かのテロリスト騒動から、すでに三日が経過していた。セントラル・シティ・ホテルは最上階が切り取られ、他の階もテロリストとやらの攻防で使用不能となったため、クーア夫妻一行は連邦政府が薦めるまま、別のホテルに滞在していた。
「海賊。今日はのんびりしていてくれ」
 まだシティでやるべきことがあるらしいジャスミンはこういってケリーに休日を言い渡した。一昨日は銀行の査察、昨日は取材だの議員との会食だのとひっぱり出されたが今日は必要ないらしい。いきなり時間が空いてしまい、ケリーはホテルで一人暇を持て余すことになった。
「こちらは、護衛艦《パラス・アテナ》。わたしは艦長の…」
「ダイアン。いい加減、それはやめろって」
 ケリーは、ダモット艦長の姿で現われて律義に名乗ろうとしたダイアナの言葉を遮り、うんざりと止めさせた。
「貴方の奥さんの姿が見えないわね」
 ケリーの言葉に従い、いつもの金髪女性の姿に変えたダイアナは、背後に誰もいないのを見て尋ねた。
「あいつは総帥の仕事を片づけに出かけたよ」
「ケリーは副総裁の仕事があるんじゃないの?」
「今日はとりあえず用なしらしい」
 一日をどう潰すか思案していたケリーは、ふと思い付いたことをダイアナに頼む。
「クーア財閥、重役七人の詳細データが見たい。検索を掛けてくれ」
 これからも自分の命を狙ってくるであろう黒幕の顔を確認しておこうと思ったのである。
「暇だったらシティ観光でもしたらどう? もう来ることもないかも知れないんだから」
「ミスタ・クーアの顔は結婚会見と今回のテロリスト騒ぎで凶悪犯の指名手配の写真より出回ってるんだぜ。ホテルから出たとたん取り囲まれるのがオチだ」
 鬱陶しそうにケリーは首を振った。ケリーの右眼は、ホテル周辺を取り囲むマスコミ連中を捉えていた。避けて抜け出すことは容易だが長身のケリーは変装などしても目立つことこの上ない。ジャスミン自身がケリーの行動を規制することはなかったが、状況がそれを許さない。予想以上の不自由さだが、これも契約のうちである。
「奥さんは一人で出かけたの?」
「いや、護衛でグレアム中尉と部下達数人がついていった。ミラー少尉の指揮する護衛の半数はお付きの女性たちと残ってるはずだが」
 右眼で透視すると部屋の外に一人、エレベータ付近に一人立っているのが確認できる。 
「だったら彼女たちに遊んでもらったら?」
「残念ながら彼女たちは俺とはビジネスだけのつきあいにしたいらしいのさ」
 彼女たちの女王を慕う姿は護衛というより親衛隊のノリではないかと密かに思う。
「あらあら、奥さんが浮気を推奨してくれるのに相手が見つからない訳?」
「らしいな」
 ケリーの返答はそっけない。別に浮気をしたいと張り切っているわけではないが、ここまで硬化した明確な理由が思い当たらない。
「貴方がもてないなんて珍しいわね」
 整い過ぎた顔立ちにしても、持って生まれた能力にしても、女性に不自由したことがないのを長い付き合いで充分知っているダイアナは不思議がった。
「少しは改善するかと思ったが、酷くなっている有り様さ」
 ケリーは冷ややかに首を竦める。
 セントラル・シティ・ホテルの一件以降、何故か悪化してるのではないかと思える節があり、あの日の行動を反芻してみた。女王に付き合ってヘリを落とし、女王に付き合って60メートルの高さから自由落下、女王に付き合って機甲兵を片付けた。高みの見物でもして軽蔑されたならともかく、我ながらよく付き合ったものだと感心しているぐらいだ。彼女たちが何に対して憤慨しているのか、皆目見当が付かない。
「玉の輿も大変ね。今から情報を送るわ」
 通信画面にはダイアナから送られたデータが羅列する。ジャスミンの個人データとは違い重役達の情報は経歴などかなり詳細なものだった。
「ありがとうよ」
 読みがいの有りそうな膨大の資料を受け取って、ダイアナとの通信を打ち切った。

