彼は、悟っていた。自らが、もう長くないことを。
  あれから、もう二十年の月日が流れた。彼の妻が、いなくなってから。

  タンガ、パラストを平定し、デルフィニアがアベルドルン大陸中原の覇者となってから、大きな争いは無くなった。
   無論、小競り合いなどは時折あるものの、『戦争』と呼ばれる程大きな戦は起こっていない。
   その功績は、彼、デルフィニア国王ウォル・グリーク・ロウ・デルフィンによるものだ。
   「過去、そして現在に於いて、彼以上の善政を行えた人物は存在しない」。
   後世の政治学者、歴史学者は、こう彼を称える。
   国家間の争いが終結した後、これほど見事に統治されることなど、滅多に無いことなのである。
   戦勝国と、敗戦国。その意識は植え付けられ、優越感や劣等感、そんな感情から争いが起こることは珍しくないことなのだ。
   そのようなことが起こらず、後の世から見て理想的ともいえる統治が行えたの は、この国王の人徳、性格が大きく関わっていることは、少しでも歴史をかじったことのある者ならば常識ともいえることである。
   そして、もう一つ。
   歴史だけでなく、神学――特に、宗教や神による人間への影響について――を学ぶものにとって、周知の事実があった。
  それは、一種の伝説であった。


   かつて、デルフィニアに女神が降臨した
    太陽の如き金色(こんじき)の髪に、翡翠よりもなお深い深緑を湛えた瞳
    彼の女性(ひと)にしか扱えぬ剣を持ち、戦う姿は正に勝利の女神
    デルフィニア国王ウォル・グリークの為のみ剣を振るい、あらゆる戦を勝利へと導く
    国王に祝福を与え、去りしその女性(ひと)の名は
    デルフィニア王妃  グリンディエタ・ラーデン
    デルフィニアの、ウォル王の、勝利の女神


   彼女――グリンディエタ・ラーデンの存在は、事実だ。王家に伝わる系図に、その名は記されている。だが、この伝説――グリンダ王妃が女神ということ――が嘘かというと、それはそれで断言は出来ないのである。
   確かに、その名は系図に記されている。しかし、生没年が記されていないのである。
   王妃という立場、身分、それらを抜きとしても、凄まじいどころではない活躍をしなければ、このような伝承が残るはずも無い。しかし、生没年がわからぬなど・・・・・・・・・・。
   この事実が、一層この伝説に信憑性を持たせているのである。
   まあ、女神だとかそういった部分は無しにしても、『なにか』があることは確かなことなのだ。
   これ以上は、神学論や様々なものが入組んでくるのでやめておくが、この稀代の英雄――獅子王と妃将軍――、そして後の世まで語り継がれる英雄たち――ティレドン騎士団長ノラ・バルロ、ラモナ騎士団長ナシアス・ジャンぺール、独立騎兵隊長イヴンなど――を擁したこの時代のデルフィニアは、まさに黄金時代と呼ばれるものであった。
   だが、永遠というものはありえない。栄えるものも、いずれは滅ぶ。英雄といえど、死はかならず訪れる。
   それは、この王にとっても真実であった。

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       と        き
 時空を超えて 
〜Beyond the time and space〜 
           ANOTHER  STORY  OF 
                     「A  RECOAD  OF  THE   Delfinian  War」
 

Written  by  Yuichi  Subaru

T 落日

 身体が、まったく動かない。
 最期の刻(とき)が近づいているのを、ウォルは感じていた。

 満足に動くことが出来なくなって、三ヵ月になる。大したことはないと思ってい たら、医者から絶対安静を言い渡された。
 国王としての仕事はあったが、ウィンコートやエメリオン、さらには彼の娘と息 子も、しっかりと成長している。
 充分、任せるに値した。事実、彼らは国政という名の荒馬を見事に乗りこなして いる。
 しかし、それとは裏腹に、国王の容体は悪化の一途を辿った。
 日に日に衰弱してゆくウォル。回復の兆しは見えなかった。
 王妃がいなくなっても、国王は変わらぬように見えた。だが、確実に、仕事の量 は増えていた。再び逢える可能性は、ゼロに等しいのだ。逢えると信じているとはい え、自らの半身とも呼べる同盟者を失った心労は、確実に国王の身体を蝕んでいたの である。無論、それを表に出す国王ではなかった。だが、それ故、これほどまでに悪 化していたのであった。

