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1998.02
ぼくの「アメリカ」の基礎は少年のころのマンガによってつくられています。マンガの多くは近所の貸本屋で借りて読みました。全国的には貸本屋のピークは50年代末で、60年代に入ってからはその店舗数は減っているはずです。そのころ住んでいたのは60年代はじめに開かれた新興住宅地でしたが、なぜかそのなかに貸本屋がありました。70年代なかごろまでは、住宅地に移り住んだ若い夫婦たちの子供がおおぜいいたためか、どうにか商売になってました。 はじめて「アメリカ」を経験したマンガは、その貸本屋で借りた望月三起也の『ワイルド7』でした。手塚治虫などはアメリカというよりモダン一般かディズニーでありましたし、桑田次郎はほかの日本マンガとはかけ離れてシャープなタッチでしたが、線が上品すぎてアメリカっぽくはありませんでした。そのほか多くのマンガ作家の作品にアメリカは登場しましたが、それは単に「悪いやつ」や「ガイコク」「モダン」でした。また、モンキーパンチは子供の目に触れ得ません。 『ワイルド7』(1970〜)はアメリカを舞台にしたマンガではありませんが、HONDAのバイクに乗り、ショットガンをぶっぱなして無慈悲に悪人を殺す主人公のスタイルがアメリカ的でしたし、敵方が武装カルト教団であったりする点もかの地を思わせます。日本国内を舞台にしているエピソードさえ描かれた風景はアメリカです。「コンクリート・ゲリラ」なんてのはどこの国の出来事だったんでしょう。 ストーリーや道具立てだけではなく、望月三起也の描線がそう感じさせます。ことに、汗の浮かぶ肉感的な女の尻の描写は、強烈なインパクトがあります。子供だったぼくには理解不能ながら、これは何だかアメリカっぽいなあとぼんやりと感じました。このあやしい線は、悪者を示すためのものではない。清潔な「モダン」や、エキゾチックな「ガイコク」一般でない、何かがある。そのときに、モダンでカッコいいものであるガイコク一般から、ほこりっぽいむきだしの「アメリカ」が、質感を持って浮かび上がってきます。 #### 同時期に読んだマンガに森田拳次の『さむらいカポネ』(1973)という作品がありました。これは日本人の番長が米国で活躍するストーリーマンガです。海外に雄飛せんとする熱血漢、折田拳太郎が道中苦労しながらニューヨークにたどり着いて空手道場の師範となるものの、いざこざのあったギャングの事務所に殴り込みをかけたあげく逆に殺されてしまうという、どうにも救いようのない筋立てでした。 作り手も迷走してるのか、「買い物のときは小銭をもってないと不便だよ」などの実用的なアメリカ旅行ガイドがとつぜんに挿入されたりしてます。いっぽうで、田舎町の閉鎖性と差別性に主人公が困ったりヒッチハイカー連続殺人事件に巻き込まれるリアリティのあるエピソードもあって、アメリカ社会の暗い面をよく表現してもいます。まあ、破綻だらけの作品ですね。その時分でも新しくもない熱血漢の主人公のキャラクターを、リアリティのあるシチュエーションにうまく導入できていない点で失敗作でしたが、そのぶんラストの無惨さがきわだちます。 作者の森田拳次は『丸出だめ夫』『ズーズーC』の成功ののちに一コママンガを志して1968年に渡米しましたが、定住には至らず2年後に帰国しています。帰国後の第一作がこのストーリーマンガでした。乱暴にいえば、森田のアメリカでの、たぶん作品同様に挫折に近い経験を定着させようとしたのが『さむらいカポネ』です。 森田が志した一コママンガ、カートゥーンはコママンガとよりも普遍性の高い表現形式と理解されてます。それぞれの地域の固有の文化への依存性が低い事は確かですし、世界中の新聞に一コマ形式の時事漫画が掲載されています。日本のいわゆる大人漫画の作家たちが持ちがちな「児童漫画」や「劇画」にたいする優越感は、この一コママンガの特徴にも由来しています。君らがやってるのはドメスティックな形式だが、われわれの一コママンガは世界に通じる形式なんだよ、というわけです。 森田の一コママンガへの転身および渡米は、国際的な普遍的なマンガ表現を確立しようとしたことがひとつの大きな動機になっているはずです。ここに森田の齟齬がありました。インターナショナルを求めたのに、到着したのは「アメリカ」だったのです。アメリカはもちろん普遍ではありえません。日本という特殊を逃れて普遍的な世界を目指した森田拳次は、アメリカという別の特殊に出会ったのでした。 『さむらいカポネ』はアメリカに裏切られた思いをベースに作られた作品であると捉えると理解しやすいでしょう。主人公のうすっぺらなナショナリズムも、『丸出だめ夫』の作家にふさわしくない粗雑なタッチもそこに由来します。いっぽうで、エピソードレベルではアメリカの特殊性に触れ得た点に可能性が残されます。 『さむらいカポネ』の場合、作家の挫折が直接に作品の破綻につながってしまいました。もちろん、天才・モリケンはそこに留まることなく、数年後には彼が出会った「アメリカ」を見事に定着させた作品を発表する事になるのですが。 『さむらいカポネ』1973年 少年キング1号〜39号
70年『ワイルド7』連載開始 71年森田拳次帰国 73年『さむらいカポネ』連載開始・終了 メニューにもどる |