ポチ多摩 (ぽち・たま)

19??年 東京生まれの習志野育ち。
現在、東京の多摩地区に在住。


ごあいさつ


みなさま、はじめまして。

 それは、小学校の運動会の入場行進練習をしていた時でした。校舎のスピーカーから流れてきた音楽に、子供の私は感動しました。練習は運動会の本番まで何回も行われたので、その躍動感あふれるメロディーは、鮮明に記憶されました。この音楽とは、世界の「マーチ王」J・P・スーザの行進曲
「美中の美」「エル・カピタン」「雷神」でした。私にとって、この3曲は「運動会三部作」となり、楽しい思い出となりました。

 以来、マーチという音楽に魅せられました。松平康隆氏がパーソナリティをしていた
TBSラジオ「世界のマーチ」(*)を、朝早く起きてラジカセに録音していました。この番組のおかげで、世界の名作マーチを知ることができたのです。その後、吹奏楽部に入部しましたが(担当楽器はTb)、当時の(今も?)日本吹奏楽界は「課題曲」「邦人オリジナル作品」一辺倒で、世界の名作マーチは軽視されているような印象を受けました。

 「マーチ王」スーザは、自叙伝の中で「心躍る行進曲を聴くと顔が輝く」と述べています。マーチを聴くと、何となく心が晴れやかになります。この「マーチング・アロング」を通じて、ご一緒にマーチの魅力を楽しみたいと考えております。どうぞ宜しくお願い致します。

 なお、当サイトの「マーチング・アロング」とは、スーザの自叙伝のタイトルに由来するものです。


【付記】当サイトは全日本吹奏楽コンクールの課題曲マーチ(特に1980年代中期以降のもの)は関心の「対象外」です。これらを“マーチ”として理解することは、極めて心理的な抵抗を感じます。


2003年6月  ポチ多摩


(*)TBSラジオ「世界のマーチ」とは:
 1974年4月8日〜1981年10月2日の間に放送された、日本鋼管提供のマーチ番組(月〜金曜日、朝6:35分より放送していました)。ミュンヘン五輪(1972年)のバレーボールで金メダルを獲得した、松平康隆監督が司会を担当されました。

 この「世界のマーチ」初回放送日(1974.4.8)の読売新聞朝刊には、同番組の「広告」が掲載されました。ニッコリと微笑む松平康隆さんの顔写真とともに、「日本鋼管提供、世界のマーチ/今朝からTBSラジオ/月〜金6:35/松平康隆と若さを語ろう」という内容でした。それにしても、「若さを語ろう」って・・・?

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★★★ 嗚呼!栄光のポール・ヨーダー吹奏楽団 ★★★

CD「世界のマーチ」
〜ポール・ヨーダー (2枚組)

ポール・ヨーダー指揮吹奏楽団 (Paul Yoder and His Brass Orchestra)


Disc 1:
星条旗よ永遠なれ(スーザ)/ワシントン・ポスト(スーザ)/美中の美(スーザ)/錨を上げて(スーザ)/アメリカン・パトロール(ミーチャム)/エル・カピタン(スーザ)/雷神(スーザ)/国民の象徴(バーグリー)/海を越える握手(スーザ)/士官候補生(スーザ)/キング・コットン(スーザ)/自由の鐘(スーザ)/マンハッタン・ビーチ(スーザ)/闘技士(スーザ)/ディキシー(ヨーダー編)/忠誠(スーザ)/聖者の行進(ヨーダー編)/サウス・ランパート・ストリート(ボデューク&ハガート)/タイガー・ラグ(ラロッカ)/ハロー・ドーリー!(ハーマン)/(全20曲)
国内CD
ビクター音産

VICP 41085/86
(2枚組)
Disc 2:
軍艦マーチ(瀬戸口藤吉)/双頭の鷲の旗の下に(J・F・ワーグナー)/旧友(タイケ)/勝利の父(ガンヌ)/サンブルとミューズ(プランケット)/ロレーヌ行進曲(ガンヌ)/剣士の入場(フチーク)/君が代行進曲(吉本光蔵)/太平洋行進曲(布施元)/我らが指揮者(ビゲロー)/ボーギー大佐(アルフォード)/史上最大の作戦マーチ(アンカ)/木影の散歩道(ゴールドマン)/砲声(アルフォード)/ドレミのマーチ(ハマースタイン)/海ゆかば(信時潔)/クワイ河マーチ(アーノルド)/セントルイス・ブルース・マーチ(ハンディ)/レッド・リバー・バレー・マーチ(ヨーダー編)/愛国行進曲(瀬戸口藤吉)/(全20曲)


