと思わ
ないか?

 ヤメトケ。オマエが失礼すぎるからだ。ホントに、そのしゃべり方、なんとかならないか。

 なんともならない。オレのシメールだから……。

 シメール? なんだ、それ?

 ボードレールが言っている、人が背負っている宿命という逃れられない怪物だ。

 ハァー、ボードレール。オマエ、いまでも、そんなの、読んでいるのか?

 たまに開くだけだ。

 オマエに詩は似合わない。

 そうみたいだな。前に「伊東静雄も読んだことがないヤツに、エラソーなことを言われたくない」と知り
合いに貶された。伊東静雄は10代の時からファンで、今も彼の詩集を大事にしている。『わがひとに與
ふる哀歌』。貶した人が、どんなふうに伊東静雄を読んでいるのかはしらないが、僕は僕なりに伊東静
雄を理解していると思っている。

 どうせ、失礼な口をきいたんだろう。
 オマエのつもりは、オマエのつもりにすぎない。
 ワルいのは、いつも、オマエに決まっている。オマエに詩は似合わないと思う人のほうがマトモなはず
だ。

 ひとつ、オレが好きな詩を教えてやろう。

 エラソーだな。勝手にしろ。

 ぐさり! と
やつて みたし

人を ころさば
こころよからん

 オレ、殺してやりたいヤツがいっぱいいるから、これがいちばん好きなんだ。
 八木重吉だ。天才だから若死にした。
 クリスチャンなのに、こんな詩を書いてやがった。
 宗教と犯罪、罪とは何か?
 文学、いや、人間にとって、最大のテーマだ。

 まだ、そんなことを考えているのか?

 アタリマエだろう。オレは、文学の人だから……。

 とにかく、人に失礼な口のきき方をするのはヤメロ。

 オレさぁ、もうホントウのことしか言う気がないんだ。本当のことを言い残す……、それしか望みはな
い。あと、やっぱり、女とやりまくりたいというのが望みかな。情けないけど、生まれながらの色魔だか
ら、しようがないんだ。

 ヘンなヤツ……。

 だいぶ前のことだけど、女と一泊旅行をした。一晩に三発やった。
 夏だったから、暑い日で、翌日もその女と過ごしたんだけど、その日はやらなかった。別れる前に、も
う一発、やっときゃ、よかったって、いまでも後悔してるんだ。

 なんだ、それ?

 その女とだったら、オレ、何発でもやれるんだ。他の男に、どう言われようと、オレには、その女が、こ
の世で一番の美人なんだ。

 わからんなぁ。

 オレさぁ、親父が若死にしたろ。親父がホントは、どんなこと考えていたのか、よく考えるんだ。でも、
何も残ってないんだ

 なんの関係があるんだ?

 オレ、死んでも、誰かに、オレがどんなヤツだったか、思い出して欲しいんだ。

 なんで、オマエみたいなハタ迷惑な、ロクでもないヤツのことを思い出さなきゃならないんだ。

 物書くヤツは、みんな、ホントは金とか、名声とか関係ないんだよ。誰かにわかって欲しいから書く…
…。その基本さえ、わかってないヤツが多い。

 オマエ、こんなにみっともない日記を残された家族の迷惑を考えたことあるか?

以下略

 こんなことを書いていたら、いくらでも自分と対話できるけど、もうヤメとこう。
 ご婦人にセクハラオヤジだと思われるのも業腹だ。
 女のことを書くのも当分やめる。

 今日は、『小説トリッパー』春号の特集『ネットから遠く離れて』の大塚英志へのインタビューを読んだ。
毎日、僕のオススメをひとつは入れるというのだけ、まもってるんだけど、わかってもらえているだろう
か?
 本当に僕が、このページでやりたいこと、現にやっていることは、いまの社会に対峙するために、ぜひ
とも知っていたほうがいいものを、アナウンスすることだ。読んでくださっている方が、どれだけ少なくて
も、僕は、これを続ける。その他の僕の発言は、すべて遊びにすぎない。あるいは、このページは公共
的なものなんだけど、それを私物化し、ある特定の人に対する私信を書いている時があるというだけ
だ。
 大塚さんへのインタビューは、個として社会に参加するために、誰もが知っていなければならないこと
を語ったものだ。
 僕のオススメは、本当に厳選されたものなんだけど……。

 いま言ったことがわからないなら、その人の僕に対する理解は、完全に間違っている。

(追記)
 いま、わが狂ったアタマに「還暦までに千人切り」という大志が、勃然と湧き出てきた。
 明日からは、過去の悪縁を断ち切り、生身の女をあさる狩りにいそしもう。
 さぁ、守りから攻めに転じるゾ(←ウソ。ホントはED。これもウソ。久しぶりに、レンタルショップで、僕
好みの顔と体つきの女の子をパッケージで選び、DVDでも借りてきて、オナニーでもすることにしよう。
これもウソ)。

 あぁ、今日も異常に長い日記になっちまった。話す速度で、キーボードを打てる僕にとっては数分の作
業だったけど、読まされるほうは災難かもな。

2006年04月12日

 日曜日、光が丘図書館で、タダ貰いでゲットした『芸術新潮2002年11月号』は、特集として組まれてい
たピカソの少年時代を紹介したページだけでなく、なかなか、よかった。
 まず、詩人の平出隆が文章を書いている「死に開かれた玉手箱 正岡子規『仰臥漫録』を見る」。『仰
臥漫録』は、現在、日経新聞の日曜のコラム『日記をのぞく』でも、取り上げられている。岩波文庫で読
める子規、最晩年の絵日記のようなものだけど、岩波文庫は、どこまで絵をカラーで入れているのだろ
うか?(僕は、この岩波文庫を、まだ手にとったことがない)。
 もとは、30代半ばの子規が、結核と脊髄カリエスで死がさし迫っているのに、麻痺剤で痛みをごまか
し、仰向けに横になって、綴じた和紙に水彩絵の具で絵を描き、文章をつけているものなのだ。
 それの写真が載っていた。子規は死の直前まで、絵を描き、文章を書くことを支えに生きていた。壮
絶である。兵庫県にある虚子記念文学館のミュージアムショップで、この「仰臥漫録」の図録を千円で買
えることも知った。

http://www.kyoshi.or.jp/j-index.html

 子規が、死にのぞんでも、これだけのことをなしえたと知ることは、自分のダメさにめげて、死にたくな
った時、自分を鼓舞するたしになる。
 子規に比べりゃ、オマエの苦しみなんてしれてるじゃないか、と思えるからだ。
 本当に、子規は凄い!

