ロミオとジュリエット
- Satsuki Renjyou - | 1 | 2 |
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第六章 謀略と逃亡
「さてと、後は国王に王太子との結婚を報告するだけだね」
ルウが思案顔で呟いた。
結婚式より戻った彼らは、ドラ王にリィが結婚したことをどう切り出すか協議していた。
「別にあれほど、結婚結婚って喚いてたんだから、済んだっていえばそれで終わりだろう」
けろりというリィに、シェラとシャーミアンが盛大なため息をつく。
「貴方はそれでいいかも知れませんが、陛下がお気の毒ですよ」
「もっとこう、遠まわしに説明された方がよろしいかと思います」
だが、具体的な案が決まる前に当のドラ王がリィの部屋を訪ねてきたので、一同は顔を見合わせた。
「今日は大事な話があるのだ。おお、ルーファス殿も丁度よいところにおられるな」
「何の話だ」
父であろうとリィの口調は変わらない。ドラ王もいつものことなので、気にせずに続けた。
「無論、お前の結婚の話だ。ここにいるルーファス殿がお前を妻に迎えて下さるというのだ」
ドラ王は重々しく告げたが、リィは呆れて当のルウを見つめた。
「そんな話、聞いてないぞ」
「そう言えばそうだった。すっかり忘れてたよ」
ルウとしては防波堤程度の認識しかなかったので、秘密の結婚式云々と説明することもだが、婚約を了承した事実自体すっかり忘れ果てていたのだ。
ドラ王はルウのボケにもめげずに何とか気を取り直した。
「と、いうわけで、お前もルーファス殿なら文句はあるまい」
「文句って、別の相手で既にケリをつけちゃったんだけど」
娘の爆弾発言にドラ王も度肝を抜かれた。そのような台詞がこの娘から聞けるとは夢にも思ってなかったのである。
「ど、ど、どのような男なのだ。ルーファス殿を除けばお前を貰ってくれようなどという物好き、いやいや奇特な男は絶対居ないかと思っておったのだが」
興奮口調で捲くし立てるドラ王に、リィはウォル当人を頭に思い描いて説明を試みた。
「剣の腕は抜群だな。俺と比べても遜色ない」
「お前と並ぶ程の腕前とはたいした男だ」
「黒い髪と瞳で、背は高いし、顔も悪い方じゃないよな」
同意を求めたのは同じ女性のシャーミアンと侍女のシェラで、二人は会話を挟むのが恐ろしく、首を縦に振ることで答えた。
「性格も温厚で、貫禄も充分だし、人望もある」
「み、身分はどうなのだ」
既にドラ王は感涙にむせんでいる。娘がこれほど気に入った男ならばこの際、身分などなくとも良いとさえ考えていた。
「地位も財産もあると思うけど。何しろモンタギューの王太子だからな」
「モンタギューの王太子というとウォル・グリークのことか」
不穏な口調を滲ませて尋ねたドラ王にリィは気にせずあっさり肯く。
「その通りだけど」
「馬鹿もーん!!」
ドラ王の最大級の雷が落ちる。既にこれを予期していた、リィを除く一同は耳を塞いでいた。
「にっくきモンタギューの王太子を夫にしようとは一体どういうつもりだ。そのようなことになったら、ご先祖様に何と申し開きをすればいいのか」
「そういわれてももう結婚しちゃったしなー」
聞き捨てならないことを聞いたドラ王は既にリィにつかみ掛からんばかりだった。
「結婚、しただと」
「うん、ほらっ。これ」
そういってみせたのは結婚証明書である。グリンディエタ・ラーデンとウォル・グリークの署名を確認したドラ王はばったりと倒れた。
「ああいう娘を持ってしまった陛下に同情するね。全く」
予想通りの成り行きに、イヴンがぼそりとコメントしたが、反論できるものはこの場に誰も居なかった。
「従弟殿、いい加減許しては貰えぬのか」
結婚式の帰り道、憮然としたままのバルロに、ウォルはしょんぼりと切り出した。