 そして、現在(いま)に至っている。
 目を遣ると、ベッドに突っ伏し、まどろんでいるポーラが眼に映った。
 疲れが出たのだろう。彼が倒れて以来、ずっと看病を続けてきたのだ。
 ――すまない・・・・・・。
 思い、宙を見上げた。
 浮かぶのは、自らの妻の顔。
 いま、自分の傍らにいる妻ではなく、彼の永遠の同盟者。
 ――結局、逢うことは出来なかったな・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・心残りだった。
 『必ずだ。また逢おう。俺はそう信じている』
 かつて、自らが言った言葉だ。ずっとそう信じ、今まで生きてきた。
 しかし、彼の命は、今尽き果てようとしている。
 ・・・・・・・・・・・嫌だった。
 このまま、死にたくはないと思った。
 もう一度、あの顔を見たい。話したい。
 強く、強く想った。
 頭が痛くなるほどに。
 さらに、強く。
 残った生命を全てつぎ込み、ウォルは想った。
 最早、痛みも感じない。
 視界が、白く包まれてゆく。
 急速に意識が薄れていくのを、ウォルは感じていた。
 全身から、力が、抜けてゆく・・・・・・・・・・・・・・。
 そして、その僅か後。
 彼の意識は、精神(こころ)は、魂は、その肉体に、永遠の別れを告げた。


      と  き
U 時空の回廊

 時に緩やかに、時に激しく。それはまるで、大海のようだ。
 しかしそれでいて、整然とした回廊をも思わせる。
 そんなところに、ウォルの意識は存在(い)た。
 (どこだ、ここは・・・・・・・・・)
 たゆたうような感覚。
 ともすれば拡散してしまいそうになる意識を何とか繋ぎ止め、周囲を見回してみ る。
 果たして、そこは現にはありえない場所(ところ)だった。
 光が、後ろから前に向かって流れていく。その速さは、場所によってまちまち だ。止まっているとしか思えないほどのスピードの所もあれば、恐ろしく速い箇所も ある。そしてその色も、緑から急に虹色になったかと思うと、何時の間にか深い青に なっている。一時とて、同じということはない。
 その、この世あらざる光景に、しばしウォルは言葉を失っていた。
 夢か現か。
 常識的に考えれば、現実にはありえない光景だ。“光が流れる”という光景など ある訳が無いし、自然に緑や青、ましてや虹色の光が生じることなどありえない。そ れは事実だ。
 だが、これほど現実感(リアリティ)のある夢も、果たしてあるのだろうか。
ウォルは、その眼でしっかりとその情景を見ているし、ともすれば押し流されてしま いそうな光の“流れ”も、その肌で感じている。
 思考を巡らせ始めたその瞬間(とき)。
 何か、後ろの方で光ったような気がした。何がかは解らないが、この場に流れる 光の奔流さえも呑み込んでしまいそうなほど圧倒的な、そして、何故か懐かしい光。
 (何だ・・・・・・・・・?)
 思い、振り向いて、その光の生じたところへと歩き出す。考えるより先に、体が 動いていた。
 だが、それはそれほど簡単なことではなかった。光の奔流が全身に打ち付け、数 歩進むのもままならない。
 しかし、ウォルは進んだ。
 激しい流れにぶつかるたび、力が抜けていく。意識が遠のく。
 だが、ウォルは倒れない。
 行かねばならない。
 自分の中の“何か”が言う。
 あの光は、自らが求めていたものだ。
 二十年間、渇望していたものだ。
 ウォルは進む。光に向かって。
 進むにつれ、流れは激しくなっていく。まるで万人を拒むかのように。
 しかし、彼は屈しなかった。不屈の心、凄まじいまでの精神力で、一歩、また一 歩と、光の元へ近づいていく。
 そして、ついに彼は、光へと辿り着いた。懐かしい感覚が、全身を満たしてい く。ぽっかりと空いた心の隙間を、ゆっくりと癒していく・・・・・・・・・・・ 。
 しかしまた、彼の力も限界に来ていた。
 怒涛のごとき勢いで打ち寄せる光の波は、ウォルの力のほとんどを削り取ってい たのだ。
 徐々に、意識が薄れていく。
 懐かしい光が全身を包むのを感じながら、ウォルの意識は白く染められていっ た。