 次に、四方田犬彦が連載していた「あの人のボナペティ」第10回「澁澤龍彦の反対日の丸パン」という
文章がよかった。
 これは、もう現在、単行本『ラブレーの子供たち』で読めるようだ。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/410367105X/qid=1144739936/sr=1-1/ref=sr_1_0_1
/249-5237264-8700332

 澁澤龍彦は昭和一桁生まれだ。戦時中、子供だったわけだ。
 銀行員の息子だった澁澤さんの家庭は、それなりにハイカラだったようだ。
 子供時代、彼は、食パンの真ん中にイチゴジャムをのせた日の丸パンが、お気に入りだったという。
ご飯に梅干だけの、日の丸弁当と大違いだ。しかも、イチゴジャムが多いほうがいいに決まっているか
ら、一面に全部イチゴジャムを塗り、真ん中にコンデンスミルクをかけた、赤白が逆の反対日の丸パン
を、お母様につくってもらい、この反対日の丸パンのほうが好きだったという。

 戦時中、幼い澁澤少年は、学校で日の丸の絵を描くように言われ、ふつうの日の丸と、反対日の丸
を、いっしょに書いてしまう。それで、先生に、ふつうの日の丸だけ描くように指導される。あぁ、ダメな学
校の先生は、むかしからダメだった。
 四方田犬彦は、こう書いている。

 思うに、澁澤龍彦に生涯にわたる一貫した政治的立場があったとしたら、それはこの「反対日の丸パ
ン」の立場ではなかっただろうか。「日の丸」を忌避するのは、それが国家の象徴であるからではなく、
ただ単にジャムの分量が少なくて、快楽原則に相反しているからである。澁澤はこの認識から出発し
て、国家と権力こそが快楽を圧殺する元凶であるという思想を育んでいったといえる。

 なるほど、快楽を圧殺するもの、すべてを拒絶するのは、リッパな思想だな。

 もう1本、未読の橋本治の文章が載っていた。「ひらがな日本美術史」という連載が、『芸術新潮』の連
載だということは知っていて、本になった数巻は買っているのだが、ずっと続いているのに、僕は、それ
を追っかけてはいなかった。
 この号に載っていたのは、葛飾北斎を取り上げた、前近代とは何かを、論じた文章だった。
 取り上げられている絵は、北斎が馬琴の『椿説弓張月』に描いた挿絵。
 猿が腰元の首を食いちぎって殺し、死んだ腰元の着物の胸をはだけ、これから、その若い腰元を犯そ
うとしている、猟奇的な獣姦シーンを描いたものだ。
 ウウ、スゲエ。こんな北斎の絵、僕は、はじめて見たぞ。
 これについて説明する元気がないので、こちらも、本になっている『ひらがな日本美術史6』のなかの、
北斎を取り上げた箇所を読んで欲しい。

 鹿島茂先生が、書評で、世界の知られざる美術館が紹介されてる『地球紀行 世界美術館の旅』を紹
介なさっている文章、芝山幹郎が、ロバート・アルトマンの映画『ゴスフォード・パーク』について書いてい
る文章もよかった。

 夕方、地下鉄の座席に腰をおろして、三島由紀夫の『サド侯爵夫人』と『わが友ヒットラー』を、数年ぶ
りに再読し、一気読み。巧緻な言葉の魔術に酔いしれるように読めるから(泉鏡花の言葉を読み進むと
きの気持ちよさに似ている)、アッという間に読んじゃった。
 だが、この二つの作品は、極めて論理的な構成力こそが、真に驚嘆すべき作品なのだ。
 三島って、ある部分では、橋本治と、そっくりだ。

 眠る直前、この間、書いた衛星放送で放映されて『ウンベルト・D』を見た。

 愚かなメイド役の女の子が、素晴しい。
 二人の兵士と寝て、どちらの子か、わからない子供を孕んでいるのだ。
 僕は、こういう優しい女の子と寝たい。

 最後は、また、寝るとか、そういう話をするわけだ、僕。

2006年04月11日

 僕は女の人が、からだを開き、男を受け入れる行為を、この世でいちばん美しい行為だと思ってい
る。オチンチンをおっ勃てて、女の人に向かっている男は、ただのバカだけど……。
 そうは思う。でもなぁ、生身の女の人と付き合うのは、面倒極まりないことだろう。
 ヤルだけヤッテ、それで済むなら楽でいいけど、そうはいかんだろう。
 野坂昭如大先生などは、エライから、若いときから、女とするくらいなら、オナニーのほうがいいとおっ
しゃっていた。まったく同感だ。
 けれども、野坂先生は真に偉大であるからして、50代のとき、「還暦までに千人切り」という凡夫には
なしえない挑戦を試みられ、生身の女性に、無謀にも立ち向かわれた。
 ラ・マンチャの男にも比すべき無謀な偉大さだ。
 僕は凡夫だ。スケベなくせして、僕が風俗に行って、お金で相手をしてくれる、有難い女性の相手をし
ないのは、単に、いつも金がなく、風俗にも行けないからにすぎないのだが、そんな僕の相手をしてくれ
た数少ない女性には、とりあえず、感謝している。数にして、ようなく三桁を超えるくらいだろうか?(オ
イ、いい加減なことを書いてないか! ……55歳なんだ。初体験から40年、1年に3人でも、三桁にはな
るぞ。でも、これは、初体験の歳を含めて、ホントはウソだ)
 ウーン、女の人はキライじゃないよ。でも、もう、僕は面倒なのだ。
 玄先生のところで、セックスのことばかり、また、書かなきゃならないのに、現実の僕は、もう女の人と
は付き合いたくないのだ。
 やれやれ、対女性関係では、当分は、引きこもりを決め込むことにしよう。
 酒場で泥酔し、目が覚めたら、ラブホテルのベッドで、見たこともない女性が隣りで鼾をかいていたと
いうような愚かな行為を、僕は今後も繰り返すかもしれないけど……、なるだけ、そういうことも避けた
い。

