第30回記念ベルリンマラソン

2003年9月28日、ベルリンマラソンに参加しました!!


今回で第30回を迎える記念レースとなったベルリンマラソンは、

1989年のベルリンの壁崩壊を機に、それまでの西ベルリン(壁の中)のみのコースから

歴史上の建造物立ち並ぶ旧東西ベルリンを走るコースとなりました。

街並み、道路状況の東西の違いから冷戦時代の名残りを感じます。

参加者は3万人を超える世界指折りの市民マラソン大会で、

数箇所のマッサージサービスなど他の大会にはないフィジカル面のサポートが特長です。

また、幾度も世界最高記録が生まれているように、コースはアップダウンが少なく、

気候もマラソンに適した条件となっています。

沿道の声援も国際色豊かで、バンド演奏などメンタル面でも楽しめる大会です。



1974年、第一回ベルリンマラソン・スタート時の風景、参加者286人
(ベルリンマラソン、オフィシャルページから)




2003年、ベルリン・インラインスケート大会(42.195km)スタート時の風景、参加者約8000人
(ベルリンマラソンの前日開催)


大会情報

項目 内容(一部、主観と推定アリ)
種目 フルマラソン、インラインスケート(今回から前日開催)、車椅子
スタート時 午前9時(フルマラソン)
制限時間 6時間15分(フルマラソン)
キロメータ表示 1キロ間隔とハーフポイント
タイム表示 5キロ間隔
スタート地点 事前申告タイム(ベストタイム)により、ゼッケンに記された
A〜H組に分かれる。
手荷物預かり所 スタート地点後方にあり
給水所 5km地点からだいたい5キロ間隔
水、スポーツドリンク(Gatorade)、TEA、バナナ、リンゴなど
(水以外はあったりなかったり)
バルーンが目印
 緑色バルーン:招待選手用コーナー
 青色バルーン:水、スポーツドリンク
 オレンジ色バルーン:スポンジ給水用水桶
 黄色:果物(バナナ、リンゴ)
 白:TEA(イングリッシュティー、甘い)
エイド ほぼ5キロ間隔に救急車両、
25km地点から5kmごとにマッサージコーナー
仮設トイレ 約2km間隔であったらしい
(全く気がつかなかった)
コースの特徴1 アップダウンの少ない世界最高記録が出るほどの高速コース!
(今年は去年までのコースから一部変更)
コースの特徴2 大部分は道幅の広いコースですが、数箇所狭い。
そこではランナーでごった返すので、記録を狙う方は、
ベストタイムを早めに申告したほうがいいかも。
旧東ベルリン側は、工事現場が多いため(但しレース日は工事
休止)か、やや空気が砂っぽいところがちらほらある。
コースの特徴3 スタートとゴールはほぼ同じ地点(いずれも6月17日通り沿いの
ジーゲスゾイレ、ブランデンブルク門の間)の周回コース。
道路の交通規制状況は良好。まず(救急車両を除いて)横切る
車はいない。前日にインラインスケート大会があるため、
停車車両も前日の朝から強制レッカー移動が始まる。
コース中の名所 ジーゲスゾイレ(旧西)、ドイツ連邦議会議事堂(旧西)、テレビ塔
(旧東)、シェーンブルグ市庁舎(旧西)、カイザー・ヴィルヘルム
記念教会(旧西)、ベルリンフィルハーモニー(旧西)、ソニー
センター(旧西)、コンツェルトハウスベルリン(旧東)、ベルリン
大聖堂(旧東)、シュロス橋(旧東)、ベルリン国立歌劇場(旧東)、
ブランデンブルグ門(旧東)
2003年の大会参加者 全部門あわせて約4万人、内フルマラソンは3万人強
パーティなど 前日の朝のブレックファーストランと夜のパスタパーティ
(エントリー者のみ、無料)
男女比 ざっくり、男3〜4に対し、女1ぐらい
日本人 例年は数十人とのこと
今年は高橋尚子選手の効果で50人ぐらいと思われる
沿道の応援 応援は観光地、商業地、住宅街とも素晴らしいものがある。
デンマークをはじめ各国の組織的な応援も面白い。
(どういうわけかやたらとデンマークが目立つ)
また、10組以上はいたと思われる、ロック、ジャズ、クラシック、
サンバなど多様なアマチュアの演奏家による生演奏もある。
地元チアリーダーによる応援もある。
コース沿いに地下鉄の駅があり、各駅にコースマップがあったり
と、応援者にも配慮している。
路面状況 全体的に良好。
参加賞 スポンサーグッズいろいろ(個人的にほしいもはなし)
完走賞 完走メダル。

コースマップ


コース周辺の写真集
(大会レポートはContinueの先)

 
ジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)

1864年の対デンマーク戦争、
1866年の対オーストリア戦争、
1870年〜71年の対フランス戦争の
勝利を記念して建てられた高さ67mの塔。
ベルリンの壁1

ベルリンの壁は、西側への脱走を防ぐ為、
1961年8月13日、東ドイツにより、一夜にして
西ベルリンを取り囲むように建設された。
1989年11月9日、突如、崩壊する。
現在、ごく一部が保存されている。
ベルリンの壁

全長約155kmもの壁を、たった一晩で建設
可能としたのは、突合せのブロック構造にある。

写真1,2は、イーストサイドギャラリー。
残念ながら、ベルリンマラソンのコース
にはなっていない。
ベルリン大聖堂とテレビ塔

ホーエンツォレルン家の墓所がある
ベルリン大聖堂は第2次大戦中に
大被害を受け、1993年に修復が終わった。
高さ114m。
テレビ塔は冷戦時代に、
東ドイツの威信にかけて、
壁の向こうから(西ベルリンから)も
見ることができるように建てられた。
1969年完工。高さ365m。現役。
シュロス橋

シュプレー川に架かる美しい橋。
8体の像が飾らている。
ベルリンには多くの運河があり、
いまでも遊覧船が通っている。
ブランデンブルグ門

1788年〜91年にプロイセン王国の
凱旋門として建てられた。
門の上の勝利の女神と
4頭立ての馬車カドリカの像は、
一時期ナポレオンに奪われた。
冷戦時代は、間近のベルリンの壁により
通過することができなかった。
写真の一際目立つサッカーボールは
2006年WC記念モニュメント(期間限定)。
ドイツ連邦議会議事堂

旧帝国議会議事堂、第2次大戦中は
入り口上部にナチス紋章が掲げられた。
連合国軍の大砲によりこの紋章が
打ち落とされる記録映画は有名。
冷戦中は使用されなかったが、
東西ベルリン統一後、大修復を終え、
ドイツ連邦議会議事堂として生まれ変わった。

                                To be continued

 

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