ロミオとジュリエット

- Satsuki Renjyou -

| | | | | | | | |



第四章 月明かりのバルコニーにて

 月明かりの夜、ウォルは自らの寝室にあるバルコニーに出て、杯を傾けていた。今日出会った少女のことが頭から離れず眠れないのだ。
 隣国の姫の噂は当然、ウォルの耳にも色々入ってきている。十四の若さでありながら既に国でも指折りの剣豪であるとか、お忍び好きでしょっちゅう城を抜け出しているとか、絶世の美貌を持ちながらも嫁の貰い手に四苦八苦しているとか、とにかく無茶苦茶な内容だった。現実主義者のウォルは、己の目で見たこと以外信じない。噂半分と思っていた姫の話が、すべて事実であることを証明されたのだ。国一番と称される自分と対等に渡り合う年下の少女。剣捌きの見事さに戦いの最中、幾度となく見惚れた。女らしいドレスに身を包む姿より、剣を振るう姿の方が綺麗だろうと思ったのは初めての経験だった。
「グリンディエタ・ラーデン…か」
「呼んだか」
 ふと少女の名を口に乗せたウォルだが、返事がかえってきたことに驚いた。声がした方を見ると今まさに建物のすぐ側の木の枝から窓際のバルコニーへと、少女が飛び込んできた。 「どうやってここに忍び込んだのだ」
 ウォルが目を丸くしたのも無理はない。警戒厳重なモンタギュー城でもウォルの部屋は更に奥深くである。敵国の姫がおいそれと居ていい場所であるはずがない。
「そりゃあ、入れてくれって頼んでも絶対無理そうだから、忍び込んだに決まってる」
 断言した少女に、ウォルも大真面目に肯いた。
「確かにな。ウチの連中の頭の固いことといったら、困ったものだ」
 あの後、敵国の姫と独立騎兵隊長が潜入してきたことに対してキャピュレット国に厳重な抗議をすべきだというバルロの主張をようやく宥めたウォルである。だが、ウォル自身は敵国の姫が自分の部屋に飛び込んで来ても、兵士を呼ぶこと自体思い浮かばない。
 歓迎の意味を込め、少女の為にもう一つ杯を用意し酒を注いだ。二人は軽く乾杯し、酒を空にした。
「思った通り大したものだな」
「これぐらいの量じゃまだまだだな」
 二人が飲んでいるのは、シッサスの火酒と呼ばれる、モンタギューでも指折りの強い酒である。だが小さい杯で一回飲んだ程度では、酔うはずもない。リィは遠慮なく、置いてあった酒の瓶を掴むと手酌で酒を注ぐ。
「しかし、どうして訪ねてきてくれたのだ」
 ウォルの疑問は尤もだった。
「そっちがわざわざ兜を取って名乗ったのにそのまま逃げ出したからな。会話も中途半端だっただろう?」
 随分礼儀正しいことである。ウォルは顔を綻ばせた。
「俺も丁度今、グリンディエタ殿のことを考えていたのだ」
「リィでいい。俺もウォルとだけ呼ぶからさ」
 リィの提案にウォルは肯いた。
「是非また会いたいと思っていた」
 あまりにストレートな言葉にリィは笑い出した。
「凄い口説き文句に聞こえるな」
 率直な感想だったが、リィの言葉を聞いたウォルはポンと手を打った。
「そうか。こういうのを一目ボレというのかも知れんな」
「なんだよ。それは」
 余りに突拍子のない言葉に怒るのも忘れてリィは聞く。
「俺も初めての経験なのだが、一度会っただけの相手のことが頭から離れず、夜も眠れないというのは立派に一目ボレの症状だと思わないか」
 冗談のように聞こえるが表情を見ると本人は大真面目らしい。
 キャピュレットの姫として幾度となく貴公子に口説かれるのを蹴散らしてきたリィだが、これほど率直な告白に何故か悪い気はしなかった。
「それじゃあ、今日出会ったばかりの男を訪ねてわざわざ警戒厳重な城に忍び込む俺が重症みたいじゃないか」
「違いない」
「殴るぞ」
 そう言いつつも少女は既に殴っている。だが、剣の腕といい、会話の波長といい、隣にいて妙に楽しい相手だった。

「俺と結婚してみないか」
 しばらく酒を酌み交わし、互いの家庭事情をひとしきり酒の肴にしていたが、ウォルはそう切り出した。リィの方もドラ王の見合い攻勢が鬱陶しくなってきており、ウォルの方も一日も早い即位の為には妻の存在が必要だった。利害は一致するのではないかというウォルの提案にリィは首を傾げた。
「相手がいないからって手短に済ませすぎじゃないのか」
「酷い言いようだな。まぁ、俺としては恋愛感情かはさておき、お前とは正面から敵対するのではなく、隣の一番側に居て欲しいと思ったのだ。背中を預けてもいいとまで思った相手はお前が生まれて初めてだからな」
 それは、剣士としては最上級の誉め言葉である。妻というより、共に戦う戦友となって欲しいという申し出だった。
「大事な行事や式典は片っ端からすっぽかすぞ」
「全く構わない」
「女装に料理に裁縫なんか全然出来ないからな」
「あれだけ剣の腕が見事ならお釣がくるぐらいだ」
「王妃の仕事なんてしないでお忍びに出かけるぞ」
「時々は俺も誘ってくれ」
「じゃあ、まあいいか」
 いともあっさり承諾したリィだがふと考えて一つ条件を付けた。
「結婚式は明日がいいな」
 気の早い少女にウォルも流石に驚いた。
「教会の手配ぐらいならなんとかするが、結婚式の準備など何も出来ないぞ」
「しち面倒な手順なんかうざったいだけだ。たかが結婚証明書に署名するだけなんだから、立会人と神父がいればことは足りる」
 ウォル側の事情としては結婚は秘密裏に運んだ方が安全で良いが、リィの方からの提案に首を傾げる。
「ドラ王を説得するのに時間がかかるから、実力行使でさっさと結婚するというのは分かるが明日に早めることに理由はあるのか」
「善は急げっていうだろう。何事も早いにこしたことはない」
 明確な理由は敢えて言わず、リィは意味ありげに笑った。




(c) 連城颯姫, 2002 禁転載
  Last Updated: December 25, 2002

原作:茅田砂胡『デルフィニア戦記』(中央公論新社/C★ノベルズ ファンタジア)
運営:デルフィニア戦記を語ろう