 まったく、バカ極まりない。
 どこまで、本気で書いているのか、わからないよね。
 いい歳をして、なーに、書いているんだか……。

 ここまでは、昨日の朝、出勤前に、昨日のデータをアップしたあと、書いた文章だ。
 だいたい、夜、帰宅後、眠る直前、安い缶チューハイを飲みながら、日記を書き、翌朝、そのままアッ
プしている。
 読み直すと、なんだか、酒場で大声でまくし立てている、みっともないヤマダクンが、そのままいるみた
いな感じだなぁと思うことがある。
 あえて、書き直さずにアップしている。この僕の日記を読んでくださっている方たちに、いまさら格好を
つけてみても、しようがないと思うからだ。
 この日記を書く時間は、昔、飲み屋さんで、お酒を飲んでいた時間と、とても似ている。
 僕は若い頃から友達が、ほとんどいないので、夜は酒場に行き、横に座った犠牲者に、わけのわから
ん話を聞いてもらっていた。
 こんな僕でも、人恋しくて、話相手が欲しかったんだ。
 いまは、見知らぬひとを相手に、同じことをしている気がする。
 もともと、人の話なんて聞かずに、一方的に愚痴を垂れ流していただけだったから、しゃべれて、時間
をつぶすことができさえすれば、よかったんだな。
 ね、酒を飲んで酔っ払っているみたいな日記でしょ。

 ところで、僕は人間は誰でも一生変わらないと思っている。
 一人の人間が書いたものは、結局、同じことが書かれているのだ。
 山本夏彦さんなんて、どの文章でも言っていることは一つじゃないか!
 それでも面白おかしく笑いながら、僕は彼のすべての本に付き合ってきた。
 だけど、一冊読めば、彼の考え方はわかると言えちゃうだろう。
 そう、一冊読むだけでいいのである。
 それに、いまの本は、どれも、昔のエライ人の考えを、新しいかたちにしただけのものだ。
 だったら、日々出る新刊を律儀に追いかける必要はない……。
 そう思うから、新聞雑誌各誌のかなりの数の書評をチェックしているが、どうしても、すぐに読まなけれ
ばならない本など、ないといっていい。
 縁があったら読もうとは思うよ。
 読めば知らないことを教えられたりするから……。
 昨日の朝日の書評欄には、僕が、いますぐ、買ってまで読もうと思う本が、一冊もなかった。
 それぞれ取り柄はあるのだろうが……。
 日経の書評欄では、ジェームス・リリー『チャイナハンズ』が一押しのはずだと思う。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794214278/qid=1144654626/sr=1-1/ref=sr_1_0_1
/249-5237264-8700332

 昨日だけなら、日経の勝ちだな。
 それに、日経の文化欄には、川本三郎さんの『アメリカの孤独と西部』という名文が載っていた。これ
はアカデミー賞監督賞を受賞したアン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン』の紹介をマクラに、アメ
リカ文化に深い、ゆきとどいた理解を持つ川本さんしか書けないアメリカ論だった(映画ファンは必読。
反米バカも必読)。
 日経、こういうもの、みんなウェブでは、読めないんだよな。
 図書館にでも行って、読んでね。

 日本のメディアが根本的には、すべてダメだというのは本当だ。
 でも、読むべきものを見る目さえ持っていれば、読むべき文章はある。
 もちろん、僕は、その目を持っているわけだよ。

 映画は映画館で観るべきものだということは、よくわかっている。
 でも、僕の生活では、せいぜい月1本見られればいいという感じなんだよな。

 住まいから歩いて行けるシネコン、ユナイテッド・シネマとしまえんで、何をやっているか、いつもチェッ
クしている。
 次に観るつもりなのは、『Vフォー・ヴェンデッタ』。
 カッコいいテロリストの話。

 パソコンの調子が悪い。もう寿命みたいだ。
 熱を外に逃がすファンの機能がおかしいんだ。
 だから、パソコンがすぐに熱を持つ。
 ちょっと時間をかけて、パソコンで作業をしていたら、その熱のせいで、いきなり、電源が落ちるんだ。
 で、どうしているかというと、熱くなっていると思ったら、すぐに作業をしているデータを保存し、いった
ん電源を切り、パソコンを冷ます。
 冷めたら、また、起動し、作業をする。
 こんなことをして、騙し騙し、寿命のきたパソコンを使っている。
 だから、ホントにパソコンがイカれちゃったら、しばらく、更新はできない。

 パソコンのリサイクル・ショップをのぞいたんだ。
 4〜5万の中古パソコンでさえ、僕のパソコンよりは、よさそうだった。
 それを買っても、2年は、もつだろう。
 でも、その4〜5万の金の余裕さえ、いまの僕にはない。
 悲しい。自分は、まったく金をケチりまくって、稼ぎの大半を妻にくれてやっているからだ。
 妻が、いなけけば、安くなったパソコンくらい、毎月でも買える。悲しい。

 話を変える。
 僕の日記って、引用とリンクだけで、できているでしょう。
 ある時、気づいたんだ。自分の、その時の気分を人に伝えようと思ったら、その時の気分にふさわし
い、ほかの人が書いた文章を紹介しても伝わるって……。
 僕の下手な文章より、格調の高い名文を読めるほうが、読んでくださっている方だって、いいに違いな
いだろう。
 で、横着を決め込んで、引用ばかりしている。
 でも、自分でも読み直したら、自分自身の気分はわかるんだよな。

