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  ■2000/03/24 リベートとドカジャン。


 ベンチマーク評価で私は『S・L航太郎』のキャラクターに魅力がないと言いました。作中、コンビニ会社に勤める主人公のライバル、開発部に属する出っ歯・大阪弁の男が登場します。先週号での彼は、競合する二つの物件の選ぶに際して、一方の側の不動産会社から個人的なリベートの提供を示唆されました。彼は怒って席を立つ。商談決裂の際のタンカの大意、私は会社の組織の中で大過なく過ごすことによって出世していく人間である、リベートをもらって平気でいられる器ではないのだ。そののち彼は、リベートを提示した不動産会社の物件のほうが良い立地であると判断し、結局そこと契約しました。

 リベートをもらうことはワルイことと考えるよりも前に、私にとってはここでリベートをもらうのは損であると即断する瞬発力。リベートをもらって平気でいられるのも能力である、その能力は自分にはないのだというシニカルな認識。かっこいいですねー。「ワルイヤツ」とも「清濁併せのむ大物」とも違う人物造形。

 このような言動をしめす人物を設定した点から見て、同作品にキャラクターの魅力がないと言い切るのは不適当ですね。金太郎も笑助にも伝助にも言えるセリフじゃないです。いや、釣りバカもサラ金も好きですけどね。

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 きょうは卒業式の日。昨夜よりの雨のなか晴れ間が覗いた出勤途中、小学校校門に掲げられた日の丸の旗を見て、なんだか晴れがましい気分になる。キオスクで漫画ゴラク買ってると、ドカジャン(どかたジャンパーかなあ。)着た姉ちゃんがさっそうとタバコを買っていく。耳にシルバーのピアス、イイもの見た。気持ちよい朝。  時間があいたので茶店でハーバーマス『近代 未完のプロジェクト』をめくる。

  ■2000/03/18 休みの日。


 早めに起きて自転車。川沿いの土手を上流にむかって走らんとするも、向かい風に負けて川下へ。ガストでコーヒー。100席はあろう店にウェイトレスは、えーと二人かな。注文を取りに来てくれないので、厨房に声をかけてドリンクバーでコーヒーを自ら注いで飲む。大変だねえ、ローコストオペレーションも。大学生らしき三人組が飲み放題のドリンクバーでコンソメスープを何杯もお代わりして腹を満たしてる。ワタクシ的にはおもしろいが、店としてはどうか。店員が少ないんで牽制の歯止めが利かないんだろうな。ピカチュウ塗り絵の募集プロモーションが貼り出されているのもシロート目にも中途半端。備え付けのモニターが愚にもつかない広告を繰り返してる。これでは立地が良い店しか残らないのではないか。いっぽうで立地よければ、すかいらーくにすりゃいいんだよな。他店の価格の水位も下がり、ガストの棲息域も狭くなったか。価格がやすいほど紋切り型に近くなる危険を冒しても現場のマニュアルを整備・維持してクオリティを保たなきゃなんないんじゃないかなあ。

 コーヒーのみながら先の件で戴いたメールの返事を書く。送った後に書きすぎたかなあとも思うが後の祭り。あとは楽しく少年ジャンプを読む。

 『ヒカルの碁』、こないだやっとルールを覚えた少年がもうプロ試験。展開が早すぎないかと危ぶむ。とはいえ、たぶん囲碁の才能はこのような伸びかたをするのだろう。もちろん囲碁の知識はここで得たものしかないから、私はすっかりコレにだまされていることになる。ともあれ、高い濃度のこの時間をより多く楽しみたい。先週だったか、若手の奨励会(だっけ)のさいちゅうに取っ組みあいのケンカが起こったとき、塔野はひとり騒ぎの外にいて、あのギボシみたいな碁石容器をてのひらで包みこむようにして、そっと置いていた。このような描写があるかぎり、私はこのプロジェクトの掌のうえ。

 自転車屋を覗く。折り畳み自転車「広島号」用にチェンホイル・クランクでシマノの105以下の安いグレードのやつを注文しようとする。店員は、三ヶ月以上かかる。そもそもいつ手にはいるか不明、中空クランクの新型105が良いよおなどとニコニコ笑いながら、傍目にはニタニタしながら述べてやがる。アフター市場では105以上が主流だとしても、やすいヤツも初期不良対応や補修部品として出回ってるはずだから、その言はまったく疑わしいと思うがどちらにしてもここで頼むのは止める。

 ああ、私はこうやって世間をどんどん狭くしていくのだ。

 21時ごろより作業の進行が気になって職場にでてしまう。これで連休は終わり。

  ■2000/03/18 八角。


 アクション、『おさなづま』が村松ゆうきちだってわかったから書けた。たまに良い連載がはいるんで読んでしまう雑誌です。むかしはコラムがよかったんですね。欄外コラムもすごくよかった。ここを読んでみろ、この雑誌はスゴく手間がかかってると友人に薦めたことがある。たぶん担当が堀井雄一郎だったんですね。

