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■1999/11/27 気の毒な役人
『かもしか!』村枝賢一をベンチマーク(少年サンデー9908)で軽く扱ってしまったことをちょっと気にしてました。人がまじめにしゃべってんのに横向いて鼻で笑ってしまった後悔。それでコミックスで読み返してみました。絵が古くてセンスがない・気恥ずかしいセリフ、などとあげつらうことはできるのですが、そんなことで軽視するんだったら週に15冊もマンガ雑誌を読んでない。私が"何だかダメだ"と思ってしまった理由が別にある。そこでいちおうの結論、公務員は全体の奉仕者でなければならない。その点で『かもしか!』は間違ったイデオロギーを読者に植え付けようとしているものであります。市役所の公務員を主人公をしているにも関わらず同作品の物語は善意とその達成をベースに作動してて、個別のケースへの善意の投入が問題を解決する仕組みになっている。
私は基本的に役人がやたら叩かれる現状にかんして、役人側に同情的なんです。媒介抜きに倫理と職務をすなわち一致させることを要求される仕事ってつらいですよ。たとえば生活保護の足切りレベルに実務で直面する仕事ってつらいと思うなあ。世論のほうは孤独死の婆さんかわいそうって非難と行革・自立自助・地方自治の独立性向上なんて要求を同時に突きつけてきますもの。
公務員がその職掌で定められた範囲でどうにもなんない問題は、制度の方を変更することでどうにかしなきゃ。公務員が現場で直面する悲惨を制度的にどうにかしようと思ったら、それはたいていのばあい規制の強化・行政の肥大化や増税に結びつきます。たとえば今週号のエピソードである商店街の衰退は、大店法の強化、中小企業助成の増額などによって緩和できる。商店街の悲惨を避けたいと思う者は、それと引き替えの増税を引き受けなければなりません。知恵を出し合ってうんぬんなんてのは書生論。
増税・規制強化を引き受けることも、あるいは悲惨な現状を肯定することもしないで、個々のケースに注ぐ善意こそがそれを解決できるってのはまさしく問題の隠蔽であります。さらには、たかだか全体への奉仕が職務として望まれている人間への過剰で過酷な要求。その点で『かもしか!』には問題ありとします。もっと抽象的に一言でまとめれば、世の中をナメている。
いや、正面から評しようと思ったらなんだか無粋な事を言ってしまいました。でも私のマンガに対する態度はこういうものであるべきであります。
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正直いって、他の作品の評価と整合性とるのは大変。
■1999/11/26 渓谷と階級差
高松から、高知にいって一泊。仕事に収穫あって東京に帰る。飛行機の時間を確認しつつも新幹線で帰ることにする。乗り換え少ないから電車のほうが好きなんです。高知駅で期待しないで鰹たたき弁当。あと土佐鶴のワンカップを買って乗車する。たたき弁当は当たり。気持ちよくなってきたところで、がとんかたんと鉄橋を渡る。吉野川の渓谷を縫って段々畑・トンネル・紅葉・静かな緑の淵・生コン工場・小集落・トンネル・岩肌・紅葉。電車は土佐から讃岐へ向かう。
そのうち空が広くなります。田んぼ・まっすぐの国道・やわらかな低山。ようやく讃岐平野へ降りてきたか。高知はすばらしい土地でした。また来たいな。
電車の客層、出張サラリーマン・ピンクハウスおばさん・歯っかけじいさんなど。歯っかけじいさんが隣り合わせた会社員風にゴルフのスコアを誇っています。やはり日本は文化の階層性は弱い社会。今月の「状況」誌ブルデュー特集だが、やはり日本社会への適用は成功していない。(「日本における社会階級・社会問題研究とブルデュー社会学理論」小沢浩明・文化の階級階層差、進学停止現象の不在)
そういえば先週号のSPA!、実話週刊誌特集は文化の階層差の発掘という意味で好企画でした。どうも大卒ホワイトカラー男性は文化の階層差の存在が見えない傾向があります。昔ふうに言えば"サイレントマジョリティ"の軽視。当該特集は、読む雑誌が階層によってぜんぜん違うという事実を示唆しています。マンガにおいても例えば「サンデー」と「マガジン」読者の階層差とか、成人三誌「ゴラク」「マンサン」「タイムス」読者の最終学歴と所得とかを把握できると面白いんですけどね。