 斎藤孝の本なんて、過去の名文の引用だけで、商売をしている。
 僕も彼の本をつくったことがあるが、人の文章の引用だけで、金儲けをしていいものだろうか?
 僕は、引用はしても、金儲けはしていない。許してね。

 今日の日記も、ダラダラと長いな。
 まったく、考えなしの垂れ流しだ。

 最後に、天野先生も、人間を高みから見下ろしている倣岸不遜な孤高の思想家なのに、淋しがりや
で、しようがない人であることを報告しておこう。
 用もないのに、僕に電話をかけてくるんだもの……。
 僕が、どれほど、先生の話に、ただ相槌をうつ電話を、我慢して聞いていたか!
 でも、こんな僕でも、先生のお役にたてて、嬉しい。

 さらに蛇足。
 「このヤマダナニガシという男は、実名で、本名で、こんなバカな日記を公開しているようだ。アタマが
オカシイのではないか? 親も子もいるなら、血の繋がっている人たちは泣いているのではないか」と思
われているかもしれない方に、お答えしておきたい。

 僕はアタマがオカシイ。
 それで、親も子も泣いている、と……。

 クドかったかな。クドいのは、酔っ払いの常である。許してくれ。

2006年04月10日

 日曜、朝、目が覚め、CDをかける。
 野坂昭如先生の歌声がスピーカーから流れ、嬉しくなる。

この世は、もうすぐ、おしまいだ

  「マリリン・モンロー・ノー・リターン」の出だし。
 このCDは、クレイジー・ケン・バンドのライブに出演なさった野坂大先生の歌声が聴ける素晴しいCD
だ。

青山246深夜族の夜 クレイジーケンバンドwith野坂昭如
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000091KWJ/qid=1144581130/sr=1-15/ref=sr_1_2
_15/249-5237264-8700332

 次にかけたのは、島和彦の『悦楽のブルース』。
 これは、山田風太郎の『棺の中の悦楽』を大島渚が映画化した時に作られた歌だ。
 艶歌だけどね。
 残念ながら、僕、映画、見てないんだよね。

 この詞をつくった吉岡治は、石川さゆりの『天城越え』を書いた人なんだよな。

なにがおきても、もういいの

 僕は、このサビが、とても好きなのだ。
 団鬼六先生とカラオケで、並んで、歌ったことがある。
 ホントに、もうなにがおきてもいい気がした。

 昼過ぎ、暖かく、天気もよかったので、光が丘図書館まで、チャリンコで行った。
 リサイクル・コーナーで、以下の本を、タダ貰い。

芸術新潮 2002年11月号
特集 スペイン現地取材 少年ピカソ 天才神話を旅する
生まれついての天才?それとも努力の人? 
ひとりの少年が“ピカソ”になるまでの軌跡をスペインに追う
という記事が載っていた。

美術手帖のマシュー・バーニーを特集した号

 こんなふうにタダ貰いしてくるせいで、僕の部屋は、本に金を使っていないにもかかわらず、どんどん
本が増えてしまう。

 帰り道、鳩の鳴き声を聞いた。
 次の台詞が、頭に浮かんだ。

 おや、鳩が啼いている。さっき廊下に置いてあった朝飯のスープから、メルバ・トーストを少しくすねて
来たんだ。鳩にやろうと思ってね。たしかにここに入れたんだが。……ははぁ、粉々になっている。
 鳩がパン屑をよろこんで喰べている。美しい日光。革命の朝というものはこんなものじゃない。どこに
も血の匂いのしないこんな朝が来るとは思わなかった。
 こんなことがあるべきではなかった。しかし或る日、徐々にそれがはじまったのです。革命の鳩は銃弾
の飛び交う間を、重大な指令を足につけて飛び去り飛び来たった。鳩の太った白い胸は、いつ血に濡
れるともしれなかった。今はどうです。こうなって鳩どもは、ぶつくさ鹿爪らしい叱言を言いながら、パン
屑をあさっているのです。
 陸橋の上をおおう汽車の煙も、もはや硝煙の匂いの代わりに、裏庭の焚火の匂いを立てる。窓から
色鮮やかな絨毯が叩かれている下をとおっても、硝煙の灰や靴の埃が落ちてくるだけで、乾いた血の
粉が降ってくることはない。時計が鳴る。時計はもはや一定のギリギリの時刻を指さなくなり、ただ流れ
る時を示すばかり、金時計も銀時計も、大理石の置時計も、かつて固形であった時計がみんな液体に
なってしまった。町角を曲がる女の腕の、買物籠の中の葡萄酒は、革命の負傷者の気付のためにあっ
たときには、宝玉の光を放っていた。それが今では煉瓦いろになってしまった。
 銃弾がめり込んだ植木鉢は、青い花を咲かせたが、銃弾の肥料を失ったのちは、つまらない三色菫
ばかり咲かせている。歌にしたってそうだ。歌はもうあの鋭い清らかな悲鳴と共通の特質を失ってしまっ
たのです。死者の目に映る遠い青空は、変革の幻であったのに、今、青空は洗濯の盥の水にちりちり
に砕けてしまった。あらゆる煙草は、耐えがたい訣別の甘いしみとおるような味をなくしてしまった。
 自然にも、人間にも、事物にも、しみとおる力、浸透する力がなくなって、水や空気のようにわれわれ
の肌の上をすべるだけになったのです。そしてわれわれの繊細な鋭いレエスのような神経組織は、いつ
のまにか、弛んだ、ほつれた、目の粗いものになった。
 そのとき、別の匂いが押しよせてくる。どこか遠い昔に嗅ぎ慣れた腐敗の匂い。落葉のなかで、猟犬
が置き忘れた獲物が腐っていくときの、森の縞目の日光をかすかに濁らすような独特の匂い。いたると
ころで、その腐敗の匂いが、人々の指先の感覚を、らい病やみのように鈍磨させてゆく。かつて闇の中
で道しるべの火のように敏感に方角を知らせた指は、今では小切手に書名するのと、女の体をこじあけ
るのにしか使われなくなった。脱落、脱落、目には見えない日々の脱落。この感覚を、レーム君、君だっ
てつぶさに味わって来たはずだ。
 弦楽器は二度と本当のトレモロをひかせることがなくなり、旗は二度と豹のように身をくねらせること
がなくなり、珈琲沸しは二度とあの沸騰の怒りを見せなくなり、銃眼であることをやめた壁穴は白内障に
なり、血に濡れない政治ビラは大売出しの広告になり、靴下は二度と靴の中で逃亡の獣の湿った匂い
を立てなくなり、星はもはや磁石ではなくなり、詩は合言葉ではなくなる日が来たからには、……レーム
君、革命は終わったのです。

