ウォル・ルウ・シェラの三人は、ただひたすらボナリスへの道を急いでいた。不眠不休で行きたいのはやまやまだが、それでは助けるウォル達が参ってしまう。焦る気持ちを抑え、必要最低限の休息と充分な食事を取りつつ、馬を走らせていた。
「王様、あの辺りに休めそうな場所がある」 ルウが指さした先はウォルの視界には闇としか映らない。それも無理はなかった。既に時刻は深夜を回り、常人に見えようはずはないのだ。闇が自らの時間と言うだけはあり、ルウには昼と同じく見えるらしかった。 「では、今日はそこで休むとしよう」 ウォル・グリークの退位より、既に五日が経った。三人は、ボナリスへの行程を半分以上消化していた。 火を起こし食事を採っている最中、不意にウォルはルウに声を掛けた。 「ラヴィー殿、今ふと思ったのだがな」 「なに、王様」 「そう、その“王様”だ。俺はもう国王ではないのだし、その呼び方を変えてはもらえぬかな」 「ちゃんと王様に戻れるってぼくも言ったと思うけど」 食事を取りつつ、反論したルウにウォルは肩を竦めた。 「まぁ戻るかどうかは置いておくとして、もうタンガ領に入り込んでいる。人に聞かれると些かまずいのだ」 些か所の騒ぎではない。只でさえ人目を惹く異色の三人連れで不審に思われぬ筈はなかった。 ルウもあっさり同意した。 「そうだろうね。でもぼくも王妃と同じく、名前に敬称は付けない主義だけど、別に構わないかな」 呼び捨てにするというルウにウォルは嬉しそうに頷いた。 「無論だ。今の俺は只の自由戦士なのだからな」 「ならウォルもぼくの事はラヴィー殿ではなくルウと呼んで欲しいな」 「分かった。お言葉に甘えよう」 二人の呑気な会話にシェラは密かにため息をついた。事態は切迫しており、二人共随分焦っている筈なのに、表面上は普段と変わらないように思える。まだまだ修行が足らないと考えていると、不意にルウがシェラに話を振ったのである。 「それなら、シェラの“陛下”だって充分まずいと思うけど」 「そう言われてみればそうだな」 ルウの疑問に、ウォルはポンと手を打って同意した。更にシェラに、無茶苦茶な提案をしたのである。 「丁度いい、シェラもウォルと呼んでくれ」 流石に絶句したシェラである。 「よ、呼べる訳がありません」 一瞬頭は真っ白になったものの、即座に否定する。だが、ウォルはシェラの言葉に首を傾げた。 「だが、リィの事は二人きりの時は呼び捨てと聞いたが」 確かにその通りなのだが、そう呼ばねば王妃が怒るからであって、シェラも主人を呼び捨てというのはかなり抵抗のあることなのだ。こういった予想外の事を言われると咄嗟に頭が働かず、必死に頭を巡らせる。やっと妥協案を思いついたシェラは国王に恐る恐る告げた。 「あ、あの。確かに陛下とお呼びするのはまずいと思いますが、呼び捨てではなく、ウォル様とお呼びしたいのですが」 「ほう、何故だ」 「そう呼びたいからです」 シェラは恐ろしくきっぱりと言い切った。ファロット出身といえどこの世界の身分制度は骨身に染みている。とても一度王冠を被った人物を呼び捨て捨てに出来る度胸はない。第一、あれほど心酔しているサヴォア公爵や独立騎兵隊長がウォル・グリークを自由戦士のままにしておく筈もない。何より王妃と唯一対等に出来る人物である。シェラが呼び捨てに出来る筈もなかった。だが、それらの事をうまく言葉に出来なかった。 「折角、三人での道中なのだ。この際、俺の国王だったという前歴は忘れて、呼び捨てて欲しいのだが。それに、ただの自由戦士に様付けもやはり変に思われる気もするぞ」 すっかり、前歴と言い切ってしまうウォルにシェラは返す言葉もなく、もう一人の同行者の表情を伺った。 「まぁ、呼びたくないのを無理強いしたら可哀想だよ」 ルウは、苦笑して助け船を出した。 「やはり王妃と同じように親しくは思ってくれないのだな」 思い切り寂しそうに拗ねられても、シェラにはどうしても呼び捨てにする気にはなれない。 「申し訳ありません」 ただ謝るしかなく、うなだれていた。が、シェラの反応に堪え切れずに吹き出したルウにつられ、ウォルも笑い出した。 「呼び名なんて自分で決めるものなんだから呼びたくなかったらそう言い張ればいいんだよ」 「全くだ」 いともあっさり言い切って、ウォルも全く気にした様子もない。 「あ、あの」 完全に反応を二人に楽しまれている。まだまだウォルとルウには対抗するすべのないシェラだった。 〜おしまい〜 |