V アマロック

 意識が覚醒していくのを、彼は感じた。
 死んだと感じたのは、勘違いだったのだろうか。先程の光景も、最早欠片も無 い。意識ははっきりしているし、視界も白ばかりではない。緑に囲まれた、美しい森 の中である。
「・・・・・・・・・・・なに?」
 美しい森。確かにそうだ。深い緑に囲まれ、近くには、おそらく清水によるもの であろう湖が横たわっている。どことなく、生まれ育ったスーシャの森を彷彿とさせ る景色だった。
 だが、自分は今まで、コーラル城の寝室で寝ていたはずだ。目が覚めた(意識が 覚醒した)ということは、あの怒涛の如き光の奔流も、夢の中のものではないのか。 だがしかし、こんな景色は見たことがない。
 混乱してもよい状況であるが、ウォルは平然としたものだった。まあ、何のこと はない、混乱しすぎたせいで逆に落ち着いてしまっているのではあるが。
 と、ウォルは、何か足元が頼りないのに気付いた。
 不安定というのではない。何も無い、そういった感じだ。
 足元を見下ろしたウォルは、その感じが正しかったことを知った。
 そのまんま、何も無かったのである。
 もっと正確に言うとすれば、彼は宙に浮いていたのだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 並外れた心臓の強さを誇るウォルも、流石に沈黙する。
 たっぷり三分は経過して、ようやくウォルは正気にかえった。そして、これはど ういう事か考える。

1 ―― 浮いている
2 ―― 確かに死んだような気がする
3 ―― 身体の不調が無くなっている
4 ―― 何故か知らないところにいる

 4についてはよく分からないが、1,2,3から推測されることはある。
「俺は幽霊になったのか・・・・・?」
 それが、最も説得力のある結論だ。
 1の浮いていることについては、実際に幽霊(ファロットの聖霊)が浮いている のを見たことがある。
 2については、あんな感じは今まで味わったことが無かった。無理矢理にではな く自然に、身体から意識が離れていくような感じだったのである。体の具合から考え て、長くはないだろうと感じていたことも合わせると、死んだのだと考えるのが一番 しっくり来る。
 3については、意識を失うまで――恐らく死ぬまで――あった、何というのか・ ・・・・倦怠感というか、全く力が入らない状態が、全く無い。幽霊になったのだと 考えれば、あれは肉体的なものだったのだから、感じるわけが無いのである。
 生霊や死霊を見ても動じない男だ。この世には、理屈で説明できないことが沢山 あることも知っている男である。
 何となく自然に、自分が幽霊になったということを受け入れていた。
「取り敢えず、歩いてみるか・・・・・・・・・・・・」
 ここが何処なのか、別に知る必要があるわけではないが――ポーラやイヴンたち のことは気になるが、コーラルに戻って、なにをするというのだ。悲しむ姿を見、辛 くなるだけである――、他にすることがあるわけでもない。
 元国王だった幽霊は、取り敢えず北(だと思う方向)へ、歩き出した。

