序章 成人の儀
今夜、深い深い海の底では、盛大なる宴が催されていた。
海王の末姫、シャーミアンが、めでたく十七歳を迎えたのだ。
人魚は十七歳になってようやく大人として認められ、二つの権利を得る。
単独で海上に上がれることと、伴侶を持つことである。
海王の末姫の可愛がり方は、尋常ではなく、最高の夫選びに余念が無い。
だが、シャーミアンにとっては、夫選びよりも待ちに待った海上に上がれることの方が比重が重く、宴の席でも落ち着きがなかった。
「どうせ、あと数時間で上がれるんだから、そう焦るなよ」
すぐ上の姫である、グリンディエタことリィが諭した。
「それは、リィ姉様は慣例を破って十を過ぎた頃から海上に出ていらっしゃったからです」
シャーミアンは憮然として、反論した。
海王の悩みの種であるグリンディエタ姫は、ことごとく掟を破りまくり、ついには地上の人間の妻となってしまった。
それも、成人する前であったので海王は怒りまくった。だが、当の本人はまるっきりマイペースで、今も地上と海底を行き来している。
「今どき、慣例なんてどんな意味があるんだ。成人になるまでは、安全な海底でって、海王家の者を傷つけられる者が、どれほどいるっていうんだ」
海王家は、海を統べるもの。グリンディエタはその中でも随一の実力を持っている。勿論、シャーミアンも幼い頃より、厳しく鍛えられていた。
「そうそう、地上には変な奴も多いからな。シャーミアンは、美人だから気をつけろよ」
そうこうしているうちに、宴も終わりに近づいていた。最後に、シャーミアンが海上に上がると、この宴は終わりとなるのだ。
「気をつけるのだぞ」
海王は、愛しい娘を心配そうに見ている。
「大丈夫です」
既に、海上のことで頭が一杯になっているシャーミアンは、父ににっこり笑って挨拶をすると、海上に上がるべく、まっすぐ上を目指した。
海上に出ると、既に日は沈み、一面が闇となっていた。
「奇麗な星」
空を見上げ、今まで知識としてしか知らない星空をみて、シャーミアンは、感嘆のため息をついた。
全てが珍しく、興味深い。しばらく、辺りを見回していると、海面に漂う船を見つけた。
「あそこに、人間がいるのね」
人魚であるシャーミアンの下半身は、魚の様な尾ひれがついているが、人間には足というものがあるらしい。どうせなら、それも見て見ようと急ぎ、船の側に向かった。
シャーミアンが、見つけた船は白造りの豪華絢爛な物だった。旗を見るとタンガの王族の印でどうやら、王子が乗っているらしい。
少し興味を持って王子の姿を捜していると、その船に、平行してもう一隻漂っている。そちらの船は、白い船に比べ、明らかに見劣りする。
飾り一つ無い漆黒の船体に旗が見える。左右は赤、上下は緑、二色で斜めに十字を描いたものだった。
記憶を辿ってみるが、知らない旗印である。漆黒の船より、人間が次々ともう一つの船に乗り込んでいるのが、シャーミアンの目にも見えた。
しばらくすると、叫び声が轟いた。
「あれは、海賊…かしら」
状況から、そう結論づけたシャーミアンは、初めて人間同士の闘いを、目のあたりにすることとなった。
その最中、目を魅かれたのは、一人の青年だった。
海賊の一人なのであろう。黒ずくめの服に、金褐色の肌、淡い金髪。
剣の腕はすばらく、シャーミアンが知る限り、最高の剣士であるリィにすら劣らぬものであった。しかも、足というものの捌き方が、見ていて惚れ惚れとする。
もっと近くで見たくなって、更に船に近づくと船上の様子が見て取れた。
戦力に余裕があると判断した海賊達は、無駄な殺生はせず、主に狙うのは腕、そして足。
王子を捜していたことなど忘れ、なおも黒ずくめの海賊を見ていたシャーミアンは、後ろから、不意打ちを狙う者の存在に気付いて、口を覆った。
だが、黒ずくめの青年は既に気配で察してのか、間一髪で避けたが、そのままバランスを崩し海に落ちた。 考えるより先に身体が動いていた。海に落ちた男を、拾い上げたシャーミアンは息を飲んだ。
異性をこれほど、近くで見たことがなかったのである。海に落ちたばかりの男の身体は暖かく、かあっと顔が赤くなるのが分かった。
男は意識が無いのか、瞳は閉ざされていた。何故だか、この男の瞳の色が、気になってしまう。
男が落ちたことには、船上の者も気付いている。浮輪が落とされ、救助の者も降りてくる気配だった。浮輪に男の上半身を乗せると、シャーミアンは、その男を見つめつつ側を離れた。 名残惜しげに見つめていると、ふっと男が覚醒し、目を開けた。 男の瞳は、澄んだ海の色をしていた。
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