■1999/11/25 佳品二作
新聞一面下の書籍広告欄にて発見。自己批判の書なのでしょうか、渡邊恒雄『ポピュリズム批判』だって。ミスターマガジン『大江戸きっちん』、江戸時代にタイムスリップした主人公が作るメニューが、江戸の食い物として旨そうに描けています。現在と比較して装飾の少ない、貧相とでも言いたくなるような儀式性の薄い食事の描写。食材とその加工の過程でメニューの旨さを伝えています。産地の銘柄や貧しい観念や"こだわり"などの助けを借りない。私は小説はほぼ読まないからわかんないですけど「元ネタ」は池波正太郎とかなんですかね。もちろん小説に絵はありません、これはマンガ家の手柄です。この作家は見損じていました。ごめん。登場する一見薄情そうな女の子もよさそう。
ヤンジャン『ブルジョワ刑事』水穂しゅうし、私にとっては同誌の連載の柱。ヤンジャンは良くも悪くも残酷な話を好みがちで本作品もその傾向がありますが、それを打ち消す登場人物の魅力。無垢であることとタフであることをあやうく両立させる ことが水穂のテーマなのでしょうか。血だらけの場面に清潔な魂を置きたい。血との対比なしで無垢を輝かせる彼の作品も読んでみたい。やや扱いが過小な気がするヤンジャンの水穂をビジネスかスーパージャンプでどうでしょうかねえ。
■1999/11/21 天皇と「スピード」
さきの天皇即位10周年式典、右翼は怒ってないのでしょうか。読売新聞には参加者に不満との小記事があり、その気配があるのか。たとえばじいさんの米寿のお祝いに孫曾孫を全部呼んで、そいつらが喜ぶからといってイタリア料理屋で食事、カラオケボックスで大騒ぎのコースにじいさんを連れ回す。お父さん、あなたの大好きな孫たちが喜んでるからあなたも嬉しいですよねと、お調子者の次男坊がいう。マゴどもは今日が何のお祝いであるかまずもって興味がない。
私がそのじいさんならカラオケで昭和維新の歌かインターを選曲して雰囲気をぶちこわす。あげくにマイクをぶん回してガラスの机を叩き割る。
肉親が先の戦争で死んで、その死の意味を天皇の存在を通じて解釈して、魂を鎮めている人たちがいます。その人たちが平伏する集会に、信仰のことなど興味がない人間たちをアメで釣って集める。今回の周年の式典を計画したヤツらは、ひとの信仰心を徹底的に侮蔑した連中であります。式典に反対する連中は良し。
だいたいねえ、天皇の名の下に赤子たる青年たちに"スピード"を与えるという組み合わせは、すごく悪い冗談、「パロディ」です。「わだつみ」に関して改竄とか言われているけど、こういうことをやってしまうほうの連中のセンスは問題だね。天皇の政治利用よりも若年層への浸透戦略よりも、まず連中の下品さ、鈍感さが不快です。
■1999/11/11 新宿で買ってはいけない。
日帰り出張。仕事はまずまず順調にすすんでる。帰途、新幹線でモーニング、ビッグコミックなど。ビッグコミックって、読むとこ少ないです。小学館の旗艦のはずなんだけど、それらしくしているのは水木しげる『カランコロン漂泊記』さいとうたかお『ゴルゴ13』白土三平『カムイ伝』のタイトル&作家名。
そのなかにあって『聖』山本おさむが力作。繰り返される呼吸音の描写から息苦しさが伝わってくる。"この男がいずれ死ぬ"と常に聞こえてくる。今号から将棋自体の描写にはいったが、私を含む将棋を知らない読者にその奥深さをうまく説明できるか重要。
そういや身障者&テニスのモーニング『一生!』、タッチを変えてみたようだ。そのせいで悪達者にゴマかしてたものがあらわに。例えば女の子の下着姿がだめ、全然いやらしくない。でも、がんばってね。
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つねづね思っていたのだが紀ノ国屋はダメな本屋。店づくりの志がひくく選びにくい新宿本店、ロードサイド書店と見まごうばかりの高島屋店。売場のダメさと今回の自主規制の実施には同根の要因があり、それは人生と生業と魂の距離の取り方にかかわる同書店の組織文化が影響しているのではないか。私は二度と紀ノ国屋では買わないし、人にもそうすることを勧める。まあ私自身はたいてい池袋か銀座で本買うんで影響少ないんですけどね。マンガはキオスクだし。
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燃えるお兄さんのことでした。