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 昼飯を食う中華料理屋で出てくるメニュー、トマトと卵のスープを家で。八角入れて鶏ガラ煮て、塩・うすくちしょうゆ・酒で味付け。出し汁の味見段階では大丈夫かなあと思わせるが、最後に湯剥きトマト入れて卵を流し込むと三十倍くらい旨くなりました。熱いままお椀ですすって、満足。大鍋いっぱい作ったんで明日も食える。八角はフェンネルの束・粉末で代用可だね。

  ■2000/03/17 徒労かな。


 他所の頁に上がりこんであまり愉快じゃない対話をやっちまったんで、口の中が気持ち悪い。でも形式的成果のほかにも効用アリ。いかなる品性と知性で世の中の一部ができあがってるかを知りました。ああ、私は私で良かった、と胸をなでおろす。

 形式的成果って重要ですよね。とくにドブまみれの詫び状でも、それ以外に何も取れる見込みないとき。

  ■2000/03/16 春。


 水曜日に岡山、いちにち置いて盛岡。いずれも大きな案件ではないがうまくいった。盛岡では本日付で退職されるという方が最後の数年間に手塩をかけた仕事にかかわって、良い提案ができた。最後の日にたいへん有意義なお話を伺いました、との言葉をいただき、ほっとしました。

 盛岡は石川啄木と宮沢賢治の町。宮沢賢治は人殺しであるという伝記上の発見が国会で報告されたこともあったなあと思い出しつつ街を散策。人口28万人の都市、郊外・近隣自治体にはウルグアイラウンド丸出しの公民館、資料館、クアハウスなどがある。それで良い。アーケードの屋根をたたく音、雹かとおもえば雨。なるほど北国の春とはこのように寒々しくもあるものか。馬場あきこの春も、庭の椿が枯れる季節。さくっと歯をたてれば野の菜の香りがたつ、たらの芽の天ぷらと蕎麦をご馳走になって帰る。

  ■2000/03/06 頬染めて、あらい吐息。


 江川達也は、その出現以前と以降という画期をもたらした作家です。彼はヒキと山場のみで構成するというマンガ表現における手法を確立しました。これは少年ジャンプのシステムの中で結果的に発明されていました。ただ、イイワケのようなタメのエピソードはなくとも構わないと明白に表明した作例は他にはありませんでした。私は江川を重要な作家だと思っています。でも大切な作家ではない。たいした作品を描けていないからね。それに前にも書いたように、この人の性格悪さへの志向性が好きではない。作品の点では江口寿史とちょい似。彼の代表作が『東京大学物語』だとしたら影響力の大きさに比して作品が小さすぎるよね。

 曽田正人『昴』、首の長さ・骨と肉の描写。この絵はたいしたものだ。カラダを描く多数の線の過半が輪郭を正確にとらえないことによって躍動感や感情の動きを表す。内側に閉じ込めきれない熱がカラダの動きになって噴出する。つねに上気している頬、おでこや肩周りなどはケレン味あるタッチ・フォルムで押さえられていて、全体としてマンガらしい色気を出している。自転車・消防士のつぎはバレエという素材選択、自分の特長を知っている作家だなあ。

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 この作品を取り上げろ、どう思うのかというメールを数回いただきました。その際は感想なりを書き付けています。マンガを見直す良い機会になりますのでありがたく思っています。よろしければそのようなメールください。

  ■2000/03/01 ちょっと気持ちが弱ってますかね。


 東本昌平『SS』スペリオール、子持ち中小企業勤務の中年男が散歩中に泣き出す。
 「ぼくは…僕は頑張ったでしょうか?」「うん、頑張ってるよ。」
 子供に戻れない男はRでもZでもなくスタリオンで走りだす。すでに廃止されたそのブランドが初めてオーラをもった。魂に触れて輝くモノと、モノによって救われる人生。もう三菱自動車は無くなっても構わない。

 一色まこと『The Perfect world of KAI』私好きなんだよな、あすなひろし系の味のこの作家。低い鼻と離れた目、登場人物のほとんどが設定年齢にかかわらず幼児。さそうあきら『神童』のフォロワーってまとめられたら悔しい。あ。少し自慢、『神童』について、ちゃんと文章で評価したのは管見の限り私が最初。その点ほめてくださった人がいました。うれしい。あと先物買いで当たったのは『クロカン』、ロドリゲス井之介とかですかね。

 吉田聡『江戸川キング』この人には頑張ってほしいんだけど、努力・工夫の方向を提示できないんだ。新沼健二を愛した者の出現に鳥肌が立った日から、少年キングの最期を一人で看取った男の存在意義は希薄になっていった。下品な紛い物がヤンマガで連載中だがそんなものに負けるな、吉田。

 森本サンゴ『おしどりちどり』BJ、こんな才能どこから出てくるんでしょう。タイムマシン経由かな。ビージャン偉い。モーニングとかじゃなくてよかった。
 「おい坊や 男ってなぁ 一生 迷子みたいなもんだ」「回り道したってかまわねぇから 最後にゃ自分(てめえ)を見つけるンだぜ」
 とはいえ都市に仮構した共同体も現代性の刻印を避けられません。自転車で歩道を暴走する少年がじじいに叱られてすぐ反省してる、そんなはずないってのは理屈。ファンタジーだってぇのは承知のうえサ。オレはここで暮らすンだ。

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