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クインビーの暴走事件以来、体調を崩していたジャスミンも周囲の人々が呆れ返るほど直ぐに回復し、しばらくは平穏な日々が続いていた。妊娠中は赤ちゃんが出来た嬉しさに舞い上がる新妻を演じるとの宣言通り、ジャスミンは総帥の業務からは一切身を引いてアドミラルの屋敷に引き籠もっている。無論表向きは、である。
アドミラルの屋敷奥、ジャスミンは通信端末を軽やかに操り役員たちを追い落とすための下調べに余念がない。その横のソファーではケリーが昼寝を決め込んでいた。副総帥としてのサインが時折必要になるので執務室から離れられないためだ。 「ユーリカが明日エトヴァに帰るから、今晩アレクも交えて夕飯を食べるつもりなんだが、お前はどうする」 画面とにらめっこしながらのジャスミンの問いにケリーは肩を竦めた。 「俺は別に構わないが、ジンジャーは出席しないのか」 どうせ食事を取るなら白熊の大将や男の変種を眺めながらより銀河有数の女優を見ている方が目に楽しいのは当然のことである。 「私が直々に腕を振るうといったら、絶対お断わりと言われた」 「そりゃあ、残念」 ジャスミンの手料理を敬遠しているのは、何も美人女優の親友ばかりではない。プリスティンらジャスミンを崇拝する女性陣にも丁重に辞退されたと聞いてケリーは吹き出した。余程過去にけったいな料理を振る舞ったらしい。 「もしかして、あれが手に入ったのか」 「ああ、決着を付けよう」 指定された時間に食堂に降りると丁度二人の来客が到着したところだった。ユーリカはケリーと同じく普段の服装だが、アレクサンダーはキッチリと正装しプレゼントとして花束まで抱えている。勿論、「可憐な小花」ことジャスミンの花束であることは言うまでもない。ケリーはアレクサンダーの姿に絶句し、恐る恐る尋ねた。 「一つ確認したいんだが、あの女の手料理を食べたことがあるのか」 これから並ぶ料理の見当がほぼついているケリーにしてみれば、正装も花束も場違いこの上ない。 「いえ、ありませんが、それが何か」 「……いや、別に」 ケリーは半ば同情的な眼差しを向けた。それなりに頭は切れるらしいが、ことジャスミンに関しては相変わらず何層ものフィルターがかかっているらしい。軍隊あがりだと知ってもこの夢見るお坊ちゃんにはジャスミンの手料理がどんなものなのかという想像がついていないに違いない。 「ミスタ・クーアは召し上がられたことがあるんですか」 「俺も初めてだ」 「どんな料理を振る舞ってくれるのか楽しみですね」 朗らかに断言され、ケリーは頭痛がしてきた。このお目出度い青年の脳天気な予想がついついリアルに浮かんでしまった。フリルのレースのついたエプロンのジャスミンが笑顔で出迎え、お嬢様学校仕込みの可愛らしいちまちました料理を振る舞う。余りの不気味さに寒気がしてきたケリーは、もう一人に招待客の方に視線を切り替えた。 「コーエンの大将はあるのか」 「ないこともない」 相変わらず愛想のあの字もない男である。だが、アレクの格好にこちらも苦笑を浮かべているところをみるとジャスミンの料理内容はケリーのほぼ予測通りのものらしい。 「よくきたな二人とも」 出迎えたジャスミンは無論エプロンをしているわけでも正装をしている訳でもなく普段通りの格好だった。アレクは手に持つ薔薇の花束を渡すと嬉しそうに受け取った。 「もう準備は出来ているんだ。中に入ってくれ」 まともなのはイザドーが注いだお茶だけだった。食卓に所狭しと並べられた料理の品々は二人の論争のきっかけとなったオレンジ・オイル・フィッシュを始めとしてカエルやムカデやヘビと味は良いものの見栄えのよくないものばかりだった。軍隊に十二年在籍していたジャスミンのレパートリーといえばその場で食べられるサバイバル料理に限定され、素材も極めて個性的なものばかりだった。このような屋敷ではかえって入手が困難な材料だろう。 「よし、両方ともちゃんとあるな」 「本当は大きい物の方が更に油が利いててうまいんだが」 ジャスミンは残念そうに告げた。真正面には丸焼きと油で揚げたオレンジ・オイル・フィッシュが用意されていた。流石に1メートルの大物は見つからなかったらしく、十五センチ程の小さな物だ。顔面蒼白のアレクは放っておいて、ケリーは早速油で揚げた方に手を付ける。 「どうだ、こっちの方が旨いだろう」 確かに周りがカリカリしていてまずいこともない。だが、ケリーはミディアム程度の焼き加減で仕上げた丸焼きの方に軍配をあげた。 「馬鹿いえ、丸焼きの方が断然うまい」 「いーや、絶対油で揚げた方だ」 「コーエンの大将、あんたはどっちだい」 このままでは堂々巡りであると感じたケリーは黙々と食べているユーリカに話を振った。 「…煮るのが一番いい」 「煮るって茹で上げるのか」 「オレンジ・オイル・フィッシュは天然油の出汁がたっぷり出るからな。唐辛子などの辛い香辛料で味付けした物が格別だ」 新たに出た新メニューにジャスミンとケリーは顔を見合わせた。 「まだ、材料は残っているのか」 「ああ、早速作ってみよう」 数十分で新たに一品の料理が加わった。ユーリカが直々に腕を振るった煮込みに二人は舌鼓を打った。 「確かに、油で揚げたのよりは旨いな」 「何をいう。丸焼きよりは好みの味付けだ」 結局料理などは個人の好みの差があるのだから、どれが一番などという決着がキチンと付くはずもない。丸焼きか油で揚げたものかはたまた煮込みが良いかという論争に焦れた女王はふと会話に参加していないもう一人の人物に目を移した。 「アレクはどれが好みだ」 正直な味覚としてはどれも好みではないというのが正確であっただろう。このようなサバイバル料理などは初挑戦のアレクサンダーは、料理したのがジャスミンに敬意を表して何とか口に入れている状態だった。初めて食べる未知の味に正直味覚が働かない。だが、そんなアレクの様子には気づかずに、堂々巡りの論争の結末として女王は多数決を持ち出し、最後の一人アレクサンダーに判断を委ねた。 「油で揚げたのが良いのではないでしょうか」 当然、ジャスミンの味方とばかりに油で揚げた料理をアレクサンダーは支持してオレンジ・オイル・フィッシュ論争は終結した。 「へぇ、ならもっと食べるんだな」 ケリーはにっこりとアレクの皿にオレンジ・オイル・フィッシュを大盛りに盛った。食べ比べた三つの料理方法の内、油で揚げた物が当然一番胃にもたれる。クインビー暴走で流産しなかった体が丈夫な女王はともかく、食べ慣れない青年には胸焼けしそうな量だった。 案の定、翌日アレクサンダーが胃もたれで寝込んだのは言うまでもない。 <end> |