「従兄上も一度麻袋に詰められれば、この気持ちが分かるかと思われますが」
ちくりと皮肉で返すが、表情ほど内心怒ってはいなかった。既に諦めの境地に達している。
「それで気が済むのなら、一度やってみるか?」
「止めてください」
大真面目に尋ねた従兄にバルロも降参せざるを得ない。許すという言葉の代わりに話題を切り替えた。
「従兄上が即位されれば、ペールゼンも横槍を入れることが出来なくなるでしょう」
だが、ウォルは思案顔である。
「即位前にもう一悶着有りそうな気配が濃厚だ。ペールゼンもこのまま引き下がるまい」
「それで姫君に指輪を渡されたのですか」
国王の指輪は即ち、国璽である。現在も王太子として執務を代行しているウォルは、既にこの国璽を使用していた。リィに渡した王妃の指輪は国王の指輪と対になったものだが、国璽の代印でもある。事実上この二つの指輪の持ち主にしか、重要書類の捺印は出来ないことになっている。
「あいつの手元が一番安全だからな」
一晩会話を交わしただけだが、人を見る目には自信があった。己の損得抜きで、味方となれば誰よりも信頼できる少女だと思ったのだ。
すっかり陽が落ちて、モンタギュー城に辿りついた二人は城内の慌ただしさに不穏なものを感じ取る。
「従兄上、誰かに探らせますゆえ、戻らない方がよろしいのでは?」
二人共最優秀の戦士である。勘ともいうべきものが働き、城に戻るのに危険な気配を感じていた。
「とにかく事情を聞いてみよう」
ウォルもきな臭いものを感じていたが、仮とはいえ城の主である以上、無責任に放っておくわけにはいかなかった。
「一体、何事だ」
兵士の一人を捕まえて詰問すると、二人の身分に気づき最敬礼をして答える。
「アエラ様が倒れたそうです」
二人は顔を見合わせた。
「殺しても死なない女だと思ってましたが」
口の悪い従兄弟の口調をウォルは窘めた。
「ただ一人の母君ではないか。すぐに行こう」
城内の奇妙な緊張感をこの時二人は読み違えた。兵士達が慌ただしいのは勿論、数が多いことに別の意図があったことを見落としてしまったのだ。
アエラの住んでいる東の居城の正面前にはずらりと兵士達が集まっており、ウォル達に槍の先を向けていた。
「罠か。ペールゼンめ、卑怯な。お逃げ下さい、従兄上」
「一人で逃げるなどできるわけがない」
城内奥深くに手勢もなく巧妙に誘い込まれたウォルたちは、裏切り者の近衛兵達に囲まれた。咄嗟に剣を抜いたが、多勢に無勢であった。城壁の上には弓兵も待機しており、ウォルに向けて矢を浴びせた。剣で叩き落としたウォルだが、一本の矢を避けきれず右腕に当たった。
矢を抜いて更に応戦したが、利き腕たる右腕が熱を持っている。しばらくすると目も霞んできた。
「毒か」
ウォルの声はうめきに近かった。国一番の技量といっても、対する相手の数と毒による体調のハンデがあっては不利過ぎた。
「従兄上、ここで留まられても足手まといになるだけです。俺を殺すような真似はしないでしょう。今はお退きください」
バルロの薦めに今度はウォルも抗わなかった。確かにこれ以上、二人で奮闘していてもいずれ命を落とすことになる。今は従弟の言葉に甘えることにした。
「すまぬ。くれぐれも無理はしないでくれ」
ふらつく体を支え、細い道を辿って行き、追手が一度にこれないよう退路を塞いでいく。だが、ペールゼンの兵士の配置は絶妙で、ウォルは濠のところに追いつめられた。パシャンと、音がして兵士達も俄かに騒ぎ出した。王太子が濠に落ちたという声が響く。それ以降、兵士達の執拗な追跡があったにもかかわらず、ウォル・グリークの消息は一切不明だった。
「まだこんなにあるのか」
行儀悪くも執務机に両足を乗せて、リィは呟いた。目の前には、未決済の書類が山と積んである。