■1999/11/06 ドッキリ仮面
本日は昨日の居残りで広島。あんまり時間ないけど広島市まんが図書館に行く。98年設立、公立のものとしては唯一のマンガ専門図書館らしい。市内の丘の上、こぢんまりとした建物。掲示には蔵書30,000冊とあり、稀覯本以外ほとんどが開架。ちょっとしたマンガ喫茶程度の規模。子供が床に座り込んでマンガ読んでる。ざっと眺めるに欠本も多い。主要マンガ雑誌の創刊号・復刻版の「のらくろ」の類をガラスに飾ってある。司書に雑誌の保存を聞くと一年間だという。ぜんぜんダメ。箸にも棒にもかからねえとの印象を持つ。せっかく来たので、設置してあるパソコンで検索。ほらあコレもない、コレもないと検索してると、日大健児『ドッキリ仮面』(9巻・曙書房95年刊)が表示。作家名アイウエオ順の開架をみると果たして、にわのまことの隣に確かにある。当該作品はたぶん1970年代前半に少年キングで連載された。下品でスケベなギャグマンガとして『がきデカ』の先行者となる作品と記憶している。
「きちがい博士」や「ちょっとだけ仮面」「磁石仮面」など世界の平和を乱す怪人たちが毎週登場、五郎君が変身するドッキリ仮面と対決したり勝手に自滅したりする。いまでも読める、笑える。女の子の描写がスケベ(全裸・乳首あり)で、山上たつひこの顔・タッチに似ている。若い女教師と少女の掛け合い、わたしのほうが美人・年増だなど、ほとんど『がきデカ』と見まごうばかりなり。山上たつひこの同時代は下記。
65年10月『秘密指令0』デビュー
70年04月『光る風』
72年06月『喜劇新思想体系』
74年10月『がきデカ』私の頭の中では、ぼんやりと日大健児と山上たつひこが重なっている。しかし『ドッキリ仮面』の少年キングでの連載開始・終了時期を調べてない(現物に当たるしかない)し、95年ごろ漫画サンデーで連載していたという日大健児の作品を見ていないので影響関係を明らかにできていない。いつか早稲田に行って少し調べてみようと思う。
下記の図中、辺見先生の由来はたぶん辺見母。このような命名法も『がきデカ』を思わせる。これを読んでおられる識者のかたがた、日大健児について教えていただければ幸いです。
日大を見つけたので広島まんが図書館の印象は好転、箸にも…等の悪口をアタマの中で勝手に撤回する。しかし、やはり公共マンガ喫茶的位置に安住するのは望ましくない。蔵書の強化(単純に増加&閉架化)などによる漫画史の収集・蓄積・整理の機能を求めたい。たぶん市民の多くのニーズに応えるのに手一杯というのはわかるけど、公共施設だからこそ可能な事業として捉えてさあ。
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■1999/11/03 料理二品
カキたまあっと言う間にできてしまう。
生食用のカキが安かったら(150g400円くらい)、ネギ一本と舞茸をいっしょに買う。ネギをナナメに切っといて、卵2個をボールに溶いておく。舞茸をオリーブオイルで炒めてしんなりしてきたらネギ投入。白ワインか日本酒をちょっと入れる。すかさずカキを投入し、30秒後に卵をゆっくり流し込む。塩と白コショーを少々、深めの小皿に取り分けてスプーンを付けて出す。
生ガキは2つくらい喰ったらもう良いって感じだけど、軽く火を通したやつなら私は好き。いくつでもおいしく食べられる。カキのスープも卵でとじて全部いただく。舞茸とネギの食感。アジ南蛮かけ
小アジが安くて、かつ暇な日に作るつまみ。小アジは10匹以上のパックで200円以下で売ってる。
まずタマネギ半個を薄切り、酢と日本酒ちょっとみりんをあわせたものにボールで浸しておく。あわせ酢はコップ半分くらい作ればいい。鷹の爪入れとくのも良し。次に小アジをさばく。暇なんだから開いて中骨までとってしまう。一匹づつ開くところまでやるんじゃなく、流れ作業方式を採ると作業が楽で汚れない。以外とカンタン、小さめの包丁買っとくと良いです。まな板に中骨まで取ったアジを並べて塩コショーを振る。フライパンに油をどくどく入れて温める。アジをはしでとって片栗粉を敷いた皿で両面を軽くまぶして揚げる。片栗粉は必じゃない。ちょっと色が付いてきたら油切り。大皿に並べて、タマネギとあわせ酢をかけ回す。
さくさくシャリシャリ食べられる。揚げたアジの香ばしさ、お酢のあっさり感。