▲“ニッポン大好き”
ポール・ヨーダーの
EP「軍艦マーチ」
(Victor VIP-1047)
少なくとも1980年代以前、人生で最初に手にしたマーチ・アルバムが、ポール・ヨーダー(1908−1990)指揮のレコードだったという人たちは、意外に多いのではなかろうか。ピンク・レディーが歌謡界を席巻していた1978年、小学生の私が初めて買い求めたマーチのレコードこそ、まさしくポール・ヨーダーのドーナツ盤(EP)「軍艦マーチ/君が代行進曲」だった。ヨーダー名義の音盤は、たいていのレコード店で見かけたし、21世紀の現代でも復刻CDとして生き残っているから、ちょっとした“ロング・セラー”だ。

正直、そのサウンドは「運動会・行事用」「商店街の客寄せ」のBGMを連想させるもので、マーチ愛好家の間でも評判は芳しくない。 ポール・ヨーダーの容貌に至っては、映画「スター・ウォーズ」のヨーダのようだが(失笑)、なぜか当時の私は「軍艦マーチ」の溌剌とした演奏に魅了された。 一種の刷り込み現象だが、「君が代行進曲」についても、自衛隊音楽隊の浅薄なデジタル録音と聴き比べると、今なお、ヨーダーの快演に軍配を上げてしまう。 子供ながら、「アメリカ人は演奏がウマイなぁ」と感心していたのだ。

ところが、“ポール・ヨーダー吹奏楽団”という常設のバンドは存在せず、その実態は、ヨーダーの来日に合わせて臨時に編成された、日本人ミュージシャンによるスタジオ録音用のバンドであったらしい。本記事の冒頭に掲げた2枚組CDは、1970年代に吹き込まれたLP「ゴールデン・ポピュラー・マーチ」や、「ゴールデン・マーチ/日本軍歌集」等の音源を再編集したものである。その後、TBSラジオ「世界のマーチ」で多くの名曲・名演を聴き込み、すっかり“耳が肥えた”私は、ヨーダーの音盤と疎遠になってしまった。

『ヨーダーは、1908年にワシントン州タコマに生まれました。ノース・ダコタ大学に学び、卒業後、さらにノースウェスタン大学に入学、作曲と打楽器を学びました。作曲・編曲の数も既に1500曲以上にものぼり、楽譜もほとんど出版されているので、その楽譜をもとに演奏されていない日はない程です。 日本では“山の偉客”が有名です。1963年にアメリカ吹奏楽指揮者協会(ABA)の会長にもなり、今や世界の吹奏楽界の最高峰の一人となっています・・・』(前掲のビクター音産EP盤の解説を転記)。

ポール・ヨーダーの“日本びいき”は夙に知られており、大阪万博に寄せた行進曲「Expo '70(万国博マーチ)」や、度々の来日体験に基づく(?)「Pachinko(パチンコ)」等の作品がある。ポートレートは鬼瓦を思わせるヨーダー氏だが、日本滞在時、皇宮警察本部音楽隊のお巡りさん達と“破顔一笑”した記念写真も残されている。 「アメリカの音楽大使」「マーチの大御所」。 ミシガン大学バンドの名指揮者レヴェリ博士を始め、ヨーダーを讃える声が後を絶たない。 そのヨーダーは、1990年にノースカロライナ州で亡くなった。

現在、私がポール・ヨーダーの音盤を聴く機会は少なくなったが、お気に入りのマーチ名演だけを集めた“マイ・ベスト・アルバム”を編むと、そこには必ずヨーダー指揮の
「軍艦マーチ」「君が代行進曲」、そして「木陰の散歩道」の3曲が入っている。「刷り込み現象」といった単純な理由ではなく、あまりにも情けないマーチ演奏の邦人プロ・バンドが跋扈(ばっこ)する昨今、ヨーダーのテンポ設定が最も安心して聴けることを再認識してしまうのだ。万人に薦められる演奏ではないが、機会があれば、この3曲だけでも聴いて欲しいと思う。 そして、来たる2008年は、ヨーダーの生誕100周年・・・。