 こんな台詞を、全部覚えているだけで、僕は異常者かもしれない。
 これほど煌びやかに飾った台詞を書けるのは、三島だけだろう。
 僕は、かつて演劇青年だったので、この台詞を覚えようと思って、覚え、今でも。そらで、いえるのだ。
『わが友ヒットラー』のシュトラッサーの台詞だ。

 次に思い出したのは、以下の文章だ。

 私は大根はきまじめで、いまだに国事を憂えて、乃公出ずんばと思っている。出て何をするのかという
と、大新聞に反抗したり、結局は革命をおこそうとするのです。
 革命するには、必然徒党しなければならぬ。ところが、私は何よりも徒党を憎む。徹頭徹尾一人で、こ
の世をひっくり返そうとするのだから、難儀である。いかな神纂鬼謀の持主でも成功はおぼつかない
が、それでも長いことかかって、あらゆる悪条件を征伐して、ついに私の勝利に終る計画を立て終わっ
たときの、私の顔は見ものである。
 だから、私は一人でいるときの顔を見られたくない。

 山本夏彦の『茶の間の正義』の一節。これも、僕は、そらで口にできるように覚えていた。

2006年04月09日

 世の中には、自分を客観的だと思っているバカがいる。
 そういうヤツより、もっとバカが多いから、バカになってしまっているのだ。
 人間にとって必要なのは、自分には客観性がないのかもしれないという、自分に対する疑いだけだ。
 相当、マトモだと思った連中が、じつはバカだと判ったら、僕は絶望してしまう。
 人は絶望すれば、生きられない。
 僕、カッコつけて言っているんじゃない。
 なにを言っているのか、判らないなら、死ぬまで生きろ。
 キミの未来には、ロクでもないことが待っている。
 ロクでもない出来事を体験してしまったら、ようやく自分がバカだったと気づくだろう。
 キミの今後の人生も、これまでのキミの人生と同じで、そういうものだよ。

 上記の文章は、ほとんど意味不明だ。
 こういう文章は、じつは、僕のプライベートな女性関係と関わっている。
 前に、バッテンちゃんの名前を、文字を大きくして書いた日の日記とか……。
 自分にだけしか意味を持たない文章も、僕は、ここに公開することにしている。

 僕のことを自分にしか興味のないナルシストだと言った人がいる。
 誤解である。
 僕は自分に全く関心を持てないというニヒリズムに深く侵されている。
 自分なんて、とてもつまらない人間で、どうでもよく思われるのだ。
 そんなふうに思うと、どうなるか?
 他人に、どう思われても、どうでもよくなっちゃうんだ。
 当然、女性にも、どう思われてもよくなる。
 これは、相手に対する関心を失うということと同じことだ。
 女性は、相手の男が、自分をどれだけ大事に思っているか、それだけに敏感なものだ。
 僕が、もう何もかもどうでもいいという気分の時は、自分が大事にされていないと感じるわけだ。言っ
ていること が、判るだろうか?

 また、『ご臨終メディア』をペラペラめくっていて、思ったんだけど、この本は、今のメディアが、いかに、
どうしよ うもないものか、ただストレートな直球で語ったものだ。
 僕は若い頃から、アイツには会社勤めはできないと言われてきた。
 我がままで、周りの人間と折り合うことができないからだと言うのだ。
 僕は、森さんや森巣さん同様、腐ったメディアがオカシイと思う。
 森さん、森巣さんは、過激でも、特別に偉くもない。
 彼らは、当たり前のことを、まっすぐに語っているだけなのだ。
 なのに、彼らが異端になってしまう。それはオカシイ!

 僕は、おとなしくさえしていれば、オマエの生活は保障してやるよと言われても、おとなしくしていたくな
い時が ある。
 当たり前だ。だから、従順な人間ではない。
 当然のこととして、主張すべきだと思うことさえ主張できない世界で生きるくらいなら、ホームレスにな
っても生 き延びる……。
 給与生活者としての既得権を失いたくないから、というか、生活のため、しかたなく、バカな会社の中
で、なんと か、不満でもしのいでいる……、これが、きっと普通の人たちなのだろう。
 既得権というのは、なにも官僚とか、そういう奴らだけのものじゃない。
 普通の人たちは、みんな既得権を持っているのだ。

 『ご臨終メディア』が語っていることは、そういう普通の人たちが、この世界を腐らせるということだ。違
うだろう か?
 この本を読んで、なお自分のことをジャーナリストだと言える大手メディアに勤めている人は異常だ。
自分は恥 ずかしい生き方をしていると思わなければ、異常だ。

 僕は自分のことを、異常な人間だとは思っていない。
 とりたてて、ピュアだとも思っていない。
 気に入らないことが気に入らないだけだ。
 気に入らないことに、無理をして従うのが嫌なだけだ。
 ただ、こういう性格は、たしかに、周囲に波風を立ててしまう。
 困ったことだ。

 僕は、20年間、家族がいるので、周囲と波風を立てることを、できるだけ避けようと思って生きてき
た。もう我慢 は限界なのだ。「家庭の幸福は諸悪のもと」(太宰治)だ。

 鬱陶しい話は、もう止めよう。
 昨日、日経新聞の『日経プラス1』を読んでいたんだ。
 これは、アサヒのビーみたいな、週1の別誌だ。
 このテレビガイド欄の、芝山幹郎が書いている「今週の1本」という連載コラムを、僕は毎週楽しみにし
ている。 その週、テレビで放映される映画の中から、芝山さんがオススメの1本を選び、紹介文を書い
ていらっしゃるので ある。