 資料を読みふけっていると来客を知らせるベルが鳴ったので、ドアを開けると第一秘書のプリスティンが立っていた。お休みのところ申し訳ないが時間をいただきたいとの言葉に自らの部屋に招き入れる。
 現在宿泊しているホテルもセントラル・シティ・ホテルにはグレードで劣るものの、連邦がクーア夫妻に用意した部屋だけはあり、調度は豪華で無駄なぐらい広い。プリスティンは居間に通されると早速明日のスケジュールの説明に入った。幾つか質問を挟み、打ち合わせを終えるとそっけなく出て行こうとするのをケリーは引き止めた。
「待てよ。あんたといい、他の彼女達といい、俺の何がそんなに気に食わないんだ」
 プリスはちょっと困ったような表情をうかべたが、すぐに首を横に振った。
「気に食わないなんてことはありません。ジャスミンは貴方をとても信頼しているようですし」
「女王じゃなくて、俺はあんた達が何をいいたいか聞いてるんだ。時折、俺のことを睨み付けていたじゃないか」
 訳を聞くまでは部屋から出して貰えそうもないケリーの頑強な反応に、プリスは諦めたようなため息をついた。
「ご夫婦で納得ずくのことに口を差し挟むような内容ですが、よろしいのでしょうか」
 キッチリ断りを入れるプリスティンにケリーは承諾の肯きを返した。
「ジャスミンが幾ら容認しているからといってまだ一ヶ月も経ってない新婚で酷いです」
 ここまでいわれてもケリーは訝しそうな表情でプリスを見ていた。覚えがないのだから無理もない。
「一体誰のことをいってるんだ」
「その通信機でやりとりしている方です」
 プリスティンは先ほどまでダイアナと話していた通信機を指し示した。

「一体、彼女たちにどういう説明をしたんだ」
 ケリーが外出から戻ってきたジャスミンをとっ捕まえたのは夜になってからだった。
「説明って、別に変なことをいった覚えはない」
 問い詰められたジャスミンはぽりぽりと頭を掻いた。
「セントラル・シティ・ホテルでの一件の時にダイアナが通信してきただろう。おまえのことは詮索するなといった手前、質問がこっちに来たんだ。だが、別に嘘は言ってないぞ。おまえの大事な相棒だと教えただけだ」
 正確には夫の大事な相棒だからこれからもちょくちょく連絡がくるかも知れないが、放っておいて構わないと言ったのだが。
「だったら、何で俺が宇宙船で愛人を囲っているなんて話に飛躍するんだ」
 大事な女王様を両天秤に掛けることは断固として許せないというのが、女性たちの主張らしい。
 プリスティンにこの話を聞いた時はひたすら唖然としてしまった。誤解を解く気力も萎え、すぐにプリスを部屋から帰したぐらいである。ケリーから話を聞いたジャスミンも軽く首をかしげた。
「ダイアナが感応頭脳だというのは説明すると厄介だから説明を端折ってしまったが」
「それで人間の女と思っている訳だな」
 それは今までも度々あったことなので、納得して肯く。若い声の女と頻繁にやり取りしているのでは誤解もされるかもしれない。
「他にはダイアナとおまえがいつからの付き合いか聞かれたから、聞いてないが私よりだいぶ前らしいと答えはしたな」
 ケリーは深い深いため息をついた。(疑惑の)愛人付きで結婚した男に寛容な女性はまずいないだろう。本当の浮気をしたとしたって女王やきもちを焼くようにはとても思えない。女性陣は皆女王に同情的だが、同情して欲しいのはむしろ俺の方だと思わないでもない。
「あんた、女性心理の持ち合わせがないんじゃないのか」
 半ば本気で呟くとジャスミンは心外そうに目をみはった。
「自分の妻に向かって失礼な奴だな。だが、そんなに気になるんなら、プリスたちの前でダイアナを呼び出す時はミスター・アポロンにご登場願ったらどうだ」
 ダイアナの市場調査とやらが確かであれば、受けることは間違いない筈である。
「あんなのと毎回話すぐらいなら、浮気疑惑を持たれていた方がましだ」
 別に女に飢えている訳でなし、そこまで媚びる気は毛頭ない。顔を顰めて反論する夫にジャスミンはニヤリと笑った。
「なら、妻の務めとして傷心の夫をなぐさめてやるとするか」
「勘弁してくれ。女王」
 ジャスミンの予想外の反応に、ケリーは今日一番のダメージを受けた。

☆END☆


(c) 連城颯姫, 1999 禁転載 Updated: August 13th, 1999 「WANTED(露、2002年8月)」に収録
原作:茅田砂胡『スカーレットウィザード』(中央公論新社/C★ノベルズファンタジア)
運営:デルフィニア戦記を語ろう
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