 かなり深い森だ。あれから随分歩いたというのに、まだ抜けることも出来ない。
 そして、この森に生えている草木、そして昆虫などは、およそウォルの見たこと も無いものばかりだった。
 ウォルも、スーシャの森の中で遊び、育った者だ。パキラの山に入ることもある し、たいていの植物や動物の名は心得ている。だが、そのウォルをして、全く見覚え の無いものばかりなのだ。
 だが、たまに、狼など、大型の動物の類に遭遇することもあった。そのあたりに なると、ウォルの見たことのあるものもいるようだ。
 肉体的な疲労からは開放されてはいるものの、生前の癖で肩を上下させていた ウォルは、ふと何物かの気配を感じた。
 人ではない。四本足で歩く人間などいるはずも無いからだ。恐らく、狼か何かの 類だろう。
 しかし、そのような獣は、感覚が鋭い。人間などがいるのを察知すれば、気配を 絶つのが普通である。それをしていないのは、こちらが『生き物』ではないからだろ うか。
 まあ、こちらとしても、既に死んでいるのだから、食い殺されたりすることは有 り得ない。幽霊とて死ぬ――いや、消滅か――ことはあるようだが(王妃の剣は、そ のような力をもっていた)、そんな事は滅多にあることでもあるまい。
 相手に姿が見えるのかどうかは疑問であるが、ウォルは待つことにした。  そして現れたのは、堂々とした体躯に漆黒の毛皮をもつ、一頭の狼。  じっと、こちらを見つめている。
 それを見て、ウォルは呆然とした。
「たしか・・・・・・・・アマロックといったか・・・・・・・・・いや、しかし ・・・・・・・・・・・・・・」
 無意識に、口から言葉が漏れる。
 その狼は、リィの記憶の中で見た養父であった。あの事は、はっきりと印象に 残っている。見間違うはずも無い。
 しかし、彼はこの世界に生きるものではないし、なにより、リィが九歳の時に死 んだはずである。どう考えてもおかしい。
 彼は、そんなウォルの様子と、自らの名を知っていたことに対し、僅かながら警 戒の念を抱いたようだった。
「・・・・・・・何者だ?」
 アマロックの問い。
 それに対し、ウォルは答える術を持ち合わせてはいなかった。だが、反射的に疑 問を口にする。
「あなたは、アマロックどのか?」
「人にものを訊く時は、自分から名乗るのが礼儀というものだ。元人間ならば、そ のくらいはわきまえて欲しいものだな」
「これは、失礼した。俺の名は、ウォル・グリーク。・・・・・・・・・・しか し、俺はやはり死んだのだな」
 妙に納得したように頷くウォル。
 狼は、微かに笑ったようだった。
「私は、君が誰何した通りアマロックという。ばっちりわかるわ。身体中から霊気 を発している。生身の人間ではありえんことだ。見るものが見れば一目瞭然だ」
 どうやら、彼――アマロックは、ウォルのことを気に入ったらしい。面白いやつ だと思ったのだろう。まあ、狼に人の礼儀を言われ、このような物言いをする人間 (元)など、珍しいを通り越して皆無と言っても差し支えない。
「しかし、君は何故、私の名を知っていたのだ? 自分が死んだかどうか確信で きていないのなら、死してそれほど年を経ているわけでもあるまい。自らの死を認め ずさ迷っている輩もいるが、君はそうは見えない。だが、人間の間で私の名が知られ ていることなど、ありえんことだ」
 アマロックの問いに、ウォルは逆に問い返した。
「その前に、訊きたいことがあるのだが」
 それは、先程から気になっていたことだ。
「あなたの子供・・・・・・義理の息子に、ラヴィーどのから託された人間の子は おられるか?」
 アマロックの身体が、ぴくりと動いた。
「何故、知っているのだ? そして、ルウのことを知っているのは、何故だ?」
「・・・・・・やはりか・・・・・・・・・・・」
 ウォルは、自分の考えが的中したことを知った。