「誰のせいだと思っているんです。あれから陛下が寝込まれてしまい、政務は滞りがちなんですよ」
「ですからもうちょっと、遠まわしにお伝えした方が良かったんです」
結婚の一件で、すっかり寝込んでしまったドラ王に代わって、その元凶であるグリンディエタ姫に執務代行のお鉢は回ってきた。臣下一同は有無を言わせず姫君を執務室に押し込めたのだ。
巻き沿いを食ったのは、侍女の筈が侍従の役割まで任されているシェラである。補佐及びお目付け役としてシャーミアンも配されている。
秘密の結婚式から三日が経過していた。
「まだまだ、ありますよ。テバ大河の運搬料の決済、スーシャ地方の継承問題、あっとベルミンスター公主より書状が来てますが」
「そこに置いておいて」
げっそりというと、リィは両腕を上に上げて軽く伸びをした。そろそろどうにかして抜け出す算段を頭の中でつけていた。
「ちょっと邪魔するぜ」
ノックの音が響き、入ってきたのはイヴンだった。普段通りの黒一色の衣装で隊長だというのに徽章すら下げていない。
「どうしたんだ」
入ってきたイヴンの厳しい表情から、リィは不穏なものを感じて尋ねた。イヴンも時間を無駄にせず、率直に告げた。
「今、モンタギューの情報が入ってきた。三日前に王宮でクーデターがあったらしい。猪団長は軟禁状態だが、王太子は死亡の可能性もあるらしい」
シャーミアンは口元を押さえた。シェラは主人の反応を伺う。当のリィはまだ冷静さは残っていたようだった。
「らしいっていうのは」
「死体は上がってない。兵士達が必死に探してるらしい」
イヴンの答えに、リィは身を翻して、二階の位置にある執務室の窓から飛び降りた。
「どこへ行かれるのですか」
「一番詳しい事情を知ってる奴のところに決まっている」
窓の下を覗き込んでシェラが発した問いに、リィは短く答えるとそのまま駆け出した。
「ウォルの行方を知らないか」
抜け出したリィが向かったのは、当のモンタギュー城だった。警戒は以前にも増して厳重になっているはずだがものともしていない。軟禁状態のバルロの部屋にそっと忍び込んだ。
「この時期に忍び込めるとは、大した腕ですな」
バルロも感心して呟いたが、表情は硬い。
「一体、どういうことなんだ」
リィの正式な立場は敵国の後継者である。詳細な事情を語るのはまずい事ではあったが、従兄の妻でもある少女に伝えぬ訳にはいかなかった。これまでの経緯を説明した。
ウォルが毒の矢傷を受けていると聞いて、リィの表情は更に険しくなる。
「従兄上が見つかってないのが唯一の希望です。あの人はあれで案外しぶといですからな。無事でいるでしょう」
慰める口調なのは、リィの気配が徐々に殺気を帯び始めていたからだった。己に向けられたものでないと分かっていても冷静で要られぬほど激しい。
「まさかペールゼンと相打ち覚悟で潜り込んできたのではないでしょうな」
尋常でない殺気に、ペールゼンへの怒りを感じ取って、バルロは思わず尋ねていた。リィは首を横に振り、壮絶な微笑みを浮かべた。
「それこそまさかだろう。ペールゼンとやらと相打ち程度で死ぬほど俺の命は安くない」
バルロの部屋に来る途中、敵たる当人の顔ぐらいは見物してやろうとしたが、ペールゼンの周囲は厳重でリィといえど近づくことすら出来なかった。
「それにこれはあいつの喧嘩だ。俺が片を付けたら、ウォルの立場がない」
ウォルの生存を信じて疑わないリィの言葉に、バルロもようやく普段の不敵な笑みを浮かべた。
「何かあったら、ナシアスの所に知らせてください。神父なんて辛気臭いことをやってますが、あれで案外荒事にも強い奴です」
ペールゼンより先駆けして、ウォルの行方を掴む事、バルロとリィの考えは一致した。
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