 今週の1本は、10日の深夜に衛星第二で放映される『ウンベルトD』.
 イタリアン・ネオレアリズモ、……1950年代のイタリア映画だ。
 以下に、芝山さんのコラムを、そっくり引用する。

 イタリアン・ネオレアリズモは1950年代に全盛期を迎えた。『自転車泥棒』や『靴みがき』の名は、どの
映画史にも出てくる。
 質素な暮らしを営む市井の人々が、苛酷な現実に翻弄されるという基本構図。素人俳優を大胆に起
用し、暴力やロマンスといっ た劇的要素を抑え、ドキュメンタリーの技を積極的に採用する。この映画
作法が最もよく生きたのが『ウンベルトD』ではなかった か。
 舞台は五〇年代のローマだ。元官吏のウンベルト・D・フェラーリ(カルロ・バッティスティ)は、愛犬フラ
イクを心の友に、つましい 年金生活を送っている。ところが、下宿屋を連れ込み宿に変えて儲けようと
考えた大家は、家賃の滞納を理由にウンベルトを貸間 から追い出そうとする。
 彼は困り果てる。友人に借金を申し込んで断られ、緊急避難した病院からは追い出され、フライクを
使って物乞いの真似まです る。
 ただし、この映画はお涙頂戴に堕ちない。ウンベルトに扮したバッティスティ(フィレンツェ大学の70歳
の教授だった)は「なけなし の品位」をみごとに醸し出しているし、監督のデ・シーカも感傷を抑えた細
部描写で「主人公の実情」を観客に伝達する。部屋の壁 に這い回る蟻の群れ、親切で愚かなメイド、金
を取って犬を預かる強欲な夫婦……、ウンベルトの情感は、粒立つ細部の周囲から 立ち上がってく
る。 

 見たいと思わなかっただろうか? 見たら、きっと泣くと思わなかっただろうか?
 僕は、この映画を見たことがないから、そう思った。
 泣くな、きっと僕……。「なけなしの品位」か!

 僕がイタリア映画をはじめて見にいったのは、ピエトロ・ジェルミの『刑事』だった。
 小学生の時、父が連れてくれて見た。クラウディア・カルディナーレ……。
 「アモーレ! アモーレ! アモーレ! アモレミオ」
 懐かしいな。親父のことを思い出すと、また、悲しくなってきた。

 昨日、書いた寺島しのぶの映画のホームページにもリンクをはっておく。
 ここで予告編を見られるよ。

http://www.yawarakai-seikatsu.com/

 いま、テレビのニュースでは、イラクの内戦状態を伝えている。
 少し前、昨日送られてきたJMMの冷泉彰彦さんの文章を読んだ。
 なさけないけど、日本のメディアに比べたら、USAのメディアのほうが、まだまともに機能しているよう
に感じ る。

2006年04月08日

 管理人の仕事をしている時間に、金容権さんから、突然、ケータイに電話があった。
 ドブロクをつくる方法を教えて欲しいとのこと。
 ウェブ上には、けっこう僕が書いた『台所でつくるシャンパン風ドブロク』(農山漁村文化 協会)を読ん
で、ドブロクをつくったというページがあるんだよな。
 僕のドブロクづくりのやり方は、そのレシピを書くと1ページで終わってしまうという超カンタンなものな
のだ。農文協のエライ編集者、甲斐さんが、それ、なんとか本にしようとおっしゃってくださって、原稿を
書いたんだけど、1ページで終わるもので、一冊の本をつくるのは、いかにも苦しかった。どうにか、無
理やり百ページ以上書いたところで、もう、これ以上、引き伸ばせませんってギブアップしたら、甲斐さ
ん、それならそれでやろうって……。
 この本が出たのは、平成3年。以来、現在まで増刷を続け、まだ生きているんだ、この本。
 たしか18刷だったかな。
 こんな出版がダメな時代に、驚くほどの超ロングセラーじゃないか!
 農文協に感謝!

 僕のドブロクづくりのやり方を紹介してくれているウェブ上のページを見つけるために、久々に、グー
グルで、山田陽一と入れて、検索。

 おぉ、山田陽一だけで検索しても、ヒットした12,500 件中、トップに僕のページがあった(同姓同名の
人が大勢いるから、こんな数のヒット数になるのだ)。
 ヤフーは、15番目だったけど……。
 “山田陽一 どぶろく”で検索すると、93件、ヒット。

 ドブロクづくりを紹介している以下のページが写真付きだったので、リンクをはっておく。

http://doburoku.928.cc/y01.html

 これ、トップページでリンクをはろうかな。
 ドブロク、つくりたかったら、これ見てねって……。

 金容権さんって、アマゾンで検索すると、随分、ご著書があるんだな。
 何か、読まなきゃ、申し訳ないような気がした。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-url/index%3Dbooks-jp%26field-author%
3D%E5%AE%B9%E6%A8%A9%2C%20%E9%87%91/249-5237264-8700332

 昼飯を食っていたそば屋で、置いてあった週刊誌を読んでいたら、寺島しのぶの新作は、廣木隆一が
監督した『やわらかい生活』という作品だって……。

 原作は新芥川賞作家、絃山秋子、脚本は荒井晴彦。
 濡れ場が凄いってことだけ書いてあった週刊誌の記事によれば、寺島しのぶと田口トモロヲの濡れ場
がスゲイというんだけど、田口トモロヲが演じている男がEDなんだって……。

 僕だったら、寺島さんだったら、勃つよ。
 なに、言ってんだか!