「では、先程の問いも含めて答えよう」
 アマロックが聴く気になったのを、ウォルは確かめる。
 そして、自分の考え――いや、真実を語り始めた。
「まず、俺はこの世界の住人ではない。異世界からきた者だ。どうやら、死んでこ の世界に転移して来たようだ。願いが、叶ったといえば叶ったのだがな。死の直前ま で、強く想っていた故かもしれん。
 俺は、その世界の国の一つ、デルフィニアの国王だった。そして、リィ――あな たの義理の息子は、俺の妻であった」
「何を言っているのかさっぱりなのだが。第一、リィはまだ三つになったばかり だ。それに、男同士で結婚できるわけがなかろう。それとも、君のいた世界では良い のかね?」
 とアマロック。
 この言葉で、ウォルは自分の考えが合っていたことを確信した。
 だが、流石に分かりにくかったと思ったのだろう。ウォルは、言い方を変えるこ とにした。
「これは推測なのだが――いや、恐らく真実なのだろうが、『過去』のこの世界に 俺は来てしまったのだろう」
「なに?」
「リィは、俺のいた世界に“落ちて”きたのだが、そのとき、リィは十三歳だっ た。そして、身体は女になっていた」
「ほう・・・・・・・・・・・・」
声を洩らすアマロック。
「その時、俺は王座を追われ、単身王都へ向かおうとしていた。無論、王冠を取り 戻す為もあったが、最も重要だったのは、父を助け出す為だった」
「父といえば、王だろう。反乱でも起こされたのか」
「いや、義理の父親だ。俺は庶出の身だったのでな。だが、俺の父はその養父(ひ と)だと今でも思っている」
 アマロックは、僅かに目を見張った。
「そんな俺を見かね、助力をしてくれたのがリィだ。そして王座を取り戻し、俺は リィを王女にした」
「なんともすさまじいことをしたものだな。それに、あの子を受け容れるとは」 ウォルは、微かに笑って言った。
「何度も驚かされたがな。小柄な身体のくせ、馬よりも早く駆け、俺と互角以上の 膂力を誇る。さらには人知を超えた力まで操る。驚かぬ方がおかしいのだろうよ。
 だが、あれには何度も助けられた。数え切れぬほどな。その恩を忘れるような外 道には、俺は堕ちたくない。それに、リィが俺に害をなしたことは一度も無かった。 常に頼もしい味方であり、同盟者だったのだ」
「人間には稀有な者だな、君は。右も左もわからぬであろう異世界で、君のような 者とリィが出会えたことは、神に感謝せねばなるまい」
目を細めながら、アマロックは言った。目線で、続きを促す。
「まあ、それから三年が経ち、いろいろあって俺たちは結婚した。お互い、偽装で はあったがな。
 それからも様々なことがあり、リィが来て六年目を迎えた時だ。ラヴィーどのが 来た。
 そして、我がデルフィニアを狙っていたタンガ、パラストを倒すと、リィはこの 世界へ還っていった。
 それから二十年が経ち、今俺はここにいる」
 普通の人間には、到底信じられぬ・・・・・・・・いや、こういう発想すら出来 ないだろう。
 だが、ウォルは違う。何度も魔法や超常のものに触れてきた故に、このような考 えが可能になっている。
 そしてアマロックもまた、そういった世界の住人であった。
「ふぅむ・・・・・・」
 多少信じられぬ体であったが、暫く考え込み、言ったのである。
「信じよう」
 これに対し、ウォルの方が多少驚いた。
「信じてくれるのか」
 ヨタ話と思っても仕方の無い、途方も無い話である。これほどあっさりと信じて くれるとは、思ってもいなかったのだ。
 アマロックは、笑いながら言った。
「私は人語を解すし、話すことも出来る。しかし、同時に野生の獣でもあるのだ。 私の勘が言うのだよ。君は信用するに値する人物だと。その眼と、纏っている気配で 解る。だから信じよう」
 何とも気持ちのいい、ゆったりとした答だった。
 それに対し、ウォルもまた、微笑みで応じた。


