ロミオとジュリエット
- Satsuki Renjyou - | 1 | 2 |
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第七章 逆転のシナリオ
連日、鬱陶しいぐらいの雨が降り続いている。クーデターより更に十日が経った。クーデターの一件に関して、キャピュレット国は取りあえず静観との判断を下した。リィも密かにウォルの行方を探ったが、全く沙汰がない。そんな折り、モンタギュー国よりアエラ女王の即位式典の招待状が来た。
「丁度いい。ペールゼンとやらの顔を拝みたかった所だ。俺が行く」
隣国として、形式上の招待状であるのが分かっているのにも関わらずのリィの言葉に、シェラもシャーミアンも蒼白となった。
「敵国へ乗り込むなど危険過ぎます」
型破りが身上のじゃじゃ馬姫とはいえ、これは余りにも無謀と思われた。が、リィはその場にいたイヴンの方を見た。
「どう見る」
リィ直属の独立騎兵隊の隊長であるイヴンは首を竦めた。
「行きたいっていうんなら構わないんじゃねぇのか」
納得が行かず、断固反対という二人にリィは説明した。
「血筋だけが取り柄のアエラ姫が女王じゃ、全部の諸侯が納得してる筈がない。まだペールゼンは国の半分を掌握したに過ぎないんだ。今、俺を殺してキャピュレットと事を構えたら確実にモンタギューは崩壊する」
ペールゼンが完全に掌握したのは、近衛兵士らのみであり、国の要たる騎士団はまだまだウォルやバルロの勢力下にある。いまキャピュレットと事を起こしても百害あって一利なしだった。
「それこそ必死に護衛をつけるだろうよ」
シャーミアン達の他にも必死に止める廷臣たちは後を絶たなかったが、結局リィは押し通した。
嵐の中のモンタギューと違い、ドラ王が寝込んだことを除けばキャピュレットは平穏そのものだった。夜遅く、執務を終えたリィは自らの部屋に戻った。
窓を閉めている筈なのに、雨音が耳に届いた。侍女のシェラも下がらせ、一人でいるせいか部屋は静けさの中にある。何だが体がやけに重い気がした。待つと決めたが、元々気の短い方だ。男の消息が全く不明なことにかなり焦れていた。シッサスの火酒をグラスになみなみと注ぎ、一気に飲み干す。
カツンと窓の外で遠慮がちな音が響いた。この窓はリィが抜け出す時の専用出口だったが、他に利用する者など思い当たらない。窓の目の前の木に目印として赤い布が巻き付いている事をあの男にあの夜酒の肴に話したことを思い出し、まさかと思って飛びつくように開いた。
「お邪魔してもよろしいかな」
雨の中、闇に溶け込むように木に佇んでいたのは、闇色の髪と瞳をした男だった。リィは掛ける言葉が思い付かず、無言で男が着地する場所を空けた。その行動を了承と取り、ウォル・グリークは身軽にリィの部屋に入り込んだ。
ウォルは、雨に濡れた黒い外套を遠慮がちに脱ぎ、部屋の主に声を掛ける。
「夜も更けてから婦女子の部屋を訪ねるなど礼儀に反するが、妻だということで大目にみてくれるとありがたい」
男はニコリと初めて会ったときと変わらぬ笑顔を浮かべる。だが、リィはそれに答えず、なおも無言で男の顔を見詰めた。
「おい、リィ。一体どうしたというのだ」
いぶかしげに尋ねた夫への妻からの返答は全く容赦のない右ストレートだった。
「いきなり、拳で殴るか」
グーでウォルの頬を思い切り殴り付けたリィは、ようやく言葉を紡いだ。
「遅い、遅すぎる。何でもっと早く来ないんだ」
再会を喜ぶより、のほほーんと現われた男に対する怒りの方が余程激しい。極めて不穏な気配を漂わせた少女に男は慌てて言い訳をした。
「そうはいうがな。これでも矢傷を受けて数日間生死をさ迷ったのだぞ」
生死をさ迷っていたわりに、悲壮感とか怪我人の弱々しさなどは微塵も感じさせない。しぶといぐらい元気そうな男に更に怒りを掻き立てられた。
「手紙でも何でもとっとと書けっっ」
「手紙でもって、ちゃんと書いたぞ」
「そんなの貰ってない」
ウォルは首を傾げた。バルロには流石にペールゼンの監視が厳し過ぎて知らせることは無理だったが、眼が覚めて一番にリィには知らせた筈だった。
「俺の名前を出す訳にはゆかぬからな。ロザモンド殿に名を借りて書状を送ったが、届いておらぬのか」
ベルミンスター公国の若き公主ロザモンド・シリルは、ノラ・バルロの幼馴染でウォルとも親交があった。毒矢で瀕死の所を彼女に匿われ、救われたのだ。
「ベルミンスター公からの書状?…書状……っと…」
ウォルの言葉に考え込んだリィはあっと叫んだ。
「多分、執務室に溜まってる決済書類の中…だと思う」
自信がなさそうな小さな声だった。確か受け取ったのは丁度クーデターの一件を知った時であった筈だ。
「七日も書状を放っておいて、これか」
リィの拳がまともに入り、ウォルの頬は赤く腫れ上がっている。
「悪かったよ。俺も殴っていいぞ」
眼を瞑って頬を差し出した少女に、少々思案してウォルはそっと唇を寄せた。
「心配を掛けてすまなかった」
甘い、甘い恋人達の時間に突入するかに思えたが、ゴホン、ゴホンと妙な咳払いをするものがいた。
「盛り上がっているとこ、ちょっっと悪いんだがね、お二人さん」
戸口には、イヴンとシェラが居心地悪そうに二人を伺っていた。リィはわざとらしいため息をついて二人を迎えた。
「折角、いいところだったのにどうしたんだよ」
そういいつつも、ラブシーンを見られた割にけろりとしている。それはウォルも同様だった。かえって偶然見る羽目になったシェラの方が照れているありさまだ。
「そりゃあ、決済書類の中に埋まってた書状を見つけたから届けに来たんだ。まぁ、遅かったようだがな」
ピラピラと書状を振って、リィの方に放り投げた。封の裏には獅子の横顔に交差した二本の剣、リィの指輪と同じ模様であることを見て、慌てて届けに来たのだった。
「で、これからどうするつもりなんだ」
一同は席をリィの部屋に備えられている居間に移した。三人は席に付き、シェラはお茶を入れる。イヴンの言葉に、ウォルはリィの方を見つめた。
「俺としては、お前と駆け落ちも悪くないと思っているんだがな」
「身分も国も捨てて愛の逃避行か。お前がそうしたいなら俺は構わない」
国の後継ぎとして生まれた二人だが、権力者にありがちな地位の執着とは無縁だった。
「よく言うぜ。逃げるようなタマかよ」
余りに不似合いな台詞の二人にイヴンは呆れ顔だった。戦場を前にして逃げ出すような卑怯者でないことぐらいイヴンもよく知っていた。
「まぁ、勝てる戦を放棄する必要はないな。アエラ殿が戴冠式を行うようだが、見物に行くのか」
「一応、予定に入れている」
「では一つ頼まれてくれないか。ペールゼンに尤もダメージを与える格好のネタがある」
茶目っ気たっぷりの男の言葉に、リィはニヤリと頷いた。
「俺としても精神的な慰謝料を貰おうと思っていたところだ。丁度いい」
ウォル・グリークの策とやらを隣で聞いていたシェラは、あまりのペテンぶりにこの二人を敵に回したペールゼンとやらに深く、深く同情した。
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