 どんなかたちにしろ、EDが映画のシーンに出てくるのなら、今後、僕が書かねばならない、八重洲玄
クリニックのホームページのコラムで、マクラくらいには使えるだろう。
 見なきゃな、寺島しのぶのエッチ・シーン、見たいし……。

2006年04月07日

 バッテンちゃんが掲示板に書き込んでくれた「空気か」という言葉で、山本七平の『空気の研究』を
久々に再読。山本七平は、これと、『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』、『一下級将校の見た帝国
陸軍』、『私の中の日本軍』が、先の戦争を考える上で、ぜひとも読まなければならない物書きなのだ。

 昼休みに、例によって、新古書店・古本市場に行った。
 次の二冊を、105円の棚で見つけ、購入。

森達也・森巣博『ご臨終メディア』(集英社新書)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/408720314X/qid=1144333179/sr=1-1/ref=sr_1_2_1
/249-5237264-8700332

三浦展『新人類、親になる』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093860211/qid=1144333281/sr=1-1/ref=sr_1_2_1
/249-5237264-8700332

 『ご臨終メディア』は、いまの絶望的メディア状況を、よく表現していた。
 三浦展の本は、基本的には『下流社会』のアイデアが、すでにして、十年近く前にかたちになっていた
ということが判る本。こいつの仕事は、パルコの情報誌『アクロス』の頃(1980年代)から注目していた
が、やっぱ、優秀だわ。

 今日は、練馬区では、公立小学校の入学式の日だったようだ。
 可愛く、おめかしをした新入生が、僕が管理人をしているマンションにもいた。
「今日から一年生か?」と声をかければ、「はい」って答えてくれた子に、「おめでとう」と言って、僕は、
いいオジサンをやっていた(オジイサンか?)。

 マンションの管理人としての仕事を終えて、すぐに八重洲玄クリニックへ……。
 昨日、書き上げた原稿を、先生にチェックしていただくためである。
 とりあえず、前説だから、これで、ゴーしようということで、ホッとした。

 帰宅したのは、八時過ぎ。
 買い置いてある安酒を飲みながら、NHKの『プロフェッショナル・仕事の流儀』を見た。
 今回の、主役は、スタジオ・ジブリの鈴木敏夫さん。
 彼と、彼とともに仕事をしているスタッフとの関係は、根本的には、小出さんと僕の関係と同じなんだけ
どなぁ。
 僕が、こんなにへこんで生きているのは、何故なのだろう?
 やっぱり、ぼくが欠陥人間だからかなぁ。

 バッテンちゃん、キミも僕も、味方があまりいない男だよな。
 でも、数少ない人たちに支えられて生きているよなぁ。
 だから、僕は、キミにエールを送っているんだ。

2006年04月06日

 夜は雨がやんで、半円の月が出ていた。その半円の月を見ながら帰宅途中に、玄先生のクリニックで
新しく立ち上げるホームページに書くコラムのネタを考えていた。
 すでに勝手にタイトルまで決められて、そのタイトルで書けっていうんだよな。
 課題作文みたい。得意なんだけどね、僕、課題作文。前に課題作文を書いたのは、いつかと考えた
ら、幻冬舎の団先生の本に書かされた『現代の西鶴・団鬼六』という文章だった。
 注文が、「現代の西鶴」ってタイトルで書けって注文だったんだよな。
 先生、直々に……。
 まぁ、持論でもあるので、書いたけどな。
 書き手にタイトルを決めさせないなんて、信じられないよな。
 でも、はっきり言って、この課題作文として書いた僕の文章は名文だ。
 自分で言うのもヘンだけど……。
 お読みいただいていない方は、図書館で借りられるから、お読みいただきたい。

 久々に、光が丘リブロで新刊書籍を購入。
 以下の2冊である。

内田樹・平川克美・小田嶋隆・町山智浩 著『9条どうでしょう』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4620317608/qid%3D1143264835/sr%3D1-1/ref%
3Dsr%5F1%5F10%5F1/249-5237264-8700332

小熊英二 著『日本という国』YA新書よりみちパン!セ
http://rironsha.bookmall.co.jp/search/info.php?Code=00004205

  『9条どうでしょう』……、まず最初に小田嶋さんの『三十六計、九条に如かず』を読んで、舌を巻いた。
じつにスバラシイ。
 これ買って読んでくれなきゃ、僕の友達じゃないぞ。
 いま、必読本のトップは、これだ。
 すぐ本屋に走るように……。
 なぜか、僕が先日再読したばかりのH・G・ウェルズの『世界史概観』が出てきたりもしてね。やっぱり
内田グループはスゲエや。
 内田さんの「まえがきにかえて」中に、「安全なオプションよりも危険なオプションを選ぶ」気質について
の、とてもオモシロイ知見もあった。

 ……それを口にすると「多くの人が怒り出すことが確実であることば」が脳裏に浮かぶと、それを口に
せずにはいられない人々である。

 「もともと『わりと干され気味』だったので、今さら失うものはない」根性のすわった書き手……、「虎の
尾がそこにあると思わず踏みたくなる」だって……。
 なんか、僕もそういう困った人みたいな気がする。
 それが安全第一の妻との不和の理由だったりして……。
 なにを言っているのか、わからなかったら、ごめん。

 小熊英二の本のほうは、去年、僕に養老先生の本づくりのお手伝いをさせてくださったSさんの仕事な
んだよな。そのとき、僕は、Sさんにご迷惑をかけたもんだから、もう彼女には頭があがらないんだけ
ど。
 こっちは、娘に読ませるようにしよう。せめて自分の子供くらい、ちゃんと日本の歴史を知っていてほし
いから。

 白洲次郎を取り上げたNHK『その時歴史は動いた』を見た。

2006年04月05日

 内田樹さんが書いていらっしゃった日比谷高校的空気(「シティボーイの都会性」と「強烈なエリート意
識」と「小市民的なエピキュリズム」に「文学的ミスティフィケーション」をまぶしたようなもの……2006年
03月31日吉田城君とテロリストの言い分と学長のご苦労)。小田嶋隆さんが書いていらっしゃった都立
高校的空気……(4月02 都立校の統計学)。
 1960年代後半、僕は国立奈良女子大学付属高校という地方のエリート受験校の落ちこぼれ劣等生だ
ったのだが、ほとんど彼らと同じ空気のなかで生きていたような気がした。
 いまだに、その残留臭気を消せない。
 そもそも、これが日比谷出身の山口くんと僕を結びつけたものではなかったろうか?
 おまけに僕は、ダメ男、松本竜介が他人には思えない。
 いまニュースを見ていたら、アイ高野が死んだってな。