W ボンジュイにて

 ウォルは、リィに逢うことは出来なかった。
 それをしてしまえば、大きな矛盾点が出来てしまうからだ。
 あの野原で、リィと初めて出逢った時、二人は初対面だった。もし此処で逢って しまえば、それは初対面では無くなってしまう。
 ウォルに、こういった難しいこと――因果律というが、アベルドルン大陸では 解っていないこと――は解らない。だが、何かがおかしくなるということは解った。
 ウォルは霊体なのだから、姿形をかえることは簡単である。そのやり方も、コツ を掴めば簡単だった(方法は、アマロックに教わった)。そうして逢いに行こうか、 と思ったこともある。
 だが、リィのことだ。そんなものは簡単に見破ってしまうだろう。リィは――ル ウもだが――、外見で人を見るわけではない。その魂で、人を見分けるのだから。
 故に、ウォルはリィと逢うことは出来なかった。

 その代わりといっては何だが、アマロックとウォルは親しくなっていた。
 以前、ウォルはルウに、『アマロックに似ている』といわれたことがある。雰囲 気がそっくりだと言われたのだが、そういう人間は――アマロックは人間ではないが ――、大概において気が合ったりするものである。この二人も、その例に漏れなかっ た。

 ウォルはボンジュイを旅することにした。このボンジュイの地に降り立って一 年。初めて見るもの、聞くものばかりなのである。好奇心を刺激されない方がおかし い。アマロックから、街や土地などの事をいろいろと聞くと、それはさらに抑えられ なくなる。アマロックやリィと離れるのは些か後ろ髪引かれる思いではあったが、彼 は、最早永遠の生命を得たにも等しいのだ(生命は無いが)。時間はたっぷりある。 再会にも、まだ九年あるのだ。それに、待つのには慣れている。既に二十一年も待っ たのだから。
 そして、九年後逢えることは確実なのだ。その間、何もしないでいるのは勿体無 い。
 幸いこの星では、幽霊などは大して珍しいものではないらしい。これは好都合で ある。
 そして、ウォルはボンジュイを巡る旅に出た。

 その旅は、四年に及ぶ長いものだった。故に、ここにその全てを記すことは出来 ない。時々、アマロックらのいる森へ帰ることもあったが。
 だがその旅において、ウォルは様々なものを見、聞き、そして体験した。おそら く、これより長く存在するであろうこの星の、最初の記憶。

それらは全て昇華され、ウォルの大切な一部となった。


X 真紅――黒き狼の散華

「それは出来ない」
 アマロックが言った。
「何故だ」
 ウォルは、説得を続ける。
「君とリィが逢ってはならないのと同じ事だ。君が知っていることは、最早決まっ たこと・・・・・・・運命なのだ。それを変えることは出来ない」
「何もかも運命で決められているというのなら、生きる意味が無いではないか!」
 ウォルは、アマロックの死の顛末を、彼に語っていた。
 このボンジュイの地に来てから、既に五年が過ぎている。各地を巡る旅は、一月 ほど前に終わっていた。そしてこの事は、この一ヶ月、話すべきかどうか悩んでいた ことだ。
 そしてウォルは、アマロックに話すことにした。
 彼は、この狼の友に死んで欲しくなかったのだ。
 自分とよく似た、この友に。
 しかし、彼はそれを受け容れると言う。
 激昂するウォルに、少し淋しげな笑みを浮かべ、アマロックは言った。
「すまない。言い方が悪かったな。
 ウォル。君の逢ったリィは、私が死んだから、“その”リィになったのだ。私が 死ななかったら、別のリィになってしまうだろう。そのリィと君が出逢っても、今の 君が此処にいるように時間(とき)は流れるかな? 現在(いま)の君の存在が無 くなってしまうかもしれない。そのようなことにしてはならない。・・・・・いや、 なって欲しくないのだ」
 淡々とした言葉だ。
 だが、彼の言葉には、切とした想いが込められていた。
「アマロック・・・・・・・・・・」
 ウォルは呟いた。
 どちらの言い分が正しいというのではない。
 二人とも、互いが大切なのだ。
 そして、ウォルは折れた。
 完全に納得したわけでも、諦め切れているわけでもない。
 だが、アマロックの想いを無駄にすることも、出来なかった。

 そして、この翌年。
 深く積もった真白き雪が印象的な、或る日。
 アマロックは、人間に殺されることとなる。


Y 邂逅

 風が、丘の上の草原を流れていく。その頂上に、ウォルは立っていた。正確に は、僅かに浮かんでいるのではあるが。
 無論霊体なので、風に吹かれたりしても、それを感じることはない。だが、一日 に必ずここを訪れることは、彼の日課となっていた。
 そして、今日は・・・・・・・・・・・・・・・。
 ここからは、麓の町が一望できる。その眺めが、ウォルは好きだった。
「もう、十年になるのだな・・・・・・・・・・・・・」
 ふと、ウォルは呟いた。
 そうだった。彼が、この魔法惑星ボンジュイに来てから、最早十年の歳月が過ぎ ていた。
 思えば、あっという間だった様な気がする。
 各地を巡る間、様々なものと出会った。
 魔法以上に、驚いたこともあった。
 アマロックが死んでからは、暫く何もすることが出来なかった。
 リィとルウを影から見つめ、出て行きたい衝動に駆られたこともあった。
 ・・・・・・・・・様々なことが、あった。
 そして、これから、一つのことが起きる。
 長い間、待ち続けたこと。
 一度は、諦めかけたこと。
 それが、今、叶おうとしている。
 ウォルは、揺らぎを感じた。眼前の空間が、徐々に歪み始める。
 そして。
 閃光(ひかり)が、射した。溢れるような、全てを覆い尽くすような、凄まじい 閃光(ひかり)。
 普通ならば、目を灼かれるほどのれるほどの光量だ。並みの霊体がこんな近くに いれば、一瞬で灼き払われ、消滅してしまうであろう。
 だが、ウォルはびくともしなかった。霊の力は、意志の力。彼は、これほどの圧 倒的な閃光(ひかり)の中にあって、余裕を持てるほどの精神力を持っていた。元々 あった並々ならぬ力に、この十年でさらに磨きをかけたのだ。
 そして、ウォルは見た。
 乱舞する光の中に佇む、三人の人影を。
 その中にいる、懐かしい顔を。
 彼の、永遠の同盟者を。
 花が、咲いていた。美しい花が。
 風が、吹いていた。穏やかな風が。
 光が、舞っていた。やわらかな光が。
 空は青く澄み渡り、鳥たちは歌を奏でる。
 この、穏やかな春の佳き日に、彼らは再び出逢う。
 ウォルは、大きく息を吸い込んだ。
 そして、一言、解き放つ。
 長い間、封印していた言葉を。
 ずっとずっと、言いたかった言葉を・・・・・・・・・。
 最高の笑顔で・・・・・・・大きな声で。
 大きな声で・・・・・・・・・・・・・・!
「また、逢えたな」



デルフィニアには、一つの伝説がある
獅子王と、妃将軍の伝説が
天より降臨した戦女神と、その祝福を与えられし王
それによれば、彼らは天に昇り、真(まこと)の神の夫婦となったという
それが事実かどうかは定かではないが
彼らの交わした盟約は
決して破られることの無い
永遠の誓いである


『時空を超えて 〜Beyond the time and space〜 』<完>

(c) Yuichi Subaru, 1999 禁転載 Updated: September 20th 1999
原作:茅田砂胡『デルフィニア戦記』(中央公論社/C★ファンタジアノベルズ)
運営:デルフィニア戦記を語ろう
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