2006年04月04日

 僕には、ほとんどメゲソウな日がある。
 人に迷惑ばかりかけて、生きてきたからね。そんな時、僕は、自分の子供たちのことを考える。親バカ
だから、こんな僕でも、子供たちを愛しているんだ。
 息子と娘と電話で話した。
 性格破綻者の僕の子供としては、それぞれにシッカリしている。
 僕は、わが愛する子供たちを悲しませないように生きたい。

2006年04月03日

 僕のパソコンのデスクトップの壁紙を、クールベの“世界の起源”に戻した。
 裸の女性の股間が、ドアップで描かれている絵だ。
 僕が、この絵をホームページのトップにして、女性に嫌がられたことがあるものだ。
 嫌がる女性には判らないだろうが、僕は、この絵の女性の性器に向き合いながら、哲学をしているの
だ。
 人間って、何だ? それは、オマンコについて、まともなことを考えることができなければ、答えをだせ
ないだろう。

2006年04月01日

 少し、「天野偽者説はウソ」に付け加えておくほうがいい問題に気づいたので、シツコイが書いておく。

 『ある夢想家の手帖から』のもととなった『あるマゾヒストの手帖から』を天野さんが倉田さんと知り合う
前から『奇譚クラブ』に連載なさっていたのは、事実だ。
 そして、天野さんは『家畜人ヤプー』の構想を、倉田さんと知り合って得たわけではない。
 なのに、馬くんは、まだ「もう少しお調べになってからお書きになったら、もしかしたら拙論の妥当性を
多少とも揺るがすに足る、より深いご回答になったかもしれませんね。」などと言っている。
 なぜだろうと考えて、すぐにわかった。
 きっと彼は、潮書房版『ある夢想家の手帖から4 奴隷の歓喜』に収められている『第106章 奴隷の喜
び』と、その前の章『第105章 わがドミナの便り』を完全な実話だと思い込んでしまっているのだ。

 『第106章 奴隷の喜び』は重要な章である。マゾヒズムの本質が肉体的苦痛にあるのではなく、精神的
な陵辱にあることをあきらかにした章だからだ。

 だが、沼正三名で、これを書いている人物が、自らの体験として記している南方での捕虜体験は、じ
つは、書き手の実体験ではないのである。

 占領下にあった時代に、在日白人女性の性的玩具にされたという一種のファンタジーは、もともと戦
後すぐから、実話雑誌、カストリ雑誌などの格好の逸話のひとつだった。
 鮮烈に物語られたこの話も、いわば、そのバリエーションなのだ。

 沼正三名で、『奇譚クラブ』に投稿をはじめた若者は、そもそものはじめから、その最初の投稿『マゾ
ヒスト協会』のまえがきで「私は在外中、捕虜になった時、相手の司令官夫人から訓練を受けて生れも
つかぬマゾヒストとして復員してきたのであるが、それ以来の性遍歴は読者の一燦(原典は火ヘンのな
い字なのだが、これは第二水準にない字なので、しかたなく、こう記した)に博しうる自信がある」と書い
ている。
 これも著者一流の夢想なのである。

 『第107章 わがドミナの便り』は、どうか、この章は、森下高茂名で出てくる森下小太郎の親戚だった
英伊混血の白人女性との手紙のやり取りを記した章である。
 こちらは、たしかに、モトになる手紙のやりとりがあった。
 しかし、この文章にも創作された部分が混じっている。
 これが完全な事実だとすると、倉田さんがマゾヒスト・沼正三だと考えねばならなくなるだろう。ところ
が、そうではない。
 もともと沼正三名で『ある夢想家の手帖から』を『奇譚クラブ』に連載していたのは、天野さんのほうだ
から……。

 森下は、倉田さんが、手紙で、ご自分が『ヤプー』を構想したようにお書きになったわけだけど、それ
だけじゃなく、この実在する英伊混血女性との出来事で、すっかり混乱してしまったんだよ。
 事実は、前にも書いたが、天野さんの手紙を倉田さんが翻訳なさって、文通がなされていたはずだ。
これも、今度、天野さんに話を聞くことにしよう。

 いずれにしても、『手帖』も、書かれていることを、すべて、事実だと受け取るのは、あまり賢明な読み
方ではない。

 たしかに、著者の内面的真実は記されている。
 でも、著者の内面的真実を表現するためにこそ、創作的表現の技法が用いらているのである。これ
が、作家の手口なんだよ。

 馬くんは、この2章のいずれも実話だと思って、読んだんじゃないのかな?

*     *     *

 ところで、天野さんと倉田さんの出会いは、『ヤプー』と『手帖』の新稿が誕生するうえで本当に大きか
った。
 『わがドミナの便り』のもとになった旧稿『女主人の返事その三』が『奇譚クラブ』に掲載された号こそ、
『家畜人ヤプー』の第一回がはじまった号なんだからね。
 僕、倉田さんの本を読んで、ファンになったから、倉田さんにも会ってみたいな。

 ヘンな勘違いをした森下もカワイソウだといえば、いえるだろう。
 大岡昇平さんに、不徳義漢と呼ばれても、しようがない男にすぎないけど……。
 それを信じて、踊った嵐山も、馬仙人も、カワイソウといえばカワイソウだな。

*     *     *

 つまらない話で、ひとつ気づいたことがあるので、それも書いておく。

 三島さんは「スカタロジー」という言葉を使っていらっしゃるね。
 沼正三名で『手帖』を連載していた人物が、高橋鐵に「スカタロジー」じゃなくて、「スカトロジー」だっ
て、指摘したことがあったね。
 小さいことだけど……。

 今度こそ、一区切りだ。僕も忙しいから……。
 でも、何にか、聞きたいことがあれば、答える。
 これは、約束しておこう。

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